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扉繋ぎのウォルト  作者: 三原雪
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最終章-6 アドリヴェルテ

 アドリヴェルテに会ったことはない。少なくとも当代ラギは会ったことがない。

 〝扉の魔女〟の二つ名を持つくらいだから女だろうとは思っていたがその程度。年齢はもちろん髪や眼の色、外見的な特徴は噂に聞いたことはなかった。彼女を捜し出すことは旅の目的の一つではあったが、外見の手掛かりは本の街の書物でも情報屋の集まる隠し村でも得られなかったので諦め、特に想像してみたこともない。

 それでも。

 ――彼女がアドリヴェルテなのだろう。

 他にいるものか。

「久しいな、ラギ。

――いや、当代のラギにこうして会うのははじめてだったか。私が最後に会ったのは何代目だったかな? 

それはともかく十三代目ラギ。突然の来訪ではあるが、数少ない議論を交わせる魔術師の同胞の系譜を継ぐ者だ、歓迎しよう」

 こちらが名乗る前からそんな見透かしたことを平然と述べられる女が、扉の魔女以外にいるものか。

 緩く波打つ豊かな長い金髪。知的で強い光を宿す深紫の双眸。溜息が出るほどの美しさ。年齢は若くラギとあまり変わらないように見えるが、先代以前のラギと面識があるというのだから外見通りのはずはない。女――特に魔女である女の年齢を見た目から推測しようというのがそもそも間違いだ。

「歓迎してもらえるのなら有難い。

 けれど突然の来訪となったのは実のところこちらも同じでね。

 アドリヴェルテ、貴方を捜してはいたが、まさかこんな唐突に見つかるとは思っても見なかった。不意打ちもいいところだ」

ウォルトを捜して青い森に建っていた朽ちた城の中に入ってみれば、その一室の扉がこの屋敷に繋がっていたのだ。ここはどこなのだろうとひと気のない廊下に出てしばらく歩いてみると、大きな階段のある広い吹き抜けの玄関に出た。豪奢でも華美でもない、だが品のある内装。天井から釣り下がる魔力光のシャンデリアがあたりを照らす。赤い絨毯の敷かれた大階段の中程に、古めかしい真鍮の手摺に凭れて泰然とこちらを見下ろす者がいた。

 それが彼女――アドリヴェルテだった。

 唐突に現れた、ふたりの旅の終着点。

 この状況に内心かなり驚いて焦ってもいるが、ラギはそんな素振りを表に出すことはなかった。彼女の前でそんな醜態を晒すことが憚られたのだ。旅の終わりに手を掛けた実感や余韻に浸る余裕などない。

「私を捜していたとは嬉しいことを言ってくれるじゃないか」

「貴方の知り合いが貴方を捜していてね。その手伝いさ。俺はウォルトと呼んでいるんだが――何と言えば伝わるかな? 茶髪に青眼、十代半ばほどの人間の男。そいつが記憶を無くしているところを保護したんだ」

 アドリヴェルテは目を見開いた。

「お前が見つけていたのか――はっ、ははははっ」

 どういうわけか突然笑い出した。楽しい嬉しいといった朗らかな笑い方ではなく、運命の皮肉を笑うような笑い方。

ラギは困惑する。

「はははっ。実験中にいなくなって一時は捜しもしたが、よりにもよってお前が見つけるとはな。あれの能力に気づいていないわけではないだろう。あれはラギ、お前の天敵ではないか。いや、だからこそ手元に置いて監視下に置いたか?」

