姫!死と華のメイド道! ループ9
ロード・ガイア北部、通称魔界
大地を照らすは赤く毒々しい光を放つ赤い月。
更に北の大地にはゼルフェリオンの住まう巨大な魔王城が鎮座している。
それは傍目から見ても普通の城ではない。
血と暴力を具現としたような鋭く尖ったフォルムは人間の審美眼では推し量れない恐怖を醸し出し、天上からは鳴り止まぬ怨嗟の様に響き続ける豪雷。
その全てが、正しく恐怖の具現たる象徴であった。
魔王城の最奥――――ゼルフェリオンの私室。
無駄な調度品を置かず、部屋の中で目に付く家具と言えば天蓋付きの大きなベッドと簡素な机、そして武器や装備を置いてある鏡の付いた衣装棚くらいのものである。
「よし、これでいいか・・・・・・」
魔王は衣装棚の前に立ち、今の己の姿を確認する。
黒く禍々しい力を放つ甲冑を身に纏い、背中には覇者の証たる魔王の紋章が入ったマントが伸びる。
腰に提げた鞘には儀礼用の宝剣”血化粧”が収まり、心を奪うその美しき紅き輝きを衆目に晒す時を待ち続ける。
彼の全貌は正に魔王として遜色の無い威厳と禍々しい魅力に溢れていた。
多少の着心地の悪さなど気にしてはいられない。
何故ならば、今日こそが魔界に蒔いた種を摘み取るその日だからだ。
数日前に魔界全ての部族長、そして城の長に送った勅命。内容はこの城への緊急招集である。
魔王の勅命は魔界におけるどの法よりも優先される。遂に今日が通知された期日である。
その為に、今回の衣装選択には時間が掛かった。
全ての部族の頂点に立つ最上の長として敬意を以って迎えられるべき威厳を表現する事は、中々に難儀なものだと集会の始まる前から魔王の顔には気疲れの色が見えていた。
しかし、己の往くべき道を進むのだ。些細な悩みなどそこらの魔物に喰わせてしまえ。
父王より魔王の座を受け継いだあの日、既に覚悟は決めた。全ての魔族が救われる道を模索する為ならば、己が身など省みない――――
コンコン、と魔王の背後。この部屋の入口の戸が叩かれる音だ。
「・・・・・・バエルか?勝手に入っていい」
魔王の私室の戸を叩くことが出来得る者はバエルを除けばごく少数しかいない。
振り向く事無く気にする素振りも見せずに部屋の外に向かって声を掛けた。
すぐさま、勢い良く戸が開け放たれる。
「・・・・・・ん?」
その騒々しい進入に多少の違和感を覚えたのだが、気にする事無く魔王は準備を進めていた。
「あっゼルさま!来ちゃいましたー!」
耳に響く騒がしげな高音と背に感じる柔らかな衝撃。特に、押し当てられた二つの大きな膨らみが背中越しに己の存在を誇示している。
「なんだお前か、リル」
魔王は体勢を崩す事無く、呆れたように背中に抱きつく人物の名を呼ぶ。
その声を待っていたとばかりに彼女は擦り付けていた顔を上げた。
「はーい!魔王様専属抱き枕兼、公認の妹”リルルティア・サキュトゥス”でーす!最近、ゼルさまが遊んでくれないからリルの方から馳せ参じちゃいました。お久しゅうございます、おにいちゃん!」
天真爛漫を体言した満面の笑顔と態と崩した臣下の礼を以って、少女は兄と呼んだ男へと溢れんばかりの敬愛を表現する。
可愛らしく幼い顔立ちをしたリルルティアの金色の長髪が背より生える蝙蝠の翼と共に楽しげに揺れる。
魔王を見上げる琥珀色の瞳は、一度魅入られたが最後魂すらも奪われかねない悪魔的な傾城の魅力を宿す。
小さな体躯に似合わぬ扇情的な肢体を申し訳程度に下着のようにしか見えない衣装で包み隠し、挙動を起こすたびに小刻みに揺れる胸に付いた二つの山は間違い無く、世の男達の視線を掴んで離さない。
「お兄ちゃんは止めろって・・・・・・それに人聞きが悪すぎる称号を勝手に名乗るな。俺は魔王なんだ、これでは威厳も何もあったもんじゃないだろう。そもそもお前は妹ですらないじゃないか」
「リルはゼルさまのたった一人の可愛い妹だよっ。あの時からずぅっと」
誰もが劣情を抱く彼女の肢体を目にして直、見飽きたと言わんばかりの表情で魔王は言葉を返した。
言葉通り、実の所ゼルフェリオンとリルルティアに血縁など存在しない。
まだ彼が幼き頃、目付け役のバエルを共に訓練の為に魔王城を抜け出し、程近い高山へと何時もの様に向かった。それは魔界では珍しい、雨の降りしきる日中での事だ。
魔界特有の赤い葉の森林が濡れ独特の熱気が辺りを包む中、彼らの秘密の訓練場へと進んでいる時、ゼルフェリオンは木々の間に一人の幼い少女を見かけた。
彼女は泣いていた。それだけは今の彼の記憶にも鮮明に残っている。
気付けば、少女の元へと一人駆け出していた。
小さな顔をくしゃくしゃに歪め泣いている彼女に、当時は王子だった魔王は声を掛けた。
――――どうしてこんな所で一人で泣いている?
