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扉繋ぎのウォルト  作者: 三原雪
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最終章-7 アドリヴェルテ

 不意に意識が覚醒した。

 ゆっくりと開けた目に映ったのは見知らぬ部屋の天井だった。質素だが上質な調度品に家具。視線だけで周囲を窺えば部屋には誰もいない。

 窓の向こうの空からすると今は夕方くらいだろう。だがいつの夕方だ? こんな時間に目を覚ますとは、どれくらい眠っていたのだろう。

それに今はどこの街にいるのだったか。

 ――答えたのは脇腹の鈍い痛みだった。

 ラギは思い出す。

 刺されたのだ――ウォルトを庇って。

 自分がしたことに後悔はなかった。むしろ喉に刺さった魚の小骨が取れたような、すっきりとしている気すらした。ただ、もう少し上手くやれなかったのかと不甲斐なさに落ち込む。

 あの後すぐに意識を失ってしまったから何がどうなったのか分からない。ウォルトは無事だろうか。あの襲撃者は――確か逃げたような気はするが。

 おそらくウォルトが扉繋ぎの能力を持っていることが知られてしまったのだろう。だから世界の均衡を揺るがしかねないウォルトを消そうとした。そんなようなことを襲撃者が口走っていた気がする。どこから情報が漏れたのか。もしワイリーであったなら厳しく問い詰めなければなるまい。

 襲撃者にはさほど怒りは湧いてこなかった。その行動を肯定するつもりはさらさらないがその動機を理解できてしまうからだ。世界の常識に反しているのはウォルトの方なのだから。

 とはいえそれもラギェンの魔術が無事であればの話である。もし魔術が修復不能な状態であれば――殺すだけでは足りない。

 おそるおそる脇腹の傷口に手を伸ばす。ガーゼのようなものに指先が触れた。どうやら治療はしてあるらしい。だがそれでも安心はできなかった。むしろ不安は増す。下手な治療をされていたら。治療の程を確認しようと掛けてあるシーツを捲り、首を深く曲げ傷に響かない程度に上体を屈める。

 治療の為だろう、何も着ていない裸の上半身。その腹から肋骨の下まで、びっしりと刻まれた刻印――魔法陣。円形を基本とする魔法陣ではあるが、ラギの腹に刻まれたそれは円にしては歪だった。

 やはり傷は魔法陣にかかっている。ガーゼが魔法陣の一部を隠していた。

 試しに適当な二地点の最短経路を出してみると、今までと変わらず解が浮かぶ。そのことに安堵してようやく胸を撫で下ろす。けれどやはりこのガーゼを剥がして魔法陣が壊れていないか確認しないことには――とガーゼに手を伸ばしたところで。

 ドアの開く音がした。

 誰か入ってきた。

咄嗟にシーツを手繰り寄せようと腕を伸ばしたら腹に力が入って傷が痛み手が止まり、結局魔法陣を隠すことは間に合わなかった。――もっとも隠したところで今更ではあるのだが。

「起きていたのか。ならノックくらいするべきだったな、失礼」

 彼女は平然とそう言った。

「………………………。次からはそうしてくれ」

 脇腹を押さえたまま固まったラギは、入ってきたアドリヴェルテに苦々しくそう注文したのだった。

 アドリヴェルテは水や布の乗ったお盆をサイドテーブルに置くとベッドに腰掛ける。

「水でも飲むか?」

「ああ」

 アドリヴェルテは水差しからグラスに水を注いでラギに差し出す。それを受け取って一息に飲むと人心地ついた。

「傷はまだ痛むようだが、生憎と私は医者ではないのでね。雑な治療であるのは容赦してほしい。その分魔術師としては十分手を尽くして最良の施術をしておいた。魔法陣の切られた箇所は元通りに修復できたぞ。元の魔術にいろいろ後から手を加えたようだな、複雑度が増して苦労させられたよ」

「それは済まなかった、感謝する。貴方の手によるのなら安心だ。

 ここへはウォルトが?」

「そうだ。まったく驚いたよ。また来るだろうとは予期していたが、まさかあんな来訪になるとはな」

「重ね重ね済まなかった。何重にでも詫びるさ。咄嗟の事で自分の――いや、魔術の事しか考えられなかった」

「ウォルトに扉を繋がせるなら医療都市という選択もあっただろうに。私のところを選ぶとは、お前は心底魔術師らしい」

「褒め言葉だ。

 ウォルトはどうしてる?」

「その前に聞こう。

 ――魔法陣は解読できたか?」

 アドリヴェルテは愉快そうにそう問い掛けた。

 ラギは答える。

「できた。概要くらいだけどな。

 魔法陣の重ね描きとは流石だ。ただ重ねればいいというだけでもないだろうに」

 二つの魔法陣を一つの魔法陣と思い込んでいたから、魔法陣として成り立っていないように見えたわけだ。

 冬の薔薇園で庭師から貰った魔法陣。悔しいがあれがなければもっと解読に手間取っていただろう。あの魔法陣はアドリヴェルテが作り出したものだ。それなりに改良は見られたものの、ウォルトに施された二重魔法陣の一つ。二重魔法陣からあの庭の魔法陣を除けばもう一つも浮かび上がる。

「魔法陣の一つは、扉繋ぎなんて奇跡にも等しい魔術――その起点だろう。本体ではなさそうだ。

 それでもう一つは――成長促進」

 にこりとそれはそれは魅惑的にアドリヴェルテは微笑んだ。

「正解だ。当代ラギは優秀で嬉しいよ」

「こんな概要だけで、褒められるほどではない」

 と言いつつ扉の魔女に褒め言葉を貰えれば悪い気はしない。

 けれどそれに水を差したのも扉の魔女だった。

「この前の私の言葉の真意、分かったのではないのかな?」

 ――会わない方がいい。

 それがウォルトの為だと、アドリヴェルテはそう言った。

 そして扉繋ぎの力を与えたのではない――とも。

「――分かった」

 ラギは苦い顔で肯定する。

 自分はその言葉の真意を理解しながら、結局はこうしてウォルトをアドリヴェルテの元に連れてきてしまったわけだ。

「ウォルトはせっかく私の元に戻ってきたのだからな。検査をしたところ、体に少しガタがきているようだったから現在修繕中だ。お前の言う作成者の義務のつもりだよ」

 修繕。作成者。

 アドリヴェルテはそう言った。そう言ってしまうから、会わない方がいいと言ったのだ。

「そちらはまだ時間がかかる。会えるようになるまでゆっくり休んでいるといい。

 まずは食べるものでも用意しよう。何も食べずに寝ていたんだ、腹が空いているだろう」

 そこまで世話になるのは気が引けるが、傷の治療までさせておいて今更だろう。それに確かに空腹だった。

「いただくよ、有難い」

 扉の魔女が作る料理というのは――そもそも自分で作るのか――一体どんなものなのだろう。こんな状況ながら興味がそそられた。

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