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姫!豪腕の一撃で筋肉聖女!? ループ7

「だ、誰だ!?貴様!我輩が何者なのか知らないのか!?」

絢爛豪華の粋を極めた巨大な屋敷の大広間。

広く手入れの行き届いた美しき内装は、無残に散らされた衛兵の死体と血でむせ返るような異空間と成り果てていた。

その場で血の海を這いずり周る小太りの男。

豪華な服装で着飾り陰険を顔に貼り付けた様は正に、嫌味な成金の貴族と言うところだろう。

彼はこの館を地獄へと変貌させた、とある集団から懸命に逃げ回っていた。

もう身を守る、金に物を言わせて雇った衛兵達は全て謎の集団により壊滅していた。

「う・・・・・・うわあ!」

数ある部屋の一つに立てこもった彼の目の前には何時の間にか部屋に侵入していた男の姿。

恐らくはこの集団の頭目と思われる。衛兵の大半が彼により血の海に沈められたのだ。

体中に血をこびり付けた男は愉快そうに鼻歌を歌いながら彼に向かって歩いてくる。

「目的は何だ!?金か?金なら幾らでもある!そうだ!我輩の傭兵にならないか?」

頭目らしき男は薄ら笑いを貼り付けた顔で直も近づいてくる。

「何故我輩を殺そうとする!?メイド達無抵抗の者達は逃がしたと言うのに!」

男は笑顔を絶やさぬままに溜息を一つ。

「困ったね・・・・・・。ここまで呆気無いとは」

少々幻滅したように男は言い放つ。

圧倒的なまでの力の差を男は見せ付けた。

恐ろしい男である。更に恐ろしいのは目的が判然としないこと。

「金が欲しくないと言うのならば、何だ!?権力か!良いだろう、我輩はバラガルドの上級貴族だ。それに裏の組織とも繋がりがある!口添えして貴様を貴族に・・・・・・」

彼が言葉を言い切らぬ内に男の握る短刀がその首を切り落とした。

物言わぬ死体となった男は己が作った血の海に沈む。

「その巨大な力に立ち向かうのが楽しいのだろう?・・・・・・さてと、行こうかな。ロゼに置いて来たオモチャの完成も気になる事だしね」

彼はまた鼻歌を歌い始め、影のように消えていく。

愉快そうに口を歪ませながら。

消えていく一瞬、彼の右手のガントレットに部屋の明かりが反射し、かつて魔王を打ち滅ぼした勇者を示

す太陽の紋章が怪しく光ったのだった。



ロゼ帝国の裏手を回り、ようやく城の正面まで辿り着いたスモモと鎧の死霊(ファントム)

執拗なまでのアンデッド達の追撃を突破することは容易な事ではなかった。

スモモの隣に佇むこの男の協力無しには振り切れなかっただろう。

彼が一度(ひとたび)双斧を振るえば、死で埋め尽くされた壁に大きな風穴が空いた。

スモモがその間隙に飛び込めば、風穴は更に広がり広間となった。

彼がスモモの後に続けば、広間に死の絨毯が敷き詰められた。

それは二人で作り上げた劇場となった。

「ふぅ・・・・・・やっと落ち着きましたね」

少々肩で息をつきながらスモモは顔の汗を拭う。

(流石はランクアップの試験だな・・・・・・ここまで敵が出て来るとはね。すげぇなあギルドの皆は、あんな数の敵を一人で相手してきたのかよ。人間じゃねえな)

彼女の頭の中には冒険者ギルドの面々が浮かぶ。多くがランク(ブロンゾ)以上と言うことはスモモが抜けてきた地獄をたった一人で抜けてきたと言うことだ。

改めてこの世界が異世界であると実感せざるを得ないスモモであった。

「なあスモモ、少しいいか?」

隣から鎧の男が話しかけてきた。丁度、彼女も話し掛けようと思った矢先だ。

落ち着いたら聞こうと考えていた、先程の問いに対する答えを。

「はい。どうしました?」

「先ほどの返事をまだ伝えていないと思ったのでな」

「どうでしょうか?私と・・・・・・一緒に来てくれませんか?」

緊張の瞬間である。

何となくは、彼は来てくれるとスモモは考えているのだが結局は答え次第である。

向き合う二人、目線が交差する。

「ああ・・・・・・。ムッ?すまないが答えは後だ。地中から何かが来る!」

スモモを見下ろしていた彼は突然の気配に城の中庭へと視線を向けた。

距離は近い。彼等は城門の近辺に居る為、目と鼻の先の距離である。

彼が感じた気配は死者のもの、即ちアンデッドである。

しかしゾンビでもスケルトンでもない。彼がこれまで感じた事も無い強大な気配だった。


大地が割れる。苔に汚れた噴水も、逃げ切れなかったアンデッドをも大地の裂け目に消えて行く。

やがて裂け目より溢れ出す瘴気の渦。

轟音を瓦礫と共に巻き上げながら”それ”は大地へと浮上した。


「な、何ですかこのでっかいの!?」

「初めて見たアンデッドだ。私にもヤツが何者なのかは分からない」

スモモはは眼前に出現した異常に目を凝らす。

男の言に依るならばあれはアンデッドなのだろう。

しかし、余りにも巨大である。巨大過ぎるのだ。2mはあろうかと言う鎧の男を遥かに超える体躯。

スモモがかつて戦ったミノタウロスの体長の3倍近くはある巨躯である。

全身はゾンビを継ぎはいで作られており、それを滅茶苦茶に人の形を再現したようなモンスターである。

両腕だけが肉襦袢の様に異様に膨れ上がり、二の腕に当たる部分には脈打つ血管が見えた。

その巨大な掌はスモモを容易く握りつぶせるだろう。

頭に当たる部分には包帯が幾重にも巻かれ、辛うじて確認できるのは赤く血走った片目だけだ。

包帯を貫くように怨嗟の叫びが辺りに響き渡る。

「な、何ですか・・・・・・あの船は!?」

上半身だけでも極めて異様な姿をしていたが、下半身は異様を通り越して不可思議で珍妙だった。

腰に当たる部分から下が骸骨によって作られた箱船の様な物にすっぽりと収まり、その船から伸びる4本の錨が浮上を続けるそのモンスターを地上に張り付けていた。


禍々しき瘴気を動力とする高位のアンデッド。

その名は”死者の箱舟(ナグルファル)

