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姫!さよなら現世!  ループ1

「あっちにキマイラが行ったぞ!」

「俺が行きます!サポートお願いします!」

「キマイラ強すぎ・・・・・・運営本気だな」

黒の太陽が照りつける荒野に剣戟の音と喧騒が入り混じる。

キマイラと呼ばれる獅子の頭と蛇の尾、そして竜の翼を持つ魔獣と対峙するのは数十人の武装した人間達――――

戦況は人間達にとって芳しくない。一人、また一人と倒れてゆく。

樹木の一本も無いこの闇の世界で異分子たる人間は淘汰される運命にあるのだ。

「こっちにバフ頼む!」

「まずい!屍毒のブレスだ!」

「もうもたない・・・・・・負ける」

人間達の頭上に刻一刻と死が近づいてゆく。弱者は死ぬ。それは自然の摂理である。だが人間達は近づく死から逃げるのに必死だった。


「キマイラがこんなに強いなんて・・・・・・」

「助けてくれ・・・・・・」

「うわああああああああ!ひ、引き裂かれる!」

逃げる人間達を追走するキマイラの群れは遂に逃げ遅れた一人を標的と定める。

また、喰らえる。

酩酊めいた感覚に身を任せ、目の前で逃げ出そうともがく男の足に噛り付く。

痛みに呻く轟音が口から漏れ出る。そうだ、それを聴きたかった。

歓喜に牙を噛み鳴らし、標的めがけ魔獣は3本の太く鋭い爪を大手に振り下ろした――――



「えッ・・・・・・?」

本来鳴り響くのは悲鳴と肉が裂ける音。そう魔獣は記憶していた。しかし何かが違う。人間から金属の音はしないはずだ。

額と顔面の計三つの目を凝らし、爪の先に当たる感触の正体を確かめる。

・・・・・・杖?

翼が生えている。何やら力を感じる珠が先端で輝いている。

これは、何だ。

キマイラの思考に流れ出るのは困惑。

そう、横合いから滑り込んできた杖のような何かに爪の軌道は阻まれていた。



「ギルド!Beret参上です!大丈夫ですか?」

不意に掛けられた可愛らしい声に男は目を開き見上げる。

死を待つ男の前に現れたのは鎌持つ死神ではなく、可愛らしき女神の姿だった。

挿絵(By みてみん)




VRMMORPG「ループ・ザ・ループ」通称L.L

その秀逸なゲーム性、可愛いものからグロ注意な見た目のものまでなんでもござれなキャラクターメイキングで日本中で一大ブームを巻き起こしているゲームだ。

そしてもっとも大きなウリが完全没入型のゲームであることだ。

平たく言うならL.Lの世界にアバターを介し、自分自身の視点で完全に入り込めるということである。

その衝撃は日本のみならず世界でも大ニュースとして取り上げられ、L.Lをプレイするためだけに日本に移住する者たちが現れるほどだ。

月に一度特別地区を開放して行われる期間限定イベントがあり、そこでのレアドロップアイテム欲しさに徹夜で潜る者も現れる。

今月のイベントは「強襲!ドゥラゴキマイラ」

このイベントでは特別地区ゲヘナを開放しキマイラを討伐し、超レア素材である石化の宝珠、屍毒の肝、合成魔獣の逆鱗を手に入れるため多くの人間が突入していた。


「皆さんおつかれさまでした♪」

むせ返るほどの男と酒の臭い。臭気すらも再現するL.Lのクオリティーが見て取れる。歓喜の喧騒と入り混じり危険を感じるほどである。

L.L内最大級の規模を誇る大衆酒場

そこはもちろん男の園であった。

しかし違和感しか感じないほどの美少女がその中心にはいた。

「さすがスモモちゃんだよ~!あのキマイラの群れに一人で突っ込んで初心者チーム助けてあげるとかマジ女神!」

そう言い放つ、黒で彩られた鎧を装備した男の言葉の先には、酒場に間違ってもいないであろう女の子が皆に笑顔を振りまいている。

「そんなことないですよ!皆さんがバックアップしてくれたから救出できたんですよ~!みんなありがとです。」

そこにいた誰もが彼女の言葉の虜になる。スモモと呼ばれた少女は間違いなくこの酒場の中心人物だった。

可愛らしいミニスカートから覗く太ももと、それを包む黒のニーソックスは酒場の男達を魅了する。

透き通るように美しい薄桃色のツインテールの髪は、高度な物理演算によりスモモが振り向くたびになびき、その優しく甘い香りが周囲を包みこむ。



「てかさぁ・・・・・・日によってキマイラのレベルが変わるって反則でしょ?初見殺しだよアレ」

酒場にいる中の一人がそう話しを切り出す。

今回のイベントに登場するキマイラはなんと日ごとにレベルが変動する。

昨日は平均5レベル。初心者でも楽に倒せるほどだが今日は平均87レベル。初心者が太刀打ちできないのも無理はなかった。

「まあうちのギルドなら100レベルでももんだいないよね~」

と、少し頭が残念そうな女が相槌を打つ。

「流石に無えぞそれ・・・・・・オメェもスモモちゃんに助けてもらってなかったら死んでたじゃねえかっつーの!」

犬のようなフサフサの耳を生やし、マントを着込んだ男がすかさず突っ込むと

酒場内は笑いの渦に飲まれる。信じられないかもしれないが、酒場の中にいる店員NPC以外の全てが身内なのだ。

彼らの総称はベレー帽――――



ギルド「Beret」通称ベレー帽

数にして約20000を超えるギルドの中でもベスト10に入る超大手ギルドである。

名前の由来については軍隊の名前から取られている、ギルドマスターが芸術好きなど諸説あるが定かではない。

メンバーはおよそ300人と他のギルドと比べてもかなりの大所帯である。

ベレー帽は主にロマンを追い求めるギルドだ。650あるジョブ別の最大ダメージの計測やクエスト別のクリアタイム最速を目指す等、実用性度外視で遊びに走る最大規模のネタギルド――――

