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扉繋ぎのウォルト  作者: 三原雪
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4章-2 夜明けの硝子谷

 事は面白いくらいにとんとん拍子に進んだ。

 ジェリオンの熱意の懇願の結果、休みを移動してさっそく翌日休みを貰えることとなったし、翌日出発でラギェンも了承。

 その日の午後の仕事は手に着かないどころか上機嫌でかえって張り切り過ぎて、金槌を振るう腕に何度も力が入り過ぎ、危うく板硝子を割ってしまうところだった。いつもは曇るなと不平を言いたくなる白い硝子谷を前にしても、明日本物の透明な硝子谷が見れると思えば鷹揚に見てやれるものだ。

 そして翌朝ラギェンとその連れ、ウォルトと合流してセントルシアに向かう。

 驚いたことにラギェンは手帳も何も見ることなく、扉を抜けると次の扉へ、その間の移動も迷うことなく足を進める。昨日別れた後に何か扉案内屋秘蔵の書でも見て覚えなおしたのかもしれないが、そういえば依頼した時でも何も見ずに大体の所要時間を答えていた。

「扉案内屋っていうのは扉の繋がる先だけじゃなく街の地図まで覚えているものなのかい?」

 しかも途中気温の高い場所を抜けるので着脱しやすい恰好を、という助言まで昨日貰っている。街の概要くらいは知っているのだろうか。

「まさか」

 ラギェンは苦笑して答えた。

「扉への行き方だけだ」

「なら全ての扉の繋がる先を把握してる?」

 今度は苦笑というよりも失笑。

 それを見てジェリオンは自らの失言に気づく。扉案内屋に道案内してもらうのがはじめてで勢いでつい聞いてしまったが、冷静に考えてみれば失礼な質問だ。無理難題をできないのかと吹っかけているようなものである。扉の数は四桁あると言われていたはず、その全てを把握し記憶するなどどだい無理な話だろう。だから扉案内屋なら誰でもいいという訳ではなく、自分の行きたい場所を地盤としている扉案内屋を捜す必要があるのだ。

 幸いなことにラギェンは気を悪くしたふうではなかったが、どこか諦観しているようではあった。ひょっとしたらこの手の質問はされ慣れているのかもしれない。

「全部なんて無理だ」

 しかし憮然とそう答えたのは、驚いたことにラギェンではなく大人しくついてきていた連れのウォルトだった。

 あまり動かない表情だとは思っていたが――人はひげや尻尾がないし耳も動かないからさらに分かりづらい――、今は機嫌が悪そうに見える。

 保護者のような連れに無理難題を吹っかけたことが気に障ったのだろうか。だとしたらかわいいところもあるじゃないか。

「それもそうだな、聞いた俺が悪かったよ」

「そういうつもりじゃ……」

 とばつが悪そうに言葉を濁すウォルト。

 それを庇うかのようにラギェンが口を挟んだ。

「まず〝全て〟の扉がひとに発見されているのか。

 そこから詰めていく必要があるな」

 それは良い返しの言葉だった。

 ジェリオンはほっと表情を緩めてさらに返す。

「もしそうであれば、扉探し屋はとっくに稼業として成り立っていないですよ」

 遠くのどこそこでどこかに繋がる扉が見つかった――という噂話は、真偽のほどは定かではないが数年に一度くらいは耳にする。

 そんな会話をしながら洒落たレンガ敷きの商店通りを歩く。着古した格好の自分が歩くのが申し訳ないほど小奇麗な店が並ぶ通り。ちょうど朝の早い時間で、どこの店先も開店準備に勤しんでいる。慌ただしさが感じられずマイペースなのはこの街の気風か。