救い無き箱舟は感じ取った聖なる力の根源を滅するべく、面舵を切った。


(何なんだコイツは・・・・・・。変な見た目しやがって、デカイ図体してりゃ良いって訳じゃねぇだろうが!ビビッたら負けだ、このモンスターも(アイアン)の俺でも勝てる相手の筈だ)

明らかに敵は此方に敵意の眼差しを向けている。更に言うならばスモモを血走った目で凝視している様に見える。

(うへぇ、ロリコンかよ・・・・・・早いとこ倒しちまおう)

スモモの背筋に悪寒が走る。恐らく生前は色々な意味で危険人物だったのだろう。

野放しにしておくのは極めて危険だと判断する。

「よっし!行きましょうおじ様!」

「あ、ああ。あそこまで巨大なモンスター相手にも臆さないとは余程肝が据わっているのだな」

「そんなんじゃないですよ。ただ図体の大きなモンスターを見てるとこう・・・・・・燃えちゃうんです!」

「お前をそこまでさせるとは、余程の因縁があるのだな・・・・・・だが、見たことの無い相手だ。油断はするなよ」

「はい!」

男は背負っていた斧を再び両手に握ると、腕の手甲より鋼鉄の鎖が伸び斧に絡みつく。

彼が何をするつもりなのかスモモには理解できないが、恐らく戦闘を有利に進める為だと考え言及はしなかった。

それよりも戦闘の準備である。

背後に城、前方には広がる廃墟。ここならば気兼ね無く使うことが出来るだろう。

「行きますよ~!変装(ドレスアップ)!」

鎧の男から少し距離を取り、コスプレマスターの固有スキルを発動させる。

思い描くのは紅の騎士の姿。

魔力を消費する独特の感覚の後に、火柱が立ち上り己の体を包み込む。

「ムッ!?どうしたスモモ!敵の攻撃か!?」

信じられないことに、慌てた様子で火柱へと男が駆け寄ってきたのだ。

これには炎の中のスモモも大慌てである。

「ち、違います!大丈夫ですから、心配しないで下さい~!」

彼が勢い余って火に突っ込んだら一大事だ。

戦う前から味方を怪我させるなど言語道断である。

何とも締まらないが自分は無事だと炎の中より声を掛けたのだった。

その後、炎柱を割りドラゴン・ライダーへと変貌を遂げたスモモが現れたのだが驚嘆の声を挙げる鎧の男を余所に、彼女は気疲れにより元気の無い表情であった。

「何と!?お、お前はスモモなのか?」

「はい、そうなんですよ・・・・・・」

「凄いな!聖職者(プリースト)でありながら騎士でもあるとは!」

「ありがとですぅ・・・・・・。コレはドラゴン・ライダーって言います。ハイ・・・・・・」

彼の興奮は今や有頂天なのだが、対するスモモの興奮は冷め切る始末。

格好付けて名乗りたかったなど、口が裂けても言えないスモモであった。


目の前で繰り広げられる茶番に飽いたのか、はたまた無視されていることに憤りを感じたのかは判然としないが、様子を興味深げに観察していたナグルファルは遂に錨を地面より引き上げ、運行を開始する。

目的地は小さな赤き騎士。隣に佇む同胞も敵だと認識した。

低位のアンデッドたる其処の低級霊は我に頭を垂れ、己が一部となるのが道理。死の食物連鎖すらも知らぬと見える。

それを反故にし、あまつさえ人間の味方をすると言う忌まわしき裏切りの罪には死よりも凄惨な罰を、永劫の闇という深海へと沈めてくれよう。

怒号の叫びは継ぎはぎの体を赤く染めていく。

ナグルファル――――その名を地獄の底まで刻み付けてやろう。

箱舟が急速に推進速度を上げて行く。地上を運行する船は、大地を抉りながら標的へと突進した。


「う~む・・・・・・初めて聞く職業だ。ドラゴン・ライダーか、燃え盛る炎の如き荒々しき力を感じるな!素晴らしい」

「そうですか?え、えへへ・・・・・・。そんなに褒めても何も出ませんよ~?」

嬉しそうにスモモはその場でステップを踏む。

先ほどまでご機嫌斜めだったスモモだったが、余りにも子供のように男が喜ぶものだから彼女も何となく楽しげな気分になっていた。

(あれ、何か大切なことを忘れているような?・・・・・・あっ!!)