それがベレー帽である。

しかし彼らには共通の目的が唯一つだけ存在する。それは――――


「コホン・・・・・・あ~あ~・・・・・・マイクてすと中~・・・・・・

はい!それではお疲れ様会を開催しますね!ギルドマスターのスモモです」

喧騒の最中にあった酒場内が一瞬で静まり返り、誰もが耳を傾ける。一言も聞き漏らすまいと誰一人喋らない。酒場の壇上で話すスモモを除いては。

スモモの慎ましい胸の前でスモモのトレードマークであるネクタイが動きに合わせて揺れている。

「皆さん今日はイベント最終日でした!付き合ってくれて本当にありがとうございました!こんなマスターだから苦労をいっぱいかけました――――」

「そんなことないよーーーーー!!」

と壇下からメンバー達の声援が矢継ぎ早に飛ぶ。それはさながらアイドルのライブのようだ。

ベレー帽というギルドの本当の目的をギルドマスターであるスモモでも知らない。

スモモを愛でるためだけに存在しているということを――――

挿絵(By みてみん)



「では・・・・・・これで私からの挨拶を終わります!聞いてくれてありがとうございました!これからの時間は酒場が閉まるときまでいっぱい楽しみましょう!」

スモモの挨拶が終わるとともに、彼女を万雷の喝采が出迎える。

これがベレー帽の日常――――これまでも、これからも・・・・・・

このギルドが発足してから約3年変わることなく目的はスモモの幸福なのだ。



――――宴はしばらく続き、現実の時間は午前二時を回ろうとしているところだった。

「あはははは~!やっぱり黒騎士さんはいつも面白いですね~!」

スモモはギルドメンバーとの会話に花を咲かせていた。

「・・・・・・ここで俺の必殺剣が炸裂してあのエンシェントドラゴンは哀れ!一刀の下に切り落とされる訳だ。どうよこの作戦は!」

と、黒騎士と呼ばれた名前どおりに真っ黒の甲冑を纏った魔人は自慢の作戦をメンバーに嬉々として話す。

「バーカそんなん通るわけ無いだろこのアホ!てかアイツは闇属性に絶対耐性持ってんじゃねえかアホ騎士。せめて闇属性以外のアーツ習得してきてから言えっつーの!スモモちゃん困ってんじゃねーか」

人の形をした半透明の体の男は黒騎士に、またアホといいながら頭を小突く。

「闇属性が良い!てか闇以外に習得したくない~!!」

「やっぱり二人だともっと面白いですね!」


ひとしきり笑ったスモモはふと現実の時間を確かめるために左手に装着された可愛らしいバングルを操作すると、スモモの目の前にL.Lのメニュー画面が浮かび上がる。画面の右上では時計の光の針が2時23分を指していた。

「あっ・・・・・・もうこんな時間・・・・・・みなさんごめんなさい。そろそろ寝ないと明日の学校に遅刻しちゃうので先に落ちますね」

ギルドのメンバーに別れの挨拶を交わす。

「スモモちゃんてお嬢様学校の生徒さんなんでしょ?すごいな~!遅刻しないようにね。お疲れ様~!」

皆との簡単な挨拶を終えたスモモは再びメニュー画面を開きログアウトの項目をタッチする。

「それじゃあ皆さんさよならです!また明日~!」

その言葉と共に足元から消えていく。完全に酒場からスモモの姿が消え、再び男と酒の臭いが喧騒と共に場を支配した。

「じゃあ今からスモモちゃんの可愛いところピックアップ大会だ!今日は寝かさないからなぁ!皆、死んだツラで明日は出社するぞー!」

まだまだ宴は始まったばかりである――――



生活感に溢れた電気一つついていない真っ暗なスモモの部屋で一つの影がもぞもぞと動き出す。頭に被っていたヘルメットのような機械を脱ぐとベッドからゆらりと体を起こし、無造作に電灯の紐を引っ張る。たちまち部屋は照らしだされ、その人影の全体像が浮かびだす。

ベレー帽のマスターであるスモモは誰もが認める本物の美少女である。

そんな彼女の現実での素顔は――――

「ふぁ~~・・・・・・さむ・・・・・・」

武蔵野(むさしの) (たけし)27歳である。




猛は肌寒さからか、ベッドに戻り毛布を被る。その顔はいかにもくたびれたサラリーマンといったところで、覇気も若々しさも絶妙なラインで存在しない

時間はすでに午前3時を回っており、特にやることも無いので今日の出社に備えて寝ることしか、今の猛にやるべき行動は無い。

「寝るか・・・・・・明日も仕事だぁ~・・・・・・」

猛の他に誰も住んでいないこの部屋では先ほどの酒場のように話を返してくれる者はいない。

「あっちじゃあんなに皆優しいのに現実はうまくいかねえなあ・・・・・・」

小さな呟きは部屋に吸い込まれる。軽い虚しさを覚えた猛は再び電灯を消し、眠りについた。


「ジャア!早く起きて一緒に世界を救うんだ!ジャア!早く起きて一緒に世界を・・・・・・」

暖かな日の光が差し込む部屋に嫌にけたたましい音が鳴り響く。音は猛のベッドの左手側にある昔ながらの特撮ヒーロー”ミラクルマン”の目覚まし時計から発せられているようだ。

