1章-4 光採りの森
「なぁ、コーディ、この樽は何の星座が入ってるんだ?」
「え?」
状況にはそぐわないラギの呑気な問い掛けだったが、光屋で働くコーディにしてみれば答えないわけにはいかない。
「ラギが持っているのは鷲座。夜空で一番強く輝く星が含まれていて、それが星座だと鷲の目にあたるの。全体的に大きな星で構成されるから光が華やかで豪華なのが特徴だね。
ウォルトが持っているのは鍋座。大きな星も入ってないし、特徴的な色味の星もないから平凡だけど、星の配置的に採取がしやすくてよく出回るから普段使いの定番の一つ。そうそう、星座の名前から台所や食卓の明かりに使われることが多いかな」
すらすらと淀みなく語る。
こんな少女でも光屋は光屋らしい。
「星なら全部同じってわけでもないんだな」
ウォルトが感想を零す。
それを聞いたコーディが憤慨の声を上げる。
「小さなものは空豆くらいで、大きなものならレモンくらいはあるんだから。大きさも違えば色味も違うんだけど、大きければ明るいってわけでもないの。星座によって星の構成が違うから、明るさや風合いが違ってくるんです!」
「ここまで照明に拘りがあるのは、夜しかない街ならではかもな」
ラギが言う。
「なるほど。そうかもしれないですね」
そう言ってコーディはようやく笑顔を見せたのだった。
そしてそんな星々や月の話をしながら気づけば小屋の前に着いていた。忘れていた不安や混乱、恐れがまたコーディに蘇ってくる。
――あの扉の向こうはレイ・アドルセンではない、どこか見知らぬ場所に繋がっているのだ!
そして気づく。それらをつい先程まで忘れていたことに。
話していたから忘れられた。
それは二人の気遣いだったのだろう。
ウォルトが樽を足下に置いて、扉に歩み寄って把手に手をかけた。そのまま振り返る。
「来て、コーディ」
それに何の意味があるのかは分からなかったが、コーディは素直に従った。
この二人はいい人なのだ。きっと大丈夫。
ウォルトはポケットからチョークを取り出して扉に何やら図形を描きだした。止まることなく動かされた手は複雑な紋様を生み出す。
魔術に造詣のないコーディでも思い当たった。
――魔法陣だ。
けれど魔法で一体なにを――
扉繋ぎは魔法で再現できない現象のはず。
「これに手を触れて」
問う前にウォルトにそう促され、戸惑いつつもコーディは従う。その手の上にウォルトの手が重ねられた。
すると。
「レイ・アドルセンはどこにある?」
「夜の街レノンに」
コーディは魔術にかかったかのように、ウォルトの問にすらりと言葉を滑らせる。
「レノンのどこにある?」
「長靴通りの靴底部分。その真ん中あたり」
「レイ・アドルセンの外観は?」
「二階建ての白い建物。一階はショーウィンドウになってて、光が陳列されているのが見える」
「レイ・アドルセンのどこに扉を繋げる?」
「店内から奥の住居に続く廊下の、その手前から二つ目の部屋に」
「――その部屋に、今誰かいると思うか?」
「いないと思う。アドルセンさんは月の加工作業中だろうから」
「それはいい」
すっと、ウォルトの眼光が鋭くなる。
――さあ、世界に問いかける。
「――否定ならば論拠を示せ
世界の理、世界の根源、世界の監視者をここに
扉の番人の過失を正す」
矢継ぎ早に繰り出される言葉。呪文。
魔術で実現不可能なはずの扉繋を実現する為の――
「――エル・ラプト・ゼッタ・アイルヅェスト・ジェンディ
繋ぎ変えろ」
音が途切れる。呪文が終わる。
何が起きたようにも見えない。魔術にありがちな発光も発煙も異臭もない。変わらず扉はただそこにある。
失敗―――
コーディは大きく溜め息を吐いた。
――どうやらそれくらいには期待していたらしい。
しかし。
ウォルトが扉を開ける。
その先には――部屋ではなく廊下。
「繋がった!」
扉繋は成功していたのだ。
コーディは扉を駆け抜けて廊下に出る。くるりと振り向くとウォルトに満面の笑みで笑いかける。
「すごい! 魔術じゃ実現できないって聞いてたのに! ウォルトはすごい魔術師だったんだ!」
「誰にも言うなよ」
「どうして? 自慢できるのに!」
「どうしても」
「どうして!」
「俺からも頼むよ。こんなことが知れたらエル・ワトランディ中が混乱するだろ」
押し問答になりそうなどころでラギが口を挟む。
「お前も誰かがあの森に扉を繋いだら困るんじゃないのか?」
「それは困る!
わかった。誰にも言わない」
分かりやすいその例えに、コーディは力強く頷いた。
「ウォルト、扉をここに繋いでくれてありがとう」
「いいさ。
――もとは俺達が原因なんだ」
あの森の繋がる先が変わったのは。
「そうなの? けどちゃんと戻してくれた。
だから、やっぱありがとうだよ。探し物をしていただけなんでしょ?」
「――――――」
それでも礼を受け取れないウォルトに、
「まぁやって当然のことに礼を言っちゃいけないってこともないし、礼を言われちゃいけないってこともないだろ」
ラギが後ろからそう言った。
「そう、ありがと。けどもう二度とこの扉には繋がないでね」
ここで念を押すあたりしっかりした少女だ。
「二人とも中へどうぞ。アドルセンさんにも何があったか説明しなきゃ」
コーディは落としていた荷物を拾って肩にかける。促されて、ウォルトも扉のチョークを手で拭って落としてから扉を抜けた。
「気分はどうだ? ウォルト」
ラギが気遣わしげに声をかける。
「――平気」
ただそれだけ。
「――そうか」
ラギもそれだけを返した。
平気なだけで――無事なわけじゃない。