「来るぞ!」

スモモが気付くよりも早く、気配を察知した男の警報が飛ぶ。

慌てて右へと顔を向ければ、高速で此方へと向かって迫る件の巨大アンデッド。

彼女がロリコンと揶揄した血走った目の怪物だ。

「ふッ!」

大地を蹂躙し襲い来るそれを間一髪の所で横手へと大地を蹴り飛ばし回避する。

敵は進攻の勢いを殺すことは出来ず、そのまま彼等の後方に佇む城へと突っ込んだ。

巨大な箱舟の衝突により、いとも容易く崩落していくロゼ帝国。

落ちてくる瓦礫を掻い潜りスモモは何とか距離をとった。

しかし、ここに来て男が回避出来ていないことに気付いてしまったのだ。

「おじ様!!」

スモモの大声が崩落を続ける城へと飛ぶ。

その声に反応する様に敵の顔がスモモのいる方向へと向き直り、衝突したと言うのに傷一つ無い船が面舵を切ろうとした。

だが船は動かない。上半身はスモモへと赤く膨れた手を伸ばしているが届かない。

やがて、城は完全に山のような瓦礫へと姿を変えた。

「あッ・・・・・・!おじ様ァ!」

煙に覆われた崩落が遂に終わる。

スモモの目に飛び込んだのは、一対の斧を箱舟へと食い込ませ全身で敵の突撃を受け止めた男の姿だった。

「残念だったな。この鎧を破壊するには、まだまだ踏み込みが足りぬようだ」

案外上手くいくものだ、男はそう思った。

男の鎧のあらゆる箇所から闇が噴き出し、死霊(ファントム)の力を後押しする。

城に向かって大地に刻まれた二つの足跡の線は、瓦礫の山の中心をもって止まっていたのだ。

ナグルファルはやっと自身の置かれた状況を理解し、怨嗟の叫びを挙げ船首を揺れ動かすが食らいついた羽虫を追いやるには足りないようだ。

「スモモ、さあ行け!奴の動きは私が止める。お前の強さを私に見せてくれ!」

怪物の陰より、鬨の声が飛ぶ。

この状況を待っていたような狙いすまされた合図だった。

「はい!」

彼の無事を喜ぶスモモ。だが、喜びに浸っている時間は無い。

もたらされた好機をフイにすることは出来ない、彼が作り出したかけがえない物なのだ。

その身に炎を纏い、握る槍を下段に構える。

逆巻く炎に煽られざわめく美しい髪と胸のネクタイ。

荒れ狂う焔は更に勢いを増して行く。

イメージするのは、迸る迅雷の如き刺し貫く軌道――――

狙うはアンデッドの心の臓。

無理矢理に押し込められた力は解放を求め、今や暴発寸前。

(・・・・・・行くぜ!)

