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扉繋ぎのウォルト  作者: 三原雪
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最終章-9 アドリヴェルテ

 目覚めたのが夕方だったので食事の準備ができる頃にはすっかり暗くなっていた。

 部屋にわざわざ食事を運ばせるのも悪いし、歩けないことはなかったのでラギも食堂に移動して、丁度夕食時だったのでアドリヴェルテと同じテーブルに着く。

 長い長方形のテーブルの両端に二人は座る。クリストファの姿は見えなかった。情けないことにクリストファを説得する言葉はまだ見つかっていないので助かった。

 立派な構えの屋敷には相応しい広さの食堂とテーブルだったが二人では落ち着かないほど広い。魔力光の照明が壁や天井、テーブルに形や光量を変えて十分配されているのだが、それでも気のせいか薄暗く感じた。上等な生地のカーテンが束ねられたままの窓の向こうには、深い夜空と森が広がって灯り一つ見えない。

 既にテーブルには美味しそうな料理や鍋が何皿も並べられており、美味しそうな匂いに食欲がそそられる。豪勢な料理というより家庭料理がメインだ。この品数を揃えられるだけの時間はなかったと思うが、それだけ使用人がいるということだろうか。

「こんな屋敷には住んでいるが今は使用人のひとりもいなくてね。給仕もいなくてすまないが、その分堅苦しいマナーなど気にせず食べてくれ。

 病み上がりの起き抜けに何がいいか分からなかったものだから、種類だけは揃えてみた。食べられるものだけ食べるといい」

 そう言ってアドリヴェルテは自分の前の料理に手を伸ばす。

「大した品数だ。有難くいただくよ」

ラギはとりあえず柔らかくて食べやすそうな白パンに手を伸ばす。千切って口に運ぶとまだ少し温かい。ミルク風味で美味しい。

 咀嚼しながらあらためてテーブルの上の料理を眺める。数種類の野菜煮込みや茸のキッシュに枝豆とトマトのキッシュ、南瓜のグラタン、リゾット、柔らかそうな肉料理。それにパプリカや胡瓜のピクルス。

 旅暮らしで料理などしないが、それでも料理は望めば厨房から出てくるものとのたまうほどの貴族でも無知でもない。

「ずいぶん品数を用意してくれて恐縮だ。ひとりで用意できる量でもなさそうだが、クリストファに手伝わせたのか?」

 そう聞きつつ半ば答えは予想がついていた。

「いや。私は未だにちゃんとした料理を作ったことがなくてね。これらもそうだが、いつも惣菜屋で買ってくるんだ」

「……俺が以前使わせてもらった扉以外にも、この屋敷に扉があるんだな」

 この前使った扉は抜けた先が森の中だったから、惣菜屋から料理が温かいうちに帰ってこられるような扉が他にもあるのだろう。

 アドリヴェルテは懐かしそうな眼差しで言った。

「この惣菜屋のある街への扉はウォルトに繋がせた扉でね。街というドアの多い場所を繋ぐ先としてはじめて指定した扉だ。近隣に農耕地の多い街だから料理が美味しくて種類も豊富で、繋げて正解だったよ」

 煮込み野菜をナイフで切っていたラギの手が止まる。

「アドリヴェルテ。答えてくれ」

 アドリヴェルテの目を見据える。彼女も逸らしはしない。引かずにまっすぐ見つめ返してくる。

 ラギはナイフとフォークから手を放した。問おうと口を開く。ずっと聞きたかったその答えを求めて。

 けれどその時傷が疼いた。刺された時のことが記憶に蘇る。

 魔法陣が解けてもすぐにアドリヴェルテの元へ行くことを躊躇していた。ウォルトに真実を伝えるのが躊躇われたのだ。だが自分が刺されて死を目前にしたとき、そんなことなど頭になくとにかく魔術を遺すことだけを考えていた。世に有用なものを失う訳にはいかないとか、そんな大層なことは考えていなかった。ただ自分がつくりあげた魔術を遺すことだけが思考を占めていたのだ。ウォルトに扉を繋ぐよう頼んだことはあったが命令したことはあれがはじめてだった。

 あの瞬間、魔術が全てに優先した。

 ――それでも、師匠のようにはならない。

 ラギは一つ深く息を吐くと、改めて口を開いた。

「人為的な扉繋ぎを可能にして何がしたい?