「天敵だと?」

 自分で口にしてから――そこまで質問のつもりはなかった――気づく。苦虫を噛み潰す。

「――ああ、確かに俺の――ラギの天敵だ」

 存在する扉の中から最適解を導き出すのがラギの理論であり、ウォルトはその前提を覆すどころか意味を奪うのだ。目的地までの扉を繋げれば道程など無いに等しい。

 ――どうしてこんな単純なことに今まで気づかなかったのだろう。

 ウォルトに扉を使うなと度々釘を刺していた為か。それとも気づきたくなかったのか。

 自分の愚かさを呪う。

 ――いや、違う。

「確かに能力で見れば天敵と言える属性だろう。

 だがあんな代償付で制約もある力が俺の、ラギの能力に比肩するはずはない」

「それはそうだ。すまない、失礼なことを言ったな」

 肩を竦めてアドリヴェルテはあっさり謝罪の言葉を口にした。

 そして階段を優雅に下りてラギの前で立ち止まる。その凛とした姿勢。背丈こそラギの方が高いが見下ろしている気がしない。

彼女は続けてまたあっさりと言ったのだ。

「あれは成功した実験体ではあるが完成体ではないからな。術効率、成功率、汎用性、利便性、有用性、総合的にみればラギ、お前には及ばないだろう」

 ――そんな――気はしていた。

 いや、気がした以上に確信に近かった。

 ウォルトの背に広がる魔法陣を見つけてから。

 アドリヴェルテに会いたいと言われてから。

 ウォルト自身は気づいていないであろう背中の魔法陣。ラギもわざわざそれを記憶のないウォルトに指摘することはしなかった。

 あの魔法陣はまだ解読しきれていなかったが、状況から考えてウォルトに扉繋ぎの能力を与えているのはその魔法陣だろうと見当がつく。ウォルト自身は魔術を使っているという意識なしに感覚で扉を繋いでいるようだったが。そしてその魔法陣を施したのが――

 アドリヴェルテ。

 そういうことだろう。

「やはりあの能力は貴方が与えたんだな。不可能とされた扉繋ぎを可能にするとは、〝扉の魔女〟、貴方にはまったく恐れ入る」

「ふむ。それは少し違うな。あの能力は私が与えたのではない」

 それはどういうことだ――とラギが問おうとした時。

 ラギが入ってきた方のドアから声がした。

「お客とは珍しいこともあるものだね。今日はいろんな人に会う日のようだ。

 誰だい? 僕には紹介してくれないのかな? アドリィ」

 視線を投げればそこには若い男が立っていた。金髪碧眼、線が細く儚げな印象ではあるが綺麗な男である。

 アドリヴェルテの助手だろうかとラギは推測した。

「クリストファ、こちらは魔術師ラギ。魔術師仲間と言ったところだ」

 アドリヴェルテに仲間と言われるなど力不足もいいところではあったが、ここで否定しないくらいの見栄は張ってもいいだろう。

「よろしく、ラギ」

 クリストファは気さくにラギに挨拶する。

「ラギ、こちらはクリストファ。私の魔術の実験体だ。ウォルトの仲間だな」

「!」

 十分あり得ることだった。実験体がひとりでなければならない決まりなどない。むしろ複数用意するのが常套だろう。

 そしてウォルトの仲間というならば。

「――扉を繋げるのか」

 苦々しくラギは呻いた。

「そうさ。

 ――ねぇアドリィどういうこと? ウォルト? ウォルトが仲間って」

 機嫌を損ねたふうにクリストファはアドリヴェルテに問う。

「後で説明しよう」

「わかった。

同じ実験体ならもう少し仲良くしておくんだったな」

 少し残念そうに、だが軽い口調でクリストファは言った。

その科白にラギは驚く。

「ウォルトに会ったのか?」

「あぁ。ついさっき知り合った。今は泣いてるかもね」

 さらりとそんな科白を言う。

「どういうことだ?」

「どういうことと言われても――さっき、青い森の城でウォルトと会ったんだ。お互い自分以外の扉繋ぎの能力者と会うのははじめてだったからね。話は盛り上がったわけだけど――自分の不幸に気付いちゃった。そういうこと」

 そう言われても状況はよく把握できなかったが、ウォルトに何かあったことは――何か知ったことは察しがついた。

 アドリヴェルテに聞きたいことはたくさんあるが、ここはウォルトと合流してからの方がいいだろう。ウォルト自身の様子も気にかかる。クリストファの言葉からすると、やはりあの青い森の城にいたらしい。

「すまないがウォルトを迎えに行ってまたここに戻ってきてもいいか?

