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にじ の わ  作者: ぱに
3/5

 ニールとその仲間は、国の英雄になりました。北の端から南の海までを領地とした王様は、たくさんの貢物を貰い、毎日贅沢な暮らしをするようになりました。国の英雄になったニールにも、同じように贅沢な暮らしをするように勧めました。


 ニールの心の中には、ロイやエイデン、そして先の戦いで失った、アーサーやジョシュアの最後の言葉が焼き付いていました。彼らは口々に家族を頼むと言い、ニールは大切な仲間の家族の為に、自分が貰った褒美のほとんどを上げてしまいました。それでも、ニールの心の中の後悔も、寂しさも、消えることはありませんでした。


 王様は、毎夜のように舞踏会を開き、たくさんあった穀物は、一年で無くなってしまいました。ラズル平原は灌漑かんがい水路を直していますが、すぐには元の様にたくさんの穀物を作ることは出来ません。王様はニールに毎日文句を言い、揚句には東の国を攻めてこいと言いはじめたのです。


 東の国は、天使が国の守護者を決めると言われている、大陸の女神を祭る神殿のある国でした。聖なる力は惑星全体を守っていて、今までどんなに戦争が起きても、東の国へ攻め込む者はいませんでした。


 ニールはかつて自分がせき止めた川の後の道を歩き、ジョーイとカイルのいる荒れ地に行きました。懐かしい兄達はニールを黙って受け入れてくれました。ニールはカイルに、失ってしまったアーサーやジョシュア、ロイ、エイデンへの後悔と、王様の命令について相談しました。


「ニール。僕達が軍をやめたのはね、人を殺すにも、動物を殺すのも、もう嫌になってしまったからだよ。君が川をせき止める方法を思いついた時、僕は良い案だと思ったんだ。誰も傷つけないと。でも違った。このわずかばかりの荒れ地に畑を作ることは出来ても、川の向こうの畑はダメになってしまった」


 驚くニールに、ジョーイが言いました。

「ごめんな。俺は、毎日みんなで笑って過ごしたかっただけなんだ。たくさんのお金も、褒美も、大切な人が傍にいなければ、何の価値もない事だ。俺たちはニールに面倒な事を押し付けて逃げてしまった。今ニールの力になれることがあるなら、何でもしよう。大切な仲間を失って悲しんでいる弟の為に」


 ニールは、泣きました。ただただ泣きました。うす汚れた食堂が、高い塀が、厳しい訓練を強いられる毎日が、大切な思い出になったのは、仲間がいたからでした。たくさんの金貨より、素晴らしい御馳走より、今、ニールは、うす汚れた傭兵学校の食堂で、おいしくなかった冷たいご飯を、大切な仲間と一緒に食べたかったのです。


 滝の音が消えて久しい荒れ地の夜空には、星が降り注いでいました。翌日、カインとジョーイに別れを告げると、ニールは東の国へと旅を続けました。人が消えた村には崩れた家しか残っていませんでした。もし故郷の村に同じことが起きたら、僕はどう考えたかな。川の向こうのかつての人の暮らしを思って、ニールは初めて、王様の命に従わない方法を考えていました。


 ニライアの国の貴族たちは、平民のくせに軍師になったニールを、内心疎ましく思っていました。ニールが、どんな危険と隣り合わせで国王軍に負担を掛けまいとしているかも知らないで、見せ場が少ないだの、人使いが荒いだの、散々王様に文句を言っていました。


 やがて貴族の一人が、王様をそそのかしました。

「野蛮な平民の子ですから、貴族の流儀を知らずに無礼を働くでしょう。ニールに舞踏会の警護をさせたら良いでしょう」

 王様は東の国から帰ってきたニールに、舞踏会の警護を命じました。


 華やかな着飾った女たちと、孔雀のような装いの男たちが、くるくると回る様をニールはずっと見ていました。粗末なドレスでも心根の優しい女性は、ダンスの相手のいない男にも微笑んで何度も踊りました。着飾って孔雀のような男は、自分の服や持ち物の自慢ばかりをしていました。なんでも欲しがる女は、贅沢な暮らし欲しさに、金持ちの旦那を妻から奪い取ろうとしていました。


 お酒を飲みすぎて笑い出すものや暴れるもの。憂さ晴らしでもするかのようにバカ騒ぎするもの。そんな人々を黙って見ているもの。みなが貴族で、こんな乱痴気らんちき騒ぎのために平民から税金を巻き上げているのかと思うと、ニールは苦しくなりました。


 やがて一人の男がニールをからかい始めました。

「やい、ニール。お前は平民だから、踊ることも出来ないだろう」

 ニールにも意地がありました。先程の優しそうな女性にお願いして、ニールは彼女と踊り始めました。


 踊りのための音楽が、広い舞踏場に流れています。誰も何も言うことが出来ず、ニールと女性の動きに見惚れていました。くるくるまわる女性をニールはしっかりと支え、女性は本物の笑顔をニールに向けました。ニールにとって、踊りは剣の練習よりも簡単でした。王様も満足そうにニールの様子を眺めています。


