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扉繋ぎのウォルト  作者: 三原雪
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4章-4 夜明けの硝子谷

 セントルシアに行った翌朝、ジェリオンはいつも通りレグール硝子谷に向かう。

 扉を抜けて硝子谷に出ると、目の奥に物理的な衝撃を受けるほどの眩しさに手で視界を遮った。

 日差しというよりも照り返しが強いのだ。

 強烈な白。

 真っ白な谷。

 はっきりととこの目に映る硝子谷。

 ジェリオンの立つ谷底の両側に聳える崖は、岩肌の凹凸の陰で濃淡があるものの遠近感が狂いそうなほど白一色。足下の谷底の砂利まで白い。

 植物などは見当たらないからこの谷にある色は白だけ。それとそれ以外を塗りつぶす空の青。雲一つない快晴の空はまるで谷に蓋をする平面の板のようだ。

 空と谷。ただそれだけ。見えるものがすべて。

 美しいほどにシンプルな世界。

 散在する硝子の切出跡の直線がこのシンプルな世界にアクセントを添える。

 今の切出し場所はもう少し谷の奥で、視界で何も動かない。作業がまだ始まっていないので音もない。まるで時が止まっているかのようだ。

 ジェリオンは歩き出す。

 昨日歩き詰めだったのとあの硝子の階段の往復で足が腫れるように痛い。

 足下の砂は硝子の破片で、ほとんど風化して角も取れているがたまに尖ったままのがある。もうすっかり歩き慣れていたが、今朝はうっかり転ばないように気をつけなければ。

「――ははは。これじゃあはじめてレグールに来たときみたいじゃないか」

 そう口にして懐かしく微笑む。

 そうだ、あの時はこの真っ白な谷を見て、呆気にとられてしばらく立ち尽くしていたじゃないか。

 そして付添いの先輩にこの砂は硝子だと教えられ、冷や冷やしながら慎重に歩いた。

 ジェリオンは立ち止まって硝子谷を見上げる。

「おはよう、ジェリオン。セントルシアはどうだった?」

 後ろから声をかけられて振り向けば、ハリーがやってくるところだった。

「おはよう。

 見れたよ、透明な硝子谷が。行った甲斐があった」

「そりゃよかった。セントルシアの硝子谷が気に入ってレグールに戻ってこなかったらどうしようかと心配したぜ」

 ハリーはそう言ってからかう。

 ジェリオンは肩を竦めて見せた。

「俺はただ透明な硝子谷を見たかっただけさ。レグールのこの白い硝子谷の素晴らしさを再確認するためにね」

 さぁ、今日も硝子を切り出そう。

 この白い硝子谷から。



 セントルシアの硝子谷。

 足場のない空に浮く。

 夜明けの太陽を見下ろす。

 眼下には、足下には空と大地と、世界がある。

 ウォルトは隣に立つラギ――今は扉案内屋としての仕事中だからラギェンか――に話しかける。少し離れたところにジェリオンがいるので小声で。

「俺、世界をどうこうしようとか、考えたことないから」

 ――世界を牛耳れる。

 思いつきもしなかった。

 そのはずだ。

 けれど忘れてしまう記憶ばかりなのに、どうしてそれを断言できるだろう。

 ――急に怖くなった。

 無くなった記憶で、自分は何を考えていたのか。

 震える拳をぐっと握る。

 ラギは言った。

「気にするな。

 たとえお前にその力があったとしても、お前自身はただの青臭いガキだ。世界を牛耳れる器じゃない」

「――そうだな」

 自分がガキであることに安心した。



 ――― 夜明けの硝子谷 End ―――

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