7章-2 歌うオーケストリオン
アギールの工房があるという通りは、機械職人達の工房が軒を連ねる通りだった。アギール曰く、絡繰りパペット、オルゴールなど、趣味嗜好としての面が強い機械を手掛ける工房が並んでいるらしい。
ハルメニア・レシトン
そう堅実な装飾文字で書かれた看板の工房に、アギールはウォルトとラギを案内した。
「いらっしゃいませ――って、アギールさん、やっと戻ってきたんですか! 何の書置きもなくいなくなるから心配したじゃないですか」
工房に入るとすぐに中から声が掛けられて、カウンターから一人の青年が駆け寄って出迎える。この工房の従業員なのだろう。
「それはすまなかった、レン。
けれどおかげでヘルヴィント家に納める自動機械がようやく完成する」
「やっといい案が浮かんだんですね! 本当によかったです。納期に間に合わない時の交渉はいつも僕が間に入る羽目になるんですから」
温厚そうに見えて意外に辛辣なことをさらりと笑顔で言うレン。だがアギールはそれを気にしたふうもない。
「あ、こちらはお客さんですか?
僕が応対しますよ」
「いやいい。こちらは魔術師のラギに連れのウォルト。
今度のオーケストリオン制作に助力を頼んだ。
さっそく奥の作業場に来てくれないか」
そう言ってさくさくと工房の奥に歩いていく。それに続くウォルトとラギ。
通されたその一室は、さまざまな工具や材料が並ぶ工房だった。それら整然と並んでいるさまは職人気質なのであろう工房の主アギールの為人をよく表しているように思えた。工具はウォルトでもわかるような金槌、鑿などもあったが、ほとんどは何に使うかわからない道具ばかりである。
物珍しさに工房の中を見回していると――
一見すると大きな木製の戸棚だろうか。小さな家の台所には置けないほどの大きさだ。戸棚ほどに箱型に近くはなく、戸が開けられるように把手がついているわけではない。
何だろうとウォルトは近づいてその戸棚を見回した。
「それが今度協力してもらうオーケストリオンの筐体だ」
アギールも近づいてきて説明する。
教えられたとおりオルゴールのようなものを想像していたから大分大きさが違う。
「これがオーケストリオン?」
「そうだ」
短くそう言うと、アギールは戸棚――オーケストリオンの正面の装飾部分に手をかけると、扉のように開いて中を見せた。その扉の裏側にも絵の装飾があるので、もとから開けられる仕様なのだろう。
そしてその中には。
ヴァイオリン、ピアノにティンパニ、シンバル、トランペット、シロフォン、それにパイプ。他にもまだあるだろうか。
それらの楽器またはその一部が、筐体の中にパズルのように詰まっていた。楽器以外にもそれらを演奏するためなのであろう部品が収められている。絡繰りは理解できないけれど、これらが音を奏でるというのだからその計算された設計にただ理屈抜きで驚嘆する。
これらは一体どんな音を奏でるのだろう。
「実はもうほぼ完成している。そこの作業台の図面通りになら数日中には調整を終えて完成できる」
「では何故俺に協力を求めた?」
「ここにきて気づいたんだ。これでは何も変わらないとね」
アギールの話によれば、このオーケストリオンの納め先であるヘルヴィント家は扉を三つほど隔てた近隣の街の資産家で、このような機械細工を蒐集するのが趣味だという。歴史と曰くのある品を求めることもあるが、何かの記念に特注することもある。このオーケストリオンはヘルヴィント家の娘の十歳の誕生日のお祝いに作らせたものだ。
そしてヘルヴィント家の当主は審美眼に定評があり、彼のコレクションに自分の作品が選ばれることは、職人にとって大変名誉なことだという。
今回アギールはその名誉を手にする権利と機会を手に入れた。まだ確定でないのは、完成品の出来が悪いとコレクションには入れてもらえないからだ。だからヘルヴィント家の依頼を受けても職人達は内密に制作に励むらしい。
コレクションに加えてもらえなければ工房の名に傷がつく。
ヘルヴィント家から声がかかるのは、職人にとって名誉であると同時に試練でもある。今回声のかかったアギールが必死になるのも当然であった。
