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扉繋ぎのウォルト  作者: 三原雪
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8章-5 砂漠を越えるもの

「足跡を入れたのがいいな。完成した絵も見てみたいところだ」

 ラギが絵の感想を口にする。

「ありがとう。そう、あの門を描こうって決めたはいいけど下描きが決まらず何度も描いているうちにさ、閃いたんだよ。この絵に足跡を残そうってね。そうしたらあっという間にここまで描けた。

 ひとは何かを残したいものだからね。

彼らも足跡くらいは残したかったんだろう」

「―――――。そうだな」

「これは色まで塗らずに素描のままで完成にするんだ。この絵には門に足跡までしっかり描いちゃったからね。時間をかけて色を塗ったところで、あの門のことを忘れたい街のひとたちのことを考えたらこの絵をあげる先がなくなっちゃって」

「画商に売ってあの門の存在を公表させるわけにはいかないし、街に寄贈してもいい顔はされないか。責任がどこにあれ、自分の街から行方不明者を何人も出したとなればなかったことにしたくもなる。当時は自分達の街も鉱脈を見つけたあの街みたいに恩恵に与れるなんて浮かれもしただろうから、その分罪悪感は増しただろう」

「うん。ボクは旅暮らしだからこの絵を持ち歩いたままではいられない。だからと言って描きあげた絵を捨てるのも忍びないし」

 ウォルトは再び素描の足跡に視線を落とした。

 ――この絵は、どこへ行くのだろうか。

 このどこへもたどり着けなかった者達の足跡は。

「あの門の小部屋にでもこっそり置いておくよ」

 ルジェールはそう言った。

 足跡だけでも戻ってこられたのなら、少しは彼らにとって慰めになるだろうか。

 それでも。

「色のついた絵が見たかったな」

 ウォルトは絵に向かって呟いた。

 青と砂の色。それが彼らが足跡を残した世界だから。

 するとそれが聞こえてしまったようで、

「そうかい? けどボクはこれからこの足跡の主がもっと喜ぶかもしれない絵を描くつもりなんだ」

 ルジェールはそう言ってウォルトに笑いかけたのだ。

「どんな絵?」

 すると今度は得意げに笑う。

「ダコタって知ってる? ここイルハンから十日かかる、砂漠のオアシスの村」

 何がそんなに自慢になるのか分からないが、とにかくウォルトには聞いたことがない地名である。十日というのも随分と遠いと驚いた。

 けれどそれはもちろんウォルトにとってであって、扉案内屋ラギェンにしてみればただの事実である。

 ラギェンは今日の天気に同意するような安易さで言葉を返す。

「アリシアを通る道程だな。アリシア国内での移動が半分は占めるだろう」

「そうそう。アリシアって扉の保有数が世界一の国だから、アリシアからはどこにでも行けるって言われてるけど、扉の間の移動が長いんだよねぇ」

「それでも国における扉の密度としては高い方だがな」

「アリシアならまだいい。広大な国マディセルを通らなきゃいけなくなったら迂回路を探すよ」

「あそこは扉によっては使える道じゃないという扉案内屋もいるくらいだからな」

 旅暮らしのルジェールには人並み以上の扉の知識があるようで、こうしてラギが誰かと話が盛り上がっているのは珍しい。

 けれどこれからどう絵に結び付くのだろう。

 と心配したらその必要もなくすぐに結びついた。

「そのダコタとこのイルハンがさ、同じ砂漠の上にあるんじゃないかと思うんだよ!」

「な―――――」

 そうなのか。

 ウォルトとしては自分が知らなかっただけかもしれないという可能性も十分あるので、大して驚きはしなかった。

 絶句したのはラギの方である。目を見開いてルジェールを見つめていたが、視線はその背後、砂漠に向かう。見える限りの砂漠をぐるりと見回して、ここから見える距離にダコタがあるはずはないと気づいたのか、またルジェールに戻ってきた。

それと一緒に平静も戻ってきたようで、いつも通りの静かな声音で問う。

「その推測の根拠は?」

「ボクはイルハンに来る前はダコタにいた。ダコタの空と砂漠を描いてたんだ。それでふと思ったんだよ、イルハンにしばらく描きに行ってなかったなって。しばらく行ってないところなんて幾つもあるのに、その時に出てきたのはイルハンだったんだ。

 で、気づいた!

 このダコタの砂漠と空、イルハンに似ているんじゃないかってね!

 絵を描けば、きっとそれがはっきりするんじゃないかと思うんだ」

 ウォルトは息を飲む。

 ようやく理解が追い付いた。

 扉案内屋達が目指した砂漠の果ては、確かに存在したのだ。

 まだ可能性ではあるが。

 それが事実であるのなら彼らへの何よりの慰めだろう。

 ――間違ってはいなかったと。

 そこにラギの冷静な言葉が差し込まれる。

「確かに一口に砂漠と言っても砂砂漠に岩砂漠、種類はあるが、それでも見分けがつくものなのか?」

 けれどルジェールは怯むことはなかった。穏やかに言い返す。

「いくつもの砂漠を描いてきたボクの直感だ。論理的な根拠があるわけじゃないし、ボクも断言まではできないよ。けどどちらか気になったから、今度はイルハンで絵を描けばもっとはっきりすると思ったんだ。あ、この絵は足跡が主役になってしまったから、もっと空と砂漠が主役の絵をね」

 事実であってほしい。

 けれどどこまで信じたらいいのだろう。

 そこにラギが問う。いつもと変わらないあっさりとした静かな口調、けれどその目はルジェールをまっすぐに見据える。

「――もしイルハンとダコタが同じ扉の内側にあると分かったら、どうするつもりだ」

意外なことにその問いは、ルジェールの直感だけに基づく推測を肯定していた。

「そうだなぁ――」

 本気で考えているのか怪しい様子でのほほんと空を眺めつつ考えるルジェール。あれでおそらくちゃんと考えているのだろう、多分本人としては。

「ボクはたくさんの砂漠を描いてきた。それだけ砂漠に行ったことがあるんだ。だから砂漠を進むことの危なさはよく知ってる。

 つまりは分かったところでじゃあ歩いてみようなんてしない。何もしないってことさ。そう、ただ知りたいんだよ」

 ラギの問も意外ならルジェールの答も意外だった。

 こうして少し話しただけでも砂漠への入れ込みようはよく分かる。そのルジェールがただ事実を知るだけで満足するとは。

 ラギはどこか満足げに唇の端を釣り上げた。

「そうか。ならその推測を確かめる手段を提供させてくれ」


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