姫!死を超えろ! ループ6
目の前には少女が居た
年端もいかぬ美しい少女だ
何故、私は彼女に話しかけてしまったのだろう
去ってゆく少女を止める必要など無かったはずだ
何故、私は無視できなかった。何故、何故
瓦礫の中に埋もれ、ただ朽ちて行くのを待てばこの迷いなど始めから存在しなかったと言うのに
少女にあのお方の面影を一瞬たりとも感じてしまったから
消え行く記憶の中でも忘れ去ることなど出来なかった
別人であるのは分かっていたのだ
しかし、かの少女に確かめずには居られなかったのだろう
出来るならば気付かないでいてくれ、去ってくれ
そうすればこの迷いも、失ったはずの心の苦しみも思い出さずに済むのだから
彼女は振り向いた、振り向いてしまった
背後から微かに聞こえた男の声。
それは死体だと思っていた大鎧が発した物で恐らくは間違いないだろう。
彼の元に戻り、再び腰を下ろし目線を合わせた。
「貴方ですか?今のは・・・・・・」
スモモは目の前の鎧に問いかけた。
鎧から返って来る言葉は無い。スモモは言葉を待ち続ける。
(さっきの言葉は絶対にこの男の物だ。確証は無いけど、そうとしか思えない!)
数刻程経っただろうか。微かだが、彼の被っている兜のバイザー部分から空気の振動する音が耳に入った。
何かを言っているようだ。
直感したスモモは更に耳を近づけた。
「・・・・・・何故だ」
「・・・・・・!良かった、生きていたんですね」
今度ははっきりと耳に届いた彼の言葉。
心を満たしていく安堵の感情。彼は生きている、その現実が張られていた緊張の糸を解きほぐして行く。
「・・・・・・何故、気付いてしまった」
鎧の男はまるで懺悔するように悲しみに満ちた声色で問いかけてくる。
スモモは困った。返す言葉を思いつかないのだ。
(一体、どういうことだ?俺に気付いて欲しくなかったって事か?怪我人なのにか?まったく訳が分からない・・・・・・)
考えていても仕方が無い。まず優先すべきは負傷している男の治療だろう。
握っている杖に魔力を込め始める。
「取り敢えず今から治療します。安心して下さいね」
「その必要は無い・・・・・・」
「えっ!?怪我しているんですよ、どうしてですか!」
「私に回復など不要だ」
はっきりと語気を強めて拒絶の意思を表す男の言葉に、スモモは目の前まで上げていた杖を降ろす。燐光を放ち、今か今かと放出の時を待っていた杖の先端の宝珠は、しょぼくれる様にその光を薄めていく。
「本当に大丈夫なんですか?」
「ああ、怪我などしていない・・・・・・。去れ」
男は明らかにスモモに消えて欲しいと言う素振りを見せる。
彼が其処まで助けを拒絶するのか分からなかった。
ただ、スモモが気になったのは彼が声を掛けてきた時の悲しい声色。
拒絶するだけならば、憤怒や激情が言葉に滲み出るのではないのか。
悲哀、慟哭、そして狂おしい程の情愛が何故、彼の言葉から漏れ出ているのだ。
(どうしてアンタは、そんなに悲しそうなんだよ。そんなの・・・・・・放って置けねえだろうが!)
目の前で何かに苦しんでいる者を無視できるほど、武蔵野猛は大人に成りきれてはいなかった。
ここで去っていく事で確実に後悔すると確信していた。
スモモは手に握る杖を霧散させ、おもむろに問いかける。
これは要らぬお節介なのかも知れない。だが知りたかった。
先の言葉に発露した感情の意味を。
このまま終わらせて良い訳が無い。
「隣、いいですか?」
「・・・・・・駄目だ」
「お話、しませんか?」
スモモの問いに彼は答えない。それはきっと拒絶では無いと信じ、スモモは半ば強引に男の隣に腰を下ろした。
「そう言えば、まだ名乗っていませんでしたね。私はスモモって言います。よろしくお願いしますね!貴方は?」
まずは相手の警戒を解くのが先決だろうと考え、自分の名を男に伝える。
これを行うことで相手も名乗らざるを得ないだろう。ここから話の主導権を掴む。
人間関係の第一歩は挨拶だと会社でも最初に叩き込まれていたことだ。
「・・・・・・覚えていない」
「へ?」
「忘れてしまったのだ」
予想だにしない答えに間抜けな声を上げるスモモ。
武蔵野剛が研修先で習ったビジネスマナーの講習では自身の名前を忘れた人間の対応など教えてくれる筈が無い。無論、必ず覚えている事であるからだ。
相手が名刺を持っているとは考えにくい。彼が纏っている大鎧の何処にもポケットらしい隙間は見当たらず、そもそもこの世界は日本ではないのだ。
(マジかよ・・・・・・。名前を覚えてない相手なんて聞いてねぇぞ!ヤバい、話がいきなり躓いてしまった。と、とにかく続けないと!)
