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扉繋ぎのウォルト  作者: 三原雪
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7章-4 歌うオーケストリオン

 アギールとラギのオーケストリオンは無事完成にこぎつけ納品日となった。連日深夜までの作業で当日の朝ぎりぎりまで調整に凝った力作だ。

 来店したヘルヴィント夫妻を奥の工房に招き入れ、お披露目が行われる。

 アギールの手によりレバーが押され、最初の演奏が始まった。

繊細な調べの古典音楽。

 自動で演奏される室内楽――いや箱内楽。

 オーケストリオンの中では忙しなく部品達が駆動して音色を奏でる。弦を引いてバチを打ち管に空気を送り込む。微かに混じるその駆動音がかえって趣を生む。

 そしてそこに歌声が加わる。

 ひとの歌声とは違う、機械の歌声。

ぶれることのない音程。計算された揺らぎの声質。

 魔術の力を借りて生まれた機械の歌姫。

 ひとの演奏に比べたら劣るだろう。けれど演奏したのはひとではなく機械なのだ。これを設計し組み上げ演奏させた職人達の技量と熱意。たった一つのレバーで楽団となりこれだけの演奏を生み出したその自動演奏機械には、感嘆に値する何かがあった。

 オーケストリオンが演奏を終えると、ヘルヴィント夫婦は惜しみない拍手と賛辞を贈った。

「素晴らしい! 歌うオーケストリオンなどはじめて見た!」

 その言葉に制作には携わっていないウォルトまで嬉しくなる。

 これならきっとコレクションに加えてくれるはずだ。

「光栄です。

 では続いてもう一曲お聞かせしたいと思います」

 アギールは一礼するとオーケストリオンの筐体の横を開いて譜面を入れ替える。

 そしてもう一度レバーを押す。

 すると。

 流れ出したのは誰もが知る誕生日を祝う歌。陽気な管弦楽の編曲で祝いの歌を歌う。

 そしてオーケストリオンが色とりどりの星で飾られているかのように光りだす。その星々は歌に合わせて瞬きセシリアの誕生を祝福する。ラギの取り付けた魔術だ。

 きっとセシリアがこの歌を聞くときには、家族や友達、たくさんのひとに囲まれているのだろう。そしていつの間にかみんなもこの歌を口ずさんで最後には合唱になるのだ。

 短い演奏が終わった。

 口々に誕生日おめでとうと祝う声が、ウォルトには聞こえた気がした。

「お気に召しましたでしょうか」

 アギールが固い声で尋ねる。

 ヘルヴィント卿は唸って言った。

「これはコレクション室には置けないな」




 オーケストリオンが運び込まれたのはヘルヴィント家のコレクション室ではなかった。

 運び込まれたのは屋敷の広間。

 セシリアの誕生会が開かれる部屋だ。

 搬入を終えたオーケストリオンには大きな布が掛けられ、中身が分からないようにされている。

「セシリア。この布を取ってはいけないよ。それではせっかくの誕生日の楽しみが減ってしまうからね、誕生日にこの布を取ろう」

 オーケストリオンの前で父が娘に言い聞かせる。

 娘は神妙に頷いた。

「取らないわ。だって贈り物が素敵な物だって知ってるんだから、心配することはないわ。お父様のくれるものはどれも素敵なものばかりだもの」

 本当はその中身まで知っている。

 歌う機械。この大きさならオーケストリオンだろうか。

 歌うオーケストリオンなんて見たことがない。どんな歌声なのだろう。

 これなら予め喜びの科白と顔と心積もりを用意しておかなくても喜べそうだ。

 セシリアはその中身を教えてくれた少年の事を思い出す。

 家族や召使に訊いたら、あの日屋敷に訪れたものの中にウォルトという少年はいなかったという。それらしき姿を見た者さえいない。

 あんなにはっきりと話をしたのに、彼は幻だったのだろうか。やはり自分が案内するべきかとすぐに追いかけて部屋を出てみれば、廊下には誰の人影もなかったのだから。

 けれど。

 誕生会で贈り物がお披露目される。

 布の下から出てきたのは木製の戸棚のような筐体。開けてみるように促され、セシリアが前面につけられた戸を開くと、そこには詰め込まれた楽器達。

「オーケストリオンね! 嬉しい!」

 会の参加者からも歓声が上がる。

 そして扉を開けたその正面には、楽器に上手く引っかけて一輪のピンクの薔薇が咲いていた。その薔薇の横には小さなバースデーカードが三枚。セシリアはその薔薇とカードを取り出す。

 いちばん上の一枚は両親から。セシリアはありがとうと両親にはにかんで笑い掛ける。その下のカードはハルメニア・レシトンから、このオーケストリオンを制作した工房のようだ。そして最後、いちばん下。

   セシリアへ 

     誕生日おめでとう

                ウォルト

 やはり彼は存在したのだ!

「最高の贈り物だわ」

 ――きっと彼は扉を繋ぐことができるのだ。

 利発とはいえ十歳になったばかりのセシリアは、あり得ないという思い込みなしに容易にその結論に辿り着く。

 偶然にもそれは真実だったが、セシリアはそれを吹聴しようとは思わなかった。

 自分だけが知っているウォルト。扉繋ぎのウォルト。

 誰かに教えてしまうなんて勿体ない。自分だけの秘密にするのだ。

 参加者にオーケストリオンの演奏を促される。セシリアは父に教えられたとおりレバーを押した。

 すると流れてくる誕生日の歌! 機械が歌っているではないか!

 歌詞にセシリアの名前まで入っている。

 このオーケストリオンは誕生会が終われば結局は父のコレクションに加えられるのだろうが、それでもこれはセシリアのオーケストリオンなのだ。

 薔薇を片手に、オーケストリオンの歌と伴奏で歌われる合奏にセシリアは満面の笑みで聞き入った。

 最高の誕生日だ。


   ――歌うオーケストリオン END――


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