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第五話

 赤い鱗。

 鱗に覆われた、痩せっぽちの体。

 警戒し切った瞳。太陽の下では黒に映るけど、夜闇の中では魔物の赤に光る目。

 先の尖った、蜥蜴の様な爪。

 醜い化け物。

 あぁ、そんなことない。

 そんなこと、ないのに。

 あの髪を見てよ。手入れもされてなくて痛んでるけど、長い黒髪があの子の自慢。

 あの声を聞いてよ。怖がって大声が出せないけど、澄んだ鈴のように歌うの。

 あの涙に触れてよ。強がって滴にもならない、寂しくて切ない人肌の温もりに。

 私達と同じだよ。

 化け物なんかじゃ、無い。

 化け物なんかじゃ。

 けれどふと気付く。

 その言葉を言っているのは、あの女の子だ。

 ううん、私だ。

 私は、彼女だ。

 そうだ、私が、化け物だ。

 途端、私の腕に生えた微細な鱗が目に入る。

 どこからともなく、罵る声が、蔑む視線が飛んでくる。

 私が、化け物なんだ。

 化け物が、化け物を、化け物じゃないなんて、そんなの。

 そんなのって、あんまりだ。

 誰も聞いてくれない。誰も見てくれない。誰も知ってくれない。誰も気付いてくれない。

 私は化け物なんかじゃない。

 あぁ。

 私が、化け物なんかじゃなかったら。

 あの子は化け物なんかじゃないって、守ってあげられたのに。

 私が化け物なんだ。

 私が、化け物。

 違う。

 違う、私は、化け物なんかじゃない。

 この痛みだって、悲しみだって、皆と同じ。

 けれどそれを言っている私は化け物だ。

 蔑まれる、疎まれる、忌まれる、化け物だ。

 違う、のに。

 私が化け物だから、化け物を化け物じゃないなんて、化け物じゃない誰一人に、言葉が届かない。

 私が化け物だから。

 そうだ、私は。

 私は、化け物だ。




「――ッ!!」

 飛び起きる。

 どくどくと打つ心臓。激しい動悸に合わせるような荒い息に、ぐっしょりと掻いた汗。眩暈がする。明るい、いや暗い?

「っ……う」

 顔を抑えた手が、そのまま口元に移った。慌ててベッドから降り、部屋の端に胃の中身を吐き出す。えずく喉、圧迫される胃にはお構いなしに、口から出るのは糸を引く涎と苦い胃液だけ。出ないのに出そうと悲鳴をあげる体に、必死に壁に手を当て倒れないようにする。

 しばらくして漸く収まった吐き気に、けれど動き出せずに必死に息を吸い込んだ。涙で滲んで、その上ふらふら揺らぐ視界。酸っぱい匂いが鼻の奥から直接突き刺さり、胃液の通った喉がひりひりする。

「………っ、……………」

 息を整え、涙を拭って、ベッドの上に倒れ込んだ。

 気持ち悪い。くらくらする頭で、ぼんやりと、吐きながらもずっと頭を回っていた夢を思い出していた。

 嫌な夢だ。酷く、嫌な夢。

 私が化け物だなんて、そんなこと、とっくに分かっている。

 誰も助けてくれないなんて、そんなことも知っている。

 あぁ。

 酷く、嫌な気分だ。

 今どれくらいだろう。時計なんて物はこの村のどこを探しても有りはしない。部屋の板から光が全然入ってないから、曇ってるか、正午か、どちらかだろう。

 いつだろうと、寝てしまったのだから、早く食べ物を探しに行かないと。いつも見つかる訳じゃないから、まだ残ってる日でも探さないと、直ぐに尽きてしまう。

 そう思うのに、体は動かない。

「…………」

 口を開いた。ぱくぱくと、口を動かして。

 それからしばらくして、吐き捨てる様な呟きで。

「……何のためにだよ」

 言いながら目を閉じた。ずき、と胸が痛んだ。こんな言葉、好きじゃない。けれどぐるぐると、夢が、記憶が、切望が回って、噛み締めた口は、油断したらすぐに同じ言葉を吐いてしまいそう。

 口が閉じてたって、聞こえるけれど。

 先程吐き捨てた時とは打って変わって、静かな呟きが頭に響く。

 ――何の為に?

 冷たい一言。私の声。

 生きるためだ。

 食べないと、死んでしまう。生きていく為だ。

 けれど言葉は変わらない。

 問い掛けは変わらない。

 ――だから、何の為に?

 変わらない口調で、そう問い掛けてくる。

 死なない為に。

 ずっと、生きていく為に。飢えない為に。

 だから、何の――

「――っ……!」

 ぎゅっと、薄い布団を抱き締める。

 それ以上考えたら、ダメな気がして。

 あぁ。

 もう、寝てしまおうか。

 明日でも、もう良いだろう。

 蒸し暑い部屋だけど、寒い。薄い布団を、痛いくらいに抱き締める。ぎゅっと、体を縮こませて。

 あんな夢、見なければ良かった。

 心の片隅で、過ぎる時間に焦っている私がいる。

 けれど、全然寝付けない中も、私の体が再び起き上がることは無かった。

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