焦るスモモ、冷や汗が顔を伝う。しかし話をここで終わらせる訳には行かない。
終わってしまえば早くも彼との繋がりは消えてしまうのだ。
「え、えっーと・・・・・・なんて呼べばいいですか?」
「・・・・・・好きに呼べば良い」
「じゃ、じゃあ!おじ様って呼びますね。声が渋くてカッコいいですし!」
「そうか、分かった」
無理矢理にでも話を続けるスモモ。
追い出すのが無理と諦めたのか、幾分相手の騎士の態度が軟化しているように感じられた。
これならば本題に入ることが出来るだろう。
「おじ様、何かあったんですか?その鎧・・・・・・。傷だらけですが」
まず最初に尋ねたのは全身を覆う鎧に刻み付けられた数多の傷。間違いなく只事ではない。
この世界での大怪我の基準はスモモには分からないが、少なくともここまで凄惨な傷跡は見たことが無かった。
「昔の戦いで付けられた物だ。気にしなくて良い」
「そこまで傷だらけになるなんて、一体どんな戦いだったんですか?」
「激しい戦だったことは良く覚えている。それも一度や二度ではない、幾度も身を投じてきた。結果として精強を誇った我らロゼ帝国は呆気無く崩壊した」
「えッ?ロゼ帝国って・・・・・・」
スモモは己の耳を疑う。
今居る場所は男が語っていた国の跡地である。
そして、ロゼ帝国は200年も前に滅びたと聞いていたからだ。
(という事は、彼は生き残りか?いやおかしい・・・・・・200年以上も人間が生きていられるはずが無いでしょ普通は!それともこの世界の人間は特別長生きなのか!?)
スモモがロードガイアに召喚されて一週間。
この世界に住む人間の寿命など知る由も無い。
「な、長生きなんですね~」
冷や汗を流しながら必死に次の言葉を探すスモモ。彼には日本の常識がまるで通用しないようだ。
「・・・・・・何か勘違いしているようだな」
男は呆れたようにスモモに言葉を返す。
首を傾げるスモモ、何を勘違いしていると言うのか。
「おじ様は、200年も前に滅んだって言われてるロゼ帝国の方なんですよね?」
「ああ。・・・・・・そうか、あれからもうそんなに経っていたのか。気付かなかった」
スモモが見てきた男は出会ってからこれまで微動だにしなかったが、初めて気だるげに首を振った。
彼はどこか遠くへと思いを馳せている様だった。鉄兜に覆われて顔色は伺えないが、その声色には郷愁の念が浮かんでいる。
「ロゼ帝国の人々で生き残ったのは、おじ様だけだったんですか?」
「恐らくはそうだろう。いや、生き残ったと言うのは少し違うな・・・・・・。普通の人間は200年以上も長生きなど出来ないだろう、長くても100年が限界だ」
「それじゃあ、おじ様は何故・・・・・・?」
分からない
それがスモモの頭に浮かぶ言葉だった。現に男は隣に居て、そして自分と話している。しかし彼は人間の寿命を遥かに超え生き続けている。
(何がどうなってるんだ・・・・・・。オッサンの話を鵜呑みにするなら、人の寿命は俺の居た世界と大して変わらない。じゃあなんで200年前の人間がここに生きてるんだよ!ああ、訳分かんねえ!)
混濁する思考。どう考えても異常だ。
例えるなら、武蔵野猛の目の前に幕末の人間が現れる様なもの。実感が湧かないのである。
「混乱している様だな、無理も無い。ロゼ帝国の”人間”などもうこの世には存在しないのだからな」
「それじゃあ・・・・・・貴方は、誰なんですか・・・・・・?」
男は自嘲するように兜の中から息を漏らす。
忘却の闇の中でも変わらず心の中に生き続けた少女に良く似た、感情のままに様々な顔を見せた隣の少女は男の正体を知ったならば何を想うのか。
きっと何も言わず去っていくか、討伐しようとするだろう。
彼女と過ごしたほんの少しの時間は、男にとって不本意ではあるが”楽しい”と感じた時間だった。
しかし必ず全ての事柄には終わりが有るように、200年間感じる事も無かった短くも満たされた時間は終わりなのだ。
「私はなスモモ・・・・・・アンデッドなんだ」
これで全ては終わる。
何も始まる事無く、気の遠くなるような時間の中で最期を待ち続ける。ただそれだけ。
男は諦めたように言葉を紡いだ。
今から約250年程昔。魔法がまだ存在した時代。
ロゼ帝国は世界屈指の軍事力を誇る強国であった。
その強さを支えたのが、隊の全員が漆黒の全身鎧に身を包み敵兵の攻撃を物ともせず圧倒的な力で相手をねじ伏せる帝国重騎士師団の存在であった。
ゆっくりと敵兵を押し潰し、魔法を意に介さず拠点へと迫ってくる様から”死の行軍”と揶揄され、その名は近隣諸国を震え上がらせていた。
そんな折、ロゼ帝国に代々重騎士を輩出する名門の家で一人の赤子が産声をあげた。