――――親に捨てられた。リルは駄目な子だから
たった一言、それだけ少女は応えた。
魔族の世界にこうした事は珍しくは無い。追いついたバエルは事も無げに言い放つ。そして、関わるべきではない、とも。
彼女は淫魔族の者らしい。バエルはそう言った。
ゼルフェリオンの心に暗い影が落ちたのは降りしきる雨のせいではなかった。このような同胞が存在することを知ってしまったからだ。
眼下ですすり泣く彼女は恐らく彼よりも幼い歳だと言うのに――――
―-――何が力の正義だ
言いかけた言葉を飲み込んだ彼は魔王の子では無く、ゼルフェリオンとして少女に言った。
――――俺の家に来るか?
慌てるバエルを余所に彼は手を差し伸べた。
今になって考えてみてもあの時、何を考えてリルを救ったのかは憶えていない。
ただ自分の顔の火照りは、じめついた森の熱気によるものでは無かったのかもしれない。
多分――――既に魅入られていたのだろう、あの綺麗な琥珀色の瞳に。
目の前のリルルティアの瞳はあの日と同じ輝きで魔王を見上げている。
見つめ返す彼の頭から唐突に言葉が抜けていく。
「どうしたの?ゼルさま」
「・・・・・・あっいや、何でも無いさ。悪いが今日は魔族全ての命運を決めるかも知れない大切な会合の日だ。部屋に戻って大人しくしているんだな」
「ぶー分かりましたー・・・・・・。バエルが羨ましいなぁ。最近は毎日ゼルさまと夜遅くまで一緒にいるんだもん。アイツ絶対アブない趣味してるって、リルの大切なゼルさまの貞操がいつか無くなっちゃうよ!?」
「・・・・・・ほう?忠誠と性癖を混同している大馬鹿がいるようだな」
「げッ!?」
開け放たれた戸の向こう側に見える魔王の側近の姿。
慌てた表情のリルを端正な顔に青筋を大量に立て能面のような笑顔を貼り付けて見据える半面の魔族バエルが魔王に跪きながらも隣の少女にはありったけの毒を吐く。
「おおバエル。丁度良いな、ほら入れ。もうすぐ俺の準備も終わる。広間の首尾はどうだ?」
日常と変わらぬ光景に既視感を覚えながら、不思議な安心感に魔王は心が安らぐ。
緊張が解された事を二人には感謝しなければならない。
「広間の準備は既に整っております。魔界全土の魔族全50余りの部族長全てが満足出来るもてなしも用意し、我らが王の威を示すには申し分無いと確信しています」
「流石はバエルだ。ならばそろそろ赴くとしよう。時間も差し迫っていることだしな」
魔王は側近を輩に行動を開始する。赴く先は言葉の戦場、失敗は許されない。
「り、リルはー!?」
「貴様は一人自室に戻って少しは座学でもしていろ、淫魔」
「ま、まぁなんだ・・・・・・広間に来なければ何をしても構わない。その内遊んでやるから大人しくしていてくれ」
騒ぎ立てるリルを部屋に残し、彼等は薄明かりに照らされた廊下に消えていった。
(む~!いいもん!ゼルさまのベッドに潜り込んでリルの香りを染み込ませておくんだから!)
一人残されたリルは膨れっ面のまま魔王のベッドに入り込む。こうしておけば鈍感な魔王でも自分の魅力に気が付くというもの。思い立ったが吉日である。
「ああ~・・・・・・!ゼルさまの匂い~・・・・・・」
枕と肉厚の羽毛布団から漂う雄の匂いが彼女に襲い掛かる。
リルの鼻を強烈に惹きつける魔王の残り香に緩む表情、そして身体もすっかり蕩け切ってしまったのだ。
改めて魔王に魅了されてしまうリル。淫魔族特有の敏感な身体では目的は果たせそうに無いようだ。
「この扉の先に部族郎党が集まっている・・・・・・か」
魔王は扉の前で立ち止まる。玉座側に位置するこの扉を開けばその先は大広間、即ち全ての魔族が彼の到来を待っている。
既に反対側の大扉から来客は入っていることだろう。そして、この広間に最後に入るのは王たる自分。
「ここから入るのは魔王様だけです。準備は宜しいですか?」
「ああ、問題無い。最も強き者であるならば警護など必要無い、それが魔王としての品格だ。従ってやるさ」
背後より臣下の礼を尽くすバエルに見送られ、ゼルフェリオンは遂に魔王としての第一歩を踏み出す。
両開きの扉を押し開け、広間へと足を踏み入れた。
「愛すべき魔族の者達よ、待たせたな。俺が魔族を統べる王、ゼルフェリオンだ!まずは集まってく・・・・・・れ・・・・・・あれ?」
覇者の威厳を身に纏い王たる号令を発しようと声を張り上げた魔王だったが、尻窄む様にその言葉は消えていく。
「・・・・・・すまない。部屋を間違えたようだ」
そそくさと開け放った扉を逆戻り。何事かと近寄ってきたバエルに対して珍しく慌てた顔を見せた。
「おかしいなぁ・・・・・・ここが広間・・・・・・だったはずだ」
「どうなさいました魔王様?」