「”疾風怒濤しっぷうどとう”!!」

溜め込んだ力を解放し、スモモは声高に言い放つ。

誇り高き竜王の炎を宿し騎士は、蜃気楼のように、霞のように残像を残しその場から消え去った。

足跡に僅かの火種を残し。


目標を見失ったナグルファルの叫びが一帯に響き渡る。

自身の感知能力を最大限まで機能させ、忽然と姿を消した少女を捜索する。

反応は――――あった。こちらへと接近している。

しかし確かに居るであろう場所に目を向けても、其処には草木無き大地に目的も無く徘徊する死人の姿しか見えないのだ。

死者の箱舟を襲う非常識の波。視界に捉えた筈の小娘が今やこの目に映らない――――


厳密に言えば、彼女は本当に消えた訳ではない。

敵には姿が消えたように見えていただけだった。

ナグルファルの継ぎはぎの体を貫かれる感覚と凄まじいまでの衝撃が襲い掛かる。

包み込まれるような異常な熱さに自身の胸元へ目をやれば、深々と体に突き刺さった槍とそれを更に押し込む少女の姿。

その少女がスモモだと気付いたのは、少し遅れて轟音がこの攻撃に追いついてからの事だった。

疾風怒濤――――ドラゴン・ライダーが持つアーツの一つ。

限界まで圧縮された熱を瞬間的に爆発させる事で短時間の超高速機動を可能にする技である。

爆発により発生した推進力を、自身の本来持つ高速に加算した一撃。

その速さは音速を超え、衝撃波を同時に生み出すほどだ。

紐解いてみれば明快な攻撃である。スピードを最大まで上げてただ突っ込む。

その実は単純な攻撃故に尋常ならざる威力を持つ。

余りに早すぎる為に、発動した者自身も目が追いつかないという難点があるのだが・・・・・・。



群がる死者共を蹴散らし、二人の男達は寂れた城下町をひた走る。

彼等の任務は、霧の中に消えて行った少女の救出である。

「そこを退きやがれぇぇ!!アンデッド共がぁッ!」

激昂の雄たけびを挙げながら隊長格の男は、身の丈を優に越える両刃の大斧をまるで手足のように器用に操りゾンビとスケルトンの群れを次々と薙ぎ払っていく。

「よぉ兄弟!今回はいつになく張り切ってんじゃねぇかぃ!!」

それに追従するバンダナを頭に巻いた男も、いつものように軽口を叩きながらも鋸刀を操る技の冴えは鈍る事無く進路の邪魔になるアンデッドのみを的確に切り刻む。

「しょうもねぇ事を喋くってる暇があったら走りやがれ!霧で見えないが、スモモは城の方面に居ると見て間違い無ぇんだ。さっさと行くぞ!」

「どうしてそんな事が分かるんだよ?」

「馬鹿野郎!普通の人間と聖職者(プリースト)、奴らがどっちを優先して狙うかガキでも分かるだろうが!」

「ってことは・・・・・・」

「少なくともこの場所にはスモモは居ねぇ!奴らが俺達を攻撃するって事はそう言う事だろうが!」

「おお、なるほどなぁ!でもスモモちゃんにもしもの事があったとしたら・・・・・・」

「縁起でもねぇ事言うんじゃねえぞ!アイツは絶対に生きてる。このクエスト失敗したら分かってんだろ!?俺もお前も”(ゴールド)”突っ返して冒険者廃業させるぞ!!」

「ひえぇ~!」

爆走する彼等の勢いを止められる者などこの場には誰一人として存在しない。

討伐適正ランクが”(アイアン)”であるゾンビとスケルトンが幾ら束になって襲い掛かろうとも、足止めにすらなっていないのだ。


霧の都を奥へ奥へと突き進む冒険者達。

遂に辿り着いた先で見た物は、彼等の想像を遥かに超えていた。

跡形も無く崩れ去った主無き城塞、そして――――

「嘘だろ・・・・・・よりにもよって!」

憤怒の叫びを撒き散らす巨大な箱舟の姿であった。

先ほどまでの勢いはどこぞへと消え失せ、彼等は城塞前の門を前に立ち止まる。

二人の顔からは疲れとは違う理由で汗が滴り落ちていった。

「ナグルファル・・・・・・!そうか、奴が原因だったか・・・・・・!」

隊長格の男は絞り出すように声を発する。

その顔には全てを理解した上での絶望を貼り付けて。

あのアンデッド自体が高位の個体であり、仮に二人が死力を尽くし戦ったとしても勝てる見込みは薄い。

十分な勝算を期すならば黒鉄(クロム)級冒険者を5人以上、最低でも(ゴールド)級冒険者が20人以上で掛からなければ勝てる相手ではない。

更には、その地に眠る死者を根こそぎアンデッドとして再活性させる特殊能力を持つ。

それが数百年前に死した人間であろうとあろうと関係無い。

溢れんばかりの瘴気を箱舟より垂れ流し仮初の肉体を与え、蘇らせる。

その特性からナグルファルは対抗手段を持たない国家であれば単騎ですら崩壊させる事が可能な程に危険なアンデッドである。

実際に東の小国で発生した際には、その次の日には無残な死の都と化していた。

討伐しようとしても、死んだ者を端からアンデッド化させるため敵は数限りなく増えていく。甚大な被害は避けられない。


「兄弟・・・・・・これはちぃっとばかし俺達でもヤバイみたいだな」

「ああ、考え得る限り最悪の敵だ・・・・・・」

苦虫を噛み潰したように苦しげに男は言う。

このアンデッドをラ・ヴィガルドに向かわせてはいけない。

心では分かっていても、竦む体は言うことを聞こうとはしない。

ナグルファルと戦って勝てる可能性は皆無に等しいのだ。

戦って、死んで、無我の死人と化すのが分かっていて――――それでも立ち向かわなければならない。

武器を握る手が震えだす。目が奴を見ることを恐れている。

「クソッ!スモモ・・・・・・何処に居るんだッ!まさか、奴に・・・・・・」

絶望が、体を、心を包み込んでゆく。

自分が辿り着くのが今少し早ければ救出に成功し逃げ切ることも出来たかも知れないと、後悔の念が波のように押し寄せる。

「お、おい!見ろ!誰かが・・・・・・奴と戦っている!」

「なッ・・・・・・!?」

男は仲間の一言に信じられないというように彼の指差した方向へと目を凝らす。

敵の巨体に比べれば余りにも小さいが、確かに居たのだ。

ナグルファルの周囲を飛び回り攻撃を続ける紅の騎士の姿。

敵の攻撃をすんでの所で弾き、空中で踊るように荒々しくも美しい槍撃を繰り出す蟲惑的な魅力の武。

あの比類なき亡者を相手に力だけで渡り合っている。俄かには信じられなかった。

見覚えの無い筈だった。しかし隊長の男には小さき騎士に思い当たる節があったのだ。

嘘だと笑い飛ばしていた。良くある御伽噺だと思っていた。

だが、ふと見えたその騎士の顔は紛れも無く――――

「あれは・・・・・・まさか、スモモなのか?」

「ど、どういうことだよ!?」

「紅の戦乙女(ヴァルキュリア)・・・・・・噂は、本当だったのか・・・・・・!」

「だから、何だってんだよ!?」

隣からの焦りを孕んだ怒声が鼓膜を揺らす。

そこで初めて分かったのだが、自分の中に巣食う焦燥感は不思議と消えていた。

「あの騎士は、スモモだ」

そう一声だけ告げると男は愛斧を深く深く握り締め、導かれるように敵の元へと駆け出した。

きっと、彼にはもう彼女の姿しか見えていなかった。

願い、追い求めた無双の武をこの目で見てしまった。

ならば、理屈は必要無い。

「お、おい!・・・・・・クソッ、分かったよ!ああもうどうにでもなりやがれ!!」

隊長の男が執った謎の行動の意味を理解できなかったが、死地へと向かう彼を見殺しには出来ない。

彼が行くというのならば其処が何処であろうと続くのみ。

バンダナの男も悪態を吐きながらも、彼を追うようにして霧の中へと消えていった。



息が詰まるような緊張感がスモモの心を刺激する。

疾風怒濤の一撃がナグルファルに突き刺さり、このまま押し切れる物だとこれまでの経験から考えていたのだが、そう上手くは事が運ばなかったのだ。

心臓を突き刺されても未だに敵は健在。荒ぶる怒りをそのままに大木のような拳が襲い掛かったのだ。

空中に逃れてその攻撃を避ける事に成功したのだが、その後も続く巨拳の連打が散弾銃のように降りかかる。

当然だが、空中での動作は地上ほど機敏ではない。否応なしに落下していくスモモを身の丈ほどもある拳が捉えようと迫り来るのだ。

「くッ・・・・・・!」

体を捻り間一髪で避けては相手の腕を足場に本体へと迫り、槍を突き刺してまた空中に飛び上がる。

いつ終わるとも知れない応酬が繰り広げられていた。

(ちょっとコイツ、タフ過ぎだろうが・・・・・・。どうなってんだよこの世界の強さの基準はよぉ。ミノタウロスの次がこれっておかしくないか?)

