1章-1 光採りの森
レイ・アドルセンは、夜の街レノンの長靴通りに面している光屋だった。
扱う光は月の光なら猫の爪より細い一日月か真円の満月まで、星の光も水瓶座、琴座、レイオン座、十字星など一通り取り扱う。採取先が一か所の為に光の種類や光り方の幅には劣ってしまうが、混ざり気のない光の質には定評がある。小さな店内の棚や床には樽が幾つも並び、それには星座の名前が書かれた紙が貼りつけられている。壁や天井には月の光が月齢ごとに束ねられ、斜光布で覆われ吊り下げられていた。
店の奥の作業台ではカンカンカンと金属音のような音が響いている。店主のアドルセンが、板状の三日月の光に錐と金槌で穴を開けているところだった。光を入れる照明具に吊るすための穴だ。細い月は割れやすい。しっかりと固定して慎重に穴を開けていた。金槌を振り下ろすのに合わせて長い尻尾の先が小さく揺れる。アドルセンは猫なのだ。毛並みに艶がないので老齢であることが伺える。遮光眼鏡をつけて火傷防止に厚い手袋、服を光屑で汚さないようエプロンをかけて作業をしていた。
「アドルセンさん、こんばんは!」
店先から朗らかな声がかかる。大きな三角の耳がぴくと反応して、アドルセンは手を止めた。
「ああ、コーディか」
ふと壁の時計に目をやれば、もうコーディが手伝いに来る時間になっていた。
コーディはすぐに奥の作業台に姿を見せる。
明るい茶色の髪に同じ色の眼、猫のようにやや釣り目だが愛らしい顔立ち。それに毛のない白い肌。コーディはこの街では少数種族の人間の娘だ。レノンでは猫が多数派である。
作業台にはまだ穴の開けられていない月の光が積み上げられている。街路灯の光の取り換え時期のため、大量に三日月の注文が来ているのだ。
アドルセンは穴を開け終わった月の光を取り上げて光屑をハタキで払うと、作業済の光が積まれた山に加えて顔を上げる。
「今日も一人で頼めるか?」
「はい、任せてください。もう一人でも大丈夫ですよ!」
「そういった軽口が出てくるうちは念を押さずにはおれんよ」
「う。なら次からは何も言いません」
「口にしなくても思った時点で同じことだ。日々精進していることは認めるが。
――今日は何をとってくるよう頼んだか覚えているか?」
渋い顔をしていたコーディはぱっと表情を明るくして得意げに頷く。
「五日月を四十枚と、鷲座を樽一杯でしたよね?」
「そうだ。それと鍋座も樽一杯頼みたいんだが、できるか? 今日まとめて売れて底をつきそうなんだ」
「大丈夫ですよ。調達場所はすぐそこなんですから、往復して運びます」
「そうか。では頼む」
「はい」
微笑ましいほどに力強くコーディは頷いた。
作業台のさらに奥の廊下に小走りに向かっていくコーディの背を見送ると、アドルセンは作業台に視線を戻して月の山に手を伸ばした。
この三日月の光も全てコーディがとってきたものだ。老齢になる前のアドルセンに比べれば採取時間はかかるものの、光は波打っておらず厚さも均一。形も申し分ない。月や星の光に関する知識見識はまだ足りないが、子供ならこれから覚えればいい。
いい光採りになるだろう。
奥から扉を開けて閉める軽快な音が耳に届いた。
繋がれたその扉の向こう。
――そこには至高の星空がある。