「ああバエル、聞いてくれ。俺は広間に入ったと思ったんだ。それがどうも間違えたようだ、あの部屋にはたったの4人しか魔族が居なかったんだ。もしかして召集場所を書き間違えたんじゃないか?」
彼が先ほど開いた扉の先には信じられない光景が広がっていた。
数多く設けられた席は4箇所しか埋まっておらず、更には重要拠点たる3箇所の城の城主も不在。
この状況で魔王はまず礼状を疑う。
「い、いえ!そのような事は決してありません。ここに礼状の原本があります、ご確認下さい」
「・・・・・・本当だ。魔法で複製されているから間違いが起こる筈が無い。という事は・・・・・・」
嫌な予感が魔王の頭を過ぎる。願わくば、間違っていて欲しかった。頭が痛い。
そのような事など起こりえないと頭の中から可能性を追いやっていた。少なくとも半数以上の部族は来ると皮算用をしていた。
彼の心配をバエルも感付いているようだ。
「・・・・・・大変申し上げにくいことですが」
「いや、言わなくていい・・・・・・。嘘だろ?たったの・・・・・・4人!?そんな馬鹿な!」
「信じられない話です。ここまで魔王様の手腕を見くびる愚か者が居ようとは」
夢であって欲しいと心から願っても結果は変わらない。
それだけ新魔王が認められていない何よりの証拠である。頭を抱えても現実は変わらない。
4部族。それだけの魔族が恭順の意を示したことを重要視すべきであると、魔王は頭を切り替える。
「来ないことを悔いても仕方が無い。逆に4人も来てくれたんだ、彼等が魔族を救う足がかりとなる筈。敵は多いか・・・・・・ふぅ、心配掛けて済まない。行ってくる」
魔王の味方は魔界全土で見ても多くは無い。しかし止まる訳には行かないのだ。
亡き両親への約束を果たす為、魔族の運命を変える為、進むしかない。
彼は再び広間の扉へと手を掛ける。
「先は取り乱して悪かったな。俺はゼルフェリオン!来たる魔族の運命に革命を起こす為、皆の力を貸して欲しい!」
若き魔王ゼルフェリオン。未熟なる覇道の序曲が今、幕を開けた。
ラ・ヴィガルドの大通りを少し逸れると、そこには多種多様な店が立ち並ぶ路地が姿を現す。
武具や魔道アイテムの専門店が軒を連ねるここ、通称”武の小路”は幅の狭い路地に関わらず何時も多くの冒険者達で賑わっている。
つい先ほど風のようにこの道を走り去ったスモモの話題について冒険者達の間で議論が繰り広げられ、普段に増して騒がしい。
「だからよぉ、我らが女神スモモさんにもドジな一面があったって事だろ?可愛いじゃねえか」
「フン!これだから脳味噌までお花畑だと言われるんですよ君は。スモモ様に限ってそれは無いと思うね、きっとあの飾られている武具に何か思うところが有ったのでしょう」
ここにも議論に熱の入る男が二人。余りに没頭していたのだろう、背後――――路地を外れた小路より忍び寄るおぞましい影に気付くことも無い。
「ご、ご主人様ァ・・・・・・!喉が、お渇きではありませんかァ・・・・・・?」
「・・・・・・ん?う、うわあッ!?メイドの化け物ォッ!!」
背後から肩に当たる硬質な手の感触。掛けられるくぐもった猫撫で声に気付いた男が気だるげに振り向き、それと同時に魂が人生最大の危険信号を大音量でかき鳴らす。
そこに立っていたのは、フリルの付いた白い前掛けで着飾り可愛らしいヘッドドレスを兜に固定したメイドの姿。しかし、それを覆い隠すほどに狂気に満ちた全貌。
溢れ出る瘴気を押さえ込み、その身の丈は山の如し。冥土より逸脱せし黒鎧の偉丈夫。
命を刈り取る喜びを醸し出すように兜の奥より赤い燐光が迸った。
「そろそろガルザスが戻ってくる頃ですね。一応、私なりにメイドさんの作法を教えましたけど、上手く行っているといいんですが・・・・・・」
可愛らしい純白のメイド服を身に纏ったスモモは誰が見ても目を奪われそうな程に輝いている。
困り眉であろうと、それもまた愛らしい。
「どうでしょうね・・・・・・。しかし彼が志願した事ですし、きっと大丈夫ですよ!スモモちゃんはいつお客様が来ても対応出来る様に準備しておいて下さいね!」
店主の女性はそそくさと厨房へと向かった。あちらでも料理の準備等があるのだろう、戸棚を開ける音や火を点ける音が聞こえてくる。
一人になったスモモは入り口の前に立て掛けてある大鏡の前に行くと、自身の姿を見据えた。
(可愛すぎる・・・・・・。可愛すぎるぜスモモ!何故メイド服を装備として実装しなかったんだL.Lの運営!見ろよこの愛らしさ!ワザと着けたまま残しておいたネクタイも良い味出してやがる。幼さを残しながらも少しだけ背伸びした少女の如き犯罪的可愛らしさだ!ああ・・・・・・俺のスモモがまた一つ究極の美に近づいてしまった・・・・・・!)
