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扉繋ぎのウォルト  作者: 三原雪
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間章-2 魔術師ラギの弟子

「ラギェン、どうしたんだ?」

「――何でもない」

「そんなふうには見えないぞ」

「何でもないんだ。

 ――忘れてくれ」

 頑なにそう言うと、ラギェンは帰るなりそのまま自室に籠ってしまった。

 ラギェンは有能な扉案内屋だ。いつも師匠の旅の道案内をしている。アシェリーと同じくウォルトが師匠に弟子入りする前からのこの屋敷の住人で、三十歳手前くらいの人間の男だ。普段は年下のラギェンに気さくに話しかけてくれる。

師匠は実用的な研究にも力を入れていて、二点を最短で結ぶ扉順序を探す手法もその一つだ。師匠が研究したその手法を実践で試すのがラギェンである。その理論の基礎までならウォルトも教えてもらったことがある。研究しているのが師匠なら凄いのは師匠の方だと単純に思っていたが、それを教えてもらってからはそれを使いこなせるラギェンにも感心した。

 ラギェンは何も見ず何にも書き出さず、膨大な道順の中から空で最短の道筋を導き出す。それもほんの数秒でだ。その算術能力は尊敬に値する。彼でなければ師匠の理論を実践できないだろう。

 今回もその研究の新理論を試しに出かけたのだが、ラギェンの様子を見ると上手くいかなかったのかもしれない。師匠が上機嫌のところを見ると、理論としては成功していてもそれをラギェンが上手く使えなかったのだろうか。

 あとでアシェリーが夕飯を部屋に持っていくというので、それについて行ってもう一度様子を見てこようか。うっかりするとアシェリーが持っていくのを忘れて夕飯抜きになってしまうのもあり得るし、ああは言われてもラギェンは屋敷に籠ってばかりのウォルトのいい話し相手だから気にかかる。

 アシェリーが夕飯を作り終えるまで師匠の旅荷物の片づけを手伝いながら、ウォルトはそんなことを考える。衣類などの洗い物はアシェリーの担当だが、魔術書や魔術関係の道具は師匠の指示でウォルトが片付けていた。

 書庫に本を片付け終わって師匠の私室に戻る。

「師匠、これで片づけは終わりですか?」

「ああ、ご苦労」

 私室でゆったりとお茶を飲んで疲れを癒していた師匠は、そう短く労った。そんな言葉がもらえるとはやはり機嫌がいいらしい。

 師匠はカップをテーブルに戻すと椅子から立ち上がった。

「ついてこい」

 そう言って部屋を出て行く。旅の成果でも教えてくれるのかと期待してウォルトはその後に続いた。

 師匠が向かったのは研究室だった。この部屋も師匠の同伴がなければウォルトは入れない部屋である。書斎は読み物やちょっとした書き物に、実際の研究はこの研究室で行うことが多かった。広い部屋の半分ほどに集められた書棚に陳列されているのは、書籍ではなく書類。師匠自身、そしてそのさらに師匠へと遡る代々の研究記録だ。いずれはその棚に自分の研究記録を残すのがウォルトの目標である。部屋の残り半分には大きな魔法陣でも問題なく描ける大きさの机が中心に鎮座して、その周囲には紙や魔術の道具などが高さの低い棚に納められていた。さらに奥にもう一部屋続いていて、そこは魔術の実験用に改装されている。

 師匠は書棚から研究記録の束を幾つか取り出しはじめた。ウォルトはまた新たに研究を教えてくれるのだと期待する。

 旅行から帰ってきたばかりだから教えてくれるのはやはり最適道程導出だろうか。

 師匠はウォルトのところに戻ってきて、抱えるほどの研究記録を差し出した。それだけでウォルトは満面の笑みを浮かべて飛び上がりそうになるが、まだ何も言われていないのでそれを押し堪える。

 そして師匠は何か難しい理論の構築に成功したかのように満足げな笑みを浮かべると、ウォルトに言ったのだ。

「ウォルト。これが私――いや先代までを含む我々の、扉二点間最適道程導出理論および現実的な実装手段の研究の全てだ。お前にこの分野における至高の成果を見せてやる」

 期待以上だった。

 この上ない喜びだ!

「はい! 有難うございます!」

 ウォルトは感激を胸に一杯にしながらなんとか謝辞を口にし、破顔してその研究記録を受け取った。

 さらに師匠は付け加える。

「この内容が理解できたなら私の書斎の出入りも許可してやる」

「!」

 ウォルトはもう言葉も出ない。それでもそれでは示しがつかないと声を絞り出し、

「必ず期待に応えます! すぐにものにしてみせます!」

 声が上擦りながらも述べて、深く一礼して研究書類を大事抱きかかえて研究室を後にした。

 足早に向かうのは自室。途中からは完全に駆け足だった。

 早くこの研究記録を読みたくて堪らない。

 ウォルトは自室に籠るとアシェリーが夕飯に呼びに来たのにも生返事で返し、研究記録に読み耽った。

 真夜中になったところでようやく空腹を感じ、台所に何かつまみに行こうと部屋を出ようとすると、ドアの下の隙間に紙切れが挟まっているのに気付いた。

「台所に夕飯が残してあります。温めて食べてください。

 研究がんばって」

 アシェリーの字でそう書かれていた。

 その気遣いに頬を緩ませる。

 ウォルトは台所で手早く遅い夕食を済ませ、お茶を持って自室に戻ると研究を再開した。

 塞ぎ込んでいた様子のラギェンのことなど、とっくに頭から締め出されていた。

 友より魔術を優先した。

 ――きっと、その時点で引き返せなくなっていた。


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