相対する敵のこれまででは考えられなかった耐久性に、つい不満を漏らす。

スモモの三つあるジョブの内、最も攻撃性能に特化したドラゴン・ライダーの攻撃を受け続けても倒れない。ロード・ガイアで戦ったモンスターの中でもぶっちぎりで硬い相手と言っても過言は無いだろう。


真上より振り下ろされた片腕の攻撃を再び避けるスモモ。

だが、戦闘中に余計な事を考えたのが災いだったのだろう。

「迂闊ッ・・・・・・!?」

視角外から繰り出された、横合いからの強烈なフックを見切ることは叶わなかった。

咄嗟に槍を縦に構え壁にするがそれすらも関係無しにナグルファルの殴打はスモモを捉え、壁ごと強引に殴り飛ばした。

「な!?スモモ!!」

鎧の男のくぐもった叫び声がナグルファルの船首より空しく響き渡るのだった。

圧倒的な暴力の力によってスモモの体は高速で吹き飛ばされていく。

空気抵抗による見えない壁を次々と貫通する程に尋常ではないスピードである。

列車が突撃してきたと見紛う程の衝撃に頭が思うように働かない。

(く・・・・・・こういう時は、受けるダメージを・・・・・・減らさないと・・・・・・)

彼女の頭に霞のように浮かび上がる記憶。

自身の受けるダメージは最小限に、敵には最大限のダメージを。

このような状況で思い出したのは、L.Lでの長年の経験が無意識に武蔵野猛へ教えた物だった。

スモモは自身が風を裂く轟音を感じながらロゼ城塞の庭園に位置する、煉瓦造りの兵士詰め所へと叩き込まれる。

小さな兵士詰め所は老朽化が進んでいたこともあり、彼女の激突を受け止めることは出来ず脆くも崩れ去った。


「スモモーーッ!!ッ貴様ぁぁ!!」

その光景を目の当たりにした鎧の男は怒りに感情を露にする。

発する黒きの闇の波動はその怒張に狂い猛り、目の前の憎しアンデッドを喰らわんと襲い掛かった。

しかし、力の根源を同一とする敵である。即ち、この攻撃は全くの無意味。

水の入った瓶に上から水を掛けても何一つ変化は無いのだ。

嘲笑うかのように瘴気の波動を素通りし、更には錆付いた4本の鎖に繋がれた錨がまるで意思を持つように、彼の四肢を絡め取った。

一瞬にして磔のように全身を大の字に拘束される。

逆に拘束を解かれたナグルファルはニタニタと絡みつくような気持ちの悪い笑みを湛えている。

「ぬおおおおおお!!こんな物で私を縛れると思うな!」

無理矢理に鎖を引きちぎろうともがく男の精神へと、敵が瘴気を介して語りかけてくる。

尊大で、下卑た笑い声が彼の頭の中に響き渡った。

そして、目の前で彼女を喰らうと鼻高らかに言い放ってくるのだ。

「させぬ!させぬぞぉ!」

錨に縛り上げられもがく男の愚かな様を、ナグルファルは楽しげに観察する。

無知なるアンデッドに、上には上が居ることを教授してやったのだ。

もうこの男に用は無い。

忌々しき少女を喰らった後に、この男は我が体内で燃料としてくれよう。

ナグルファルは満たされた歓喜の叫びで全身が赤く脈打つのを感じていた。


ガラガラと音を立て崩落していく建物の中で、小さな光の束が緩やかに集束していく。

誰一人として耳に届かなかったであろう。

詰め所へと激突する寸前に、スモモが発した微かな声を。

崩落が終わる。

ただの瓦礫の山と化した詰め所の中から、6対の白く輝く天使の羽根を折り重ねた繭のような物体が現れた。

天使の翼が前方より開かれて行く。

開かれた繭の中から光と共に姿を見せる女神の寵愛を纏ったロード・クレリックの少女、スモモ。

「ま、間に合った・・・・・・」

瓦礫にもたれかかりながら安堵の表情を浮かべる。

衝突の直前のタイミングで彼女はスキル”変装(ドレスアップ)”を発動し、耐久力の高い元の姿へと変貌していたのだ。

「痛ったた・・・・・・。これが俺ならマジで死んでたぜ。スモモでよかったぁ・・・・・・」

体の軋む音がスモモを刺激する。

高い耐久性を誇る今の形態でさえ受けた傷は中々に大きい。

全身に刻まれた細かい擦り傷や打撲の跡。己の耐久力の高さに感謝せざるを得ない。

(骨が数本持ってかれたなこりゃ・・・・・・。あの野郎、なんて馬鹿力だよ)

心の中で敵に毒づく。

少なくとも骨を折っても平静を保てるのはスモモの体が強靭な為だろう。

スモモは震える手の中に愛の杖を呼び出した。

「・・・・・・神聖回復(アークヒール)

回復スキルの発動と共に涼やかな風が彼女を包み、傷だらけの体を治癒して行く。

折れてしまった骨による痛みも、骨が繋がれるに連れて引いて行くのが実感できた。

すっかり回復し、力が満ち溢れる。

「よし・・・・・・!」

体に覆いかぶさる瓦礫を退け、スモモは立ち上がると周りを見渡す。

随分な距離を飛ばされたようだ。あれほど巨大だった箱舟のアンデッドが人と同じサイズまで小さく見える程である。

「やっべ、早くいかねぇと!ドレスア・・・・・・いや、待てよ」

急いで鎧の男の加勢に向かおうとドレスアップを発動しようと口を開いたスモモだったが、唐突に口を噤んだ。一つばかり気になる事項があったのだ。

(さっき戦りあった感じだと、どうにも槍で突き刺しても手応えが無かった。・・・・・・奴はまさか刺突攻撃に耐性があるタイプのアンデッドか?それとも炎属性の攻撃が効き難いのか。どちらにせよ俺の今の耐久を考えてもこのままロークレで行くべきだ。おっさんに回復が必要かもしれないし)

