10章-6 秘密の花園に咲く
「話もまとまったところでレイギスさん、ひとつ教えていただけませんか?」
フィオルが問いかけた。
「この冬に咲く薔薇はそういう品種ですか?」
レイギスが苦笑する。
「違いますよ。狂い咲きでもありません」
「魔術だ」
割り込まれた断定的なその口調。
ウォルトはレイギスの代わりに答えたラギの方を見上げた。その表情は庭に出たときと同じ、硬いままだ。
「こちらのお二人も商会の方ですか?」
「あらやだ、紹介が遅れてしまったわね。こちらは扉案内屋の方たちよ。ラギェンさんにウォルトくん。ここまで案内してもらってね、とても優秀なの」
「そうですか。それはありがとうございました」
レイギスがこちらに向き直って礼を述べると、ラギは軽く会釈を返す。
そして小さく息をついてちらりと庭に視線を投げた後、それで何か腹を括ったようにラギはレイギスを見据えた。
――一体なんだというのだろう。
この庭がどうかしたのだろうか。
珍しい魔術で、魔術師として興味がわいたのか――とも思ったが、それにしてはラギの態度はいつもと違う。新しい魔術の知識を見つけると、ラギはもっと嬉しそうにしていたはずなのだ。
「この花は魔術で強制的に咲かせていますね」
固い声音。それは質問ではなく確認だった。
「ええ、そうですよ。よく分かりましたね、見えるところに魔術の仕掛けはないんですが」
レイギスは隠すことなく肯定する。
フィオルの残念がる呟きが聞こえた。
レイギスにも聞こえたようで、期待させても悪いのでと補足で説明する。
「この魔術は一般化できるものではありません。本来の環境でない状況で植物を強引に成長させるわけですから、手入れが通常よりも必要になるんです。素人では育てられませんし、玄人でも対象の植物に対する魔術の癖を掴む必要がありますから、栽培は容易ではありません」
「それはとても残念です」
フィオルは首を横に振りながら溜息をついた。
ここは冬でも隣の向こうは夏ということが珍しくないので、ただ冬に花が咲くというだけでは希少価値は低い。切り花なら隣の向こうから手に入れられるからだ。だから希少性をつけられるとしたら自分の冬の庭に季節外れの花が咲くという点なのだが、こうも難易度が高くては普及は難しいだろう。ただ冬に咲く花というだけなら寒椿に水仙、探せば魔術を使わなくてもあるものだ。
「魔術の魔法陣もこの冬のためにすべて使ってしまったので、この庭でももうできません。
――持っているものを全てつぎ込んだ冬の薔薇園ですから」
お陰で館の裏庭までは手が回らなかったと、フィオルは笑って言う。
――一冬だけの、幻の冬の庭。
その幻に出会えて、なんて幸運だろう。
キャシーがラギに話しかける。
「ラギェンさんはすごいわね、魔術の知識もおありなの?」
「いえ、少しだけですよ」
言外にそれ以上答える気はないと察せられる切って捨てた一言。
普段温和なラギがそんな言い方をしたことにウォルトは驚いた。それほどまでに余裕がないのだ。この魔術で頭が占められている。
ラギは再びレイギスに問う。
「この魔術を編み出したのは誰ですか?」
「それは―――……」
答えようとしたレイギスの顔が怪訝に曇った。
「あれ、すいません。名前が出てこないんです。何分、あのひととは二年くらい前に会ったきりですから…」
「容姿は?」
「人間の女性です。金髪で、年齢は……そう、見た目で歳が分からないひとでした。老齢ではなかったのは確かですけど」
「そうですか」
その魔術師に関する情報は大して得られなかったというのに、ラギは落胆の様子を見せない。むしろその答えを予想していたようにも見えた。
あるいは――その問いの答を既に知っているように。
「この魔術の魔法陣を見せてもらえませんか?」
ラギは真剣な眼差しと面持ちでレイギスに頼んだ。
その静かな熱意に押されたのか、レイギスは少し考えてから、
