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扉繋ぎのウォルト  作者: 三原雪
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間章-4 魔術師ラギの弟子

 足が向いたのは研究室だった。

 魔術の取り出しが行われるのならこの部屋のはずだ。まだ施術はしないだろうと踏んではいても、この目でほらまだだったと確認して安心したかった。

 転がるように階段を駆け下りて研究室まで向かう。研究室の前に着いたら息を整える間もなく把手に手をかけた。

 ――開いてる。

 悪寒が走る。

 師匠が中にいるのだ。

 ウォルトは勢い良く扉を開けて脇目も振らず奥の実験部屋に走る。

 僅かに奥のドアの隙間から光が漏れている。

 ――間に合ってくれ!

 縋りつくように把手に取り付いてドアを開けると、そこには床壁天井、正方形の部屋の六面に精緻な魔法陣が展開していた。発動中を意味する魔力光が部屋の中を薄青く照らし出す。

 それが最適道程導出理論および実装の為の魔法陣だと、四日間資料を読み込んだウォルトにはすぐに理解できた。

「間に合わなかった……」

 呆然と呟いてウォルトはその場にへたり込む。

「何だ、施術の最初から見たかったのか」

 その声にはっとして視線を向ければ、魔法陣の上に悠然と師匠が立っていた。

「あと数日は部屋に籠って研究資料を読み込むのに時間がかかると思っていたが、どうやらお前を見縊っていたようだな」

「――――――――」

 咄嗟に師匠に何と言葉を返せばいいのか分からなくなる。

 あの研究記録を読んで理解した今でさえ、師匠の想定を超えた自分を誇らしく思っているのだから。

 これほどの魔術を部屋に展開する様を見てみたかった、部屋の各所に計算されて置かれた補助具の石版や宝玉の配置を手伝いたかったと残念がっている自分がいるのだから。

 この魔術がラギェンの意識の中に入っていたものであると理解していても!

「……ラギェン、は――」

 かろうじてそれだけ口にした。

「十七代目か? それならそこに転がっているだろう」

 物のようなその表現。

 師匠の視線の示す先――ちょうどドアの真横で魔術連動用の大きな石板の陰、ウォルトの死角になっていたその部屋の隅に、魔法陣を避けるようにしてラギェンはごろりと床に横たわっていた。

 ウォルトは急いでラギェンの傍に駆け寄る。

「おいラギェン!」

 声をかけるとぴくりと動いた。

 傍に跪いて胸を撫で下ろす。

 ラギェンの視線がゆっくりとウォルトを捉える。

 さらにもう一言――安堵の言葉を――声に出そうとしていた口が、中途半端に固まった。

 ――まるで人形じゃないか。

 その目には意志というものが感じられなかったのだ。

 透き通って透明で、空っぽ。何も持たない目。

「――――――――」

 間に合わなかったのだ。

 握った拳が震える。その落とし所はどこだろう。

 ――師匠か――自分か?

「喜べ。次のラギェンへの移植はこれからだ。

 丁度魔法陣の改良も終わった。

 はじめよう」

 その声に俯いていたウォルトは顔を上げる。

「どこに――新たなラギェンがいるんですか」

 この屋敷に住んでいるのは、ウォルト、師匠、ラギェン、アシェリーの四人だけ。

 ウォルトが引きこもっている間に連れてきたというのか?

 すると師匠は呆れた調子で言った。

「研究記録を読んでまだ気づいていないのか?」

 言われてウォルトは記憶を引っ張り出す。

 十八代目のラギェンに関する記述。

 思考を最大限魔術に利用するため、予め思考の働きを魔術および薬で阻害。抵抗なく魔術が展開できる環境を整える。

 十七代目のひとの思考との共生関係を念頭に置いた手法とは違う。

 共生ではなく強制。

 走馬灯のように次々と記憶が蘇る。

 ――物忘れが酷くてドジばかり踏んでいたアシェリーの記憶が。

 足音がしてドアの方を振り向く。

 そこには。

「アシェリー……」

 魔術文字で装飾された服に身を包んだアシェリー――十八代目ラギェンとなる被術者が立っていた。

「準備はできたか?」

「はい。ちゃんと着られました」

 師匠の確認に平然と答える。悲壮な様子はなく、いつも通りのほほんとしていたが、ウォルトに気づくと――あるいは横たわっている先代ラギェンに気づくと――悲しそうな顔をするどころか屈託なく笑いかけてきた。

「貴方も居合わせるとは思わなかったわ。頑張ったのね」

「――あ、ああ……」

 戸惑いがちに頷く。

「自分がどうなるか……分かってるのか?」

 アシェリーはここでようやく僅かに目を伏せた。

「分かってる。だって私はそのために育てられたのだし」

「知ってて何で――お前はそれでいいのかよ」

「いいのよ。私はラギさんに拾われなきゃきっととっくに死んでたんだから」

 アシェリーは足を進め、部屋の中央であり魔法陣の中心、魔術の中核に立つ。魔力光がぼんやりとアシェリーの姿を浮かび上がらせる。

「だからって――」

 許されるはずがない。

 その言葉は喉につかえて出てこなかった。

 今ここで石板をずらして魔術を壊すこともできるのに、石のように体は固まっていた。

 師匠が呪文の詠唱を始める。

 低く嗄れた声が部屋に反響する。

 ウォルトはアシェリーから目をそらすことができなかった。

 それしかできなかった。

 ――けれど。

 ウォルトに背を向けていたアシェリーが。

 振り向いた。

 微笑を浮かべていた。悲しみも恨みも責めもしない柔らかな微笑。

 ――それが別れの言葉のつもりだったのか。

 それ以外の言葉はなく、アシェリーはまた正面に向き直る。

 魔術の詠唱は続く。魔力光がアシェリーに向かって集約する。

 その光に包まれる瞬間。

 別れの言葉は返せなかった。


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