鏡に映った自分にスモモは存分に酔いしれる。ここぞとばかりに武蔵野猛の心が唸り声をあげる。
一つ一つポーズをとる度に映る姿を変える美少女は、彼の魂を有頂天へと上り詰めさせていくのだ。
ふと、入り口の扉に括り付けられた鈴が鳴る。それに気付き、慌てて気持ちを切り替える。
ガルザスの帰還、そして客の到来だ。
「・・・・・・こんな所まで連れてきて、俺達をどうするつもりだ。俺達は、生贄になるのか?」
「分かりません。ですが、ここは奴に従わなければ確実に殺されます。・・・・・・あのメイド。何処かで見た覚えがあるのですが、くッ・・・・・・思い出せない」
木々に囲まれた誰一人居ない路地の外れへと謎のメイドによって連れ出された二人の冒険者。
目の前の怪物に聞こえないよう、極力声を抑え現状を推測する。
先導する大きな背に一太刀浴びせ脱出することも考えたのだが、戦場に生きた男の勘が奴の隙を見つけ出せない。背後を取っているにも拘らず、どこから攻撃しても一撃で殺されると、逃げても追いつかれると直感し、それを心底受け入れてしまっている。
窮鼠、噛み付けない。圧倒的力の差を前にして。
「フッフッフ・・・・・・あいつの驚く顔が目に浮かぶ」
メイドは何やら独り言を呟いている。
機嫌が良いのか瘴気が揺らめき、おどろおどろしく姿を変化させる。
「アイツ・・・・・・って誰だ?こんな化け物を使役する特級の化け物がいるってのかよッ・・・・・・!」
「あのメイド、ギルドの何処かで・・・・・・考えが纏まらない」
彼等の恐怖を余所に無慈悲に歩は進む。
街をどれほど歩いたのか見当も付かない。何故、自分たちなのか考えても思いつかない。
退路は、断たれた。
やがて、目の前のメイドは一軒だけ建つ小さな家の前で立ち止まった。
「お、お待たせしました、ここまでご足労頂きありがとうございましたァ・・・・・・!」
振り向いたメイドの指し示した先は小さな喫茶店。成程、メイドが案内する店としては違和感は無い。
しかし、こんな嘘に騙される男達ではない。恐ろしいメイドを働かせる店なのだ。
何かがある。それも命を捨てる覚悟が必要な”何か”。
「もう・・・・・・行くしかねえんだろ?」
「ええ。もしも生きて帰れたら・・・・・・朝まで飲み明かしましょう。もう、酒が苦手なんて言いませんよ。最後まで付き合います」
悲壮な覚悟を宿し彼等は意を決する。導かれるまま、男の指し示す扉を押し開けた。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
天国にでも逝ったのかと勘違いしてしまった。彼等の目の前で麗しの女神が頭を下げていたのだ。
室内に香ばしい豆の香りと人々の笑顔が満ちる。
これまで体験したこともない盛況ぶりに店主の嬉しい悲鳴が止まらない。
ガルザスが街から不安げな顔の客を連れ、スモモがもてなすことでそれを笑顔に変える。
何時の間にか空席は消えてなくなり、賑やかな姿を見せていた。
「あわわ、これは大忙しです!」
「客寄せの次は給仕の仕事とは・・・・・・。メイドの仕事と言うのも存外大変なものだ」
スモモとガルザスの二人のメイドは矢継ぎ早に飛ぶ注文を聞き届け、それを店主に伝えていく。
彼女は余りの忙しさに厨房の奥から全く顔を見せることが無くなった。
作り上げた料理をスモモ達に手渡しする際にちらりと見える表情は疲れながらも喜びに満ちていたのが印象的である。
「あ!スモモさーん!注文いいですかー?」
客席からまたしてもスモモを呼ぶ声が耳に入り、すぐさま声の主の元へ足を運ぶ。
この店に来た客の全てが態々彼女を名指しで呼びつけるのだ。
従ってガルザスは給仕。スモモは注文の受付と言う役割が自然と出来上がっていた。
「お待たせいたしました!ご主人様!」
「ご主人様!いい、最高だよスモモさん!まるで本当にスモモさんが俺だけのメイドになったみたいだぁ!」
「ふふ、今だけはご主人様だけのメイドです」
男二人で来ていた客に、女性を研究しつくした武蔵野武の殺し文句が炸裂する。
それを聴いた彼等の目は既に虜そのもの。またしても二つの心を陥落させたのだ。
「ほ、ホントに!?それじゃあ・・・・・・ご主人様の俺とく、口付けして・・・・・・欲しいな~!」
客の男がスモモの手を掴む。広間の奥側の席の為、他の客からも良く見えない位置取りである。
一部の客の中にはこのようにマナーの悪い客も存在する。
振りほどくことは造作も無い。しかし今のスモモはメイドであるが故に強く断ることが出来ず、困る相手でもある。
現代の日本と世界が違えど、このような雰囲気に舞い上がってしまう人間は存在するものだ。
