6章-3 埋めるまで
「変な勘違いをしてすまなかった。この森にはもう僕ひとりしかいるはずなかったんだ」
そう硬い声で謝りながら、ボーブと名乗った墓守の熊はウォルトとラギに茶を振舞った。ボーブの家に招かれてのことだ。
こうして茶を出すくらいはしてくれるようだが、どうにも歓迎されてはいないらしい。表情や態度が固い。ならば家に招かなければいいのにとウォルトは内心で思う。
「ならば驚かせてしまったのはこちらの方だ。
扉繋ぎなど本当に起こるかどうかも怪しい奇跡の現象だ、すぐに思い当たらなくて当然だろう。俺達も奇跡を目の当たりにして実際に扉を抜けてみるまで信じられなかった」
一方のラギはそんなボーブの態度に気が触ったようでもなく、むしろ気遣う素振りすら見せる。これが大人の対応というものか。
しかも扉をウォルトが繋いだのではなく奇跡が起こったのだと自然に強調している。
「もしよければこの村に何があったのか聞かせてもらえないか?」
ラギが尋ねる。
ボーブは黙って答えない。硬い表情のまま、姿勢まで固まらせた。
嫌な沈黙が続く。
ラギが再び口を開いた。
「俺達を恨んで少しでもお前さんの気が晴れるのなら、なに、気にすることはない。恨んでくれればいいさ」
何だそれとウォルトはラギに抗議をしようと口を開きかけたが、ラギの視線でそれを止められた。
「恨んでいる……訳ではない。これは……逆恨みだ。ただの逆恨みだ」
ボーブのその声はあまりにも悲痛で、ウォルトは心当たりのない逆恨みに対し何も言えなくなる。
ボーブは椅子から立ち上がるとテーブルから離れ、棚から一枚の紙を取って戻ってきた。
それを二人に差し出す。
紙は皺だらけで文字も滲んではいたが、なんとか文章として読むことはできた。
それは。
ボーブに宛てた謝罪からはじまる手紙だった。
この村で唯一冬眠をする熊のボーブをただひとり残してしまうことの謝罪。春に目覚めたときに味わうであろう深い悲しみと孤独への憂慮。
冬の入りしな、この村のたったひとつの外に繋がる扉の繋がりが断たれた。原因は分からない。扉の向こう側で何かあったかもしれないが、こちらからでは知りようもなかった。
季節は冬に向かう。もとから十分な耕作地はなく、冬では森の恵みも期待できない。扉の向こうから食料を調達できなければ、いずれ蓄えが底をつき飢えるのは目に見えていた。
減っていく食料の中、起きるかもわからない扉繋ぎを待てるほど気を強く持てた者はいなかった。奇跡に縋れるほどの希望さえなかった。
――だから私達は死を選ぶ。
そのことを切に詫びる。
「扉が一つしかない場所にどうして住み続けたんだ…」
遣る瀬無くラギが言う。
「それでも住み続けたい者が住み続けた。それだけだ」
故郷に対する愛着。
ウォルトはそれを理解できないけれど、少し羨ましく感じた。忘れ続ける自分には、きっとそう思える場所はないのだから。
「貴方達を、恨んでいるわけではないんだ……。ただ、どうしてと……」
ボーブは抑え込んでいたものを吐き出すように、ついに叫んだ。
「どうしてこの奇跡がもっと早くに起きなかったんだ!!」
「……………………」
ここに至ってようやくウォルトは理解した。
ボーブが憤っていたのは二人に対してではない。
――この不条理な奇跡にだ。
故意に起こした奇跡にだ。
ボーブはすぐに取り乱したことに気づき、深く息をついて首を左右に振って感情を自制した。
「――せめて、僕が死んでから来てくれればよかったのに」
力なく呟く。
ウォルトのカップを握る手に力が入った。
「生き残ったお前さんに非があるわけはない」
「それでも、理屈じゃないんだ。
ああ僕だけに奇跡が起きてしまった。死を選ぶしかなかった村びとたちの事を思えば、どうしてそれを享受できる?」
「享受したところで村びとは今更救われない。だが、お前さんの命は救われる」
「命が救われたところで今更――それが今の僕の率直な気持ちだ。
言うだろう、扉を壊すということは村や街を殺すということだとね。
そうだ僕は、扉が壊れたときにこの村と一緒に死んだんだ!」
「けれどお前さんは死んじゃいない。そうだろ」
訥々とウォルトは諭す。だが、
「綺麗事だがな」
その一言を付け加えるのを忘れはしなかった。
「あの墓、村びとのなんだろう?
あれだけで十分彼らも救われてるじゃないか」
「!」
ラギは空になったカップを置いて立ち上がる。
「扉は繋がれたんだ。あとはお前さんの好きにすればいい。
――――御愁傷様」
「―――――――――」
ラギに続いてウォルトも席を立つ。
ボーブをひとり残して家を出る。
出る前に振り返ると、大きな黒い背中が丸まって震えていた。
ラギがドアを閉めてその背中も見えなくなる。
ばん、とラギはウォルトの背中を叩く。曲がっていた背筋が伸ばされた。
「お前に非があるわけはない」
奇跡や偶然などではなく、自分が扉を繋いだのだと、ウォルトは最後まで言えなかった。
「墓参りだけでもしていきたい」
ウォルトのその言葉で、村を出る前に墓参りに向かうことになった。
村の中を足早に抜ける。森の中をかき分け、大樹の根元の墓に出た。
ウォルトとラギは墓の間を縫って大樹へと向かう。物言わぬ木の十字たちが、その下に眠る死者たちが、無言で何かを語りかける――訴えかける。訴える。
――救えたはずではないのかと。
自分で言いだしておきながら足が竦みそうになる。
「お前に非があるわけはない」
隣を歩くラギがその言葉を再び口にした。
「これはお前のせいじゃない。
お前にはどうしようもないことだ」
それくらい理解できる。
――けれど。
それでも遣る瀬無かった。
墓の群れを抜けて大樹の元に出る。その一番大きな墓標の根元に途中で積んだ手向けの花を添え、黙祷した。
結局かける言葉も口に出せず、ただ冥福を祈る。
村に戻ろうと墓の端まで来ると、ボーブがちょうどシャベルを肩に担いでやってきた。
お互い立ち止まる。
「…まだ皆を弔い終わっていませんから。
皆を弔い終えたら、…これからどうするか考えてみます」
「そうか。
達者でな」
「――痛み入ります」
ボーブは再び歩き出す。
新緑が眩しい大樹の下、微かな木漏れ日がちらちらと墓標の群れに舞う。
墓守はその中をのっそりと歩んでいく。木漏れ日は墓守に寄り添う。
その光景は。
――死者の魂が墓守を慰めているかのようだった。
ウォルトとラギは村に向かって歩き出す。
遠くから微かに墓穴の掘る音が聞こえた。
――― 埋めるまで END ―――




