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扉繋ぎのウォルト  作者: 三原雪
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7章-1 歌うオーケストリオン

 いい話を聞いた。

 今この街に腕の立つ魔術師が来ているらしい。

 思考が煮詰まっていた為気晴らしにと店のカウンターに出てみたのだが、どうやらそれは正解だったようだ。

 その耳寄りな情報を教えてくれた客が店を出ていくのを見送ると、アギールは急いで一時閉店の準備をした。

 こんな時に限って店番のレンを休憩に行かせてしまった。彼が戻ってくるのを待ってはいられない。その分魔術師がどこか遠くに行ってしまうではないか。

 時刻は丁度昼になったところだ。飲食店の並ぶ通りを捜せば見つかるかもしれない。バダンは規模の大きな街なのでこのレジステン地区にいるとは全く限らないのだが、いないとも限らない。そこは捜してみるしかなかった。

 ばたばたと支度をして、腕に掛けた上着を肩に引っかけ直しながら店の前に出る。そこは螺子歯車通り。同業者が多く軒を連ねる通りだ。

 これで彼らを出し抜けると、鼠のアギールは細い尻尾をぴんと立てて急いで走り出した。



 けれどそんなに甘いわけがない。

 飲食店通りの店をそれこそ片っ端からのぞいたが、どこにも件の魔術師はいなかった。魔術師の噂を聞いた者は多く、中には隣街の扉から出てくるところに出くわした、などという目撃談もあったのだが、今現在の情報となると出てこない。

 もうこの地区にはいないのかもしれない。

 昼もとっくに回った時間になってから、アギールはようやく足を止めて一息ついた。

 飲食店通りを抜けた先にある、地区の中心となる広場。そこに出ている露店カフェの椅子に座り、遅い昼食をとる。

 見つからなかったらどうする。

 また何か別の案を捻り出さなければ。

 だが出せるものならもう出せている。

 出てくるのは魔術を使った案を具体的に設計するための構想ばかり。魔術の道具はいずれはそれに込められた魔力が切れるから、取り出せて置き換えられる設計にしなければと頭の中で図面を引く。魔術が前面に出過ぎてはそれは機械ではなく魔術の道具だ。あくまで機械の一部品として使わなければ――と考えたところでその無意味さに気づく。

 髭がだらりと下を向き、尻尾も石畳に力なく這う。運ばれてきたサンドイッチには手をつけず、投げやりな気分でアギールは背凭れに深く体を預け、空を振り仰いだ。

 視界に入るのは時計塔。統一感のある濃い灰色の建物でぐるりと囲まれたこの広場。その建物の一つでこの広場のシンボルともなっているのがあの時計塔だった。

 時、分、秒の三つの針がそれぞれ文字盤の一点を指し示す。

かちり、かちりと正確に精確に。

 塔自体はさほど高くないし、凝った彫刻のオブジェもない。時計も渋い色遣いで華やかさには欠けるものの、けれど抽象絵画的な意匠でセンスの良さには定評があった。そして――絡繰りにも。

 かちり。

 時計が三時を示した。

 塔の鐘が鳴る。

 濃い灰色の塔に嵌め込まれた青い文字盤。その一部が回転して開いた。その奥から出てくるのは精巧なパペット達の隊列。広場にいる者達から待ちわびた歓声が上がる。

 時計塔が玩具箱に変わった。

 流れ出した陽気な音楽に合わせ、パペット達はくるくる回りながら器用にジャグリング。途中でさらにパペットの列が上段に加わってコミカルな寸劇を繰り広げる。滑らかでありながらどこかぎこちない機械独特の動き。それが愛嬌となって目を楽しませる。