少年は重騎士師団右将軍である父の背を見て育ち、彼もまた帝国の守護神たる重騎士になる為に幼い頃から鍛錬に明け暮れた。
彼は天才だった。重い鎧を着て直、俊敏な動きを損なわない身体能力、持って生まれた恵まれた肉体。そして類稀なる戦闘の技術。どれを取っても凡人とは一線を画した。
弱冠15歳にして栄誉ある帝国重騎士師団に入団する。新兵でありながら飛びぬけた戦果を残し、齢20を越える頃には一師団を任される将軍となった。
父は息子の活躍を大いに喜び、家督と共に一対の黒鉄で鍛え上げられた戦斧を譲り渡す。
後に各国を恐怖せしめた双斧の大将軍が誕生した瞬間だった。
彼は皇帝に忠誠を捧げた。
皇帝は女性であり、即位したばかりの少女であるにも関わらずあらゆる意味で名君であった。
幼い容姿に似合わぬ毅然とした態度や天才的な頭脳。特に政治手腕には目を見張る物があり、敵となりうる強国には懐柔策を執り国家としての安定性を大きく向上させた。
青年となった騎士は彼女の期待に応え、彼女もまた彼の忠誠に応えた。
心酔などという生温い言葉では表せない。騎士は魂を捧げ、己が主の望んだ世界の為戦い続けた。
大いなる力を手に入れたロゼ帝国はかつて無いほどの隆盛を迎えたのだ。
全ては順調だった。
皇帝に病が襲い掛かるまでは――――
騎士が齢30を越えた頃、帝国大将軍として軍の指揮を執っていた矢先、皇帝は病に倒れた。大陸を覆っていた流行り病が彼女を襲ったのだ。
罹患した者はほぼ確実に死に到る病だ。助かる方法は確立されていなかった。
急ぎ病床へと駆けつけた騎士へ皇帝は、より一層に臣民を愛し帝国の為ではなく弱き者達を守って欲しいと彼に最後の命を告げ、騎士への感謝の言葉を伝えた後に彼女の短い生涯は終わりを告げた。齢24という若さであった。
彼女の最期の顔は初めて出会った時の様に幼さを感じさせる可愛らしい笑顔を浮かべていた。
新しく即位した皇帝は戦争急進派の人間だった。前皇帝とは真逆の人間である。無謀にも世界各国へと宣戦布告し、ロゼ帝国を戦乱へと導いた張本人である。
騎士は現皇帝に忠義など毛頭無かった。横暴で民の負担を考えない暴君であった。亡き皇帝の言葉に従い民を守る為に奮戦していたが、遂にはバラガルド王国を中心とした連合軍により、本国に追い詰められる事となる。
彼は戦った。戦った。戦い抜いた。全ては今亡き少女との約束の為に。
眼前に立ち塞がる敵の一切合切を己の愛斧で斬って捨てた。
しかし、戦況を変えうるには敵が多すぎたのだ。
戦いに疲弊する国力、次第に窮地に陥っていった。
そんな時だった。兵力の低下から最前線で戦っていた騎士は部下を守る為、強大化した魔法の雨に身を晒し命を落としたのだ。
地面を噛み締めながら彼は死の淵で己の無力を嘆いた。約束を守れぬまま散っていく、皇帝の愛した帝国が戦火に晒されようとしているのに。
悔しい。悲しい。不甲斐無い。
彼の心の中に一抹の闇が生まれた。
地の底へと響く怨嗟の声はやがて、地を漂う闇の瘴気と共に一人の死霊術士を引き寄せた。死霊術士は彼の心に潜り込み話を持ちかけた。
内容は、死霊としての復活と見返りとして己の肉体を提供すると言う物。
死霊術士は、知能が高く時には人間と交渉することがある。今回の相手は己の魂の依り代を手に入れる為に人間の肉体を欲っしていたのである。
この取引は、死霊として不老不死の命を授ける代わりに人間であることを捨てると言う事。闇に身を落とし神に唾棄する行為。そして、死という安息を捨てると言う事。
それは、悪魔の囁きであった。
是非も無し――――
考えるまでも無い。彼の答えは最初から決まっていた。
地獄と化した平原で地に伏した騎士の亡骸を包み込む紫煙の閃光。
禍々しき輝きは見る者の目を奪い、戦いを忘我の果てへと追いやった。
やがて戦場に立ち上がる影一つ。体中を揺らめく忌まわしき闇の波動と共に――――
死した筈の重騎士は霊魂だけの怪物、”死霊”として蘇った。
ロゼ帝国城の裏手。瓦礫で覆われた様は、かつて繁栄を極めていた国家の終わりを象徴し栄枯盛衰の在り方を見せ付けているようだ。
そこで積み上がった瓦礫へと体を預け、座り込む二人の人間。
一人はうら若き美貌の少女。そしてもう一人は傷に塗れた黒き鎧を全身に纏う大男であった。
男は困惑の最中にいた。
少女へと己の正体を明かしたというのに警戒する気配が一向に無いのだ。
自分はアンデッドだと伝えても、人間からすればこの上ない恐怖の対象で最も忌み嫌う死の具現であることなど、この世界の子供でも知っている事であるのに、彼女が意に介した様子は無い。
「スモモ。お前はアンデッドが怖くないのか?」