「うんだ!ジャア!早くお――――」

「うるせぇ!」

勢い良くヒーローに平手が飛んで行き、役目を終えたミラクルマンは目覚ましボイスを止める。ヒーローが抱える時計は現在午前7時を指していた。

「もうこんな時間か・・・・・・寝た気しねぇ~」

まだ眠気の残る瞼をこすりながら猛はベッドから立ち上がる。四方八方に撥ねる寝癖だらけの髪を手で押さえながら洗面台へと向った。

武蔵野猛の朝は早い。起床した猛は慣れた手つきで朝食を作り始める。本日はハムエッグに白ご飯とインスタント味噌汁である。

「これこそが和洋折衷メニューだな!・・・・・・はぁ貧乏くせ・・・・・・」

ぼやきながらも猛は朝食を掻きこむ。出社時間は8時半であるため、あまりゆっくりもしていられない。


ふと猛は床に転がった目覚まし時計が目に付いた。

(ミラクルマン目覚ましなんて20年以上前から実家にあったやつなのにまだ壊れねえのか)

「しぶといヤツだなぁお前」

猛はこの目覚ましが壊れたら新しい普通の目覚まし時計を購入するつもりだったが、壊れる気配すら見えない。

ミラクルマンを持ち上げ、もとの場所に戻す。

(そういえば俺も昔は最強ヒーローになりたいとか言ってたなあ・・・・・・今じゃ最強のヒロインになってしまったわけだけど)

子供の頃見た夢などは突拍子も無い夢であることが多い。ミラクルマン時計を両親に買ってもらった時期あたりにスーパーヒーローに憧れた少年時代の猛も今では子供から見ればオッサンと呼ばれる年齢になってしまっている。


「やべッ!早く行かねえと・・・・・・」

物思いに耽る時間も無く、猛は急いで身支度を済ませると仕事カバンと女性誌片手に家から出発した。


猛の住んでいるアパートから仕事場まで電車を使う必要がある。猛は急いで駅へと向かい、いまにも発車しようとしている電車に飛び乗る。

田舎の町であるためか通勤ラッシュの時刻にしては乗り込んでる人は少ない。空いている席に猛は陣取るとおもむろに持っていた女性誌を広げる。

(へぇ~近くに新しいスイーツパーラーがオープンするのか・・・・・・!要チェックだな)

大の男が真面目な顔をしながら女性誌にペンでチェックを入れる様は他人なら見れば異様な光景で、周りの乗客も訝しげにチラチラと猛を見ていたが、猛に気にしている様子は無い。

(おお!このゴスロリファッション可愛いな!スモモで再現してみようかな!)

今度は丁寧にも、カバンから取り出した付箋紙をそのページに貼り付ける。


武蔵野猛はL.L内でネカマをするに当たり、女性――――特に女子学生を常に研究し、スモモに反映させてきた。元々凝り性な性格であった猛はその行動が日課になり、通勤中は毎回、女性誌や女性人気が高い物をチェックする毎日である。


まもなく~御用町駅~

電車内に停車駅を知らせるアナウンスが響く。

「あ、もう着くのか」

女性誌に集中していた猛は急いで読んでいた雑誌をカバンに入れ、電車から降りる。駅から出れば会社は徒歩で約5分と言ったところ。

「今何時だ?・・・・・・うげ」

猛の腕時計は既に遅刻前ギリギリの時間を指す。

(これはやるしかないな・・・・・・)

と、ネクタイを強く締め直し覚悟を決めた猛は・・・・・・

「うおりゃああああああああああああああー!!」

己の出し得る渾身の力で走り出した――――



「っしゃあ!間に合ったぁ!」

「完全に遅刻じゃバカモン!!」

「あ、おはようございます係長!では不肖、武蔵野!営業周りに行って参ります!それでは――――」

会社に到着した猛だったが、時既に遅し。会社に遅刻である。

なんとか小うるさい係長をやり過ごそうと回れ右。しかし後ろから突然肩を掴まれる。相手はもちろん係長だが、猛としてはあまり振り向きたくは無い。

「な、なんでしょうか?係長・・・・・・?」

何も言わず、係長は猛を近くのテーブルに座らせると、途端に始まる係長によるマシンガンお説教。


「また始まったね~」

「武蔵野先輩は係長のお気に入りだもんね~」

他の社員達はこの喧騒にも慣れたもので、日常的に猛が叱られているために、この説教にも大きな反応を示す者は誰もいない。せいぜい女性社員たちの話の種になる程度である。


「――――ということだから次から遅刻しないように!」

「はい!精進します!」

やっとお説教は終了したようだ。係長が自分のデスクに戻り仕事を再開する。

猛もとぼとぼと、営業周りに向う。彼の主な業務は新規開拓。飛び込み営業で企業相手の契約を取り付ける仕事だが、猛の業績はあまり良くは無い。原因は色々あるのだが。

(やっぱりこの三白眼がいけないよなあ・・・・・・)

猛の特徴的な三白眼が人によっては怖く見えるそうだ。営業は第一印象が大事。怖がられることはマイナスに働きやすいのだ。

(ぼやいてもしょうがないな。行くか)

