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扉繋ぎのウォルト  作者: 三原雪
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間章-5 魔術師ラギの弟子

 弾かれるようにウォルトは駆け出し、アシェリーを魔法陣の上から突き飛ばしていた。

 代わりに魔力光に包まれる。

「――――――――!!」

 声にならない絶叫を上げる。頭を金槌で叩いても、頭から崖の下に飛び降りてもこれほどの頭痛は引き起こせまい。物理的のみならず精神的に叩かれ揺さぶられ殴られ割られ、意識など保ってはいられなくなる。

 石の床に倒れた衝撃も師匠の怒声も、そんな些細な刺激などこの爆発しそうな痛みの中で知覚できるはずがない。

 それでも視界だけは音のない紙芝居のように映像を捉えていた。

 アシェリーを捉えたまま乾いて閉じられなくなった目。

 それが捉えたのは師匠に腕を掴まれ強引に立たされる、体から力の抜けたアシェリーの姿。

 その目はラギェンと同じ、人形の目だった。

 魔術移植前に前処理として被術者の思考停止措置が入っていたのだ。いやただの停止ならなんとか再起動できれば――いや入っていたのは停止だったか? 削除ではなく? そもそも停止だとしたところで強制的に魔法陣から出しておいて正常に再起動できるというのか!? むしろその衝撃が停止や削除の引き鉄となってはいないのか!?

 痛みで頭が働かない。まともに思い出せない。

 ――一体俺は何の為に!!

 アシェリーもラギェンも救うことができなかった。師匠の研究も壊した。

 間に合わなかったどころか誰にとっても最低の結末だ!!

 収まりつつある痛みに代わって遥かに苦しい絶望と後悔に叩き落される。

 師匠がアシェリーを半ば引き摺って、ウォルトのいる魔法陣へと足を踏み入れた。

 耳が呪文を捉える。

 それは最適道程導出理論の実装魔術を被術者から取り出す魔術の変形だった。

 ウォルトから魔術を取り出すつもりなのだ。

 ――ああ、取り出せるものなら取り出してくれ。

 そしてやり直してくれ。

 そうしたらきっとまだ間に合うはずだ。何に間に合うのかは分からないが何かには間に合うはずだ!

 魔術を取り出せばラギェンのように自意識がなくなる。その可能性には思い至らなかったし、それがどうしたというのだろう。

 師匠が近づく。

 その進みが止まった。

 アシェリーが立ち止まったのだ。師匠が再度腕を引くがアシェリーは無表情のまま動かない。自意識がないはずのアシェリーのその行動に師匠は虚を突かれ、逆にアシェリーは腕を強く振って師匠の手を払う。

 止める間も息を飲む間もあったものではない。

 ――――どん、と。

 アシェリーは細腕からは思いもよらない力で師匠を突き飛ばした。

 魔法陣の外周に向かって吹き飛ぶ勢い。その勢いのまま、ろくに受け身も取れず床に叩きつけられる。

 じわりと。じわりじわりと。

 床に赤い染みが広がった。ぴくりとも動かなくなる。

 アシェリーがそれを狙ったのか、偶然なのかは分からない。

 突き飛ばされた師匠は魔法陣の外周に設置してある石板の角に頭をぶつけたのだ。

 ウォルトを助けようとしたのか。

 師匠が憎かったのか。

 それとも保身のためラギェンになりたくなかっただけか。

 泣きも笑いもしない、感情の抜けたアシェリーの顔からは、それを窺い知ることはできなかった。

 突き飛ばした場所から動くことなく、血の海で動かなくなった師匠を声も表情もなく静かにただ見下ろしている。

 ウォルトは絶叫を張り合あげた。

 間に合いもせず――やり直せもせず、ただ誰にとっても最低な結果を招いただけ。

 その悲鳴は言葉にならない謝罪。己を呪う言葉。

 そしてその声が掠れて途切れる前に、魔術の第二波で強引に記憶を捩じ込まれる。発狂しそうな不快感。視界が回って捩じれて歪む。

 その衝撃に、ついにウォルトは意識を手放した。

 ――きっと、これは報いだ。



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