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扉繋ぎのウォルト  作者: 三原雪
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5章-3 緑の井戸

 入ってきた扉まで引き返す。

 そこは広い地下空間で、さらに点在する岩が明かりを遮る。だからランプの光一つではこの空間全体を照らし出すことなんてできない。

 ニックは先程の隧道から離れた、明かりの届かない岩の陰に案内した。

「この裏だ。頭をぶたないようにね」

 そこにはウォルトでも少し腰を屈めるほどの高さの穴が空いていた。

「よくこんなところを見つけたな」

 ラギに感心される。

「しかもよく入ってみようと思ったもんだ」

 実はひとりになりたくて落ち込んでなんかどうでもよくなり彷徨った結果見つけた洞窟なので、その時はこれ幸いと入っていったのである。

 ――とは言えるはずもないので、

「はは、まぁね…」

 とニックは曖昧に笑ってごまかした。

「すぐに立てるほどの広さになるけど、ここを通るのは――というか知っているのは僕くらいだろうから踏みならされてもいないし、ずっと下りだから、さっきよりも気を付けて」

 そう言ってランプで闇を照らして洞窟の中を進んでいく。

 ウォルト、ラギもそれに続く。

 言葉の通りひたすら下っていく。急な斜面の岩場を隙間に手をかけて降りる。

 まるで地の底に向かっているみたいだ。

 あの眼下に見えた森の場所まで行くのだからかなりの距離を下ることは分かるが、ずっと地の中では距離感も狂う。

 それでも先程の洞窟よりもずっと長く歩き、疲れも出てきたところで。

 ようやくぼんやりとした明かりが見えてきた。

 先程の洞窟のような強烈な光でないのは、やはり木々が空を覆ってしまっているからだろう。

 どんな森が広がっているのか――

 ウォルトは疲れをしばし忘れて最後の岩を下りきり、洞窟を抜ける。

 その一歩が違った。

 硬い岩の感触ではないのだ。

 足の裏から伝わったのは、森の、土と植物が混ざり合った、あの感触。

 本当に――森の中だ。こんなところに、森がある。視覚だけでなく感触、匂い、音、吸い込む空気、五感で森を感じる。

 鬱蒼と茂る木々。見上げれば葉が折り重なって屋根のように天井を覆う。空の青が視界のどこにも見えない程で、まさしく葉でできた屋根だった。

 けれど意外にも森の中は明るかった。

「あれは照明木じゃないか」

 ラギが驚きの声を上げる。

 照明木とは聞いたことがなかったが、聞かなくても名前からして想像はついたし、何のことを言っているのかも見ればわかった。何より驚いて上手く声が出そうにない。

 ――この薄暗い森を照らす照明。

 その木は森の中に街路灯のように点在した。

 白樺が近いだろうか。ほとんど真っ直ぐな幹から小ぶりな枝が横に伸びる。

 幹の色は白――真昼の太陽のような白。葉も鮮やかな緑に瑞々しいまでに輝く。

 木が光っているのだ!

 上から見たときにちらちら光って見えたのはこの葉なのだろう。

「よく知ってるね。希少種らしいからあまり知られてないかと思った。

 ――もしかして、その価値も知ってる?」

 おずおずと尋ねるニック。

「そう訊ねること自体が価値を教えているようなものだが……なるほど、だからこの森に案内したがらなかったわけか。

 あの木は希少で高値で取引される。しかもこれだけの巨木となればかなりの額になるだろうな。まぁ安心しろ、俺達にそんなつもりはない。言い触らしたりもしないさ。

 ――この木が伐り倒されれば、きっとこの森は消えるだろうからな」

「どういうこと?」

 今度こそウォルトは問い返す。

「この木は葉に受けた光を木全体に拡散、増幅して光る。その光のおかげでこんな日照の条件の悪い場所でもこれほどまでに茂った森ができたのだろう。その光が無くなれば、後は枯れるしかなくなるわけだ」

 ウォルトは最寄りの一本に近づいてみる。長くは直視できないのでちらちらと見ながら近づいていくと、光のおかげか少し温かさを感じる。目を細めてようやく触れられる位置まできて、ウォルトは手を伸ばした。

 目を閉じて光の木に触れる。

 手触りはざらりした樹皮のそれ。

 葉で受けた光を全身に――森の奥深くまで伝える木。その光が熱のようにじんわりと、掌を通じてウォルトの中にまで伝わってくる気がした。

 この木を切り倒したらきっと真昼よりも眩しい光が溢れだすに違いない。

 けれどそしたらこの緑の井戸は枯れる。そんなことが起こらないのを願う。

 またこの井戸を見に来たいと思ったのだから。

 照明木。この森の要であり光。

 ニックの仲間たちはこの森の要を知らずに大したことはないと評した。

 けれど緑の井戸というだけでウォルトは来てよかったと、また見に来たいと思ったのだ。

 そう、また見に来たい。

 その時は今よりも水位が上がっているだろうか。

 ――覚えていられるといい。

 


 宿に戻るとニックは紙束を開く。

 いくつものランプの設計図。ぱらぱらと紙を捲って白紙の紙を探す。設計図はどれも途中で終わっていたり、ぐしゃぐしゃと線が入って消されていた。

 そして見つけた白紙の紙。

 やはり帰省してあの森に行ったのは正解だった。

 あの照明木の森。

 ランプなど必要のない真昼の街アドミラで生まれ育ったニックが、ランプ工房で働くことを志したきっかけの森。きっかけの洞窟。

 色硝子を使えばあの照明木のようなランプはできないだろうか。

 ――誰かではなく他でもない自分がまず納得できるものを。

 頭の中で思いついた考えをスケッチブックで形にする。

 真昼の街は良い。いくら夜更かししたところで日は一向に沈まない。



 ――― 緑の井戸 END ―――

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