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第一話

「だぁあ、もう! なんで違うルートに入ってんの!?」

 もう何度目かにもなる声を上げて、あまり頑丈とは言えない最新の携帯ゲーム機を寝転んだベッドに放り出した。ぐちゃぐちゃに丸められた掛布団は柔らかくゲーム機を受け止めくれて、もふっ、とめり込んだゲームから鳴り響くBGMをくぐもらせている。

「……うぅ………もう色々分岐まわったじゃん………」

 恨めしい声で呟くと、より気分が滅入ってくる。それと同時にどっと疲れを感じて、はぁ、とため息を漏らした。

 疲れているのも当然。時刻はとうに深夜3時を10分程過ぎていて、昼からぶっ通しでゲーム機の画面を見続けた目が、というか目からの情報を処理する頭が凄く怠い。唸りながら目を閉じて、気休め程度だけどふっと体から力を抜く。

 途端感じるベッドの柔らかさに感嘆しつつ、何が悪かったのかもう一度頭を悩ませた。

 こもって聞こえてくる、もう四六時中頭を巡るようになってしまった優雅ながらもダークな色味を帯びたBGMを背景に、画面上で指揮官の服に身を包んだ男がいやらしい笑みを浮かべている。目を閉じても分かる、もう散々見ていっそ見飽きていると言っても良いくらいお馴染みの表情は、けれど望んだ人物のものでは勿論ない。私が恋したい彼は、決して殺しを愉しみに下卑た笑みを浮かべるような男じゃないのだ。いや、あんたのルートも良かったけどさ、もう良い、もう良いから、そろそろ引っ込んでいてくれよ。私はキツネに会いたいんだ。

「ふぃぃいい……」

 布団は柔らかく、程よく冷房で冷えていてとても心地が良い。息を吸う度に、疲れた体が回復していくのが感じられる。心のままに声を洩らすと、睡魔がぐっと近づいてきた。目を閉じたまま軽く頬を叩いて、距離を遠ざける。

 そう、キツネ、キツネに会いたいんだ。ファンの間で非公式に付けられた――とはいえ今はもう半ば公式的な――攻略対象たちの呼び名は、それぞれのキャラクターに合わせた動物の名から取られている。私が会いたいキツネ、そしてもう見飽きたハイエナ、んでライオン、ヘビとか色々……まぁ適当なものばかりだけど、一応納得できる名ばかりが付けられているので、同じゲームをプレイしている者ならこれだけで通じる。

 そしてそんな呼び名を使ったネタの中に、「キツネに化かされる」というものがある。これはキツネの好感度を上げるべく彼とのイベントを狙い撃ちしたり会話で話を弾ませたりして、それなりにスチルも回収して、万全な態勢で一つ目の大きなイベントに臨んだはずが、どうしてか全然関係の無いキャラクターのルートに入っていると発覚する現象のことだ。どうやらその変更相手すら、ランダムなのか細かく分岐で設定されてるかは知らないがバラバラなようで、私の場合はハイエナが圧倒的な確率で登場するようになっているのだった。

 それにしたって、今回は結構自信あったのに。選択肢も毎回選ぶ傾向を変えているし、それに分岐数自体はこんなにも迷う程多くはない。おかしい、これは絶対におかしい。ただのバグじゃ無ければ悪意のあるバグだ。そして悪意のあるバグですらないのなら、それはただの悪意だ。

「あぁ……ゲームに合ってるなうん………は、はは」

 自分で呟いておいて、あまりの下らなさに半笑いを浮かべた。悪意か、なるほど、このゲームに、そしてキツネにぴったりだ。

「はぁ………んっ!」

 少し目も休まったので、勢いよく体を起こしてゲーム機を手に取った。暗くなっている画面もボタンを操作すればすぐに見慣れた顔を映し出す。溜め息と共に呼び出したメニュー画面でその顔を消し、しばらく迷った後、分岐を幾つか戻ってロードする。

 いや、本当なら攻略サイトを見るべきだ。そんなことは分かっている。化かされるのは定常ではなく、ちゃんと攻略している人もいるのだから。けど、今までプレイしてきた乙女ゲームは全て自力でクリアしてきたという私のちっぽけな実績とそれに伴うプライドが、ブラウザを開いてもしばらくしてそのまま閉じるという行為を繰り返させてしまうのだ。だって毎回、「次はいけそう」「あそこが悪かったんだよな多分……」と頭を過ってしまうんだから……仕方ないよね!

「それに、もうどこがおかしいのか大体目星は付いてるし……」

 何度目になるかも分からないセリフを呟いた私は、またもイケメン達の美声の中に落ちていくこととなった。時間が掛かるのにはもう一つ理由があって、それは私がボイスを毎回きちんと再生する声フェチであるが故、一周一周が少なくとも台詞の分の長さがあるというこれもまた自業自得な物。サイトを見ないのも声を聴くのも私の勝手なので、だからこそキツネルートに入ることすら出来ないのが悔しくて堪らないのである。



 まぁ、とはいえ、呟いた台詞がやっぱりフラグだったようで、結局その日は二回追加でハイエナを掴まされ、目を休ませてる間に寝落ちすることとなったのだった。

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