「こ、困ります・・・・・・」
「ご主人様の命令だから、メイドは従わなくちゃ、ね?ちょっとだけでいいから」
悪ふざけが過ぎる男とスモモの間に風のように割り込む一つの影。
可愛らしいメイド服が絶望的に似合わないが、転じてその威圧感は凄まじい。
「当店はメイドへのおさわりを禁止しております。お死にたくなければそのお汚い手をお離し下さい、きさ・・・・・・ご主人様ァ?」
この店の誇る武闘派メイド、ガルザスの登場だ。
スモモに何か起きようものならたちどころに目の前の男を捻り殺さんと、山のような巨体が雄弁に語っている。
「す、スイマセンでしたぁ!!」
このような事態からスモモを守るのもメイドである前に騎士であるガルザスの役目である。
礼を述べ、別口の注文を受けに行ったスモモを見送りここを引き継ぐ。
「それで?ご注文は何でございましょうか?」
すっかり小さくなった男達へとドスの籠った低い声が降りかかる。
「は、ハイ。それじゃあ・・・・・・この店のおススメをお願いします」
「お勧めだと?そんな物はありませんが。全てがお勧めです」
「だったら・・・・・・め、メイドさんのお勧めで・・・・・・」
「畏まった。少々、首を洗ってお待ち下さい。・・・・・・店主!注文だ!王猪の挟み焼きだ!」
賑やかな宴は夕方近くまで終わる事無く、噂を聞きつけた者達の長蛇の列が後続に控えている。
こうして、彼等の仕事は満足した人々の帰りを見届けるまで続いた。
「つ、疲れました・・・・・・。ガルザスもお疲れ様です」
スモモは額の汗を拭う。ようやく、客足も減ってきた。
忙しく店内を走り回り、足も棒のようだ。
夕方も過ぎ仄かな暗闇が辺りを覆う頃、店内の客も大分まばらになっていた。
「うむ。疲れたろう?何せ、全ての客に愛想を振りまいたのだ。スモモは休んでいるといい、後は私だけでも問題無い。この仕事の楽しさもようやく分かってきた所だ」
見たところガルザスは余り疲労を溜め込んでいないようだ。それどころか足取りも軽く、何やら嬉しそうに仕事を進めている。
考えてみれば、屈強な肉体を持つ冒険者達に限ってはガルザスを指名する者達も居り、皆満足して帰って行った。武を求道する者同士、引き合う部分があるのかも知れない。
楽しげに客に料理を運ぶ後姿に不思議な怪しさを感じるスモモであったが、ここは彼の優しさに甘えてお
くことにした。カウンター奥にある簡素な椅子に座り、強張る足を休ませる。
「おっ!ガルザスの旦那ぁ!ちょっと来てくれや」
窓側の席に座る、”静かなる剣”隊長の男が通り過ぎようとしていたガルザスを呼び止める。
先日のナグルファル退治の折に、戦友となった大斧使いの男だと彼はすぐに思い当たった。
「よく来たな。どうした、注文か?」
「いや、まあそうだな。戦士としての旦那のお勧めでも貰おうか」
「戦士としてのか?ならば、胆力の付く肉料理だな。店主!牛獣人のロゼ風煮付けだ!」
「ろ、ロゼ風って何!?」
知らない単語に困惑する店主は厨房に掛け戻り、隅で料理に関する書物を読み漁っているようだ。
料理人としての自負が不可能を認めたくないのだろう、ロードガイアの民俗史まで読み漁っているのがスモモには確認できる。
「スモモちゃん!悪いけど少し手伝ってくれる?」
厨房の奥から聞こえる焦った声にスモモは重い腰を上げ、厨房へと向かう。
広間には数人の客と一人のメイドだけが残された。
「さて、ちょっと聞きたいんだが良いか?」
隊長の男は妙に神妙がかった顔でガルザスに言葉を続ける。
「客も少ないことだ、良いだろう」
「俺はあのクエスト以来気になって仕方が無くてな、何処かで昔アンタの名を聞いたことがあったんだ。だからロゼ帝国に関する文献を漁ってみたらよ、戦の歴史の中にアンタと同じ名前を見つけた。あらゆる武器を使いこなす偉大なる双斧の大将軍、忘我の契約者、冒涜の死騎士――――」
「・・・・・・・・・・・・」
彼の話を黙して聞き続けるガルザス。
その瞳に宿した赤い炎は追憶に引かれる様に静かに揺らめく。
表情は読めない。しかし、いつもの彼の態度でもないと感じさせる。
「奴は、約200年前、バラガルドを盟主とする連合軍による帝国攻めの最中に魔法による集中攻撃を受け、死んだとされている。多数の兵士の証言からほぼ確実らしい。だが、ガルザスと言う男は何らかの手段で蘇り単騎で一師団を全滅させ帰還した。戦略家が見ても首を傾げる出来事だったそうだ。結果的に、奴を突破することを避けた連合軍は二軍をぶつけ奴を本丸から孤立させた上で、一軍による地下からの強襲でロゼ帝国を落とした。その後、ガルザスという男の消息は知れないとされている。・・・・・・なあ旦那、アンタなんだろ?幾ら大将軍と言えどたった一人の”人間”に一師団を全滅させることは出来ない。アンタは己の魂を犠牲に国を守ろうとした。違うか?」