スモモは考えを手早く終わらせ固有スキルの発動を中止し、走り出す。

敵への距離はおよそ300メートル程だろうか、経路にある抉られた地表を避けて走っておよそ2分と言った所だ。

しかし、走るスモモの前に数十体のゾンビが立ち塞がる。

男が危険な状況にいるのだ。彼女は道草を食う訳にはいかない。

「ッく・・・・・・!急いでるんです!」

無理矢理に突破しようと群れに突撃しようとするスモモの目の前を二つの影が交差するように通り抜けて行く。

影は彼女に先んじて群れへと飛び込み敵を切り裂いていて行き、彼女が通れるだけの真っ直ぐな小道を作り出した。

「行けェスモモ!ここは俺達が引き受けたァ!」

「ってことだ!先に行ってな、お姫様」

血と土の煙の中より二人の男が現れた。

スモモのクエストへの道案内をしていたランク(ゴールド)の男達だ。

何故、こんな場所にいるのかスモモには些か疑問である。

更には最初に居たもう一人の男が居ないのが少し気がかりではあったが、彼等の開けた道を無駄には出来ないだろう。

「なんだか良く分からないけど・・・・・・ありがとです!」

スモモは彼等により敷き詰められた赤黒い血の絨毯を勢い良く走り抜けた。


もはやナグルファルとは目と鼻の先の距離。スモモが目を凝らして見ると、敵は船底から伸びる錨で鎧の男を縛り上げてどうやら悦に入っているようだ。後方より近づくスモモの存在にすら気付いている節は無い。

(この野郎ゥ・・・・・・!ロリコンの次はオッサンの緊縛フェチか!罪深過ぎんぞ!許せねェ!)

怒りに燃える彼女は渾身の力を込めて大地を蹴り飛ばす。

「てりゃああああああ!!」

敵の胴の高さまで飛び上がったスモモのスピードの乗った強烈な勢いそのままに、背骨へと愛の杖を叩き付けた。


背後より唐突に襲い掛かった鈍痛にナグルファルの巨体が揺れる。

数限りなく存在する心核の全てが一度に体より引き剥がされるかのような、冗談染みた痛みがじわりじわりと潮の満ち干きのように連続して押し寄せた。

上半身を構成するゾンビ達が皆一様に悲鳴を上げている。

体中が火傷した様に熱い。

本体共々痛みを感じぬ体に、無理矢理に苦痛と言う感情を注入されていく。

アンデッドが最も忌み嫌う、神の光。聖なる魔力が内部に侵食し始めていた。

恍惚の最中に襲い掛かった突然の不幸の正体は、人間に対する感知能力により直ぐに分かった。あの忌々しい聖なる力の持ち主だ。

しかし、分からない。自分の全力で殴り飛ばした少女が何故生きながらえ、あまつさえ反撃してくるとは想像していなかったのだ。

だが、まだ崩壊には至らない。箱舟の座礁には程遠い。

痛みに、赤く胎動する死者の皮膚が悲鳴を上げ続けるが奴を今度こそ殺せばいずれ止むだろう。

振り向き様に怨みの拳を少女目掛け繰り出す。

豪速で飛んでゆく拳は、感知した怨敵を見事に捉えた。

これでもう小癪にも(さえず)る事は出来ない筈だろう。ナグルファルの蔑む様な笑い声が響いた。


「うおおおりゃあああああ!!」

天を裂くかの如き叫び声に乗り、スモモは敵の巨大な拳に真っ向から立ち向かい杖を振るう。

爆発する様な衝撃に弾け飛ぶ敵の右腕と愛の杖。

ナグルファルの叫びが嘆きの色に変わっていく。

(やっぱりだ、段違いで手応えが違う!)

初めて出来た敵の大きな隙を衝き、崩壊していく右腕の上を走り抜ける。

「スモモ!無事だったかッ!」

燃え上がるような熱い感情が鎧の中で声を上げる。

衝撃に揺らぐ中で、船底より伸びる錨の拘束が緩まっていく。敵の足元で捕縛されていた男は己が身を縛る鎖を粉々に粉砕し脱出した。

彼の遥か上を走るスモモに呼応するかのように、握り締めた双斧に瘴気の力が増していくのが分かる。

「足手まといは勘弁願いたいからな。うおおおおおおお!!」

男は腕より伸びる鎖が絡みついた斧を振りかぶり、敵の船体へと”発射”する。

闇の力を帯びた鎖は一本の芯が通ったかのように高速かつ直線的に伸び、骨の船底に二つの巨大な亀裂を作り出した。

空いた船底から水のように溢れ出る白骨の波。

両腕の鎖に瘴気を送り込み、遠隔より斧を豪快に振り回していく。

伸び縮み、張り緩み、変幻自在に振るわれる黒鉄の刃が船体を着実に抉り続ける。

もうすでに船を構成する白骨の流出を止める事は出来ないでいた。

頭上より上がる異形の雄たけび。それに見上げれば、今にもスモモに襲い掛からんと敵の豪腕を握り締める姿が見えた。

「私が守る!スモモは貴様などに殺させはせん!」

彼は船体に噛り付いたままの左手の斧の鎖をまるで機械の様に急激に引き戻し、敵の左の肩甲骨へと目掛け再び発射する。

斧は深々と敵の皮膚に食い込むが、怪物は気にする様子も無く拳を振りかぶっている。

しかし、これで終わりではない。彼の操る斧は変幻自在なのである。

歴代最年少でロゼ帝国の重騎士師団の大将軍を任された男は武芸に於いても稀代の天才だと謳われる。

金属の擦れる音と共に左手より伸びる鎖が元居た鎧の中に吸い込まれていく。

そしてそれに引き寄せられ彼は斧が刺さった箇所へと――――飛んだ。


走り抜けた先から崩れ落ちていく敵の右腕を、頭部へと向かって進むスモモを横殴りの巨拳が襲う。

再召喚した愛の杖を盾に辛くも弾く事に成功するも足場の不安定さも相俟って再び杖が弾け飛ぶ。

間髪入れずに再び襲い掛かる拳、武器の召喚は間に合わない。

「冗談・・・・・・!」

彼女は腕を交差させ守りの態勢に入ったが、これでは余りにも心許ない。

風を裂き迫り来る衝撃を前にスモモは息を飲んだ。

その時だった。

高速で空中へと飛んで行く黒い影。

それが通り過ぎると同時に、敵の左腕の肩より先から盛大に切断されたのだ。

赤黒い血にまみれた切断面よりその影へと鎖に繋がれた斧が引き寄せられていく。

空中での勢いが落ち、黒い影の正体が見えてきた。

「お、おじ様!?」

それは、黒い重鎧の死霊(ファントム)