「う~ん・・・・・・何か私の知っているアンデッドとはイメージがだいぶ違っててですね、なんて言うんだろ?こう・・・・・・グワァーッ!って人を見たら襲い掛かってくる物だと思ってました。だからおじ様は不思議と怖くは無いですよ」
彼女―――-スモモは可愛らしく両手を挙げながら、恐らくは動死体の事を指しているであろう説明をしていた。
他にもアンデッドは存在するのだが、認知すらしていない雰囲気である。
「実は本物のアンデッドって見たこと無いんです。あ、でもおじ様がアンデッドだから私の初アンデッドはおじ様ですね!」
あっけらかんと言い放つ少女。表情には安堵の感情が分かりやすく表現されている。
そもそも、何故このようなアンデッドが蔓延る危険な地にスモモのような無知な人間がやって来たのだろうか。長い間この場所で過ごしていたが、時折ゾンビたちを狩りにやって来るバラガルド王国の兵士や屈強な冒険者とも違うように男には見えた。
「何故、この地に来た。目的は何だ?帝国が崩壊して以来ずっとここに居たが、お前のような私に話しかけるような変わった少女は初めて見た」
「私はですね、ギルドのクエストでここに来ました。アンデッドが街の皆に迷惑掛ける前に討伐して欲しいと言う内容です」
ギルドやクエストなど、聞きなれない単語がスモモの口から飛び出すが、詰まる所は己は討伐対象であることを男は理解した。
(早く私を消してくれ。そうすれば、全て終わる。生きる意味が無い以上生きるも死ぬも同じことだ)
きっと彼女とは、最低だった己の人生を終わらせる為に出会ったのだろうと数奇な運命のような物を感じ始めていた。
消え去らぬ追想に良く似た姿と共に男の犯した罪を断罪すべく。
彼女にならば、この首を捧げても後悔は無い。
「そうか・・・・・・。ならばお前の仕事だ、スモモ。アンデッドである私を粉々に打ち砕いてくれ。抵抗はしない」
鎧の男がアンデッドとして転生した姿は”死霊”である。
肉体を持たず人や物に憑依する事で意のままに操ることが出来るが、依り代を完全に破壊されてしまえば消滅する。彼の依り代は生前より愛用してきたこの大鎧。
己の持つ闇の魔力で依り代をある程度自己修復することも可能だが、行わなければいいだけのことである。
これで、終わる。皇帝陛下に面影を持った少女の手によって。
少しの時が経った。時間にして1分も経たないほどだ。
彼が言った言葉を汲み、スモモは立ち上がり杖を構えて鎧の男と対峙していたが
その杖は遂に彼には振られることは無かった。
「・・・・・・止めておきます」
「何故だ」
「おじ様はギルドでの話で聞いたアンデッドとは違いますから。私を見ても襲いませんでした。それに・・・・・・」
「それに、なんだ?」
「貴方は・・・・・・きっといい人だって思ったから」
男は面食らったように頭が揺れ動いていた。
スモモが初めて出会った時に感じた彼の心の一端は、殺して欲しいというものではなかった。
それは、情愛。
包み込まれるような柔らかな感情。
(なあ、おっさん。そんなんじゃないだろ?死にたいのならその辺に転がっている武器を使って一人でも死ねたハズだ。でもアンタはそれをしなかったんだろ?200年もの間、何を感じて生きてきたんだろうな・・・・・・俺には想像つかねえや。でもさ、きっとアンタは一人で寂しかったんじゃないか?誰かが来るのを待ってたんじゃないのかい?俺もさ、こんな所に来てしまってふとした拍子に元の世界の事を思い出すんだ。L.Lの仲間達の事、会社の事、友達の事、親父お袋・・・・・・やっぱりちょっと寂しいんだわ。離れて一週間しか経ってないのにさ)
鎧の男が感じた苦しみをスモモは知らない。しかし、彼が感じた運命と同じように、スモモ自身もまた彼に対して運命めいた仲間意識が生まれていた。
互いにこの世界でたった一人。
古くからの友はもはや居らず、心中を吐露できる家族も居ない。
二人は境遇こそ違うが精神の孤独と言う点では、同じ。
平凡なサラリーマンである武蔵野猛とアンデッドである彼とは経験してきた物も、感じてきた世界も何もかもが違うのだろう。
唯、彼が根底から感じていたのはやはり孤独ではないのだろうか。
人との交流を心の底から望んでいたのだから、生を諦める事が出来なかった。
だからきっと、彼の心の奥底に一端でも触れることが出来た筈だ。
だからきっと、彼の心を救うことが出来るのも運命的に出会ってしまった自分だけだ。
もし理由が違うのならば、また考え直せば良い。
だから今はただ、辿り着いた答えを信じるのみ。
彼を孤独から救い出す。
(ここで出会ったのもきっと何かの縁なんだろ?だから、俺は絶対降りねぇぞ!アンタが幾ら拒もうが・・・・・・幾らでもこじ開けてやる!)
