1章-5 光採りの森
「アドルセンさん、ただ今戻りました!」
廊下を抜けて作業場に行くと、店主らしい猫が作業台の片づけをしているところだった。
「あぁ、ご苦労さん」
彼は手を止めて顔を上げ、二人に気づくと瞳孔を丸くしてひげをぴんと伸ばす。
「彼らは? どういうことだ? お前たちはどうやってあの場所に――」
「それをこれから説明します。その前に、はい、三日月を四十枚と、鷲座に鍋座――あ」
コーディがウォルトに振り向く。
「ウォルト、星の樽は?」
「星の樽?」
ウォルトは何も持っていなかった。
こうして忘れ物を取りに、せっかく出てきたところにすぐさま戻ることになったのだった。
そしてウォルトとラギが説明を終えてレイ・アドルセンを出ると、街は夜になっていた。
――いや、このレノンの街は常に夜なのだ。
三日月の街路灯が通りに等間隔に並んでぼんやりと光る。通りの店々の軒先では趣向を凝らした光が彩られ客を呼び寄せる。
ぼうと浮かび上がる石畳の街並み。暗いからといって人通りが少ないことはない。道行く猫達は帰り路を急ぐことなく買い物に勤しむ。
「次は、見つかるといいな」
アドリヴェルテの森が。
ウォルトがぽつりと零す。
「ああ。けど今はせっかく来たんだ、この光景に感嘆しておけ。
夜の街の街並みは独特な趣があるじゃないか」
ラギの言葉にウォルトは顔を上げた。
その目に飛び込んできた街並みは言葉に違わない。
「――光採りの森の星空はもっと綺麗だったんだろうな」
それは推測で語られた。
ラギは驚きもしなければ同情もしなかった。
「比べて劣るから綺麗じゃないってもんでもないだろ。それに人工物と自然物を比べるもんじゃない」
「そうだな。――こんな夜景、はじめて見た」
「――――――」
ラギは何も答えない。
――扉繋ぎ。
奇跡のようなその現象を故意に引き起こすのに、何の代償も払わずに済むはずはなかった。
コーディは今日の分の光を抱えてレイ・アドルセンに繋がる扉に手をかける。
今でもたまにふと不安になる。
――この扉が他の扉に繋がっているのではないか――と。
そんなとき、この扉のチョークの後に手を重ね、レイ・アドルセンの場所を唱えるのだ。
誰にも言えない秘密の出来事。
いつもの日々に起こった特別な一刻。
「あの人たちの探している森が見つかりますように」
場所の最後にその一言を添えて。
――光採りの森 END――