 文字盤の図柄の星が流れ星となって移動し、月に顔が現れにこりと笑う。

 最後に一段と演奏が盛り上がって舞台は終わる。パペット達は一礼。

そしてここで不意打ちのように最後の音楽の一拍子。それに合わせてパペット達があっという間に時計塔の中に引っ込む。文字盤の図柄も元に戻る。

 名残惜しさを許さないような一息での幕引き。

 いや。

これはだからこそ夢だったのかという余韻が生まれるのだ。

 一拍遅れて広場には拍手が沸き起こる。

 現実に引き戻されたアギールは溜息をついた。

 機械細工の街バダンのシンボル、各地区の広場に聳える絡繰り仕掛けの時計塔。

 何度見てもいい出来だ。

 こんなものを自分でも作れたら――

 その思いは子供の頃から持ち続け、今なお変わらない。むしろその技巧を理解できるようになったからこそ増している。いろいろあって絡繰り時計職人にはならなかったものの、機械職人という点では今の職と同じだ。

 それなのに自分は満足いく作品一つ作り上げられず、こうして管を巻いている。

 ――魔術を組み込む。

 その発想は使えると踏んでいるものの、魔術を組み込んでくれる誰かがいなければその作品は永遠に未完のままだ。未完の傑作は趣味ではない。

 何か代案を――と。

「どうだ、このバダンの絡繰りはなかなかのもんだろう」

「そうだな」

 隣のテーブルの会話が耳に着いた。ちらりと視線をやると、一人はまだ十代半ばほどの不愛想そうな少年。もう一人は少年よりも年嵩で、どこか世慣れて達観した感のある男だった。

 声からして問いかけたのが男の方、それに答えたのが少年の方だろう。この少年、同意した割にはあまり感動したふうには見えない。それで時計塔に憧れるアギールとしては耳に咎めたのだ。感情を表に出さないだけかもしれないが、だとしたらこの歳で擦れたものである。

「だったらお前ももっとそれらしく、素直に歓声を上げたり手を叩いたりしたらどうだ。ちゃんと称賛を示した方が製作者にも喜ばれるぞ」

 呆れ気味で男が言う言葉にアギールも内心同調する。完成品を披露した時のお客の歓声は最高の対価だ。

 すると少しむすりとしながら言い返す少年。

「ラギだってそんな歓声あげてなかったじゃないか」

 ――ラギ?

 その名にぴくりと耳が動いた。視線だけでなく顔ごとそちらに向きなおる。

「分かるもんには分かる。これくらいの歳になるとそういう称賛ができるようになるのさ」

「なんだよそれ」

 そこに座っているのは二人連れの人間。

 容姿までは知らないが――もしかしたら。

 アギールは席を立つと男に詰め寄った。

「あなたは魔術師ラギか?」

 男は軽く目を見開いた。

 そして

「そうだ」

 短く肯定した。

 どうやら自分は今日最高についているらしい!

 その感動で一気に畳み掛ける。

「頼む。どうか私に協力してくれないか! あんたほどの腕が加わればきっといい作品ができる!」

「おいおい、いきなり何を言ってるんだ」

 冷静な男――ラギの指摘でアギールは平静を取り戻す。

「ああすまない。つい興奮してしまった。

 私はアギール。自動演奏機械技師さ」

「自動演奏機械?」

 少年が声を上げる。

「オーケストリオン。呼び名そのまま自動で演奏する機械だ。あの時計塔の絡繰りが演奏に特化したものだと思えばいい。もしくはオルゴールのオーケストラ版だ」

 アギールが簡潔に説明する。

 続けてラギに向けて、

「今作っているオーケストリオンに魔術を組み込みたい。私はバダンでも屈指の自動演奏機械技師だと自負している。あなたほどの魔術師が力を貸す対象として私のオーケストリオンに不足はないはずだ。あなたの魔術を最高の作品に最高のやり方で組み込むと約束する。だからどうか頼まれてはくれないだろうか」

 結局また一気に畳み掛けた。

 困惑した様子のラギ。そしてふと思いついたように、

「ウォルト。お前は聞いてみたいか?」

 どうやらウォルトというらしい少年に問いかけた。

 ウォルトは答える。

「聞いてみたい」

 自分ではなく連れらしいこの少年に決めさせたことは不愉快ではあったものの、なんとか魔術師の助力にこぎつけアギールは胸を撫で下ろしたのだった。


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