ロードガイアに召喚され何も知らぬ身であったスモモを受け入れた素晴らしき男達の様に、今度は自分が。
「おじ様は、これからもこの場所に居続けるんですか?」
「・・・・・・そうだ。お前が私を消さないのならここで朽ち果てる時まで待つだけだ」
疲れたように、諦めたように彼は言い放つ。
彼の生は、既に次の場面へと進むことを止めた物語。
幕を降ろす筈だった者は、遂には幕を降ろす事は無かった。
「だったら・・・・・・」
スモモは大きく息を吸い込み、目の前で気だるげに座り込む大鎧へと手を伸ばし、誘う。
それは――――幕開け。
「私と、一緒に来ませんか?」
そして、刻み始めた新たなる物語。
ロゼ帝国城門跡地では、相も変わらず3人の冒険者達が話に花を咲かせていた。
スモモが帝国領内に進入してからおよそ一時間ほど経過したが、いくら彼らが崩れ去った城壁越しに領内を見渡してもアンデッドの一体も出現しないというのもあってなんとも平和なものである。
赤いバンダナを頭に装着した一人が索敵スキルである”不可避”を発動して領内を見張っているが、これといって敵意のようなものは察知しない。
アンデッドというモンスターは低位の者は知能が低く、須らく生者に強い敵意を示す習性がある。効果範囲内の悪意、敵意に反応するこのスキルが反応しないということは連中は出現していないということだ。
まるでピクニックに来ているようだ。年中、辺りを覆う薄い霧が無ければの話であるが。
「暇だなあ、おい」
スキルを発動していない一人が手持ち無沙汰気味に欠伸混じりに言う。
3人のリーダーである顔に多くの傷を蓄えた男がその男を諌めるが、ここまで緊張感の無いクエストも久々だと感じていた。
「あ~あ。こりゃいねえなぁアンデッド。粗方、ラ・ヴィガルド駐屯兵に狩り尽くされたんだろうな」
「残念、スモモの力をこの眼で見てみたかったんだがな。二刻も回ればクエストも終わりだ」
「もうそんな時間かよ?早いもんだぜ」
彼等は詰まらないと感じながらも、それぞれの持ち場に戻る。
前衛に隊長の男と赤いバンダナの男。後衛はスキルを発動し続けるハンターの男といった具合だ。
二刻とは時間にして残り二時間ほど、この時間が過ぎればクエスト終了である。
普段ならば冒険者が突入すれば30分も経たぬ内に交戦に入るというのに珍しいことも有るものである。
「まぁこんなこともあるか・・・・・・」
溜息交じり、隊長は呟く。敵と出会わない幸運も冒険者の強さだ。何処まで強くあろうと、結果的には運に恵まれなければ呆気無く死ぬこともある。
ならばこの状況もスモモの持つ強さかもしれないと思うのであった。
「・・・・・・!なんだ!?」
突然に、ハンターの男が青ざめた顔で驚愕の声をあげた。
先ほどの緩んだ口調ではない。明らかに恐慌している様子が二人にも伝わるほどだ。
「あん?どうしたよ、ゾンビでも出てきたのか?」
額に巻いたバンダナが気になる様子の男はそれを手で弄りながら悠長に声を掛ける。
それに応えるように、彼は慌てながらも努めて冷静に現状を話し始めた。
「・・・・・・この反応、ゾンビと骸骨戦士だ」
「なんだよ!驚かせんじゃねぇよ」
「地中より反応・・・・・・極めて多数!恐らくは500体以上だ!」
「何だと!?」
話を聞いていた二人は余りの数の多さに驚愕する。
近年、100体を超えるアンデッドは報告されていない。そもそも一箇所に100体以上確認された場合、強大な個体の発生が予想される。その為この数値を超えないように計画的に討伐されていたはずである。
高位のアンデッドが発生したならば、鉄クラスの冒険者では太刀打ち出来ない。金クラスの彼らでさえ手に負えない個体が出現する可能性がある。
スモモを一人で放置しておくのは極めて危険だ。
「危険値の5倍だと!?一体何処に隠していた・・・・・・。ッチ!考えても仕方が無い、お前は今すぐ街に戻れ。緊急事態をギルドに報告するんだ!」
余りの不測事態。しかし舌打ち交じりながらも隊長は素早く行動を起こした。
情報をいち早くラ・ヴィガルドに伝えなければならない。この中で最も身軽なハンターの男に帰還の命令を下す。
「了解だ!”迅速”!」
指令を聞き届け、ここまで来た道を逆に男は走り出す。そこに異論や迷いは無く、隊長への高い信頼を感じ取れる。
高速化スキルを使用したその足は重力の呪縛を潜り抜け、その姿は疾風の如く消えて行った。
「やっと俺達の出番って訳かい?なあ隊長!」
「行くぞ!帝国領内に突入後スモモを救出し、脱出する!」
バンダナの男は意気揚々と鋸の様な刃の大剣を抜き放ち、隊長の男は己の背丈ほどもある大斧を軽々と持ち上げる。目的はスモモの救出及び撤退。少女を守りながらでは長時間の戦闘は不可能である。事は迅速に、誰一人の欠員も無く帰還する。
武器を抜いた以上、彼等の誇りに掛けて失敗は許されない。
「さあて!お姫様を助けに行くとしますかァ!」
男達は霧の中へと駆け出す。
時を同じくして草木の枯れた地面の至る所からは、何者とも知れぬ無数の腕が這い出していた。
それは余りにも意外な提案だった。
目の前で笑顔に顔を赤らめながら手を差し出す少女は、事もあろうにアンデッドである彼を仲間として勧誘している。そのような奇特な人間などロードガイアには誰一人存在しなかった。
しかし彼女の真っ直ぐに見つめる青き双眸は嘘ではないと語っていた。
少女の行動に驚き気を取られていたのであろう、彼は地中より迫り来る同胞の存在に気付くことが出来なかったのだ。
近よる敵意――――死の行軍
「スモモ、私にはお前が分からない。何故、私なのだ?人々が忌み嫌う不浄な存在を仲間にしたがるとはな・・・・・・。教えられなかったのか?この世界の人間ならばアンデッドの恐ろしさは知っているだろう」
鎧の男は目の前のスモモに問いかける。考え直すように、先の発言を撤回して欲しいと望みながら。
しかし、彼自身嬉しくもあった。死の権化と化した己の正体を知って直、彼女は変わらず接してくれる。それはスモモの無知故か、そんな事など彼にはどうでも良かった。誰かに優しく包まれる喜びを久しく忘れていた彼にとって救い以外の何者でもなかった。
だから――――甘えてはいけない
悪霊である己には持ってはいけない感情。
体を包み込む温かい毒なのだと言い聞かせた。
「知らないですっ!だって私この世界の人間じゃ無いですから、アンデッドだからなんてカンケー無いです!貴方だから、一緒に行きたいんです!」
即答。
スモモは彼の思惑の全てを粉々に打ち砕くように快活に言い放った。
小気味良く揺れる彼女の胸元の赤い薄布。まるで少女の心模様を表しているようだ。
(なんと真っ直ぐな瞳だ。別世界の人間という御伽噺すらも信じてしまいそうになる、そんな目だ。体が・・・・・・熱い。空洞である筈の私の体が、熱いのだ。何故だ?何故・・・・・・死霊と成り果てし昔に捨て去ったと言うのに!)
