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にじ の わ  作者: ぱに
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 王様という立場は、予想以上に恐ろしい場所でした。あちこちの地方を統治する貴族たちは、時に嘘を、時に本当の事を王様になったニールに伝え、心を操ろうとします。あるものはお世辞を、あるものは忠告を、あるものは罵倒を。ニールにとって、彼らの話から真実を探るのは、砂浜で一粒の宝石を探す様に難しいことでした。


 貴族は全員、ニールに不満を抱えていました。今までの様に贅沢が出来なくなり、安く人を使って暇つぶしをしていればよい生活から、面倒な事を押し付けられるようになってしまったのです。貴族たちは、幽閉されてしまった王様に戻ってきてほしいと思っていました。


 ニライアの民も、ニールに不満を抱えていました。今まで南の国の人を奴隷にして、生活は潤ってきていたのです。税金も同じだし、前の様に奴隷として安く使うことは出来ません。特にニライアの王都の人々は、南の国の穀物が不足してきたので、一部の品物が手に入りにくい状態になっていました。


 南の国の人も、ニールに不満を抱えていました。南の国の文化や風習を、無理矢理ニライアと同じにされてしまったのです。特に、特有の言葉を奪われたのは辛いことでした。ニライアの言葉を話せない人の仕事が、どんどん少なくなるからです。


 ニールはそんな人々をみて、分かち合うことが出来ない自分勝手な民に、絶望しそうになっていました。

「今なら、王様のお気持ちがよくわかります」

 幽閉とはいっても、宮殿の一室で優雅に暮らしている王様は、ニールに微笑みました。

「本当に辛かった。だから、ニール。君が朕を幽閉してくれた時、心から笑うことが出来たよ」


 ジュリオもまた、悩んでいました。ニールが苦しんでいるのに力になれず、貴族の蛮行を抑えることもままならない自分自身が辛かったのです。ラウルもまた、悩んでいました。ニールの優しさが国庫に納められていた金貨をどんどん削っていきます。


 その夏、近くの山が噴火しました。火山灰が降り注ぎ、川の流れが変わり、ラズル平原の穀物はすべてダメになってしまいました。食料は少なく、他の土地から買うお金もあまりありません。冬を越せずにたくさんの人々が死んでゆきます。けれど、ニールがどんなに頑張っても、全ての人を救うことは出来ませんでした。


 ニールは深い悲しみにくれていました。たくさんの人々が、毎日のように、東の国へ進軍するべきだと言います。今いる民も守れないニールは、これ以上血が流れるのを好みませんでした。英雄は弱腰になったと、民衆は怒りました。ラウルですら、ニールを責めるようになりました。


 ある夜、ニールの寝室に、不審者がやってきました。

「偽りの王に死を!」

 短剣を振りかざしニールにおそいかかったのは、ラウルの友達で傭兵学校の年少のセスでした。疲れ切っていて油断していたニールは、よけることができません。


 しかし、ニールは死ぬことはありませんでした。

「パトリシアさま……」

 セスの震えた声が寝室に響きます。ラウルが駆け付けた時には、パトリシアはニールの代わりに血を流して倒れていました。


「ニールさま……」

たった一言ニールの名前を呼んだパトリシアは、そこで命を終えました。パトリシアの血にまみれたニールは無表情で、むくろを抱いたまま寝室に座り込みました。そして、パトリシアの体が冷たくなるまで、抱きしめて離そうとしませんでした。


 あくる朝、ニールはジュリオを呼び出すと、王位を降りると宣言しました。ニールは粗末な平民の服に着替え、傭兵の時にしていたように、袋に必要な物だけを詰めました。豪華な衣服も、食べ物も、宝石も、何一つ持ちだすことはありませんでした。そして、行き先を誰にも告げずに、王宮を後にしました。


 ニールはカイルとジョーイの所へ向かいました。しかし、火山の噴火で水を止めていた岩が動き、川は元の場所に戻っていました。滝の下のジョーイとカイルの家は、跡形もありません。そこには、自分が生まれる前からそうだったとでも言うように、轟音を響かせ虹を抱く、滝の音だけがありました。


 東の国の外れに、大きなハルニレの木がありました。ニールはその横に小さな小屋を建て、荒れ地を畑にして生活を始めました。東の国の冬はニライアと同じくらい長く、ニールは両親の事を思い出しながら、冬は工芸品を作りました。春が来ると開墾し、種をまき、秋には刈り取り、冬は、小屋で工芸品を作る生活を、十年以上も続けました。