ヘルヴィント家は既にオーケストリオンを何台も所有している。いかに出来が素晴らしくても、既に持っているのと同じものを見せられては点数も辛くなるだろうし、手元に置きたいとも思わないだろう。
そこで出たのが純粋な機械仕掛けのオーケストリオンに魔術を組み込むという新しい発想だった。
「これは機械仕掛けのオーケストラ、オーケストリオンだ。だから演奏そのものは魔術ではなく機械にやらせなければオーケストリオンとは呼べない」
「なら俺に魔術でどうしろと?」
「機械では実現できないことを魔術で実現して欲しい」
アギールは言った。
「機械に歌わせたいんだ」
楽器を鳴らすことは機械でもできる。奏でるのは楽器であり道具にすぎないからだ。けれど歌だけはひとでなければできない。奏でるのはひとそのものだから。
機械はひとになれない。
だがそれでいいとアギールは語った。
機械には機械の味がある。
ひとになる必要はないのだと。
ウォルトはオーケストリオンを見つめる。
これは職人の魂を込めた一作になるのだろう。
これを贈られる娘は幸せだ。
「――これでお祝いの歌を歌ってもらえるんだ」
ウォルトは小さく呟いた。
それには願望が混じっていたのかもしれない。
誕生日も知らない。祝ってもらった記憶もない。
いつか――思い出せるだろうか。いや、思い出せても自分にそんな記憶はあったのだろうか。
――と。
「それだ! いいことを言ったウォルト」
アギールがまるで子供のように生き生きとした目でウォルトを見つめていた。
ウォルトは工房の隅でラギとアギールの作業を眺める。
魔術的なことも機械的なことも分からないので、ふたりが何について話しているのかは分からない。
図面を引いた作業台の前で議論を交わす。
小難しい顔こそしているが、ラギがいつになくすごく楽しそうだった。
「ふふふんふん ふーんふふふふふふーん」
ドア越しに店内のカウンターから流れてくるのはレンの陽気な鼻歌。ただの店番かと思えば、実はオーケストリオン用の編曲はレンが担当しているらしい。
定番の誕生日を祝う歌。
一般常識はどうやら忘れづらいようなので、ウォルトでさえ知っている。
試行錯誤しているようで様々な編曲でずっと歌っているから、そのうち今日は自分の誕生日だっただろうかと思いこまされそうだ。
「あそこまで作った上での大掛かりな配置変更は難しいからな。魔術の機構を入れられるのはこの辺りだ。機構への魔力補充の事を考えて魔力供給源は手前に入れる。
もちろんこれはオーケストリオンだから譜面を入れ替えればその譜面通りに歌う必要がある。譜面は他の楽器と同じにはできんだろうから別でいい。ただしずれないように同期はとれるようにする必要があるがそれは機械の機構で対処しよう。オーケストリオンの譜面はこの穴の開いたロール紙だからそれに近いと好ましい。
それとひとの歌声を真似して流そうとは考えるな。歌うのは機械だ。機械がひとの声で歌いだしたらどうしても違和感や気味悪さが出るだろう。私が欲しいのは機械の歌声だ」
「これまた難しい注文をいろいろと付けてくるな。
音階に発音の組み合わせがどれだけあると思っているんだ。それを譜面にして魔術に読み取らせるなど、よくもまぁそんな高度なことを要求できるな。まず譜面の書き方を考えるだけでも厄介だぞ。しかも期限も短い」
「だから高名なあんたに頼んだのだろう」
「言ってくれる」
ウォルトは座っていた椅子から立ち上がった。
ここにいても退屈なだけだ。ラギが魔術に熱中すると、魔術師ではないウォルトはいつも暇を持て余してしまう。
街を適当にぶらついてこようか。
工房から店内に入るとレンの鼻歌が音量を上げた。
「出掛けるのかい?」
鼻歌を止めて譜面を書く手を休め、カウンターからレンが声をかける。
「ああ」
「迷子にならないように気を付けて。ここは螺子歯車通りだからね」
「わかった」
再び流れる鼻歌。
皆あのオーケストリオンの為に懸命になっている。
ウォルトは外に出ようと店内を抜けてドアに手をかける。
――それを贈られる娘はなんて幸運なのだろう。
把手を押しあけた先はなんとも可愛らしい部屋だった。