彼女の言葉はにわかには信じ難いものである。異世界から来た人間と言っても限りなく理解が及ばない。しかし、彼の魂は信じようとしている。
そして、体中を包み込んでしまった温かな毒はもはや止まる事は無い。
流れていない筈の血液に、凍りついた核に、薄桃色の風が流れ込んで行く。
一人では決して満たされることが無かった心が満たされて行く。
「わ、私は・・・・・・」
男の心から溢れ出る感情の波。在るはずの無い口を吐く言葉。
スモモはじっと彼を見つめ続けている。在りし日のロゼ帝国皇帝と同じ、蒼き瞳で――――
彼ならば苦も無く気付ける事だった。地の底より這い出る殺意。
迷いが、意識の外へと追いやっていた。
「・・・・・・え?わ、うわあああー!?」
突然に、地面を突き破り出現した何者かの腕がスモモの足首を捕らえていたのだ。足元の違和感に気付いたスモモは叫び声をあげながらその手を振り払ったが
、異常事態に気付くにはもう遅かったのだ。
「こ、これは・・・・・・!」
男が見つめた先の地面には既に多くの亀裂が生まれていた。そして、地中より湧き出す様に這い上がってくる者達の姿。
動死体――――ゾンビ
かつてのロゼ帝国の人間達。適切な処置を施さず、遺棄された死体達の成れの果て。
肌は青黒く変色し、体の至る箇所が欠損している。落ち窪んだ目からは瘴気を表す紫色の光が鈍く輝いていた。
死者の群れはスモモという存在を感知すると同時に、言葉にならない叫び声をあげた。それは、歓喜の叫び。生物に対する憎悪に満たされたゾンビというモンスターにとってみれば彼女が人間であることは元より、聖なる魔力を蓄えた聖職者は最も相容れない存在である。
それを引き裂く悦びは、叫びの混声合唱となって表れる。
死者の軍勢には少女の隣に佇む鎧の死者など眼中にすら無い。
我先にと獲物を殺す為、鈍重な行進が始まった。
「あれが、ゾンビ・・・・・・!そのものズバリですね」
「逃げろスモモ、ここから早く!奴らは足が遅い、まだ逃げ切れる筈だ!」
男は死者となって以来、初めて叫ぶ。
ゾンビと言う個体は単体では弱いが、集団になるとその不死性を傘に相手を蹂躙する。出現したゾンビは目視しただけでも20、30体程度。更に数が増えていることを考えに入れるならば100は下らない数のゾンビで、もうじきこの地は埋め尽くされるだろう。
これは少女が対処できる数ではない。
例え、アンデッドを討伐することが仕事であってもこの数はあまりに無理がある。
彼に救いを与えたスモモを同胞にして良い訳が無いのだ。
男は逃走を促す。幸い、ゾンビが出現した箇所はある程度城の裏手西側に固まっている。東側へと逃走を計れば無事に逃げ延びられるだろう。
「どうしたスモモ!早く行け!」
しかしスモモはこの場から離れようとはしない。それどころか、死の群れへと足を進めていく。男が声を荒げようとお構い無しに、彼を守るようにゾンビに立ちはだかる。
「大丈夫。私が貴方を守ります!こう見えて私、結構強いらしいですよ!」
男へと振り返りスモモは悪戯っぽい笑顔でそう告げると、それを皮切りに呻きながら近づく群れに対し翼の生えた聖杖を構え駆け出した。
「ま、待て!奴らは私に敵意など無い!むしろお前に・・・・・・」
虚しい叫びは空へと消える。既に敵の元へと走り出したスモモには彼の声は聴こえていない。
当然であるが、アンデッドは同属を敵とは認識しない。瘴気による知能の喪失により、生者への憎しみのみで行動する為、知能が高い高位の個体で無い限り同士討ちなど起こりえないのだ。
その常識を知ってか知らずか、スモモは男を守る為に行動を起こした。
(この少女は、まさか本当にこの世界の人間では無いのか!?常識知らずにも程がある。私を守る為に戦いを挑むだと?馬鹿馬鹿しい話だ、本当に・・・・・・。私が守られるのか、幼き少女に・・・・・・。陛下の末期の願いすらも守れない男だというのか?それでは私は・・・・・・何なんだ?)
