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扉繋ぎのウォルト  作者: 三原雪
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3章-2 向日葵畑で待ってる

「どうだ大したものだろう、この向日葵畑」

「そうだな」

 ウォルトはラギに短く同意した。

 二人が歩いているのは向日葵の村ラフトスクの向日葵街道。

 緩い丘に沿って街道は続いている。雲が立ち上る真っ青で真っ白な空の下、その丘一面が鮮烈な黄と茶で覆われていた。間からのぞく緑もアクセントとなってこの光景に張りを出す。

 日に向かう葵。どれも燦然と顔を上げしゃんと背を伸ばし、その身に陽光を受け止める。なんて清々しいのだろう。

 視界の先にどこまでも広がる大輪の向日葵。

 その広大さに押し潰される錯覚。

 自分がこの広大な向日葵畑に一人きりなのではないかという不安さえ過ぎる。

 あまりに自分がちっぽけで、歩きながら眺めているはずなのにまったく進んでいないのではないかと不安になってくる。

街道の右手から左手に向かって丘は下っていく。街道の左端から一段畑が上がっているため、ウォルトの身長でも左手の丘の下に広がる向日葵畑を俯瞰することができた。逆の右手側はウォルトの身長を超える向日葵が壁のようにどこまでもずらりと並んでいた。

 街道の先に視線をやると前には何組も旅びとが歩いている。

「この時期はあえて遠回りしてこの街道を通る者もいる。

 この村の端は向日葵畑だからな、視点が消えるその先までずっと向日葵畑だ」

 ウォルトは視線を向日葵畑の端に投げる。

 空と向日葵の境界。

 けれど向日葵畑はその境界を越えてずっとどこまでも続いているという。

 ――森や平原、砂漠に海には果てがない。その遥かなる先に何があるのか誰も知らない。

 ――いや、知っているのだ。問うまでもない当然のこととして、何もないのだと。

 しばらく歩き続けると、左手の段差がなくなり両側が向日葵の壁になった。そしてさらにしばらく歩くと民家が見えてくる。

 向日葵の村ラフトスクだ。

 この村に次の街へと繋がる扉があるのだ。なおラフトスクに出てきた時に通った扉は向日葵畑に点在する農作業小屋の扉だった。

 向日葵の壁を抜ける。

 その向こうは向日葵に囲まれた小さな村だった。家はどれも日干し煉瓦。村の中にも小ぶりな向日葵がよく目についた。

 「村」として扱われる地域には「街」のように地域をぐるりと囲む外壁がない。面積で言えば村の方が狭いはずなのだが、壁がないため開放感があって窮屈な印象はない。

 むしろ活気がある方だろう。

 花の盛りで旅びとが多いようで、旅びと相手の商売が押し売りにならない程度に店を広げている。台の上に並べられているのは茎を切り落とされた大輪の向日葵。こうしてみると片手で持つのが大変そうなほど大きい。

 こんなものをどうするのかと見ていたら、

「やはりラフトスクの向日葵は出来がいいな。これなら随分陽光をため込んでいるだろう」

 なんてラギが批評した。

 ラギは向日葵を一つ取り上げ裏返してみせる。切られてわずかに残った茎には、向日葵の色をした糸が何重にも巻いてあった。

「これが魔術の道具でな、熱を溜めるんだ。この熱を動力にして動かす機械もあるし、この向日葵をさらに魔術加工してやれば暖房器具にもなる。燃料もいらず燃え滓も出ず、冬の街とかでなけりゃ一冬は持つぞ」

 その向日葵で動く機械とはどんなものだろうと思ったが、聞いたら長々と説明されそうなのであきらめた。

 その大輪の隣には逆に掌よりも小さい花の向日葵がまとめて花瓶に挿してある。こういう品種なのだろうけれど、あの向日葵街道を抜け後だとなんだかミニチュアみたいだ。

 他にも前に収穫したのであろう種(食用という但し書き付)や向日葵油など、向日葵からできた物がいろいろ売られている。店というか出店、どこも向日葵畑を育てている村の住民が、農作業の片手間に机を出して広げましたといった具合だ。

 店先を眺めながら扉のある家まで歩いている途中、向日葵茶という看板を目にした。どんな味だろうと大きな薬缶に下げられたその札に視線が引かれた。

 するとそこの店主というか店番と目が合う。

 店番はウォルトよりか年上の人間の娘だった。向日葵のような金色の髪とぱっちりとした茶色の瞳が印象的だ。可愛らしく着こなされた農作業の格好が健康的でよく似合う。

 その顔がまさに向日葵のように晴れやかに笑う。

 これは買わなければだめだろうかとウォルトが考えていると彼女は言った。

「ああデイヴィ! やっと見つけたわ!」

「え?」

 ――自分は、デイヴィだっただろうか。


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