表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
扉繋ぎのウォルト  作者: 三原雪
31/66

8章-6 砂漠を越えるもの

 ルジェールと出会ってから十日後。ウォルトとラギはオアシスの村ダコタにいた。

 湖の畔にある小さな村で、細い葉の植物が生い茂り緑豊かなところだ。けれどふと足元を見れば芝生や腐葉土などではなく砂漠の砂で、自分は砂漠の中にいるのだと気づかされる。

 村には外壁がないので村の外には簡単に出られる。外に出ると木陰が消え気温も上がる。

「戻ったらあの湖で泳げないかな」

 容赦なく照りつける暑さの中、歩きながらウォルトが呟くと、

「やめろ。泳いだこともないくせに何を言う」

 とラギから一蹴された。

 確かにウォルトは泳いだことは記憶にないが、この慌てようからするとラギは泳いだことがないのではなく泳げないのかもしれない。

 ラギはポケットから懐中時計を取り出し時間を確認する。

「まだ時間は少しあるな。このあたりで待つか」

 そう言って立ち止まったラギに続き、ウォルトも立ち止まった。

 後ろを振り向けばまだダコタの木々がはっきりと見える。思ったよりもダコタから離れていないらしい。

 再び前を向きながら改めて周囲を見回す。

 青と砂の色。

 それだけ。

 イルハンと同じ――ではあるが、きっと砂砂漠であればどこでも同じように感じてしまうのだろう。記憶を無くさないとしてもそうに違いない。

 ラギは懐中時計をウォルトに渡すと、代わりに持ってきた荷物から小さな布包みを取り出す。その布に包まれていたのは親指程の水晶柱だった。側面には文字のようなものが刻まれている。おそらく魔術文字だろう。ラギがその柱の底面を叩くとぼんやりとその文字が発光する。魔術が起動したのだ。

それが何かは既に説明を受けていた。

 通信魔術。

 ひとつの水晶柱を二つに割って魔術加工したもので、片方の水晶柱が捉えた音をもう片方に伝えるのだ。空気を伝わるわけではないのだから、理論上どれほど二つの距離が離れていても伝えることができるらしい。ただし扉を隔てていると伝わらない。ウォルトが理解したのはこの程度であるが、それで十分だった。

 今ラギの手にある水晶柱の片割れは、イルハンにいるルジェールが持っている。十日後、イルハンの時刻で三時に通信魔術を起動する。その手筈になっている。

 お互いの声が届けば、ダコタとイルハンはこの砂漠で繋がっているのだ。

 結果をただ待つだけのこういう待ち時間はどうにも落ち着かない。なので普段口数の少ないウォルトだが、ラギに話しかけた。

「そういえばラギも、もしダコタとイルハンが同じ扉の内側にあるって分かっても、この砂漠を越えてみたいとか言わないんだな。扉案内屋に情報を渡して、距離と方角まで調べてもらうこともできるんだろ。前にできるだけいろんな道を通って、自分で情報の正しさを確かめたい、更新したいとか言ってなかった?」

 ラギの持つ情報の中には街道の概要まで入っているのである。道程を案内するうえで扉だけでなく街道というのも外せない情報だ。

 扉を繋ぐ度に記憶を失うウォルトだが、こうして覚えている記憶もあるのである。ふと思い出したので聞いてみる。

 今のラギの手持ちの魔術では繋がっていることを確かめられるだけだが、扉案内屋の使う魔術なら距離や方角まで割り出せるものもあると、手筈を説明されたときに聞いていた。説明しただけで頼もうとはラギも提案しなかったし、ルジェールもしなかった。

 ラギは視線は水晶柱のままで答える。

「安全に行ける程度の近さなら、とっくにダコタとイルハンが同じ扉の内側にあると知れているだろう。けどそうじゃないってことはそれ以上の距離を隔ててるってことだ。

 魔術の精度、方位磁針の精度には限界がある。その限界の誤差でどこにも辿りつけないことも起こり得る。それが砂漠の道なら尚更、言葉通りの命懸けだ。

 ルジェールだってあの砂漠好きなんだ、あいつも一日で軽く行ける距離ならきっと行くんだろう。何しろ今まで発見されなかった道だ、通ってみたくもなる。けれど、そうじゃないと分かってるから行かないんだ」

 ラギは視線を水晶柱から離して砂漠の果てに向ける。

「扉探索屋なら道を探すのに命を懸けるのもいいだろう。

けど俺もルジェールもそうじゃない。ここが自分の命の賭けどころじゃないって分かってるのさ」

 ――見ているのは砂漠の果てではなく、もっと遠くを見ているのだろうか。

 命を懸けられるほどの理想の果て。

 ウォルトの旅に付き合ってくれるラギの顔ではなく、図書館で調べものをしている時の魔術師ラギの顔。

 ラギはふと表情を緩めると、ウォルトの方を向いて軽い口調で言った。

「まぁ少なくとも俺の持つ知識と技術を誰かに託せない限りは、うっかり命も賭けられないな」

「――なら弟子でもとるの?」

「いずれはそうしなきゃな」

「そう―――」

 あっさり肯定されてしまった。

 何だか居た堪れなくなって手元の懐中時計に視線を落とす。

 約束の時間までもう少しだった。



 今日も砂漠はいい天気だ。筆が進む。

 けれどそろそろ時間だとルジェールは手を休めて筆を置く。置いてからもまだまじまじと完成に近づいた絵を見つめ、うんと一つ満足気に満面の笑みで頷いてから道具箱の中に置いておいた水晶柱を取り出した。ラギに教えられたとおりに底面を叩くと側面の文字が発光する。

 最初の言葉は何にするか、この十日の間に決めてある。



「やあ、ラギにウォルト。元気かい?

 聞いてくれよ、もうすぐあの足跡の絵が完成しそうなんだ」


   ――砂漠を越えるもの END――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