 ここに来たがっていたのはウォルトの方で、俺もまだ聞きたいことが聞けていないんだ」

 アドリヴェルテに対して聞いたのだったが、答えたのはクリストファだった。

「ごめん、あの城に繋がってた扉の繋がり切っちゃった」

 邪気もなく言ってのける。

「どうしてウォルトがいたのに切った?」

 ラギが苦々しく問うと対照的に答えはあっさり返ってくる。

「ひとりにしてあげた方が親切だと思ったから」

「――一体何があったんだ」

「さっき言ったでしょ、己が如何に不幸か知ってしまったってね。

 迎えに行くならまた繋ぐよ」

「ずいぶん軽く言えるんだな、扉を繋いでやると」

「僕の代償は軽いから。ウォルトに比べてね」

 実験体なら複数のパターンを用意するものだろう。

「お前の代償は何だ?」

 極秘事項かと懸念したがクリストファは事も無げに答えた。

「まだ起こってもいない未来。端的に言えば寿命だよ」

 それはウォルトの過去の記憶とは真逆に位置する代償。

 それが記憶よりも軽いと本気で思っているのか、それともそう思わずにはいられないのか。

 ――どちらにしろ哀れだった。

 ウォルトと同じ程に。

 ラギは嘆息する。

「代償を必要とするのなら頼むわけにはいかない。

 ――アドリヴェルテ。この屋敷には他にも扉があるんだろう? それを使わせてくれないか」

 ワイリーのアパートの鍵を持ち出したのは思いつきだったが正解だったようだ。扉の出た先からフィズマールに移動してもう一度アパートから青い森に入るのだ。

「構わないが、普段は鍵をかけている扉だ。戻ってくる間に誰かが入ってこないとも限らないからな、お前が出た後も鍵を閉めるぞ」

 つまりはもう戻れないという訳か――扉を繋がない限りは。

「聞きたいことがあるなら先に聞いていくか? 何分客など滅多に来ないものだからもてなしには慣れていないが、お茶と茶菓子を出すくらいはできる」

「――貴方はウォルトに会いたいと思わないんだな」

 アドリヴェルテは苦笑した――美しく。どこか切なそうに。

「会わない方がいいからだ」

 咄嗟に言葉が出なかった。

 それでも止めていた息を吐き出すと同時に言葉も吐き出した。

「それは誰にとってだ?」

「ウォルトにとって。

 これでも私なりの優しさのつもりなんだがな」

 記憶を無くしても覚えていたただ一つの名。それだけに縋って、新たに手にした記憶を捨ててまで捜し続けてきたウォルトに、なんて残酷な言葉だろう!

「貴方もあいつのことをわざわざウォルトと呼ぶんだな。貴方が呼んでいたあいつの本当の名前があるだろう」

「けれど今はウォルトだ。そうだろう? 名づけたのはお前じゃないのかい? いや名を貸したというべきかな、ウォルト?」

「――――――――」

「いずれラギの名を譲ったら何と名乗るつもりだい? それともその時にはあのウォルトがいるはずがないと、そういうことかな?」

「そうだ、あいつは貴方の元に帰りたがっていた! それまでの関係だ! だから俺は名を貸したんだ。けど貴方は貸し借りなんかじゃない。あいつに扉繋ぎの力を与えたんだ。貴方の実験体だ。なら貴方はあいつに対して責任を負う義務があるのではないのか! 記憶を一切無くした状態でひとり放り出しておいて!」

 それ以上の言葉は飲み込んで手放しそうになった冷静さを引き寄せる。

 アドリヴェルテは眉を顰めることなく平然とその言葉を受け止めていた。そして静かに問い返す。

「お前はウォルトの背にある魔法陣に気づいているか?」

「――ああ」

「では解読できたか?」

 ここで見栄を張るのは後々かえって見っとも無いことになるだろう。

 折を見て解読を進めてはいるのだが経過は芳しくない。どうにも魔法陣が複雑に過ぎて魔術を構築できていないように見えるのだ。アドリヴェルテの魔術にそんなはずはないのだから、魔法陣の構成方法に根本的な革新があるのかもしれない。

「いや。残念ながらできていない」

「ならば解読してみるといい。

 そうすればお前も理解を示せるだろう」

 ここで断るのは魔術師ラギとして名折れだ。

「いいだろう。解読してやる。積もる話はその時だ、扉まで案内してくれ」

「それは楽しみだ。最高のお茶と茶菓子を用意して待っていよう」

 扉の魔女は心底楽しそうに微笑んだ。


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