最終章-1 アドリヴェルテ
明るいうちから飲み街が賑わっているのを見ると、こんな時間から飲んだくれるとは錆びた街だとついつい冷めて捉えてしまうが、なんてことはない、ここは暮れ始めの街フィズマール、夜でも明るいのである。そして今は夜も大分回った時間だった。こんな光景もこれでしばらく見納めだと思えば風情すら感じるものである。
ラギとウォルトがフィズマールを発つ前日、約束通りラギはワイリーと飲みに出かけていた。ウォルトはひとりで留守番である。
「この店でいいか?」
ワイリーがそう言って一軒の酒場の前で立ち止まる。
店は事前に決めていなかったので、飲み街を歩きながら適当に探すという流れになっていた。
ワイリーが視線で示したのは、店構えや聞こえてくる喧騒からして大衆向けの居酒屋である。ワイリーにしては珍しい選択だ。
けれどだからといってラギには反対する理由もなかったので、了承して店内へと入った。
入ってみると表から聞こえてきた喧騒通り、広くて明るい店内はなかなか繁盛しているようだ。外以上に騒がしい。
隅に開いている席を見つけて座る。店員を呼び止めてジョッキのビールと適当につまみを頼んだ。
混んでいる割にすぐにビールが運ばれてくる。
「再会を願って――でいいか?」
ワイリーがそう言ってラギに向けジョッキを掲げる。ラギもそれに合わせて苦笑しながらジョッキを掲げた。
「仕事お疲れさんでいいだろ」
「ああ今回は特に助かった、また頼む。
――乾杯」
ジョッキを合わせて鳴らすとビールを呷る。中継都市というのは物流の交差点でもあるので食べ物も飲み物も美味いものが集まる。安い大衆酒場でも酒は美味い。
「フィズマールを出たらどうするつもりだ?」
「今まで通り諸国漫遊、物見遊山さ」
「私は毎回この質問をして毎回同じ答えを聞いている気がするよ。私としては他の答が聞きたいんだがな」
笑って呆れながらワイリーは言った。
他愛もない雑談もつまみにしてジョッキが空になる。次に別の酒を頼んでそれを呷ると、ワイリーは唐突に言った。
「扉は人為的に繋げる。そうだろう?」
ラギは口に含んだばかりの酒を危うく吹き出すところだった。何とか飲み込んだものの、虚を突かれた反応は隠しきれなかっただろう。失敗した。せめて薄暗い店内であれば悟られなかったかもしれないのだが、夕暮れ――といっても暮れ始めの街フィズマールだ、酒場の中も外も十分明るい。わざわざ店内を暗くするのは日の暮れない街においては粋ではないらしい。こんな失態、酒が回っているせいだ――とまで考えて、いきなりそんな一見荒唐無稽なことを言われれば驚いても何らおかしくないと気づく。白々しく取り繕うとする方が不自然だ。やはり酒が回っている。周囲の喧騒が遅れて耳に届いた。
その言葉を告げた当のワイリーは平然とグラスを傾けている。
ワイリーにしては珍しく雑多で騒がしい大衆向けの居酒屋を選んだとは思っていたが、どうやらこの方が会話がかえって周囲に聞こえない――もしくは酔っ払いの戯言で済まされる――という読み故だろう。
つまりは最初からそれを切り出すつもりだったわけだ。
「また随分と突拍子もない話だな」
まずは無難にそう返す。
ワイリーは鎌をかけているというより確信があるように見えた。
ウォルトの扉を繋ぐ能力が気づかれる機会があるとすればワイリーのアパートの一室を青い森に繋いでしまったあの時だけだ。だがアパートの鍵は外に出さずに持ち出して内鍵を掛けさせてもらったから、ワイリーは部屋には入ってこられなかったはずだ。外出していたと誤魔化してウォルトを連れて戻った時は案内所で仕事の続きをしていた。
だからウォルトの能力に気づいたのではなく、大量に発見された新たな扉からそう結論付けたと見るべきだろう。
だが。
「確かに突拍子もない話だ。私も信じられなかった――この目で見るまではね。まったく我が目を疑うとはこのことだ。
何しろ部屋のドアを開けたら青い森が広がっていたのだからな。
――合鍵の一つくらい持っていると考えなかったのかい?」
ワイリーはむしろ呆れるようにそう言った。
ラギは自分の迂闊さを内心で呪う。ここで悟られるような反応をしてしまえばそれこそ酒のせいにでもするしかない。
すっかり酔いの醒めた頭で、不自然に間が空かない程度に思考を巡らせ選んだ科白を口にする。
「お前が新たに発見したのか? 青い森?」
「そうだ。けれどその繋がりは数時間後には消えていた」
「消えるだって? 向こう側の扉が壊れたってことか?」
「その可能性は否定できないが、人為的に繋げるとすれば繋ぎなおして元に戻すこともできるだろう」
「確かにそれは道理だろう。
けれどその話だと扉も残ってないのにどうやってそれが現実に起こった事実だと証明できるんだ?」
ワイリーは首を振って落胆してみせた。
「どこまでも惚ける気かい。
私としては非常に気が進まないが、お前がそこまでそういう態度をとるのならこちらもそれなりの手を打たせてもらう。
――ウォルトにここまでの腹芸が出来るかい?」
出来ない。
ウォルトは感情をあまり表に出さないが、それだけで交渉駆け引きの類ができる訳はない。
つまりは繋いだ扉に気づかれ自分達が扉を繋げると推測された時点で、誤魔化しは不可能になっていたのだった。
これではもう言い逃れはできない、深々と溜息をつくしかなかった。




