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僕らの箱庭

小夜

作者: 東亭和子
掲載日:2016/08/28

前作「カガミノモリノ」とリンクしています。

 夏休みになったら実家へ帰る。

 それが母との約束だ。

 小夜は親元から離れ、母の妹の家でお世話になっている。

「小夜、夏休みはどこ行くの?」

 友人の紅子と琴子の問いかけにも、実家へ帰るのと答える。

「ごめんね、だから遊べないんだ」

 本当は友達と遊びたい。

 でもそれは我慢しなければならない。

 私は我侭で家を出た。

 本当は母は嫌がっていたのに。


「そっか。遠いんだっけ?

 それならしょうがないよね」

「久しぶりに両親に会うんでしょう?

 楽しんできなよ!」

 友人の言葉に小夜は頷く。

 半年ぶりなのだ。

 きっと両親は待っているだろう。

 弟も待っている。

 小夜はたった半年しかあの森を離れていないのに、懐かしく感じた。

 友人に別れを告げて学校を出る。

 外は天気が良く、暑い。

 額から汗が零れ落ちた。

 小夜は空を見上げる。

 眩しさに目を細める。

 あの森はこんなに暑くなかった。

 いつも冷たい風が吹いていた。

 鳥のさえずりが聞えていた。

 こうして、自分は慣れていくのだろうか。

 そう思うと少し寂しくなった。

 

 小夜はまず祖母の家に寄った。

 小学校、中学校と小夜は祖母の家から通ったのだ。

「おかえり。元気そうで何よりだよ」

 祖母はそう言って笑顔で迎えてくれた。

「お祖母ちゃんも元気そうで良かった。これお土産」

 はい、と小夜は祖母にお土産を渡す。

 そうして少し祖母と話をしたあと、森へと向かった。

 森に入ると涼しくなる。

 蝉の声も遠くに聞こえる。

 小夜はそれが好きだった。

 誰もいない森で目を閉じる。

 まるで世界に人は自分ひとりのように思う。

 深呼吸をして森の空気を吸い込む。

 懐かしい森の匂いだ。


「おかえり、小夜」

 声の方を振り向くと父と母がいた。

 小夜はただいま、と言って笑う。

「あれ?泰史は?」

 小夜は弟の姿を探した。

 やんちゃ盛りの弟は、どこかに遊びに行っているのだろう。

「疲れたでしょう?さあ、家へ入りなさい」

 小夜は頷いて両親の傍に寄った。

 ふふ、と小夜は笑って父親の腕にすがりついた。

「どうした?」

 小夜は父親が大好きなのだ。

 大きな手も、優しい声も、笑い方も。

 たった半年なのに、こんなに凄く長い間離れていたように思う。

「甘えているのね?

 小夜はもう高校生なのに」

 呆れた母の声が聞こえる。

「いいんだもん!」

 小夜は母に向かって笑った。

 今は子供のように甘えたい気分なのだ。

 泰正が微笑んで小夜の頭を撫でた。

 緩やかな時間が流れる。森にいると安心する。

 小夜はこの森が大好きなのだ。

 

 小夜が初めて森を出たのは五歳のときだった。

 それまでは森から出ることは一度としてなかったのだ。

「小夜は人の子だ。

 ずっとここで生きていくことは出来ない。

 そうだろう?」

 泰正の言葉に渋々更紗は頷く。

 ずっと、そのことから目を逸らしてきた。

 でもそれも限界だ。

 自分勝手な話だが、頼れるのは更紗の母、小夜の祖母しかいない。

 泰正は小夜を連れて森を出た。

 もう夕暮れが迫っている。

「どこに行くの?」

 泰正と手を繋ぎながら、小夜は不安になって尋ねた。

 小夜の不安を取り除くように、泰正は優しく答えた。

「お祖母ちゃんに会いにいくのだよ」

「お祖母ちゃん?」

「そう。更紗のお母さんだ。

 この森の外に住んでいる。

 これから小夜も外の世界で生きていくんだよ」

 小夜はなんだか悲しくなった。

 だから泰正の手を強く握った。

 泰正が更紗の実家へ行くと、祖母は驚いた顔をした。


「初めてお目にかかります。

 泰正といいます。

 森に住む、更紗の夫です。

 この子は小夜。

 更紗の子供です。

 もうすぐ、六歳になります。

 この子は森の外の世界で生きる子です。

 どうか助けてくれませんか?」

「…なぜ、更紗が来ないのですか?