長い説明を終え、ガルザスの反応を見つめる。
懐かしむような、悔いるような、様々に形を帰る瘴気が鉄面皮の奥にある表情を唯一感じさせる。
「・・・・・・その男はもう死んだ。この場にいるのは、ただ己の身勝手な願いを叶えんと既に無き命に縋り付いているに過ぎない、スモモに服従する心弱きアンデッドだ」
「そうか・・・・・・。誰だって人に言いたくない過去もある。つまらん詮索をして悪かったな」
「気にするな。過ぎた事だ」
これ以上、ガルザスの過去への詮索は無駄だと彼は悟る。
十中八九、己の想像は正しいのだろう。だが、無理に聞き出して何になると言うのだ。
「ああ、そうだ。大事なのは今だよな。旦那がスモモちゃんと楽しくやっている今が一番重要なんだよな。へッ・・・・・・意外と堂に入ってるぜ、そのメイド服姿もよ」
「褒め言葉として受け取って置こうか。っと、料理が完成したようだ、待っていろ」
厨房から響く、女性二人が発する出来たー!という喜ばしげな言葉。
少しばかり無理難題を押し付けてしまったことを反省しつつ、ガルザスは料理を受け取りに向かった。
しばし待てば、スモモとガルザスの手に乗って運ばれてくる深めの大皿。
深みのある酒の香りが肉の中に溶け込み、豪快に盛り付けられた湯気を上げる一枚肉には薔薇の様に赤いソースが掛けられている。
「お待たせいたしました!牛獣人のロゼ風煮込みです!」
「ソースを肉によく馴染ませてから食べるのがロゼ流だ。それでは、ゆっくりしていけ。それと、これは私からの奢りだ」
隊長のテーブルの半分を埋め尽くすほどの大皿とその横に、ガルザスから手渡された透明のグラスに注がれた透き通る翠色の酒。
銘は”脳筋”。心強き者を指す、戦士の酒。
「粋な贈り物だな。有り難く貰おう」
「それでは、ごゆっくりー!」
再び、厨房へと戻るスモモに続き、ガルザスも一礼の後、背を向け歩き出す。
男は最後に、去って行くガルザスの背中へと顔を向ける。
「旦那は、バラガルドを恨んでいるのか?」
足が、止まる。
振り向きはしない。ガルザスの背に負われた業が、どれだけ重いのかは分からない。
ただ、聞いておきたかったのだろう。要らぬ詮索だと分かっていながら。
「・・・・・・恨んで無い、と言えば嘘になる。だが、敢えて言わせて貰おう。私は報復する気も無いし、怨恨など抱いていない。恨みを晴らす為に生きていても、その道は闇の底にしか続かぬ。私は、スモモという光に出会えた。彼女と歩む道を、怨恨などと言う感情で汚したくは無いからな」
彼はそれだけ言うと、厨房へと消えていった。
最後に、少々臭すぎたか、と照れくさそうに含み笑いを飛ばし。
「・・・・・・やっぱり、アンタはすげえよ。冒険者の俺なんかとは潜ってきた世界が違う。あの二人はきっと今に俺達の手には届かない存在になる。俺も頑張らねぇとな・・・・・・」
男は、目の前に出された料理を一心不乱に口に運ぶ。
「・・・・・・うめえ」
己の弱さを変える為に、強き男の足元に一歩でも近づく為に――――
夜の闇が深くなって行く。
最後の客が去る頃には、道行く町人の姿も無く深夜を回っていた。
仕事を終えたスモモとガルザスを待っていたのは店主による心ばかりの宴。
暗い街の中に一つだけ点いた明かりは、日付が改まる頃まで消えることは無かった。
美しき三日月照らす大地。
涼やかな風に流される草原に立ち並ぶ軍靴を履いた大勢の人間達。
皆、外套で顔を覆い表情は窺えないが綺麗に整列しているところを見るに何かを待っているようだ。
彼等が一様に見上げるのは、草原に一箇所だけ隆起する切り立った岩の塊の頂点。
この場にいる誰一人として声を発する事無く、その到来の時を待ち続ける。
突然、何一つ存在しなかった筈の空中に現れた二つの影。
影は、岩山の頂点から少し下った集団に面する箇所に降り立つ。
月の光に照らされ見える二人は彼等と違い外套を羽織っておらず、瓜二つの大人びた少女の顔を覗かせている。小さな身体をぴっちりと覆う黒い衣装に申し訳程度の上着を羽織り、両腕からは薄い青布が伸びる。
「時間」
「マスター。こっち」
彼女達は岩山の後方を向くと、感情を感じさせない声色でそこに居るであろう何者かに向かって声を掛ける。
二人の話す言葉はまるで一人の人間が話していると勘違いするほど声が似ており、そして流れるように流麗である。