 一つの曲が終わると、女たちがニールに殺到しました。ニールはそれ以上、誰とも踊ることをしませんでした。女たちは簡単には離れていきません。その時、酔っているらしい一人の男が、ニールに言いました。

「裏庭で喧嘩が始まった。止めてくれ」


 裏庭で待っていたのは、貴族の男たちでした。ニールが気に食わなかったらしく、殺気立っています。帯剣していないニールに対し、貴族たちは剣を抜きました。多勢に無勢。更に相手が貴族では、殺してしまう訳にもいきません。しとりと汗が一筋、ニールの背中を伝いました。


 その時です。目の前に一人の騎士が現れて、ニールを庇うように立ち塞がりました。鎧兜で相手の姿は見えませんが、機敏な動きから相当な手練れだとわかります。抜身の剣をかざして殺気立っていた貴族たちは、本物の騎士の登場に驚き、蜘蛛の子を散らす様に逃げてしまいました。


「ニール兄さん、私です」

兜を取った男は、傭兵学校で年少だったジュリオでした。ジュリオは貴族でしたが、事情があって傭兵学校にいたのです。

「貴族の中には、貴方を疎ましく思うものもいます。けして油断なされぬよう」

そう言い残すと、ジュリオは裏庭を去りました。


 舞踏会へ戻ったニールは、色々な人が色々な気持ちで自分を見ていることに気が付きました。憧れ、ねたみ、無関心、恐れ、好意、悪意。ニールの中に決意が湧き上がります。血にまみれた戦場で、ニールが強く願ったのは、仲間と幸せに暮らしたい、ただ、それだけでした。


 ニールは王様に言いました。

「国の民が餓えないようにするためには、ラズル平原を元に戻すことが先決です。東の国は豊かな国ではないので、ラズル平原が元に戻るまで、東の国への進軍は待った方が良いでしょう」

王様は、今度は素直に意見を聞いてくれました。


 ニールとジュリオは、ラズル平原の水路の修復を手伝いました。朝早くから夜遅くまで、二人は仲間と共に、必死に働きました。体は泥に塗れ、手は土仕事で荒れましたが、ニールは少しも嫌ではありませんでした。時々王都に呼ばれて、舞踏会に顔を出す様に言われます。けれど、ニールは舞踏会があまり好きではありませんでした。


 ニールは国の英雄で人気者でした。成長するにつれ、北方に住む民族特有の色素の薄い肌に、淡い緑色の瞳、トウヘッドの髪、そして仄かに甘さを含んだ顔立ちは、舞踏会でニールを初めて見た貴族の女性すらも虜にするものでした。いばり散らす貴族の男が多い中で、控えめで穏やかな性格は、多くの人に好感を持たれました。


 王様は貴族の娘とニールを結婚させようとしていました。美しい貴族の娘がこぞってニールを取り巻きました。ニールは、どの娘にも優しく接しました。どの娘も、ニールに一緒に踊って欲しいと願います。けれどニールが踊るのは、最初の舞踏会で踊ったパトリシアという貧乏貴族の娘、ただ一人でした。


 ラズル平原は水路を修復し、翌年たくさんの穀物を収穫しました。王様はニールに東の国へ行くように命令しました。ニールはもう、誰かを傷つけてまで領地を広げる必要はないと思っていました。国は十分豊かになって、王都は食べ物であふれるようになったのです。しかし、王様は欲の皮を突っ張らせていました。


 ニールの迷いに、ジュリオとラウルが気が付きました。ラウルが南の国のかつての王都にニールを連れて行きました。港町では、かつての南の国の人々が奴隷としてしいたげられ、貧しい生活をしていました。

「私たちの生活が良くなったのは、南の国の人が奴隷になったからです」


 ニールの中に、王様に対する怒りが湧いてきました。ニールは南の国の人を奴隷にする必要なんてないと思っていました。舞踏会の様子を思い出して、胸が苦しくなります。あの、必要性を感じられない乱痴気らんちき騒ぎのために、他の人が苦しんでいるのです。


「どうか、貴方が王になって下さい」

 ラウルの助言にニールは我に返りました。そうだ、まともな人が王となれば、皆にもっと良い生活をさせてあげることが出来る。ニールはそのために、自分の命を捧げてもいいと思いました。南の国から帰ると、ニールは軍を使って、王様を地下牢に幽閉しました。


 ニールの妃にはパトリシアが選ばれました。二人は大きな聖堂の御前で、大陸の女神に祈りました。国を良くするために、自分の全てを捧げることを。ジュリオはニールに次いで国を治め、ラウルは国の予算を預かる立場になりました。三人はニライアの国の幸せのため、昼も夜も関係なく働き続けました。

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