会社の車に乗り込み、新規獲得のための営業を開始した。



「はあああああ~~~~・・・・・・」

非常に大きなため息を吐きながら猛は会社への帰路の途中にあるコンビニエンスストアの喫煙所で一服していた。本日の営業も契約は0社。今月に入ってから一件も取れていない始末。

流石に猛も気が滅入るものだ。

「うッ!目に煙が・・・・・・」

猛はこのところ現実では何もかもうまくいってないと感じていた。

5年前の入社当時はやる気と元気に満ち溢れ、若さのままに行動できたが、今じゃもう27歳。貫禄が出てくる前に若さだけが無くなってしまった、くたびれた万年平社員だ。

(この様を昔の俺が見たらどうなるんだろうな・・・・・・)

ミラクルマンのように世界を救った英雄(ヒーロー)――――

彼はそうなりたかった。もちろん現代の日本でそんなこと出来ないと気づいてもいた。

「はあああああああ~~~~・・・・・・」

もう一度大きなため息を吐くと、もうほとんど吸う所が無い煙草を灰皿で潰し、会社へと車を走らせた。




夜の駅前商店街は明かりにより昼よりも明るく、田舎だというのにその活気は終わることが無い。

会社から駅までの帰りの路を、猛は疲れた様子で歩いて帰る。駅前商店街のネオンの光が猛の疲れた体を包む。効果抜群!疲れは倍増である。

(やっと今日も終わりだ・・・・・・帰ってL.Lやろう・・・・・・)

彼にとってループ・ザ・ループはこの最悪な日常を忘れられる唯一の場所であった。あの場所ならば仲間達といつものように楽しくやっていける。


(そういえばなんでネカマなんて始めたんだっけ・・・・・・?)

ふと、猛は歩きながら考え出す。

男性が女性キャラクターでゲームを始めるのは不思議ではない。ただし言動まで女性を真似する者は少ない。

ネカマをする上で利点を挙げるとするなら男性プレイヤーからプレイの上での便宜を図ってもらえる、という点に尽きる。自分だけの理想となる女性キャラクターを作成できるという点もある。

ネカマがバレてしまうと一気に周りの信用を失うデメリットもあるのだが。

(ああそうだ思い出した!このゲームを3年前に買った時に始める前、うれしさで浮かれて酒飲んだんだ。そのまま調子に乗ってプレイして女でプレイし始めて・・・・・・酔った勢いで姫様プレイしてて・・・・・・)

「・・・・・・後に退けなくなった」


猛は元々ネットゲームでは丁寧でありながら砕けた話し方をするため無理なく女性と信じられた。ギルドのメンバーもあまりリアルについて言及しないタイプだったため今まで誰一人として猛のネカマは、ばれることが無かった。

基本的なネカマは仲間について行って報酬をもらうだけのいわゆる粘着型だが、猛のスモモは指示出しから前線、メンバーの回復まで行う万能型である。

これはネカマで始めた猛の、ほんの少しの後ろめたさと経験から来る実力の高さによるものが大きい。

本来ネカマは女性プレイヤーに嫌われやすい。現実で言うところのぶりっ子に近く、依存するプレイスタイルが目に付くそうだ。

しかし猛は自立したプレイングにより、男性はもとより女性プレイヤーもBeret内に限っては数多い。それどころかスモモの女性ファンクラブが存在する。


「もう、実は男でした!なんて言えないよなぁ~・・・・・・っともう着いたのか」

猛はいつの間にか目と鼻の先にあった駅に入り、十数分後には自身の部屋に帰りついた。電車内ではもちろん女性誌を読みながら。


「ただいま~」

猛は小さなアパートにある自分の部屋で主人の帰りを告げるが、誰一人言葉を返すものは無い。いたらいたで問題である。彼は一人で暮らしている。

スーツを脱ぎ、テーブルに就くとコンビニで買ってきた半額弁当を頬張る。

「これだよこのろくに味のしない貧乏臭いパスタが最高なんだよ」

弁当のから揚げの下に敷き詰められたパスタに舌鼓を打ちながら、弁当を完食する。一通りやることを終えた猛は早速、ベッドに寝転びL.Lをプレイするためのヘッドギアを装着し、右耳側にあるスイッチを押した。

「よし!行くか」

瞬間、猛の意識は闇の中へと消えていった。



L.L内のヨイトコ広場はプレイヤー達の憩いの場である。広場の中心には大きな噴水があり、天候は夜だというのに人や獣人の姿で活気付いている。明かりが煌々と輝くその広場に一人の美少女が降り立った。


「うん!今日も可愛いね!」

自分の姿を確認した後スモモの声で猛は呟く。猛は自分の容姿には自信が無いが、スモモとなると話は別で他の誰よりも可愛いと自負している。3年間手塩にかけて育てたアバターである。装備ガチャで可愛い新作衣装が登場するたびに課金し、大半は手に入れている。

今装備している服「女神の寵愛」は登場当初4万円課金して運良く手に入った最高レアリティのクレリック系衣装だ。一定時間毎に最大体力の20%回復と魔法使用時のMP(マジックポイント)消費量軽減のバフが乗る壊れとまで言われた装備だったが、PvP(プレイヤーバーサスプレイヤー)で猛威を振るったために下方修正を受けてしまい、今ではまあまあ強い装備といったところである。

スモモは性能よりもこの装備の可愛らしさが好きだったため今でも愛用している。

見た目はさながら燕尾服であるが、袖は無い。前方のボタンは服の端まであるのだがへその辺りから先は布地の間隔が開いているため、閉じることは出来ず下手するとへそは丸見えである。裾は太ももの辺りまで伸び、えもいわれぬ可愛らしさとエロさを生み出している。