 ――ずっとそう問いたかった。

 けれどそんなこと聞くまでもなかったな。俺達は魔術師だ。

未だ解明されていない扉繋ぎの原理。それ故に不可能とされる人為的な扉繋ぎ。

 解明されていないからこそ解明したい。不可能とされているから可能としたい。そして理論を組み上げたから実践したい。

 ただそれだけなんだろう? それだけのことだ。

 世界に何かしらの影響を与えたい、名を知らしめたいとか、ましてやそれで稼ぎたいとか、そんなことを目論んでいたわけじゃない。世俗を避け人知れずこんな屋敷に籠っている、半ば伝説のような魔術師なら尚更そうだろう」

 アドリヴェルテは何も反論しなかった。反抗的な眼差しも返さない。ただその言葉を受け止める。

 ラギは続けた。

「けれどそれは免罪符じゃないんだ。

何をしても許されるわけじゃない。新たな扉が出現することによる影響が理屈として分からない貴方ではないでしょう。

 だから――

 クリストファに扉を繋ぐのを止めるように言ってくれ」

 クリストファを止めるにはそれしかない。

 答えを待つ間がじれったく長く感じる。

 アドリヴェルテは不意に視線を逸らすとやれやれとでも言うように短く息を吐いた。呆れているようには見えないが、煩わしそうな顔をした。自分の研究を妨げられたくないのだろう。それに若輩者に口出しされては尚更面白くないものだ。ラギとしてはここで折れて欲しかったがさらに説得を続けるしかない。

 まだ実はさほどアドリヴェルテと話したわけではないが、それでも他者が魔術の妨げになるのならその他者を平気で切り捨てる、そういう人なのだろうということは察しがついていた――いや、話す前からかもしれない。

 ――魔術が全てに優先する。

 アドリヴェルテに関しては誇張でも比喩でもなく事実。

「このまま続ければいずれ人為的に扉が繋げることが周知になる。ウォルトが扉を繋げることが知られてしまい、俺もこんな傷をもらう羽目になったんだ。いずれはクリストファもばれるんじゃないか?」

 そうなればどうなるか、ラギは敢えて口にしなかった。アドリヴェルテ自身にその先を考えさせるためだ。

 アドリヴェルテは深く溜息を吐いた。

「そうなれば世界の探求もままならない、か――」

 そして続けて言った。

「分かった。クリストファには勝手に扉を繋がないよう言い聞かせよう」

 苦々しさは見られるものの、割り切ったようにはっきりとそう告げる。

 その一言にラギは胸を撫で下ろした。勝手にとついてはいるが、アドリヴェルテの監視のもとなら下手を打つこともないだろう。妥協できる範囲内だ。

「感謝する。アドリヴェルテ」

「感謝される謂れはないだろう。私が自分の為に決めたことだ。

 ――さぁ、食事が冷めてしまう。食べようじゃないか」

 そして食事が再開される。新たな扉の出現を止めるという一仕事を終えたのだ、食事が美味しくなりそうなものなのに、口に入れた野菜煮込みはどうにも味気なかった。美味しいとは理屈で判断しているが感情で思っていない。

「クリストファには窮屈な思いをさせることになる。俺がすまないと言っていたと謝っておいてくれ」

「あれの事なら気に病むな。お前は間違っていないよ。ただクリストファが世界の規律から外れていた。そういうことだ」

 そしてアドリヴェルテは一言付け加える。

「世俗と関わらず世界の探究に没頭したかったのだが、儘ならないものだな」

 道理だ。世俗もまた世界なのだから。


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