 近所のおばあさんが来て、水路の調子が悪くて困っていると相談してきました。ニールが水路を直すと、おばあさんはとても喜びました。


 近所の子供が来て、文字を習いたいと相談してきました。ニールが文字を教えると、子供は友達もつれてくるようになりました。


 近所のお母さんがやってきて、子供が病気になったと相談してきました。エイデンと同じ熱病だったので、ニールは薬や看病の仕方を教え、子供は元気になりました。


 近くの村の男がやってきて、悪い虫が作物について困っていると相談してきました。ニールがその虫を好んで食べる鳥の事を教えると、男は喜んで村に帰っていきました。


 やがて遠くの村からも人が来るようになりました。ニールに相談をしたくて、行列が出来ました。ニールは畑仕事をしながら、あるいは、工芸品を作りながら、子供たちに文字を教えながら、様々な相談に乗りました。ニールに相談した人が喜んで帰っていくのを見て、ニールは幸せになりました。


 やがて東の国の代表が来て、国の政治の相談もされるようになりました。ニールは肩をすくめながら、良いと思う答えをその場にいた皆に問い、話し合った結果を代表に伝えました。代表はとても喜び、直ぐに東の国の王都に戻りました。


 ある日、一人の少女がどこからともなくやってきて、転寝をしていたニールの横に立ちました。薄い金髪の少女は、七色の花で作った花冠を差し出し、ニールに、こう尋ねました。 

「花冠は、だれのもの?」


 ニールの答えに、少女は微笑みました。そして、こう言いました。

「私と約束してくれる? 花冠はあなたにあげる。そして、約束が果たされた時、私は虹の冠を送って祝福するわ」


 ニールは天使の加護かごを得て、東の国の王になりました。しかしニールは相変わらず、東の国の果ての小さな畑で作物を作り、畑の横には相変わらずの行列が出来ています。変わったことと言えば、お役所が一つ出来た事。そこで受付をして、人々はニールに相談する順番を待ちました。


 順番待ちの列の中から、大きな声でニールを呼ぶ声が聞こえます。ニールが驚いてそちらを見ると、ジュリオがそこにいました。ジュリオはニライアの王になり、懸命に人々を導いてきました。けれど、ジュリオは疲れ果て、もう情熱を失っていました。王様でいることに耐えられないと言ったジュリオに、やめれば良いとニールは答えました。


 ニライアと東の国は大きな一つの国になり、ニールが王様になりました。けれどニールは相変わらず、東の国の果ての小さな畑で作物を作り、畑の横には相変わらずの行列が続いています。変わったことと言えば、ジュリオがお役所の受付にいる事。そして、ニライアの民も行列に加わったことです。


 大陸を統べる強大な王が誕生したという話は、あっというまに他の国にも広がりました。別の大陸に住む大使が、強大と友好関係を築くため、ニールへの謁見を求めました。案内人は長い長い道のりを歩かせ、大使を東の国の外れに連れて行きました。


 街道の道沿いに、たくさんの人が並んでいます。それが王への謁見を求める民衆の列だと知ったのは三日後の事でした。うやうやしく導く案内人に連れられて入ったのは、大木の側の粗末そまつな小さな小屋でした。小屋には作業用の小さな机と寝台、炊事用の竈しかありません。


 目の前にいる男は、農民の様でした。さっきまで畑を耕していた男が、この国の王だと言うのです。こんな片田舎でまともな政務が出来ると、一体誰が考えられるでしょう。呆れた大使は、花冠を指差し、花冠は誰のものだと尋ねました。その花冠が東の国の王冠だと称されていることを、大使は知っていたのです。


 男は一言こう答えました。

「花冠は全ての命のもの」

大変な人が王になった! 大使は急ぎ国へ帰ると、大陸の強大な王は、誰にも侵すことは出来ない、と、小さな国の小さな王に告げました。小さな国は、ニールを王とあがめました。


 大使の話は、陸続きではない国にも衝撃を与えました。様々な小さい国の王が、ニールに忠誠を誓いました。いつのまにかニールは、惑星全ての国の王になっていました。東の国で作物を育てているだけの男が、世界の王となっていたのです。しかしニールの暮らしは、その後も何一つ変わりがありませんでした。 


 

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