「あっ!スモモちゃんお疲れ~!」

「こんばんわです!」

広場の一人がスモモに気づき話しかける。彼はギルドメンバーではないが、スモモ自体がL.L内で有名であり、こうして話かけられることは多い。


「今何してるの?」

「そうですね~まだベレー帽の皆さんは少ないみたいですし、たまには一人でクエストに行って見ようかなって思ってます」

「そうなんだ!公式クエスト?それとも個人クエスト?」

「今日は久しぶりに個人クエストでも受けてみたいですね~」


受けられるクエストには種類が存在し、前回のキマイラのクエストなどは公式のクエスト。他のプレイヤーが依頼して行われるクエストが個人クエストである。

個人クエストの内容は様々であり、指定の素材の納品やイベントの用心棒、レイドクエストの募集などだ。その依頼を完遂すれば依頼主から自動的に報酬が支払われる仕組みになっている。


「じゃあ頑張ってねスモモちゃん!応援してるよ~!」

そう言って話していた男は去っていき、スモモは個人クエスト依頼用の広場にある掲示板へと向った。


掲示板には多くの張り紙が張ってあり、その一つ一つがクエストである。

(なんか面白そうなクエストあるかな?難しいけどリターン大きいヤツとか大歓迎なんだけどな~)

「・・・・・・ん?」

スモモは一つ奇妙なクエストの張り紙を発見する。



『クエストタイトル 無題

ダイダロスの塔の主「ミノタウロス」を倒して欲しい。


場所 ダイダロスの塔

報酬 新世界

制限人数 一人            (クエスト開始)        』


「・・・・・・なんだろうこれ?新世界?それにダイダロスなんてステージ聞いたこと無いステージ・・・・・・」

トップクラスのギルドマスターであるスモモは自身が知らないステージは存在しないはずだった。

そのクエストはスモモにとってあまりにも疑わしい内容である。

(個人クエストには存在しないステージは選択できないはずだ・・・・・・ってことは本当にあるのか?ミノタウロスもL.Lに存在しないし、何もかもが分からない)

何よりもスモモには制限人数1人という文字が怪しかった。ボスを討伐するならば複数人で行くほうがクエスト成功率は上昇する。


「怪しい・・・・・・難易度も書いてないし・・・・・・」

他のプレイヤーはこのクエストを一瞥して去っていったことだろう。

第一、報酬が不明瞭である。装備品なのか魔道アイテムなのか転職アイテムなのかもさっぱり分からない。

スモモも皆と同様に去ろうとした。



「でも・・・・・・気になる・・・・・・気になるなぁ・・・・・・」

しかしスモモの足は動かない。目の前にある未知の依頼を受けてみたいと、心の奥底から武蔵野猛は叫んでいる。知りたい欲求、(けん)への渇望は少しづつスモモの人差し指を、張り紙の「クエスト開始」に誘導していった。

そして人差し指が触れた瞬間――――


「クエストが開始されます」

いつものクエストの開始を知らせる機械的なアナウンスが頭の中に響き渡り、スモモの姿はその張り紙と共にヨイトコ広場から消えさった。




石畳が敷き詰められた地面、遠くの景色は見渡す限りの山、山、山。

光に包まれ現れたスモモは驚嘆の息を漏らす。

石畳の中心―――――そこには空に向って伸びる大きな塔が鎮座していた。その形は台座を逆に置いたように上に行くにつれて広がっているという異質なものだ。

「・・・・・・これは?こんなステージ見たこと無い・・・・・・!」

言葉とは裏腹にスモモの心は大きく高揚していた。

(嘘じゃない!ダイダロスのステージが存在している!)

スモモは興奮で指先が震えながらもバングルを操作し、浮かんできたメニュー画面のグループチャットの項目をタッチする。理由はもちろん仲間達にこの興奮を知らせるためだ。


「・・・・・・あれ?開かない・・・・・・」

スモモは何度もグループチャットの項目をタッチするが、チャット画面が開く様子は無い。

(メンテナンスかな?そんな連絡は無かったはずだったけど・・・・・・)

考えても無駄であると判断したスモモはL.Lのメニュー画面を閉じ、目の前に佇むダイダロスの塔へと歩を進める。

「後で皆に教えてあげよう・・・・・・こんなことなら撮影アイテム買っておけばよかった」

過ぎたことを悔やんでも仕方が無い。目の前には未知の塔があるのだ。スモモは逸る気持ちを抑えることは出来ず、大きく開かれた扉からダイダロスの塔へと進入した。


「わああああああああ~~・・・・・・」

スモモは驚愕で大きく目を見開く。ダイダロスの塔内部は頂上まで大きな螺旋階段が壁伝いに続いていた。その内観は飾りっ気のない無骨なものだったが、それは逆に荘厳さをスモモに感じさせた。

