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扉繋ぎのウォルト  作者: 三原雪
19/66

6章-1 埋めるまで

 アドリヴェルテの森。

 どこのどの扉と繋がっているのか、誰も行き方を知らない噂の中の森。

 〝扉の索引〟と呼ばれる程のラギェンさえ知らない。

 けれどウォルトはその森が存在するのだと知っていた――いや、削られていく記憶で知っているなど笑い種だ。

 ただ、信じていた。

 アドリヴェルテの森が存在すると。

 アドリヴェルテが存在すると。

 ただ一人、扉の魔女が住まう森。

 ――扉を繋ぐ。

 もう何度目だろう。

 思い描くのはただ一人が住まう森。深い森の奥深く。

 少し変えてみたこともあったが、ウォルトが思い浮かべるアドリヴェルテの森はやはりこれだった。

 そのイメージを頭の中に広げ、ウォルトは把手を握った手に力を籠め、扉を押しあける。

 そこは――

「!」

 絶句する。

 生々しい廃墟だった。



 熊のボーブが長い冬眠から目を覚ましたのはまだ寒い春のはじめ。起きてはじめに気づいたのはぶるりとする寒さと自分がぺこぺこの空腹だということだった。備蓄の食料は何があっただろうか。何か腹に入れたいが、ようやく目覚めたのだ、まずは外の新鮮な空気を吸うとしようではないか。ついでに日の光を浴びて冬眠で冷え切った体を温めるのだ。

 のそのそと巨体を揺らして寝ぼけ眼で家のドアに向かう。ついでに近所のひとたちに挨拶をしておこうか――そんなことをぼんやりと考えながら。

 ドアを開けた。

 そして――なんということか。呆然とする。

 森に囲まれた小さな村。

 もとより村の中にも木が生い茂る、森を切り拓いたというよりは森に寄り添った村だった。

 けれどその村が、森に飲み込まれていた。

 家の前の道は草と積もった落ち葉で覆われている。家々の屋根さえも緑色に染まり、壁には蔦やシダが這う。木材でできた家は半ば森と同化していた。小さな畑は荒れ放題だ。家の窓硝子は薄汚れて中の様子は伺えないが、誰もいないことは想像がついた。

 恐ろしく静かだった。

 この村に、たったひとり。

「―――ふむ」

 しかしボーブは初めに少し驚いただけだった。

 森の中の村だから、ひとの手が行き届かなければ森に飲み込まれるのは早かったのだろう。

「夢か」

 これが現実のわけはない。

 まだ夢を見ているのだと思ったのだ。

 こんな寂しい夢、はやく終わらせるに限る。

 ――なら寝直すか。

 そうすればきっと次に目覚めたときには夢が覚めているはずだ。村びとたちがおはようと声をかけてくれるに違いない。

 早々に踵を返す。

 と――足下に何か紙が落ちているのに気付いた。

 半ばほどまで随分風雨に晒されたようで皺くちゃだ。ドアに挟んであったのかもしれない。

 ボーブはそれを拾い上げる。

 滲んだ文字はかろうじて判読することができた。

 読み進めるにつれて手が震えた。手紙まで震え、余計に読み辛くなる。

「そんな……」

 夢なら覚めろと、自らの頬を殴った。力加減を忘れ一瞬意識が遠のいたが、戻ってきた意識が見たのは変わらず森に飲み込まれた村だった。

 ボーブは走る。

 目指すは扉。

 ――この村のたった一つ、外と繋がる扉だった。

 走っている間にも誰の存在も感じられず、自分の足音と切れる息の音だけが嫌に耳に着く。何度か草や落ち葉に足を取られたが、それでも恐怖と焦りに背中を押され走り続けた。

 そしてたどり着いたのは小さな家。扉の開け放たれたその前で、ボーブは力が抜けて地面に崩れ落ちた。

「そんな…そんな!」

 這うようにずるずるとその扉へと向かう。

 近づいて覗き込んだところで見えていた光景が変わるわけではない。

 厚く埃の溜まった木の床に、奥には灰の溜まった暖炉が見える。その周りには錆びた鍋や料理道具が掛けられて、壁掛けの棚には食器が重ねられていた。その前には誰も腰掛けていない古びた揺り椅子が一脚。部屋の中心にはテーブルと椅子のセット。椅子は二つ。テーブルの上には花瓶が据えられていたが、花の茎のなれの果てが垂れ下がって花瓶にくっついていた。

 時間だけが過ぎ去った家。取り残された部屋。

 誰もいなくなったこの村の家には相応しいとさえいえる部屋。

 けれど。

「違う……違うんだ……」

 掠れた声が口をつく。

 この扉の向こうは違うのだ。

 こんな――こんな部屋ではなかった。

 この扉の向こうは街の通りに繋がっているはずなのだ!

 この村のたった一つの外に繋がる扉が閉ざされていた。


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