弱きを守る盾であれ
それは彼の慕い続けた少女が遺した最後の願い。
そして、身に纏う鎧に誓った約定。
存在意義が音を立てて崩れ去って行く――――
不意に、轟音と共に彼が背を預ける瓦礫の山へとゾンビが吹き飛ばされて来た。スモモの攻撃によるものだ。
その衝撃により瓦礫の一部が崩れ、中に埋もれていた二つの武具が目の前に姿を現した。
「これは・・・・・・!お前も、私に立ち上がれと言うのか・・・・・・?」
その問いに応えるように、彼の横に武器は倒れこむ。
それは、亡き父より受け取った二振りの片刃の戦斧。数多の戦場を駆け抜けた友。
刃は錆付き吸い取った多くの血の影響で元の美しい姿は見るも無残な姿を晒していたが、それはまさしく彼と共に生きた証であり、誇りであった。
刃の反対側に誂えられた、咆哮を挙げる威厳と力の象徴――――伝説に残る銀色の氷竜”ヘレナガルザス”を象った装飾は、主と共に再び戦場を駆ける日を心待ちにしているようだった。
ざわざわと、魂を騒ぎ立てる感情の波。
まどろみの闇に沈んだ筈の騎士の誇りが、今一度立ち上がる勇気を彼に与えて行く。
(ああ、誇りか・・・・・・。私は大切な物を忘れてしまっていたのだな。いつしか私の願いとなっていた陛下の願い・・・・・・。私を守ろうとしたスモモ、その魂はいつしか私が失ってしまった騎士の本懐。そして、存在意義。済まない・・・・・・守れなかった多くの命達よ。この命失ったとしても、私の罪は雪げないだろう。だが、あの優しき少女を救えるのなら、この先失われて行く弱き者達の命を救えるのなら・・・・・・!)
ロゼ皇帝の死の直前に彼に伝えられたもう一つの言葉
誇りと共に忘れ去っていた願いが走馬灯のようにフラッシュバックする。
「いつかお前と一緒に・・・・・・平和な世界を気ままに旅してみたかったな・・・・・・ガル」
皇帝が最後に願ったものは、意外にも少女のような突拍子の無い夢だった。
それは、いつしか記憶から消え失せた彼の名と誇りを呼び覚ました。
皇帝の願いはもう叶う事は無い。
だからいつの日か死の呪縛から解き放たれし時、冥土の地で彼女に伝えよう。
スモモという少女と共に歩む素晴らしい冒険譚の数々を――――
「私は・・・・・・!罪を背負い、先へと進む!もう取りこぼさない。陛下の願いも、スモモの命も!我が誇りにかけて!」
200年もの間停滞し続けた彼の体は、金属の軋む音を立て遂に立ち上がる。
体から溢れ出す闇の波動が魂の躍動に合わせ、禍々しく鳴動する。
しかし案外悪い物では無いと彼は感じていた。
忌々しいとさえ感じていた自身の不死の力が、今では不思議と頼もしく感じるほどだ。溢れる力。これならば死者の群れにも、何者にも遅れを取ることは無い。
地に転がった斧を拾い上げ、彼は駆け出す。
護りたい者を護るために――――
「大事なお話の最中なんです!引っ込んでて下さいッ!」
スモモが横薙ぎに払う杖はゾンビの横腹を捉え、数体を纏めて瓦礫の山へと吹き飛ばす。愛の杖は罰当たりな程に力任せに振るわれ、脳天の高さから死者の頭を叩き潰していく。
豪速で振るわれる聖杖を避けることなどゾンビには不可能であり、その不死性を以って対抗しても地面を抉るほどの威力である。一撃の下に全身を砕かれ天に還る。
筋力の高さを遺憾無く発揮し、次々と死体の山を築き上げた。
まさしく独壇場。
一見するとそれは一方的な蹂躙のように見えた。
しかし、次から次へと出現するゾンビの群れがこの狭い空間に密集し始めている。途方も無い数である。これでは幾ら相手をしても終わりが見えない。
そして武装した骸骨戦士が地の底より這い出し、確実に旗色が悪くなっていく。
彼等はゾンビとは違い各々が武器を所持している。生前使用していたと考えられる錆付いた剣と盾を握る者が居れば、農耕用の鎌や鍬をぶら下げている者達も居る。
骸骨戦士は白骨化した死者に闇の瘴気が宿り動き出したモンスターだ。
ゾンビと比べると耐久力では大きく劣るものの、武器を所持している上に動きが身軽な為冒険者にしてみればゾンビよりも厄介なモンスターである。
骨の死者達は己の消滅した目に映った聖職者の少女に深い憎悪の赴くままに殺到していく。
「まだ居るの!?これじゃあキリが無いよ!ッ・・・・・・てりゃああああ!!」
スモモへと鎌首をもたげる刃を杖で弾き飛ばし蹴り飛ばす。
その背後より迫り来る痩せこけた死者の不浄なる爪を蹴りの勢いそのままに振り向き様に薙ぎ払う。
遠くより飛来する錆びた鏃の矢、死者の放った矢は仲間の死者を突き刺しながらも着実にスモモの逃げ場を奪っていった。
(クソッ!数が多すぎる!これじゃあ何時包囲されてもおかしくない・・・・・・。変装を使うか!?いや、駄目だ、ここじゃ狭すぎる!直ぐ横には城だ、もしも衝撃で破壊してしまったら俺だけじゃない、オッサンまで巻き添えになってしまう!)