「凄い・・・・・・!天井まで吹き抜けになってるんだ・・・・・・」

再びスモモは驚嘆の息を漏らす。彼女(かれ)の廃人魂はこれまでの興奮で最高潮まで燃え上がっていた。

「ミノタウロス・・・・・・!誰だか知らないけど倒してやるぜぇーー!!」

スモモは女性の姿であるにも関わらず、まるで山賊のような雄たけびをあげる。

それほどまでに今起こっている事態全てがスモモにとって衝撃的だった。

彼女は大きく螺旋階段への一歩を踏み出す。コレがL.Lプレイヤーとして未知のクエストでの最初の一歩となる。



このゲームにおけるアバターは疲れることは無い。ステータスとしての疲労は存在するのだが、回復アイテムにより簡単に疲労状態を解除することができる。

スモモは休まず全速力で階段を登り続け、約20分程度で塔の中腹に辿り着いた。

「ふう・・・・・・あと半分で頂上って所かな?」

塔の中腹には塔の壁から広がっている比較的大きな空間があり、さながら踊り場の様である。

その場所に足を踏み入れたスモモは何者かの気配を感じ、弾かれるように戦闘態勢に移行する。ゲームでの長い経験からか、この動きに淀みは無い。

「遂にお出ましね・・・・・・!」


彼女の目の前に真っ黒で不定形な物体が複数、床から唐突に出現する。

それらはそのブニュブニュとした体を変化させると人のような形をとり、彼らの右腕にあたる部分には不定形を変形させて作られたブレードが伸びている。

大きさは成人男性程だろうか。その数は前方に5体、スモモの後方にも5体。スモモを中心とする円を描いていた。


「囲まれた!?予想外・・・・・・!」

(こいつらも知らないモンスター・・・・・・何が通るのかさっぱりだな・・・・・・)

スモモは装備している杖を構え、この状況での最善手に思考を巡らせる。

彼女のネクタイが動きに合わせ揺れる。その動きが止まった刹那、戦いの鐘は鳴らされた。


スモモは真正面にいる”ブラック・ウーズ”と勝手に命名したモンスターとの間合いを一瞬で詰めると、頭部めがけ長めに持った杖を高く振りかぶり兜割りの要領で全力殴打。

「先手必勝ってね!」

その攻撃はブラックウーズの頭頂部に直撃し、敵の頭は潰され胸の高さと同じ高さまでめり込んだ。手応えありと、スモモはそう判断する。彼女のステータスは筋力に最大まで振られているため、威力が低めに設定されている杖で殴るだけでも大きなダメージを与えることができるのだ。


しかしスモモが感じたのは違和感。彼らの体力を示すゲージが微動だにしないのだ。ブラック・ウーズの返す刀を杖でなんとか弾きながら彼らのいない方向へとジャンプし、距離をとる。


「うそ・・・・・・」

(何か・・・・・・何かがおかしい・・・・・・)

今までスモモの戦ってきたモンスターにもよく似たスライム状の敵は存在したが、その尽くは物理攻撃に対する耐性は無かった。

「迂闊・・・・・・!物理耐性のあるウーズ型モンスターもいるんだね。知らなかったな~」

努めて平静を保つ。戦闘中に激情に駆られるのは敗北の引き金になりかねない。

こんなところで負けてクエストリタイヤになどなってしまっては仲間達に一つも土産話が出来ないではないか。

(そうだ・・・・・・ギルメンの倶梨伽羅(くりから)さんも言っていた。勝ちたいならまずは流れを掴むこと!掴んでしまえば後は怒涛の攻めを!)



「ドレスアップ!」

スモモの声が回廊に響き、瞬間彼女の体を炎の渦が包みだした。敵は炎の壁に阻まれ近寄ることができない。時間にして約5秒ほど経った頃、渦はその動きを止めた。

「おまたせ~!」

鈴を鳴らしたような声と共に炎の渦はガラスが割れるように砕け、そして消え去る。

その中から姿を現したスモモは先ほどの衣装、武器ではなくその手にはドリルのように螺旋を描き、緋色の輝きを宿した槍が握られている。


「そういえば自己紹介がまだだったね!私は”コスプレマスター”スモモ!皆よろしくです!」

真紅に彩られた胸当ての前で揺れるネクタイを軽く締めなおし、彼女はニヤリと笑みを浮かべる。

スモモの劣勢は確かに今、優勢へと傾きだした――――



L.Lでは650種の職業が存在する。その内の200種は上級職、50種は最上級職といったものだ。

その50種の一つにコスプレマスターという職業はある。内容は最上級職の中の人間種が扱える職業33種の中から3種まで好きなように選択してそのスキル、装備を扱うことができるというもので、50種のなかでも万能性に特化した職業である。

下級職の変装士から二度のクラスチェンジを経ることで、コスプレマスターになることが出来る。

コスプレマスターという職の利点は、3つのジョブから好きなものを選べるという単純にして明快なメリット。さらにジョブ毎のステータス補正もジョブチェンジするたび受けることができるため、汎用性に富む。

L.Lにおけるステータスは、個人でレベルアップによるポイントを割り振ることが出来る基礎ステータスに、ジョブごとに設定されたステータス補正を合算した数値となる。基礎ステータスに上手くポイントを振り分ければ、一人で三人分の働きも期待出来るという事である。

装備の項目も選んだジョブごとにあり、専用武具も装備可能。一般の最上級職の三倍の金が掛かるが、その拡張性は非常に高い。


デメリットはもちろん存在する。最大レベルの100レベルに到達したときにジョブごとで取得する奥義及び、職業固有アーツの使用が出来ない。

基礎となるステータスの振り方によって圧倒的戦闘力を得ることを可能にするが、間違えれば3種の力を引き出せないチグハグなものになることもある。

割り振ったポイントは転生アイテムを使用してレベル1の下級職に戻り、再びレベルの上げ直しを要求されるため、コスプレマスターを選択する者は成長の計画性も求められる。

さらにコスプレマスター自体に奥義は存在せず、レベル1から持っている"変装(ドレスアップ)"の固有スキルだけである。

基本形態となる職業一つとドレスアップの使用で残る二つの職を使い分けるという、元となる姿が存在しない職業であるのもあり、メインとなる一種ばかり使っても他職の劣化になりやすく玄人向けの職業となっている。

