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扉繋ぎのウォルト  作者: 三原雪
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9章-6 青き古城の主

 音もなく舞い上がる光が静けさを際立たせる。気づけばすっかり体が冷えていて身震いがした。

 それをきっかけに、どれくらい時間が経っただろうと気に掛ける。

 ――ああ、そうだ。ラギが帰ってくる前に戻らなければ。

 そう気づいて泣きたくなった。

 だから、

「ウォルト――いるのか?」

 その声を聞いた時に本当に泣いた。声は噛み殺したけれど涙が頬を伝った。

 声。それに続いてバルコニーに姿を見せる。

「ラギ………」

 掠れた声だったがその名ははっきりと口にできた。

 ラギはその場に膝をついてウォルトに目線を合わせる。

「ウォルト。俺は勝手に扉を繋ぐなと言ったよな?」

 怒られる――それでもいいか――と思ったら、静かに諭された。

「…………ごめんなさい」

「アドリヴェルテの森を探そうとしたんだな。

 前に言っただろう――忘れたのか? なら俺が悪かった。何度でも言ってやる。

 俺がお前をアドリヴェルテの森に連れて行ってやる。

 ――そう約束したじゃないか」

 静かに紡がれる言葉が静かに染みる。

「………ごめん」

「ここで何があったのか聞いてもいいか?」

 ウォルトはクリストファの事を話した。

 クリストファが扉を繋げること。その代償がウォルトとは違い、自らの余命であること。

 口にして話すとその事実が改めて認識されてしまい、何度も言葉を詰まらせる。それでもラギは根気強く最後まで聞いてくれた。

そしてラギは言ったのだ。

「そんなこと気に病むまでもないじゃないか」

「慰めなんていらない」

「聞けよ。

 クリストファにとっては確かにまだ起こっていない未来より起こった過去の方が重要なんだろう。自分は未来を削ってるんだからなおさらそう思うしかない。

 ――けどな。

 そんなの一概にどっちがいいと言えるもんじゃないだろ。

 俺からしてみりゃ未来を削るくらいなら過去を捨てる」

「!」

 その言葉にウォルトは目を瞠ってラギの目を覗き込む。

 ラギは逸らすことなくウォルトの視線を受け止めた。

「魔術の探求は限りがない。魔術師は皆己の寿命が足りずに仕方ないから弟子に知識を授けるのさ。俺も後十年二十年経ったところでまだ探求に満足はしないだろう。それなのに余命を削ることなんてできるわけがない。

 けれど記憶は書き留めることができるし、誰かが代わりに覚えててくれるかもしれん。

 ――ウォルト。俺がお前の代わりにお前の見たもの聞いたものを覚えているようにな」

「――――――――。本当に、覚えてる?」

「ああもちろんだ。俺を誰だと思っている?

 出会った薄暗い雨の日も、霧立つ蒼い花の森も、真夏の空の向日葵畑も、本の塔の最上段の一冊も、シンベリアの工場地帯も、全部覚えてる」

 記憶に何も引っかからない。

 それでも自分は確かにその場所にいたのだ。

 過去を無くした空虚さはウォルトの胸に変わらず根を下ろす。

 こんな不幸比べなど空しいだけだと、冷静な頭の片隅で分かってはいる。分かってはいても一筋の救いに――自分よりも酷い苦境に立つ者がいるという安堵に縋りたくなる。

 けれど縋れるものなら――あるじゃないか。

「お前がこんな勝手に扉を繋いで出て行った場所でなければな」

「ごめん。

 もうやらない」

 ウォルトは前のめりになってラギの腕を強く掴んだ。

「だからお願いだラギ。アドリヴェルテの森が見つかるまで、俺と一緒にいて、俺の代わりに記憶して」

 ――アドリヴェルテを見つければきっと。

 自分が何者なのか、知ることができる。

 だから探さなければならない。記憶のないウォルトがただ一つ覚えていた名。たった一つの目的。――アドリヴェルテの元へ。

 だからその時まで。

 ラギは空いた片手でウォルトの頭をぐしゃぐしゃとかき回した。

「最初からその約束だっただろう」

「――ごめん、忘れてたんだ」

 ウォルトは少し微笑んだ。

 手を放して立ち上がる。

 ラギも立ちあがった。

「戻ろう。腹も減っただろう」

「ああ」

 ウォルトは空を見上げる。いつのまにか青い闇は拭われ日が昇りだした。その眩しさに目を細める。

 クリストファに出会えたことは、まだ気持ちの整理がつかないけれどきっと悪いことではないはずだ。

 代償は違えど自分と同じ能力を持つ者がいる。

 それで救われることもあるだろう。

 ――クリストファもアドリヴェルテを探しているのだろうか。

 もし次に出会うことがあれば聞いてみようと思う。そのときはきっと冷静でいられるはずだ。

 ウォルトとラギは歩き出してバルコニーを出る。装飾も失われた屋敷の中を抜け、主のいなくなった城の外へ出た。

 ラギはウォルトの後ろを歩きながら、森の中から頭を出す城を振り向いて呟く。

 明るい日の光で見るとそこにあるのはただ朽ち果てた城。

「――まだ起こっていない未来に価値がないのなら、未来を変えることに何の意味がある?」

 未来どころか過去さえ不確かなウォルトにそう説明したところで感覚的に腑に落ちないだろうからあえて口にしなかったが、これがラギの一番の本心だ。

 ラギはウォルトを先導するため追いつくべく早足で歩く。

 きっと森の小屋の位置が分からなくなっているに違いない。

 ――アドリヴェルテ。あんたは何がしたいんだ。



   ――青き古城の主 END――


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