「ここだ」

 とラギェンが立ち止まった。

 そこは商店の前。店内には飾り物のようなチョコレートがずらりと並べられていくところだった。甘く濃厚なカカオの香りが漂う。

 中に入るとそこは茶色を基調として整えられた清楚で上品な店内だった。ジェリオンひとりであれば気後れしたこと間違いない。

 これは私的な扉というやつだろうかとジェリオンは推測した。

 店内があまりに普通の――高級そうではあるが――商店で、たくさんの旅びとが通るように改装されてはいないからだ。

 こういう公にされていない扉を通るからこそ通常より道程を短縮できるのだろう。

 ラギェンがチョコレートを並べていた兎の店主に声をかける。

「俺はフィズマールの扉案内屋、ラギェンだ。悪いが扉を使わせてくれないか」

 店主は陳列の手を止めて耳をぴんと立てた。

「まぁまぁ! ラギェンに会えるなんて今日はなんてついてるのかしら」

 どうやらこの扉案内屋は名が知れているらしい――ジェリオンは知らなかったが。

「俺に会えたところで今日も昨日と同じ一日さ。

 チョコを適当に見繕ってくれ。それが通行料でいいんだろう?」

「ええ、一番人気のチョコを多めに入れておくわ。それと私の新しい自信作もね」

 店主はカウンターから包み紙を取り出すと、陳列されたチョコレートをいくつかそれに包んで最後に紐で結んだ。

 そして提示される金額。

 チョコレートが高級だとは知っていても相場は知らないので一体どれほど通行料が上乗せされたのかは分からないが、とにかくチョコレートは高いということはよくわかった。なお扉の通行料もラギェンへの依頼料に含まれている。

 示された金額を払って、店主に案内されて店の奥に向かう。奥の厨房の横手を店主は示し、ラギェンがその扉を開けると、目の前には聳える壁。そこは狭い裏路地だった。遠くから喧騒が聞こえてくる。あちらの街はもうすっかり日が昇っているようだ。

 店主に礼を言って扉を抜ける。

 時間帯の違いか扉を抜けたこちら側の方が少し気温が高いが、上着を脱ぐほどでもないだろう。

 出てきた建物の壁に沿ってぐるりと回ると、活気のある広い通りに出た。同じ商店通りでもチョコレート屋のあったそれと比べれば、活気があるというか雑多というか随分庶民的である。 

「甘いものは食べれるか?」

 半歩前を歩くラギェンがそう言って手を差し出してきた。ジェリオンも手を差し出すと、先程のチョコレートがいくつか手に乗せられる。

「いただくよ」

 高級チョコレート。ひょいと一つ口に放り込んでみれば、今まで口にしたどんなお菓子より美味かった。今まで食べたお菓子が何と安物だったのか。少し後ろを歩くウォルトにもチョコレートが配られる。ウォルトはそれを口に入れると目を丸くした。

「美味いよな」

 ジェリオンはウォルトに話しかける。

「―――――――」

 ウォルトはジェリオンの方を向いてこくりと真顔で一つ頷いた。無口な彼ですらまだ無くす言葉があったらしい。

 ジェリオンもすぐにもう一つ口に運び、またもう一つと、あっという間に無くなった。

「チョコレート屋が私的に扉を持つなんて、ここには良質なカカオの産地――はなさそうだから優良な顧客が大勢いるんですか?」

 とジェリオンは食べてしまったチョコレートの余韻を惜しみながら尋ねる。

「好奇心旺盛なのは猫によくある性格だな」

「猫ですから」

「自分で言ってりゃ世話ないぜ」

 そう肩を竦めながらもラギェンは説明してくれた。

「あの扉は公にできないから私有になっただけだ。一般には解放しないが、扉案内屋がいればその場限りの例外として通してもらえる。

 それであの扉を使わない場合、さっきまでいた街からこの街に至るまで三つ余計に扉を抜ける必要がある。つまり遠回りになるわけだ。

 あと俺が知っているのは通行料としてチョコレートを買うこと、それだけだ。扉の情報は記憶していても、それに絡む事情までは覚えちゃいない」

 確かに余計な情報まで覚えてはいられないだろう。けれど想像はついた。

 ひとの流れがなければ街は寂れる。

 ひとの流れが止まれば街は絶える。

 ひとの流れをつくるのは扉。その街に他にはない特色があったとしても、扉がなければ誰も訪れることはできない。

 それほどまでに扉の与える影響は大きい。

「もし扉を自在に繋ぐことができる者がいたら、きっとそいつはこの世界を牛耳ることができるんだろう」

 ジェリオンがそう思い浮かんだことを口にすると、ラギェンの足が止まってこちらを振り向いた。その苦い顔にまずいことを言っただろうかと顧みるが、ジェリオンに視線を向けたわけではないようだった。ジェリオンを通り過ぎたその後ろ。

 合わせて立ち止まって、何だろうと少し視線を巡らせれば、ウォルトが少し後ろで俯き加減に立ち止まっている。

 こちらから声をかける前にウォルトは自分で立ち止まっていることに気づいたようだった。早足で近づいてくる。

 ウォルトはまだ残っていたチョコレートを口に放り込んだ。

 ウォルトもラギェンも特に何も言葉にしないでまた再び歩き出す。

 ――ウォルトが食べた種類のチョコレートはよほど美味しかったのかもしれない。

 そういうことにしておこう。

 その方がいい気がした。

 好奇心は猫を殺す。

 だがウォルトが食べたチョコレートの種類はやはり気になる。


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