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扉繋ぎのウォルト  作者: 三原雪
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1章-2 光採りの森

 扉の向こうは暗く鬱蒼とした森の中だった。深い夜闇の深い森。たまに吹く風だけがざわざわと背筋をざわつかせる音を立てる。そこに立てつけの悪い扉が開いて耳障りな音を添えた。

 木々に埋もれた小屋の扉。その開けられた扉から光が漏れだすが、その光はかえって闇の深さを際立たせるだけにしかならない。そこに二つの人影が足を踏み入れた。

「森だ―――」

 小柄な方が言葉を零す。わずかに含まれる興奮。幾分気が急いているようで、さらに足早に森の中に足を踏み入れる。

「ウォルト、焦るな」

 そう宥めながらもう一人がゆっくりと森に足を踏み出して、後ろ手に扉を閉める。

 光源が途絶えた。

「これだけ暗けりゃ何も見えん。目当ての森かわかったもんじゃないだろう」

 その言葉にか、光がなくなったからか、小柄な人影――ウォルトは足を止めた。

「ラギ、明かり出して」

「はいよ」

 ラギと呼ばれた青年は、コートのポケットを探って硬貨ほどの直径の球体を取り出すと幾つか言葉を口にした。するとその球体がぼんやりと発光する。星の光を閉じ込めて細工した魔術の道具だ。

 ウォルトとラギは森の中を歩き出した。周囲には木々と闇しか見当たらない。随分と何もないところに出たものだ。

 そして、ふと。視線を上げた。頭上を覆っていた木々が切り取ったように途切れていた。足が止まる。

 ――何もない、どころではない。無数だ。

 目が眩むほどの満天の星空。

「これは見事だな」

 ラギは感嘆の声を漏らす。ウォルトも食い入るように目を瞠って頭上を見上げる。

 燦然と輝く無数の星々に、ぞっとするほどくっきりとした輪郭の月。吸い込む空気は清涼で冷たく、冷えた湧水のようだ。押し潰されそうな程に、空が近い。

 誰もいない森の中で夜空を見上げ、体が冷えるのも構わずに言葉もなく立ち尽くす。その光景を記憶に焼き付けるように夜空を見つめて。

 どれくらい立ち尽くしていただろうか。

 ウォルトは不意にあげていた顎を引いて苦笑した。

「これもどうせ――」

 しかしその先の言葉を置いてウォルトは再び歩き出した。

 ラギは小さく嘆息してその背を追いかける。

 ――いつか忘れる。

 それが思い出なのだから。

 ウォルトはそう続けたかったのだと、ラギは知っていた。

 そして先に進むウォルトはさほど歩かないうちに何かが聞こえた気がした。立ち止まって耳をすませる。

「それっと」

 それは掛け声のようだった。微笑ましい程に勇ましい、幼さの残る少女の声である。

 誰かいることに安堵する。

 これでこの森に関する話が聞ける。

 ウォルトがまた歩調を速めた。すぐに唐突に森が終わり、抜けた先は――

「おい待てウォルト」

 後ろからラギに言われるまでもなかった。

「――――――――――」

 息が、詰まった。足も止まる。

 感嘆の声など出ない。声にならない。

 ついさっき、無数の星を見たなどと思わなければよかった。

 何しろ無数より多い数の表し方を知らない。無数の二倍はなんと言えばいいのだろう?

 空がもう一つ、眼下にあった。

 眼前に広がるのは湖。対岸が見えないのはそれだけ大きいからか、それとも暗くて見えないだけか。

 その終わりの見えない湖。

 明鏡止水。揺らがない水面は鏡となって満天の星空をもう一つ眼下につくりだす。

 ――泣きそうになるような、光景だった。

「ほぅ―――」

 隣に並んだラギも感嘆の声を漏らす。

「なんていうか――――凄いとしか言えねぇな。凄い」

 ただ、凄い。

 そして。

「それっ」

 この光景にはいささか無粋な言葉。先程の声の主の少女は、湖上の小さな舟に乗っていた。

 掛け声とともに振り下ろされるのは釣竿。

「――あぁ、これが光採りか」

 ラギがそんなことを呟いた。

「あの釣糸の先を見てろよ」

 言われてウォルトは水面に視線を向ける。

 しばらくして引き上げられた釣糸の先には、見事な輪郭の細い月が引っ掛かっていた。

 空に浮かぶはずの――月が。

 困惑して視線を空にあげると、月は変わらずそこに浮かんでいた。

「あれは水面の光を光凝固剤で固めてとってきただけだ。月そのものじゃない」

 ラギが説明する。

「日の昇らない夜の街でよく使われる光源だ。

 竿を投げても水面が波立たないように、水面を制止させる魔術がかかった浮か何かを使ってるんだろう。こんな広い湖の水面を制止させるとは、大した作り手の道具のようだな」

 ラギにそう言わせるとは本当に大した作り手らしい。

 再び視線を水面に戻せば、確かに水面は全く波打っていなかった。

「これで終わりっと」

 そんな掛け声とともに、少女はもう一枚月を釣り針から外した。


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