「土を掘り起こすことになりますが、いいですよ。見せましょう。
それで魔術の効力が落ちてももう構いませんから」
言ったとおり未練がある素振りも口振りでもない。
レイギスはキャシーとフィオルを館の客間に案内し、スコップを持ってウォルトとラギの待つ庭に戻ってきた。
庭の小径に入る。森の中のような庭。さくさくさくと雪に足跡をつけて進む。
冬の庭に咲く鮮やかな赤。そこに降り積もる混じりけのない白。
間近で見るとますますその幻想的な美しさに溜息が出る。
小径から少しそれて木々を掻き分けたところで、
「ここです」
庭の中心線上に位置するのではと思われる場所を、レイギスはスコップで掘り出した。
対して深く掘らないうちに一枚の厚手の紙が現れる。レイギスはそれを取り上げて軽く土を払うとラギに渡した。ラギは礼を述べてそれを受け取る。
ウォルトもそれを覗き込んでみると――見覚えがある気がした。
その紙に描かれた魔法陣。
魔術の専門的な知識がないウォルトには魔法陣の詳細な記述までは覚えていられないが、 似ていた。
ラギがよく調べているあの魔法陣に。
おそらくラギはそれを予想していたのだろう、この冬に咲く薔薇を見たときから。ずっと探し、研究し、求めてきた答えの大きな手掛かりがここにあると。
いや、手掛かりどころか――
「あの魔法陣が解けた?」
ウォルトがラギに声をかけると、魔法陣の書かれた紙を睨むように凝視していたラギは数拍遅れて顔を上げ、ウォルトの方に視線を向けた。
だがすぐに逸らす。
「―――いや」
短い否定の言葉。
どうやらそう簡単には行かないらしい。
「この紙を譲ってもらえないか?――いや、すまない。写させてもらえればいい」
「埋められていたものでよければ差し上げますよ。どのみちこの魔法陣は使い捨てですから、一冬しか持たないんです」
「なら遠慮なくいただきます。ありがとうございます」
ラギはもう一度しっかり土を払うと、丁寧に折りたたんだ。
レイギスがスコップで穴を埋める。
ざっ、ざっ、と穴を埋める音に紛れ、
「――アドリヴェルテだ」
ラギがそう小さく声を漏らしたのがウォルトの耳に届いた――気がした。
どうしてその名が今出てくる?
何か知っているのか?
――その魔法陣はアドリヴェルテと関係があるのか?
どうしてだろう。
聞きたいことは幾つも浮かんだのに、探し求めたひとの手掛かりなのに――口にするのが、ラギに問いかけるのが怖かった。
老舗の染め物屋クロス・マティスが新たに店を出した。店主が道楽で出しただけという話だが、扉が一つしかないという悪い立地条件に関わらず盛況らしい。
その店は館のテラスに商品を並べただけのこじんまりとしたものだったが、その館の庭を目当てに訪れる客が多いのだから、庭の方にもひとが分散されてそれはあまり問題にならないようだった。
はじめのうちは染め物に使われる染料を見られるという物珍しさからクロス・マティスの贔屓客が中心だったが、今ではその庭自体の美しさが評判となってひとを呼んでいる。
そしてその庭の美しさに魅せられたひとたちが、その美しさの欠片を少しでも手元に置いておきたいと庭の花を押し込めたような花染めを買い求め、新たな愛用者を増やしていくのだった。
館の庭は二つある。
裏の庭は幾何学的に整えられた庭で、四季折々の花が常にひとびとの目を楽しませる。
そして表の庭は自然と調和した見事な薔薇園だった。
クロス・マティスの最近の人気商品と言えば椿染めだ。店先に出されてそれなりに経つが、他の花々を抑えていまだに根強い人気がある。
けれどそれに押されず安定した支持を持つのが定番商品であり看板商品だ。
老舗の染め物屋クロス・マティスの定番商品であり看板商品は、店をはじめた当初から出ている薔薇染めである。
初夏を迎えた今、百薔薇館の庭ではその染料となる薔薇達が爛漫と咲き誇り、訪れる客達を魅了していた。
――青き古城の主 END――




