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扉繋ぎのウォルト  作者: 三原雪
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3章-3 向日葵畑で待ってる

 向日葵茶の出店は一旦閉じて、ウォルトとラギは店番の少女に連れられて村の隅の方に案内された。傍には納屋があり、木箱や網などが重ねておいてある。ちょうど家の材料の余りか煉瓦もたくさん積んであったので、三人はそこに腰掛けた。煉瓦の山は二山出来ていたので、少女と二人が向かい合って座る。

 活気が遠い。

 わざわざこんな人気のない場所で何を話そうというのか。

「私はミシェル。

 貴方達は?」

 ミシェルと名乗った少女はまだわずかに高揚をのせた口調で問う。

 なんて答えるべきだろう。

 ウォルト――それともデイヴィか?

 ――名前を答える。ただそれだけのことができない。

 だってこんなぼろぼろと零れ落ちていく記憶なのに――一度は真っ白にまでなったのに。

 代わりに応えたのはラギだった。

「二人共の名前を訊くってことは、こいつを本当にデイヴィとやらと思ってるわけではないんだな」

 落ち着いた冷静な指摘。

 それにはっとして下がっていた視線を上げる。

 ミシェルは困ったような悲しげな顔をして答えた。

「そうですよ。デイヴィは――ずっと昔にいなくなっちゃった子の名前ですから」

「俺はラギ。こいつはウォルト。

 よければその話、聞かせてもらっていいか?」

「はい、もちろん。それでできれば一つお願いをきいて欲しいんです」

 そう言ってミシェルは話し出した。

 デイヴィというのは彼女の祖母レイチェルの幼馴染だった。子供の頃、向日葵が咲き誇る季節、向日葵畑を遠くまで行きすぎてそのまま戻ってこなかった。レイチェルも途中まで同行していたが、途中で立ち止まったため、捜しに来た大人達に運よく見つけられたらしい。

 エル・ワトランディではたまに聞く話だった。大雨が降っているのに川に近づいた、夜の登山で崖から足を踏み外した、そういう話だ。危ない場所に何故愚かにも近づいたと――そういう話だ。

 向日葵が枯れて見通しが良くなった季節になってもデイヴィの痕跡一つ見つからず、デイヴィの家族は次の向日葵が咲く時期が終わる前に村を出て行った。満開の向日葵畑を見ていると、その中からデイヴィが駆け出してくるのではないかとばかり想像してしまい、デイヴィの母親が心を壊しかけたのだ。

 レイチェルもデイヴィのことが忘れられないのは同じだった。途中まで一緒に歩いたのに自分だけが助かったのだから尚更だ。どうしてもっと強く止めなかったのか、後を追いかけなかったのかとずっと後悔していたという。

 デイヴィの家族は村を出て行った。

 けれどレイチェルはこの村で待ち続けた。

「おばあちゃんは今でも待ってるの。デイヴィが向日葵畑から帰ってくるのを」

 成長して大人になって、すっかり老いた今でもなお――

「年寄りは昔の事ばかりを取沙汰すって言うけど、本当にそうみたい。

 歳でもう農作業できなくなってからかな、向日葵の咲く時期は、ずっと庭に椅子を出して向日葵畑を眺めているの。一日中ね。

今ではすっかり物忘れも酷くなっているのに、どうしてデイヴィの事は忘れないのかしら」

 その言葉にはどこか棘があり、表情も不服そうだ。これを美談と捉えられるのは他人から。身内としてはもういない少年のことなど早く忘れて欲しいのだろう。

「それでミシェル、あんたは俺達に何をして欲しいんだ?

 何となく予想はつくが――デイヴィ少年は焦げ茶の髪で青い眼だったか」

「その通り。

 ねぇウォルト。あなた、ちょっとデイヴィの振りをしてくれないかしら」

「は?」

 さすがにその無茶な要求にウォルトは目を丸くする。

「そこまで俺とデイヴィは似てるのか?」

 するとミシェルはあっさりと言った。

「知らないわ。だって私はデイヴィに会ったことがないし」

 ウォルトと同じ、焦げ茶の髪に青い眼。

 おそらくそれだけしか知らないのだろう。

「けど大丈夫よ。おばあちゃんは目も耳も大分悪くなってるし、それにずっと昔の子供の頃の話だもの、きっとばれないわよ。

 デイヴィがいなくなったのはもっと小さい頃だけど、この村じゃないところに出て何年かふらふらしてたってことにすれば問題ないわ。むしろそんなことおばあちゃんは気にしないでしょうね」

「世界の果てでは時間が止まる、果てから抜け出せばまた進む。

 そういうことか? それは面白い解釈だな」

 ラギが興味深そうに目を細め、要旨をまとめる。

 世界の果てまで行って戻ってきたという話は聞いたことがない。果てまで行ったと自慢げに冒険者が語る話のほとんどは、実は果てに辿り着く前に引き返していたのだと言われている。

 だからその解釈を実証した例はないのだが、そうもっともらしく話されればそうかもしれないと、ありえるかもしれないと納得させられていた。そういう世界なのだ、このエル・ワトランディは。

 けれど今はそこが問題ではない。

「……無茶だ。それに騙すことには変わりないだろ」

 どうしてもウォルトは渋る。大体自分にそんな演技など無理だ。

「お願い、きっとデイヴィに会えた方がおばあちゃんの為にもなるのよ。帰ってこないひとをずっと待ち続けるよりその方がいいと思わない? ひとの為になる嘘もあるのよ。

 お願いします、デイヴィの振りをしてください! ちょっとだけでいいから!」

 ウォルトに詰め寄るミシェル。顔の前で祈るように手を組んで目も潤んでいる。

 どうすればいいのだ。ウォルトの方こそ救いを求める視線をラギに投げた。

「やるのはお前だ。自分で決めろ」

 平静な表情を装ってはいるがこれは絶対に面白がっている。

 ――ならいいさ、やってやる。

 それで腹を抱えて笑い転げればいい。

「一目会ったらすぐ出ていく。それでいいならな」

 こうしてウォルトがデイヴィを演じることが決まった。

 ――あるいは。この記憶のない自分はもしかしたらデイヴィかもしれないと、ほんの少しだけ信じて――期待しているのかもしれなかった。


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