息を呑むほどの短い時間が経った後、一陣の風が吹き荒れた。
「やぁやぁ諸君。今宵は素敵な満月の下、集まってくれてどうもありがとう」
何者も存在しえなかった鋭角の岩の頂点に、一瞬の瞬きの間に長身の男が悠然と立っていた。
男は、落ち着き払った態度で眼下の集団と二人の少女を見据える。
「マスター」
少女達は男に顔を向け、その指先で天に輝く月を指す。
「ん?どうした?」
「今日は三日月。満月じゃない」
促され上空に目を向け、男は少し驚いた顔を見せるが直ぐに元の表情に戻る。
「おっとそうだった!それでは改めて・・・・・・今宵は鋭いナイフのような三日月の下、集まってくれてどうもありがとう」
眼下の集団は軍靴を鳴らす音で彼の言葉に応える。
一糸乱れぬ動きに統率された彼等の動きを楽しげに見つめると、男は言葉を続ける。
「それじゃあ始めようか。今回の題名は、そうだな・・・・・・悪は滅びた!ってのはどうだい?」
肯定の意を示すように軍靴の音が響き渡る。
「皆が気に入ってくれたみたいで良かったよ!それじゃあ、正義の集会を始めよう。ハハ!皮肉が効いていて素敵じゃないか」
黒に包まれた集団、そして少女と謎の男による異常な雰囲気に包まれた密会の幕が開かれる。
この場で笑顔を湛えている者は頂点に立つ男だけであった。
「まず、えーっと・・・・・・そうだ!ロゼ帝国の地下で飼っていた”アレ”は、地上に出しても問題無いくらいに万全な状態になったのかい?」
男は、集団の中の一人を指差し声を掛ける。
やけに動きの重いその一人はすごすごと集団の前に出ると、片膝をつき跪いた。
「申し訳ありません!ナグルファルは我々の眼の届かぬ隙に侵入した何者かの手によって、完全に消滅していました」
「・・・・・・ほう?これは珍しい事もあったもんだ。君達、呪術師が一年もの歳月を掛けて製造した格別のアンデッドだったはずだけど、バラガルドの兵士にでも討たれたと言うのかい?」
静かに、冷ややかな声で跪く男に原因を追究していく。
外套を被った男の表情は定かではないが、明らかに焦りを見て取れる声色で事態の説明を始める。
「我らが製造したアンデッドは兵士や冒険者如きに討ち破られるほど脆弱ではありません。その上、地下深くに封印していたナグルファルが何故、彼等に倒されたのか・・・・・・。どう考えても、ナグルファルがひとりでに地上へと浮上し、相当な力を持つ聖職者に倒されたと考えざるを得ません」
「なるほどね・・・・・・。アンデッドは聖職者に強い敵意を示すものだ。封印を自ら破り、本能に任せ勝手に動き出したと考えても不思議ではない。だが、そんなに強い聖職者なんてこの世界に数えるほどしかいないし、彼等が動いたと言う情報は無い。はてさて・・・・・・何者なんだろうねぇ、その強者は。興味が湧いてくるよ」
「最も近隣の街、ラ・ヴィガルドで奴を倒しうる黒鉄以上の冒険者の動きはこちらに筒抜けだった筈です。その中に聖職者は確認されていません。その上、冒険者大人数を集めなければ討伐には至らないでしょう。そうなれば嫌でもこちらも気付く。・・・・・・申し訳ありません、我々には敵の姿が全く見えませぬ」
外套の奥に悔しさを滲ませ、呪術師の男は頭を振る。彼の中に渦巻く感情には後に我が身を襲う処分への恐怖も多分に含まれている。
しかし、対する長身の男の反応は些か違うように感じられた。
「ククク・・・・・・いやはや、全く残念だ!本当に、本当に素晴らしい!ナグルファルをほぼ単独で蹴散らした極上の猛者がまだこの世界に眠っていたと言う事じゃあないか。フハハ・・・・・・愉快だ!君達は失敗からとんでもない朗報を作り出してくれたんだよ!素敵だ、素敵過ぎるよ。任務の失敗については不問にするよ。そもそも罰する気なんてさらさら無かったんだ、ナグルファルの事は残念だけど、もういい」
場を覆う暗闇に表情は見えず、だがその中で口を吐く心の底からの無邪気な笑い声が彼の感情を表現する。
手に取れるほどに明らかな驚愕が波及していく集団、普段通りとばかりに目を伏せる二人の少女。
混沌に包まれた場に、ただ一人の大きな笑い声が響き渡る。
「隊長」
「ん、どうした?」
「消滅したナグルファルはバラガルド攻略の切り札に使う筈です。この先、我々はどう致しますか?」
呪術師の男の進言に、もっともだとばかりに後ろに控える呪術師達も顔を強張らせる。
目下、彼等の大きな敵は公国バラガルドだ。戦略兵器として有用なナグルファルの製造を彼等に命じたのもバラガルドに放ち、混乱を作り出す事が目的だろう。