彼女の仲間の姿だった。


「さあスモモ!仕上げは頼むぞ!」

重力に従い落下する死霊の男はおもむろに地面へと向け斧を発射し、ピンと張られた鎖を利用して落ちるよりも早く着弾する。

土煙の中より悠然と立ち上がった男は此方を見つめるスモモに決着の時を告げた。

勢いを失い落下していく巨大な腕は土煙を上げ地面へと叩きつけられ、もはや敵を守る物は無い。

鉄は熱い内に、アンデッドは自己修復の前に討て。

この世界の常識だ。

「はい!見ててください、行きますよ~!」

元気の良い返事で、スモモは崩壊を終えようとする足場から勢いよく飛び上がる。

狙うはナグルファルの頭部。包帯に包まれた薄気味悪い顔面だ。

「ああ・・・・・・見せてくれ。死霊を従えし、新たなる我が主の力を」

苦悶の叫びを上げ身を捩る敵の足元、誰にも聴こえない小さな声で男は呟く。

彼女の歩む栄光の道を、守り続ける。あの日途絶えた愛する者の夢を、再び。

今度こそ、それまでは――――

「しばらくは・・・・・・顔を出せないな。・・・・・・なあハクトウ様。俺が貴方の夢の続きを見るよ。良い土産話を持って行くからさ、待っててくれるかい?」

愛しきロゼ皇帝への呟きが天へと吸い込まれて消えて行く。

過ぎ去りし過去の自分の心が少しだけ蘇った様に、今だけは不思議と若々しい口調となっていた。

ナグルファルの顔面の前に躍り出たスモモ。

規模は大分違うが、お転婆盛りだった少女時代の皇帝の姿に重なって見えた。

「これでぇ・・・・・・ラストぉーー!!」

可愛らしい声には到底似合わない恐ろしい力の渦巻く白の波動を纏ったスモモの拳が痛烈にナグルファルを捉える。

消え行く怨嗟の雄たけびを合図に、敵の巨大な顔面に減り込んだ細身の豪腕を振りぬいた。


不沈艦とまで呼ばれ、死の体感と恐れられたナグルファルがけたたましい音を立てて沈んで行く。

名も知らぬ騎士と、クラス(アイアン)の少女の手によって。

「なあ兄弟、10年前に魔王を打倒した勇者様が何て呼ばれてたか知っているか?」

その光景を共に見ていた、大斧を担いだ隊長の男は隣で白昼夢を見ているかの如きバンダナの男に問いかける。

彼等はスモモの道を塞ぐゾンビ達を片付けた後に急いで駆けつけたのだが、全てが終わっていた。

到着した瞬間に目に入った物は、あのナグルファルを殴り飛ばすスモモの姿だった。

「え?そ、そりゃお前・・・・・・確か、”筋肉竜王”だったよな?魔族の中でも一番好戦的な部族の”竜牙族(ドゥラゴトゥース)”族長を一対一の力比べで負かしたって話からそう呼ばれ出したよな」

ドラゴンの形質を持ち人間では太刀打ち出来ない程に強力で非常に獰猛な魔族である彼等の軍勢にたったの4人で挑み、最終的に勇者が一騎打ちの末に当時の族長を打ち倒した話は御伽噺染みた伝説として人間、魔族問わず誰もが知っている逸話だ。

