3章-1 向日葵畑で待ってる
まだ幼いレイチェルよりも向日葵の背はずっと高く、視界を向日葵で埋め尽くされて何も見えない。
デイヴィはどこにいったのだろう?
どこまでも広がる向日葵畑の中で一人取り残され、レイチェルは怖くて今にも泣きそうだった。
「デイヴィ! デイヴィ! デイヴィ、どこにいるの? わたしはここよ!」
レイチェルは叫ぶが、どこからも声は返ってこない。
だからといって歩き回って捜すこともできなかった。
――向日葵畑の遠くまで行ってはいけないよ。
戻ってこられなくなってしまうから。
祖母の言いつけが何度も頭をよぎる。
その度にごめんなさいと謝って、もうしませんから家に帰らせてくださいとお願いする。
そしてデイヴィも返してくださいと。
デイヴィは近所のやんちゃな男の子だ。歳が近いためよく一緒に遊ぶが、デイヴィのやんちゃにレイチェルが付き合わされて振り回されることが多かった。そのことでデイヴィに不平不満を言いつつも、行動的なデイヴィが引っ張ってくれることが引っ込み思案なレイチェルにとっては楽しくもあった。
今日もレイチェルは最初反対したが、結局はデイヴィに押し切られてしまった。
いつもの事と言えばいつもの事だが、今日はもっと反対するべきだったと今更になって酷く後悔する。
――向日葵畑の遠くの手前まで行こう。
遠くまで行くんじゃない、その手前だから大丈夫。
何故そんな屁理屈にのせられてしまったのか。
途中までは二人で並んでお喋りをしながら向日葵畑を歩いていて、レイチェル自身も正直遠くまで行くということにわくわくしていたと思う。
けれど大分歩いたところで、ふと不安になってしまったのだ。
戻れなくなったらどうしよう――と。
そこでレイチェルはもう引き返そうとデイヴィに言った。けれどデイヴィはまだ行けると耳を貸さず、立ち止まってなおも駄々を捏ねるレイチェルをその場に残し、一人先に進んで行ってしまったのだ。
「ねぇデイヴィ!」
後ろ姿に叫ぶ。けれどデイヴィは振り返らない。向日葵に遮られすぐにデイヴィの姿は見えなくなる。葉をかき分ける音もじきに聞こえなくなった。
ひょっとしたらデイヴィは行ってはいけない向日葵畑の遠くまで行ってしまったのではないだろうか。
向日葵畑が延々と続く、果てしない世界の果てまで。
だとしたらどうしよう!
後を追って助けに行く?
――けれどそれをしようにも足がすくんで、とてもとても怖くてできそうにない。
ならばひとりで先に帰るしかない。帰ってデイヴィのおじさんとおばさんに報告して、それで捜しに行ってもらうのだ。レイチェルの両親にも捜してくれるようにお願いしよう。その方がレイチェルひとりで追いかけるよりもいいはずだ。
レイチェルはそう言い聞かせ、デイヴィを捜すためにも帰ろうと引き返す方向に体の向きを変えた。
――視界を埋め尽くす向日葵。
「―――――あれ?」
変わらない視界にレイチェルは方向を見失った。
帰れなくなってしまったのは残されたレイチェルも同じだったのだ。
こんなことならデイヴィについて行けばよかった。そうすれば少なくともひとりではなかった。
見上げると、大輪の向日葵や大きな葉の隙間から薄らと赤く色付きだした空が見える。
もう日が暮れる。すぐに真っ暗になる。
未だ帰らないレイチェルを、家族は心配しているだろうか。
怒られてもいい。早く家に帰りたかった。
レイチェルを取り囲む向日葵達が葉の手を伸ばして自分に覆い被さってくる。
とうとうレイチェルはその場に座り込み、声を上げて泣き出した。
暑い夏の盛り。日が傾いてもなお気温は下がらなかった。