エピローグをプロローグに
風が吹くたび桜の花弁が舞い落ちてくるさまは、細やかな雪がふわふわと降っているようだ。
ぎゅっと、胸元と首が締め上げられたような気がして、意識して呼吸する。
「カケル」
背後にいたワタルが、真っ直ぐにこちらを見てくる。
なんでもないと手を振って答えれば、彼は小さく肩をすくめて見せた。
桜の木で出来たトンネルを、二人で歩いていく。
ワタルは着慣れない制服が落ち着かないのか、裾や袖口を指先でいじりながら後ろをついてくる。いつもよりぐっと静かなのがほんのり気味悪くて、落ち着かない。
並ぶ墓石の横を通り抜け、黙々と歩いていく。
遠くのほうから花見客が騒いでいる声が聞こえてくる。楽しそうなどんちゃん騒ぎを耳に入れ、並ぶ墓石を目に入れ。不釣合いなそれらがなんとなく面白くて、笑みがこぼれた。
目的の場所について、足を止める。追従していたワタルも、足を止めた。
目の前にある墓石。
刻んである名前を見て、またじんわりと苦しくなる。
瞬きをするたびに白に散る赤が浮かんで、ちくちくと刺されるようだ。
「どーも、後輩になったんで挨拶しにきました」
一歩前に踏み出したワタルが、墓石にむかって挨拶する。
「カケルから話は聞いてました、四ヶ月経ってからだったけど。早く教えてくださいよ、からかえなかったじゃないですか」
「まだそれ、根に持ってたんだ」
「うるさいな、ずっと根に持つよそりゃ」
ぎっと睨まれたので、降参の意を伝えるために両手をあげる。「バカにしてるでしょ」と、余計に睨まれた。納得いかない。
墓石の前にはぬいぐるみであったり花だったりが置いてあった。中にはお菓子の袋もある。賞味期限は、まだ先のようだった。
ワタルがぺらぺらと話しているあいだ、僕はなにを伝えるべきなんだろうと考える。
高校三年生になって、受験が大変になるだろうこと? ――そんなの、些細なことだ。
じゃあ教会にいるみんなの様子とか。奈緒ちゃんや純哉くん、稔さんのこととか。――そういうのは本人たちが自分で伝えることだよね。
じゃあ弟が同じ高校に来たよってこととか。――それはもうワタルがもう伝えているか。
物言わぬ墓石の前でしゃべり続けるワタルと、黙って考えている僕は、関係ない人から見たら面白いかもしれない。
すっと、ワタルが後ろに下がった。
「ほら、カケルも報告することあるんでしょ」
その一言で、ぐるぐると悩んでいたものが全部飛んでいく。
小さく、けれどしっかり深呼吸してから、一言。
「僕はもう、大丈夫だよ。今までありがとう」
荷物から長細い深い蒼色の箱を取り出し、墓石の前に置く。腕につけていたブレスレットが、きらりと光った気がした。