”筋肉”――――それは強き者の証。

故に誰もが追い焦がれ、畏敬の念を持って迎えられる称号なのだ。

「筋肉聖女・・・・・・」

「えっ?」

「スモモなら・・・・・・”筋肉”の誉れに届くかもしれない。いや、もう既に届いているのかもな」

「なるほどね。だから、”筋肉聖女”か。へへッ・・・・・・。中々に格好良い称号を思いつくじゃんかよ。兄弟」

彼等の熱き視線の先、既に只の瘴気の塊となって空へと消え行くナグルファルを尻目にスモモは軽やかに地上に降り立った。

「行くか?」

「ああ」

二人はゆっくりと歩き出す。もうこの地を闊歩するゾンビやスケルトンは居ない。

戦いは、終わったのだ。



元の通り静かな空間となったロゼ帝国城前の広場。

黒き騎士の前に降り立ったスモモは手を差し出し、いつぞやの問いの答えを求めた。

「おじ様。私と・・・・・・一緒に来てくれますか?」

男はその言葉を待っていたかのようにスモモの前に跪きその手を取る。

「スモモ。貴殿に永久(とわ)の忠誠を、我が名は”ガルザス”。この名に誓って、立ちはだかるあらゆる障害から守る盾となろう」

彼は取り戻した己が名を主に告げた。

ガルザス

それは強き氷竜の王を冠する、両親より与えられた願い。

「えへへ・・・・・・。こんな事されるとなんだかむずがゆいですね。そう言えば名前を思い出せたんですね!ガルザスさん・・・・・・うん!格好良い響きです!」

「ガルザスで良い」

「そうですか?・・・・・・じゃあ、ガルザス。これからもよろしくね!あっ、隊長さん!こっちで~す!」

スモモはゆっくりと歩いて近づいて来る二人組みの冒険者に気付くと両手で大きく手を振った。

胸の上で楽しげに跳ね回るネクタイが、彼女の気持ちを代弁しているかのようだった。



進み始めた騎士の時間は少女と同じ時を歩み始めた。

彼を縛り付けた呪縛をも飲み干し、名残を惜しみながら故郷を後にする。

人間時代の年齢にして38。

この年にして、ガルザスは既知でありながらも未知の世界へと旅立つのだった。



夕方の時間帯でもラ・ヴィガルドの冒険者ギルドは、人でごった返し賑やかな喧騒に沸いている。

各々のテーブルで話に花が咲く。その中の一つ、モヒカン頭の男が座るテーブルもいつもの様に談笑しているようだ。

4人座りの円形テーブルには、モヒカン以外に刹剣(せっけん)のミウズと(ゴールド)冒険者の”美獣”マオの姿もあった。

「あ~あ。スモモさんにもその内、男が出来てしまうのかねぇ?あの人ならハーレムだって余裕だぜ?」

先ほどまで話していた内容も終わりに差し掛かりモヒカンが会話の題目として切り出したのは、目下ラ・ヴィガルドの女神と名高いスモモの男関係についてである。

「モヒカン・・・・・・。貴様死にたいようだな」

そう言って腰に差した刀を今にも抜かんと手を掛けるミウズ。

モヒカンは慌てふためき、マオはその様子を見て笑いを堪えるのに必死なようだ。

「まあまあミウズく~ん。怒らない、怒らない」

「・・・・・・怒ってなどいない。ふとその男の目障りな髪を切り落としてやろうと思っただけだ」

「例えばだっての。勘弁してくれや・・・・・・」

マオの言葉もあり、ミウズは渋々と刀を鞘に納める。

「それで?スモモ様に男がどうのこうの言っていたが、何が言いたい?」

少々憤慨したように腕を組み、モヒカンにミウズは尋ねた。

「ああ、だからよ。仮にスモモ様に男が出来たとして、どんな男ならお似合いか予想しようぜ!」

「あっ!おもしろそう~!」

「フンッ・・・・・・下らん」

乗り気で手を叩くマオに対し、ミウズは逆のようである。

しかし落ち着かないように体が揺れているところを見る限り、興味が無いわけでは無いとモヒカンは踏んでいる。

「うし!決まりだな。じゃあミウズはどんな男だったらスモモさんに相応しいと思うよ?」

「き、興味は無いと言ってるだろうが!・・・・・・スモモ様よりも強い男だ。居ないと思うがな」

「ほうほう!それじゃ、次は俺な!やっぱり大国の王子様とかかな。パスカルの奴が言ってたけどスモモ様は異世界のお姫様だそうじゃねえか。だったら相手もそれくらいじゃねえとスモモ様には釣りあわねえな」

「うんうん!でもこの辺りだとラ・ヴィガルドを治めてる王国バラガルドくらいしか大国らしい大国って無いでしょ?」

「うッ・・・・・・!確かにバラガルドは一番デカイ国だけど、遠くに行けば色々あるんじゃねえか?自然国家ユグドラとか・・・・・・教国フォルセティとか・・・・・・」

彼等の談義は何時の間にか熱を帯び、冷めた態度を貫くミウズすらも巻き込み議論は続く。

「何か違うよね~」

「ああ!?じゃあお前ぇの意見を言ってみろよ!」

呆れたように笑うマオに対しモヒカンは食って掛かる。

「そもそも、王子様ってのが古いね~。モヒカン君は化石かな~?」

「うっせぇ!」

「今の時代に対等な身分同士の恋物語なんて流行らないんだから。う~んやっぱり・・・・・・スモモちゃんと近衛の白馬に乗ったお堅い騎士様との身分違いの恋!これしかないね~!勿論、男らしくて文武両道ってのも欠かせない!勇者様みたいな!!」

キラキラと目を輝かせ、まるで少女の夢が具現化したような騎士の話をマオは語る。

これには女心を知らない二人の男達も納得せざるを得ない程の説得力があった。

「う~ん・・・・・・確かに言われてみればそうかも知れねぇなあ」

「勇者程の強い男なら俺にも文句は無い。いずれ超えてやるがな」

「でしょでしょ!?身分の違いに苦しむスモモちゃん!でも、その苦しみが二人を強く結びつけて行くの~!」

「ま、例え話だけどな。滅茶苦茶強いスモモさんに騎士なんて必要ないだろうしなァ」

「あ~そうかも・・・・・・。でもまぁ面白かったからいいや!」

議論の答えは最終的には出る事が無く、最後に楽しげなマオの笑い声によって締める事となった。

時を同じくしてギルドの扉を開く音が響き、彼等の視線も自然とそちらへと向かった。

「ただいま戻りました~」

何とも疲れた様子のスモモが間の抜けた声でギルドへと戻ってきた。

「あっ!スモモちゃー・・・・・・ん?」

姿を見るなり声を掛けようとしたマオは、スモモに寄り添うようにもう一人入ってくる事に気が付いた。

そして、扉を潜る者に言葉が詰まると同時に汗が吹き出る。

「邪魔するぞ」

途端に静まり返る場内に重苦しい金属の音が響く。

くぐもった声でギルドへと入ってくる男。異様に黒い全身鎧に身を包み、背中に掛ける血で汚れた二挺の斧が正面からチラチラと見えている。怖い。

そして大きい。決して小さくないギルドの扉に一度頭をぶつけるほどだ。隣に居るスモモの頭が彼の胴体の位置とほぼ同じである。

確かにスモモの体は小さく、まさしく少女と呼ぶに相応しい物だが・・・・・・。

余りに非常識極まる体躯。しかし、その姿形は間違い無く騎士そのものだ。

白馬に跨るとは到底考えられない。が、しかし騎士だ。


「き、騎士様来たーー!?」

盛大に立ち上がりながら叫ぶ、マオとモヒカンの声が同時にギルド内に響き渡ったのだった。


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