異世界・三日目(4)
「フィーネの目も腐り落ちたものだな」
なんで、二回も言うのだろうか。
「今回の依頼を受けてきました。ナナシと申します。今回の依頼の主旨は受付の方から聞き入れてますが、面接などはありますか?」
「あ?面接?在るわけがないだろう!とにかく、私は強いやつを寄越せと言ったのだ。私の道場の面汚しにならぬような奴を寄越せと言ったのだ。なのに、フィーネのやつこんな黒髪しか取り柄の無さそうな、男を連れてくるなど・・・」
凄く馬鹿にされている。
「俺は強くなりたくて来ました!どうか、よろしくお願いします!こちらで稽古をつけて下さい!よろしくお願いします!」
この世界で生きるためにも、まずは護身の心得を持たねばならない。思ったよりもこの世界は危険で溢れている。生きるために今は藁にもすがる思いだ。そのためなら幾らでも、プライドは捨てられるぞ。
土下座だ。地面に頭をすり付ける。
メシア=フランピュールさんに声を張って、姿勢で伝える。
「・・・、大の男が、そうも簡単に、奴隷と同じように頭を垂れるなど、メシア=フランピュールの道場の門下生になるからには、許さぬ!ふははは、しかしだ、身なりが良さそうだから貴族様かと思いきや、はは、違うのだな」
俺は道場の門下生になるからには、と聞こえて頭を上げてメシア=フランピュールさんを見上げた。
「だが、私の奴隷になりたいというお前の意志は尊重してやろう。馬車馬の如く、必死に抗うと良い。私の奴隷に、軟弱ものはいらん!鍛え上げてやるので、覚悟するようにな!」
奴隷?土下座って奴隷がすることなの?!この世界じゃ、そういう意趣に使われていたのか。マジかよ、だが何にも勝る最大限の姿勢として使えたようだ。
メシア=フランピュールさんの奴隷になってしまったのは予想外過ぎたが、稽古をつけてくれるというのだから感謝するべきか。
「はい!ありがとうございます!俺は強くなります!」
「ふふ、まったくフィーネめ。可笑しな奴を寄越しおった。寄越しおったな」
目尻に浮かんできた涙を笑いながら拭うメシア=フランピュールさんの言われるがままに、門をくぐり抜け背中を追うように歩き始めた俺である。
▽
「荷物はここに置くように、ここは門下生達が利用する予定の大広間だ。基本はここで寝食を行う。とはいえ、まだ人がお前しかいないからな。飯の時は私の部屋で食べるとしよう」
「分かりました。メシア=フランピュールさん」
「長いな、奴隷の癖に名前を呼ばせるのも可笑しいからな。師匠とでも呼んでくれ。お前の力を認めたときにのみ、名前を呼ばせてやろう」
「その日が早く来れるように精進します」
「そうしてくれ、とはいえ期限は2週間しかないぞ。それまでに私を認めさせてくれ。この二週間は基本的に道場の稽古と掃除をメインに行うつもりでいるから、覚えておいてくれ」
たった、二週間しかないのか。
だが、二週間もあるなら、一つくらい何かを得られるのかもしれないな。取り敢えず、頑張るか。
ふん!とやる気に満ちて鼻をならす俺を、冷めた目で師匠が見ていたことなど、目の前の事しか見えていない俺に気付ける筈もなかった。