結果、総評としてはパーティーに一人はいると助かるが、あまり人気は無い不遇職といったところ。


猛がこの職を選択した理由はたった一つだ。

色んな衣装のスモモでL.Lを楽しめるから、ただそれだけ。

どこまでスモモを完璧な美少女にできるか・・・・・・それがL.Lにおける命題の一つである猛にとってはコスプレマスターはまさに天職であった。



紅の槍姫――――ドラゴンライダーへと変貌をとげたスモモは目の前約10mに群がるブラックウーズへと対峙する。

おもむろにスモモはガントレットが装着された右手を前方へと向け、パチンと指を鳴らす。すると彼女の目の前に二対の渦巻く炎の流星が出現し、敵の元へと飛んでゆく。

暴炎星(クレイジー・ファイヤー)”――――炎属性中級魔法の一つであり、ドラゴン・ライダーの持つ攻撃魔法の中でも最大の威力を誇る。

ドラゴン・ライダーの基本戦術は高い突破力と機動性を生かした強襲攻撃である。炎属性の魔法も中級までは扱うが、強襲のための撹乱及び足止めとしての使用が主となる。


「ドレスアップのとき、君達が火を怖がってたのはよーく覚えてるんだからね~!・・・・・・じゃあ行きますよ~!」

炎の流星は弧を描きながらブラックウーズ達に着弾した。瞬間、群れの二箇所で同時に火柱が昇る。

その炎は敵数体を包み込み、さらに勢いを増していく。

爆風は離れた場所にいる彼女のポニーテールの髪をはためかせ、多少乱れてしまった様だ。

スモモは軽く頭を振り髪の乱れを直すとその手に握る”紅蓮槍(ランス・オブ・ヴァーミリオン)”を構え、突撃の姿勢をとる。重心を低く、そして槍に体を預け――――


(1、2の・・・・・・3!)

「てりゃああああああーー!!」

スモモが床を蹴ると同時に床には大量の火の花が咲く。

まるで限界まで引き絞られた弓の様に、目にも留まらぬ速さでブラックウーズの群れに突っ込んだ。

その身を槍と一体として放たれた攻撃は、暴炎星によって恐慌に陥る敵の喉元に深く突き刺さる。

ドラゴン・ライダーが持つアーツ”逆鱗(げきりん)”の一撃は、空の王――――龍の剛爪を髣髴とさせ、ブラック・ウーズの鈍重な動きでは、避けることも受け流す事も出来なかった。

そのまま彼らの胴に風穴を開ける。それも二体まとめて。

彼らの体力ゲージは凄まじい勢いでゼロに近づく。もう一撃で敵は倒れるだろう。

「イグニション!」

スモモは勢い良く紅蓮槍を持ち上げると武器の特殊能力――――点火(イグニション)を発動させる。

すると敵の二体を串刺しにしたまま紅蓮槍の螺旋を描く槍身をなぞるように豪炎が噴き出し、そのブラックウーズの”全て”を焦がし尽くした。



10秒ほど経った時には紅蓮槍の発する豪炎も立ち消え、スモモは右手に握る槍を軽く振ると突き刺さったままのブラックウーズは槍から弾き飛ばされ、踊り場の床に元の不定形となり張り付き動かなくなった。


(あれ・・・・・・消えない)

スモモをまたしても違和感が襲う。L.Lのモンスターは撃破されると粒子となり消えるはずだった。しかしこのモンスターは体力ゲージが0になったのに消えず、床に張り付いたままだった。

しかし、長考する余裕はスモモにはない。まだ二体倒しただけなのだ。



「ってあれ・・・・・・?」

敵のいるであろう方向を向いたスモモは間抜けな声をあげる。そこには誰もいなく、燃やす対象を失った暴炎星はその火を消していた。恐らくは逃走したのだと考えられる。


(このクエストは変なことばかり起きるなぁ・・・・・・チャット開けないわ、敵は消滅しないわ、逃げるAIを搭載した雑魚モンスターがいるとか・・・・・・それにしてもこのモンスターくせぇな)

スモモの鼻を襲う焦げた油のような悪臭。L.Lで嗅覚が再現されることを心底恨みながらドレスアップを解除し、基本の姿、”神の声を聞きし(ロード・クレリック)”に戻ると、猛は思案する。この現状、謎・・・・・・


しかしこの山積みの問題に猛は意外にも簡単に解決策を打ち出す。

(とりあえず先に進んでミノタウロスを倒す!この辺の謎はクエストから戻ってからGM(ゲームマスター)に連絡すればいいか!)

「よおーし!攻略♪攻略ぅ♪」

彼の意識は既にこの塔の主、ミノタウロスに向けられていた。



踊り場から螺旋階段を上り続け約15分。

走り続けるスモモの目の前に遂にダイダロス頂上への出口が見えてきた。

「ここが・・・・・・頂上だね・・・・・・」

出口から塔の頂上へと出たスモモを迎えるのは綺麗に敷き詰められた金属的質感の床。触ってみると埃で少しざらついている。

塔の頂上は冷たい風が強く吹いていた。しかし、アバターが寒さを感じることは無いので、風が強いな~程度にしかスモモは感じない。

逆台形を形取るこの塔の頂上は相当広い。端から端まで走っても10分はかかりそうだ。恐らく直径で400m程はあるだろう。

そんなことを思いながらスモモは中央にある魔方陣のような幾何学模様の円陣に近づいてゆく。恐らくは、あれが最後の戦いの闘技場――――


「・・・・・・ん!?」

不意に頂上の床が揺れ始める。スモモは手をつき、体を支える。

スモモは直感的にこの気配はボスの登場であると予測した。

(お出ましだなミノタウロス・・・・・・!)