 自分の子供のことでしょう?

 あの子は一体何をしているのです?」

「お怒りはごもっともです。

 ですが更紗は今森を出ることは出来ません。

 更紗のお腹には今子供がいます。

 その子は森の子供。

 小夜とは違います」


 祖母はため息をついた。

 急に姿を消した更紗に対して怒っている。

 でもそれをこの子や泰正にぶつけるのは間違いだ。

「分かりました。小夜は預かりましょう。

 落ち着いたら更紗にも来てもらうように伝えてください」

 はい、きっと、と泰正は頷いた。

「小夜。これからはここが小夜の家だ。

 お祖母ちゃんの言うことをしっかり聞いて、いい子にするんだよ」

「お父さん?」

 小夜は不安になった。

 どうして?

 どうしてこれからここが小夜の家になるの?

「小夜。また会いに来るよ」

 泰正の後ろには広大な森が広がっている。

 そこが小夜の家なのに。

「やだぁぁ!」

 小夜が泣き叫ぶ。

 それを悲しそうに見ながら、泰正は姿を消した。


 それから小夜は夜になると泣いた。

 一人の寂しさに耐え切れず、森へと戻って行った。

 でもいつも知っている森は、夜だと違った。

 怖くて、先にも行けずに泣いた。

 小夜、と名前を呼ばれて顔を上げると父がいた。

「お祖母ちゃんが心配するよ。

 勝手に抜け出しちゃ駄目だ」

 泰正が小夜を抱き上げる。

「怖いよ~お家に帰る~」

 泣きじゃくる小夜の背中を優しくなで。

 泰正は言った。

「小夜。大丈夫、一人じゃないよ。

 いつも傍にいる。

 それに小夜は夜に生まれたんだ。

 夜は小夜の味方だよ」

 大好きな父に抱きしめられ、小夜は安心して眠ってしまった。

 結局、小夜は夜になると祖母の家を抜け出して、森へと帰ってきてしまうのだった。

「う~ん、困ったな」

 泰正は小夜の寝顔を見ながら眉をひそめた。

「大丈夫よ。そのうち帰ってこなくなるわ。

 そうして段々と人の世界に慣れてゆくのよ。

 きっと高校生になったら甘えてもくれなくなるわ」

 更紗が意地悪そうに言って泰正の顔を見る。

「…それは、ちょっとイヤだな」

 真剣に考えている泰正を見て、親バカと言って更紗は笑った。


「姉ちゃん!」

 まだ小さい弟の泰史が小夜にまとわりつく。

 泰史は神の子だから成長が遅い。

 母のお腹に三年もいた。

 だから今も小学生くらいなのだ。

「こら。どこへ行ってたの?

 今日帰ってくるって言ってたでしょう?」

 頭を撫でると泰史が嬉しそうに笑う。

「うん、だから姉ちゃんにお花摘んできたんだ!」

 そう言うと泰史は白い花を小夜に渡した。

 ありがとう、と小夜は言って泰史を抱きしめる。

 心優しい弟、この子がいるのなら、安心だ。そう思った。

「泰史、お姉ちゃんがいない間はお父さんとお母さんを守るのよ?」

 うん!と泰史は頷いた。

 小夜が森を出ても泰史がいる。

 泰史が森を守ってくれる。

 だから平気なのだ。

「お父さん、私、もう夜は怖くないよ」

 小夜は笑った。

 そうか、と泰正は小夜の頭を撫でた。

 父や母と離れ離れになったから、夜は嫌いだった。

 でも、もうきっと大丈夫。

 小夜は静かに目を閉じる。

 そうして森の声を聞く。

 木々のざわめきを、鳥のさえずりを、風の音を。

 それらを心に刻んで、小夜は人の世界へと戻って行くのだ。


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