この場所は城壁と城の本体に挟まれた狭い空間だ。
ドラゴン・ライダーの暴炎星ならばアンデッド達を一掃することも可能だろうが、横手に存在する城に被害を与え倒壊する恐れがある、使用は厳禁である。
大怪盗で戦うくらいならば神の声を聞きし者を維持し続けておくほうが使えるスキルの面でも安全だ。そもそも、撹乱出来そうに無い上に近接武器を持たない大怪盗ではこの混戦は不利である。変装を使うことは出来ないだろう。
何時終わる知れない戦いだ。霧の中より襲い来る死の群れ。
どれだけ敵を倒しても途切れない攻撃は、スモモの集中力を擦り切らせていく。
「えっ・・・・・・」
後ろに下がるスモモ。前を見続ける余り足元に転がっていた死体に気付かず躓き、思わず尻餅をついてしまう。
そして、全方位からこの隙を待っていたかのように死の軍勢は群がり始める。
「あ、ああッ・・・・・・!」
既に立ち上がるには間に合わない、周りには歓喜の呻き声を挙げるアンデッド達がこちらを見下ろしながらその不浄なる手を伸ばして来ていた。
(嘘だろ・・・・・・おい!?こんな所で・・・・・・!)
焦るスモモは懸命に杖を振り回すが、座ったままでは力が全く入らないのだ。数体を倒しても、もうどうにもならない状況だった。
スモモの背後で骸骨戦士が握り締めた錆付いた剣を大きく振りかぶった。
骨ばった顔はこれから起こる饗宴を予想しカタカタと歯を鳴らす。
獲物の意識は前方に向いている、この剣を避けることは不可能だ。
聖職者は間違いなく真っ二つの凄惨な死に様を見せてくれるだろう。
近くから聴こえる重苦しい金属の音など、この瞬間に限って言えば気にもならない。
限界まで振り上げられた剣は怨嗟の叫びと共に勢い良く振り下ろされた――――
「――――悪いな、同胞達よ」
後ろから切り裂くような豪風が走った、気がした。
骸骨戦士である彼には痛みを感じる知能が無い為、ただそんな気がしただけである。
スモモの背後に立つ骸骨は聖職者に向かって剣を振り下ろした筈だった。
手応えすらなく事もあろうに今、目に映っている物は獲物ではなく同胞である骸骨の足骨と地面。
興奮の余り何時の間にか転んでしまったのだろう。骸骨は膝を立て起き上がろうとした。
「カタ・・・・・・カタカタ」
彼は突然起こった体の不具合に歯を噛み鳴らす。
不思議なことに下半身が少しも動かない。
不思議なことに横目に見える骸骨の足も動くことは無い。
何とか立ち上がろうと骨だけの両手を使って仰向けになり、上を見上げた。
目に映るのは上半身の無い立ったままの骸骨と、巨大な鎧を纏いこれまた巨大な斧を握り締める同胞の姿。
最後に映った物は、同胞の足甲に覆われた大きな右足。
それが自身に徐々に近づき体が割れていく音と同時に、彼の死は終わった。
人生27年。生まれて始めて死を覚悟した。
武蔵野猛の生きてきた時間の中でこれ以上の危機は無かった。
気が付いたときには遅かったのだ、背後から振り下ろされる剣の存在に。
スモモは反射的に思わず目を閉じた。
「あ、あれ?」
ゆっくりとスモモは目を開く。
一瞬の吹きすさぶ風が横薙ぎに流れていった。
それと同時に自分に襲い掛かった刃が、周りを取り囲む死者の呻き声が、時が止まったかのように止んだのだ。
「・・・・・・無事か?」
代わりにスモモを包んだのは聞き覚えのある温かな声。
声がした方向を見上げれば、聳え立つ山の如き巨大な鎧がこちらを見下ろしていた。
「おじ様・・・・・・!」
安堵により綻ぶ表情。恐怖で冷え切った体が、元の熱を取り戻していく。
握り締める斧にはべったりとこびり付いた赤黒い液体。
周りのアンデッド達は体を二つに分たれ、既に動く者は居なかった。
彼が助けてくれたのだとスモモは直ぐに気付いた。
「あの・・・・・・本当にありがとうございます!」
「いいんだ。礼を言うのはこちらだ、スモモ」
「えッ?」
「貴殿のおかげで騎士として最も大切なことを教えて貰った。・・・・・・ありがとう」
彼は心の奥底から感謝を伝える。
再び立ち上がる勇気を授けたスモモに、そして彼女の命を助ける事が出来た運命に。
「さあスモモ、まだ襲い来る敵は残っている。突破するとしようか」
「はい!」
スモモは彼の手に掴まり立ち上がる。
敵の数は依然として多いが、不思議と負ける気はしない。
(やっぱり仲間が居るのは心強いモンだな。ありがとなオッサン、借りは返すよ)
「行きましょう!おじ様!」
スモモは再び武器を構え彼と共に並び立つ。
戦斧を迫り来る敵へと向け、男は言い放った。
「亡きロゼの兵士達よ、愛する民よ・・・・・・待っていろ。今、死の呪縛より解放してやる」
二人は共に敵へと駆け出した。
聖少女と闇獄の騎士。
絡みつく死を超えんが為――――
これにて第六章は終了です!
前回に引き続きシリアスなパートが続きましたが、次の章よりいつものスモモちゃんに戻りますので今回が楽しめなかった人もあと少しだけお付き合い下さい!
舞原 雪
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