第二話
冷えた空気が腕をさすった。
「…………ん」
寒い。冷房が効きすぎている。もぞもぞと体を動かして、布団を被る。あったかい。
ふわふわと心地の良い布団に、なるべく体を目覚めさせない様にふにょふにょと潜りこむ。
そうして殆ど無意識のままに布団に潜り込んだのに、その直後。
ぴ、ぴ、ぴ…――ぴぴぴッ……。
カチャ、と慣れで手早く押したスイッチ。直ぐに戻る静寂に、けれど沈み込んでしまわない様に、時計をじんわりと握ってみる。プラスチックのそれは程よい温度で、丸い角が手の平で心地良い、けれどそれを触っているということは、アラームを止めたということは、もう起きなくてはいけない時間だということだ。
「………………えー」
すごく怠い。寒気を感じて、つい今しがた布団を被ったばかりだというのに、時間はあまりにも無情だ。一縷の望みを掛けて開いた目で、時計を覗き込む。画面を光らせると、デジタルで起床時間を示す傍らに、17度との文字があった。なるほど、冷え過ぎだ。
「………………」
起きたくない。物凄く起きたくない。何時間寝たんだろうか、瞼を開いただけで既に疲れが押し寄せている。昨日はどうしたんだっけ。キツネのルートに入れた記憶も、諦めて就寝した記憶も無い。ということは寝落ちか。4時頃だろうな。あぁ、分かってたけど自分は馬鹿だ。
しかし起きなくてはいけない。こうして夜中まで起きてしまう程ハマっている乙女ゲームが出来るのも、親が携帯ゲームを容認してくれているからに過ぎない。まさかそれが原因で学校に行かなくなるなんてことになったら、取り上げられることは必至だ。
「……はぁ」
体を起こして、怠い気分のまま朝の準備へ向かった。
暑い……クソ暑い。
口が悪い? 知ったことじゃない、暑い物は暑い。
汗を掻かないようにそっと体を動かしていたのに、柔らかいはずの朝の日差しがじわじわと肌を絞っていく。じっとりと浮かんだ汗で既に下着が心地悪い。最悪だ。
家を出てまだ数分なのに、もう引き返したくなっている。
怠い。怠いけど歩かないわけにはいかない。大体通気性の悪い制服もいけない。風が吹かない半端な住宅街も悪い。あぁ、怠い。
だらだらと、汗を玉にしてしまわないように、ゆったりと歩を進める。全く、物は言いようだ。それにしてもあのキツネの野郎、一体どうやってルートに入れば良いんだ。あぁもう、良い加減攻略サイトを見てしまおうか。別に死ぬわけじゃないし。
そう、思いながら、横断歩道を渡っていた。
停止線で車たちが停まっていたから、渡れると思っていた。無意識のうちに、青信号だと思っていた。
信号など、普段何気なく見るだけだ。別にそこまで厳密に確認していなくたって、別に死ぬわけじゃないし。
けれど昨夜からしっかりフラグを回収していた私は、こちらも前方不注意で交差点を抜けようとしたバイクもろとも、宙を舞うことになってしまって。
けれど、あっという間に過ぎたから、私はそんな最期の時、何が起こったか理解するより先に、心の中に大きな焦燥が沸き上がったのを感じていた。
――まだ、クリアしていないのに。
全く、冗談にもならないけれど、乙ゲーマーの鑑だと我ながら感心してしまう幕引きだった。