その予測は的中し、曇っていた空が突然、稲光を吐き出したかと思うと、一体の巨大な何かが耳をつんざく雷鳴と共にスモモの目の前に落ちて来た。


その衝撃で床は土煙を巻き上げ、瓦礫が飛び散る。その煙の中から立ち上がったのは半人半獣、頭は雄牛。筋骨隆々の体を腰ミノだけで覆った大男であった。その手に持つ磨き上げられた巨斧は軽々とスモモの体を輪切りにできそうなほどに鋭利な刃を輝かせている。全長は10M程だろうか。とにかく常軌を逸した大きさだ。


「ヴルルルルルルル!ウオオオオオオオオオオオ!!」

「で、でけぇ~~・・・・・・」

スモモの眼前で雄たけびをあげるミノタウロスに驚嘆の声が漏れる。しかしすぐに我に返ると、後方に飛びのき距離をとる。スモモの顔には驚きと期待の二つの感情が渦巻いていた。

(初めて見る敵・・・・・・さっきの奴らもそうだったけどコイツはスケールが違う!でも、いや・・・・・・だからこそ!)

「倒してみたくなっちゃうな!!」

彼女の青く輝く眼はブラック・ウーズ戦の時よりもさらに昂揚の炎で爛々と輝く。初めて見る、誰も知らない完全に未知の敵と戦うなど猛のL.L史上でも初めての出来事だった。

挿絵(By みてみん)



「はあ!」

まずは小手調べとばかりに、握っている聖杖で横合いから殴りかかる。弱点も耐性も分からないのだ。攻撃されてもすぐに回避できるように片手だけの軽めの力で殴りつけた。恐らくは長期戦が予想されるだろう。ロードクレリックのスキルの一つである”神聖回復(アーク・ヒール)”の詠唱を攻撃と同時進行で行う。





「ウオオオオオオオオオ・・・・・・」

その一撃でミノタウロスは盛大な音と瓦礫を巻き上げ、倒れた・・・・・・

体力ゲージは最大から一瞬で0に到達する。





「・・・・・・うそぉ!?」

思わずスモモは素っ頓狂な声をあげる。

(まさかあのムキムキの腰が弱点だったのか?いや、違うでしょ流石に!)

どのような内容であれ、ボスのミノタウロスは倒れた。一撃で。

「俺の・・・・・・俺の興奮を返しやがれー!!ウオオオオオオオオオオオオオ!」

ネカマであることも忘れた猛のミノタウロスのような叫び声は、頂上から広がる空に虚しく吸い込まれる。

少し心が落ち着いたスモモは、またしてもミノタウロスが消滅していないことに気づく。

(またコイツも消えないのか・・・・・・どうなってるんだ?まあいいや。未知のクエストの攻略は終わったんだ。帰って皆に報告しよ・・・・・・ん?なんだあれ?)



ふとスモモは頂上の片隅に何か箱のような物体が鎮座していることに気づいた。

本来ならば無視しても問題ないのだが、今のスモモがそれを無視するはずが無かった。

スモモは謎の物体に近づく。その物体には隙間無く規則的な溝が彫られており、中から虹色に輝く光が漏れ出していた。


「なんだろう・・・・・・?コレも見たこと無いオブジェだ・・・・・・綺麗だな~。そうだ!コレを持って帰ろう!クエストの報酬の一つかもしれないし!」


その物体を持ち帰ることを決めたスモモはおもむろに手を伸ばせば触れる距離まで接近する。

(・・・・・・ん?)

上から見た物体の中心に何かスイッチのようなものが見える。ここを押せば箱が開いて中身を手に入れられるのだろうか?とスモモは考える。


「それじゃあ・・・・・・ポチッと!」

ためらうことなくスモモはスイッチを押す。

瞬間――――スモモの体を虹色の燐光が包み込む。

「え!?な、なにこれ!?」

そして彼女の体は虹色の粒子となって一瞬の光の中に消えた。謎の物体とともに・・・・・・



――――涼やかな風と、ポカポカと暖かい日の光を浴び、武蔵野猛は目を覚ます。

「んん・・・・・・?朝かぁ?」

いつもの薄い万年布団での寝心地とは少し違うようだと感じる。

(あれ?俺何して・・・・・・?)

混乱する頭を少し振ると、いつもの生活との違いを感じ体を起こし、周りを見渡す。

(左手側のミラクルマンは・・・・・・無い。あるのは遠くにアルプスみたいな山脈・・・・・・右手側のスーツは・・・・・・無い。あるのは気持ち良い風になびく平野・・・・・・てか俺が寝てたのも、この平野・・・・・・?)

猛の頭が徐々に冷静さを取り戻していく。それに反比例するように次第に血の気が引いていった。




「あれ?ここどこ!?」

彼――――スモモの胸のネクタイが大きく揺れた。



スモモが行く!~異世界漫遊記~を手にとって頂きありがとうございました!

これにて一部は終了となります。

これからの物語はギャグあり、コメディあり、笑いありの楽しい物語にして行こうと思っています。よろしければ最後までスモモちゃんの物語にお付き合いください!

舞原 雪

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