「ああ、そうか。君達には意図的に目的を隠していたからね。驚かせようと思ったんだが、もう終わってしまったことだしね」
隊長と呼ばれた男は、悪戯っぽく自嘲的な笑みを浮かべると話を続ける。
まるでナグルファルなど始めから必要無かったと言わんばかりにその口調は軽い。
「我々に説明頂けませんか?隊長。恥ずかしながら、私には意図が読めません」
「そうだねぇ、簡単に言えば訓練・・・・・・かな?あ~あ、ネタをばらしてしまうと少しも面白くないね」
「それはどういう・・・・・・?」
冷や汗が顔を流れていくのを感じながら、呪術師の男は問う。
せり上がってくる一抹の不安を頭の中で懸命に抑え。
長身の男の口元が楽しげに釣り上がる。まるでこの反応を待っていたかのように。
「ナグルファル・・・・・・アレはね」
「僕達の訓練相手になる予定だったんだよ」
ひとしきり残念そうに言葉を投げる男の様子に、この場にいた誰もが戦慄の表情と畏敬の感情を隠すことが出来ない。絶句して見上げる彼等に満足したのか男の笑みは暗く、明るい。
「他に聞きたい事は無いかな・・・・・・。さぁて、他に報告は無いみたいだし僕からも報告を始めよう。これまで僕達は、強き者に対し反逆を続けていた。最終目標はバラガルド。前はそう言っていたのだがね、正直なところバラガルドだけでは面白くないんだ。ここに新たな目標を打ちたてたほうが皆もやる気が出ると思うんだ」
陽気に語り続ける男を固唾を飲んで見つめる。
これから、何を話し出すのか危機感を感じながら。
「魔界――――そう、魔族に反逆しよう!」
手を叩き、ステップ軽やかに男は踊る。
動きに合わせ彼の黒い長髪が揺れ乱れ、蛇を射殺すほどの狂気を孕んだ鋭い眼光を覆い隠す。
普通の人間では及びもつかぬ身体能力を備える魔族の強さは彼が一番良く知っている筈だ。
「10年振りだよ。あの時は何度も死を覚悟した。次は、どうなるかなぁ?楽しみだ・・・・・・!これからはバラガルドと魔族、世界を牛耳る二つの力に立ち向かうとしよう。僕達”反逆者”がね」
右腕に嵌められた、蒼黒い衣装に似合わぬ赤いガントレットに輝く、太陽を象った紋章を舐めるように見つめる。
人間には救いの象徴として、魔族には憎悪の象徴として広く知られる、勇者の紋章を宿し暗殺者は嗤う。
酔いしれるままに彼は振り返り眼前に広がる大地を一瞥すると、その群青に輝く眼に悪魔的な妖艶さを漂わせ静かに夜の闇に溶けて行った。
「さあ、楽しい楽しい反逆の始まりだ・・・・・・!」
消え去る間際に言い残した言葉が静寂とした闇の中に響く。
世を支配する全てに対する宣戦布告を告げ――――
「まずはバラガルドの主要都市、ラ・ヴィガルド」
「同時に、一番近い魔界南の城”ゲヘナ”」
残された集団に少女達の無機質な声による指令が伝えられる。
隊長は本題を多くは語らない、皆に作戦を伝えるのは専ら彼女らの仕事である。
「そこの市長”マックス”」
「城主、皇牙族族長”タイタン”」
『殺せ』
男達は指令を終え闇に消え行く彼女達を見送ると、隊を二つに分ち真逆の反対の方向を目指し駆け出す。
始めからそうなることが決まっていたかのように彼等の行動は素早く、統率が取れていた。
一度、作戦が開始されば先ほどまで慄いていた各々の眼から恐怖の色は消え失せる。
彼等は詠う。このくそったれに平和で退屈な世界に向けた、鎮魂歌を。
願うは、王亡き世界に訪れる混沌に満ちた地獄。
勇者の残滓に導かれ、死の帳に集いし闇の英雄達。
時は満ちた。
反逆を始めよう――――
大いなる存在に、久しい死の感触を、反逆者の爪牙を刻み付けてやろう。
スモモは古ぼけた宿屋の一室に戻り、ぽっこりと可愛らしく膨れた腹を満足げに摩る。
喫茶店での働きの報酬は、店主の腕によりを掛けた料理の数々だった。
そのどれもが初めて目にする品々で、その美味に目と口の両方が満たされたのだ。
「疲れたけど、楽しかったなぁ・・・・・・料理も美味かった。今日は最高の一日だ」
気だるげに衣服を脱ぎ捨てると、いつものように椅子に座りドライアドに火を灯す。
やはり一仕事終えた後の煙草は最高だ、その日の疲れが洗い流されていく。
何の気なしに口の中の煙を輪の形で吐き出す遊びに精を出しては、飽きてドライアドを潰す。
そんな頃にはもう夜更けも深い。すごすごと布団に潜り込む。
この世界は発見が一杯でその全てが面白い。
だが明日は、そろそろ元の世界への手がかりを探してみよう。
つい、日本での生活を忘れてしまいそうになる自分を自省し、本来の目的を考える。
様々な思考が頭の中を巡って行く内に、スモモの意識は闇の中へ落ちて行った。