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僕と親友のよしなしごと

敬意を込めて、君に仕返し

作者: 神近由恵

 部屋を満たす、携帯の着信音。まだ夜も明けてないというのに、いったい誰だろう。

 僕は布団から腕だけ伸ばして、携帯を掴む。光る画面が寝起きの目に痛い。

「めいわくめーる……くそ」

 削除。

「目、覚めたし……はぁ」

 ひとつ、ため息をつく。幸せが逃げるぞ、と言う友人の声が蘇ってきて、苦笑してしまう。なんだかんだで一緒にいるんだよな。

 きっかけはなんだっただろうか。入学してすぐ、席が前後、という理由で彼が話しかけてきて。なんとなく、中学時代の思い出だとか、趣味だとか、とりとめもない話をして。実は同じ中学校の出身だったとか、趣味の一致だとか、そういうことはなかったはずで……。

「本当に、どうしてだよ……」

 彼はド文系、僕は……たぶん、理系。成績の善し悪しを抜けば、こっちの方が自分のやりたいことにあってるしな、うん。この間渡された成績表も相変わらずオール3で、いい加減しろと突っ込みたくなってしまった。あいつもあいつで、数学の成績は1のままだったっけ。進級できるのか本気で心配してたけど、とても爽やかな笑顔で「来年も同級生だな」なんて言ってきたし、大丈夫だったようだ。

 ともかく、はた迷惑なメールのせいで目が冴えてしまった僕は、空腹を訴える腹の虫に従って階下のキッチンへ行くことにした。音を立てないように階段を下りて、静まり返ったキッチンに足を踏み入れる。床の冷たさがいつもより増している気がした。そのまま奥へ進んで冷蔵庫を開けると、鮮やかな黄色の果実が目に入る。

「レモン? こんなのあったかな」

 ひとつ手にとって、意味もなく眺めてみる。特有の香りが鼻孔をくすぐった。流石にこんなにすっぱいものは食べられないかな。そう思って、冷蔵庫に戻す。そして、母さんがどこかから貰ってきたらしい洋菓子を一つ取って部屋に戻った。

 ベッドに腰掛けて、持ってきた洋菓子を口にする。甘さは控えめで、僕の好きな味だった。咀嚼しながら、枕元に置きっぱなしにしていた携帯に手を伸ばす。時間を確認して眉を顰めてしまったのは、まぁ、仕方ないだろう。時刻は午前三時三十分。寝直すには微妙な時間だった。かといって、夜明けまで時間を潰せるようなこともない。

「あいつみたいに熱中できる趣味なんてないしね、僕は」

 再び頭によぎるのは、友人の顔。文芸部に所属していて、物語を書く事を何よりも楽しみにしている彼を、僕は少しだけ尊敬している。生きてきた時間は僕と同じくらいのはずなのに、その手でたくさんの世界を生み出してしまう彼は、時々遠い存在に思えて、そんな時に尊敬の念を覚えた。

「物語、ねぇ」

 人生全てが物語のネタだ、と彼は言った。僕の人生はどうだろう。物語に成り得るだろうか。そうしてかえりみる16年は、長いようで、短いようで、不思議な感覚に陥った。僕が生まれた田舎町、不思議な噂話、引越し、新しい住居、人の多い学校、喧騒、出会いと別れ。ひとつずつ挙げていくとキリがない。自分で思っていた以上に色々なことがあって、なるほど確かに、これは物語の題材にもできそうだ、と納得する。納得したところで、僕にこれらを物語へ昇華させうる程の技量は、無いのだけど。

「……やっぱり」

 凄いな。

 なんでか少し悔しいから、声には出さないし、絶対に本人に伝えることもしないけど。小さくため息をつく。あぁ、だんだん友人が憎らしくなってきた。仕返ししたい。理不尽だとかそういうのはこの際無視してやる。

 がりがりと頭をかきむしって、ふと顔を上げてみると、カレンダーがちょうど正面にあった。日めくり式のそれが示す日付は3月31日。だけどもう日付が変わっているから、つまり。

「エイプリルフール、か」

 絶好のチャンスじゃないか。その事実に気づいて、僕は笑みを零す。

「まだ寝てるだろうけど……まぁ、いいか」

 今回ばかりは友人の都合も気にせずにやらせてもらおう。いいよね、と、誰に許可を取るわけでもないのに呟く。そして、口の端を歪ませたまま、僕は携帯を開いた。

 さて、どんな言葉であいつを騙してやろうか。

遅刻です。すみません。


この話で『僕と親友のよしなしごと』は一区切りになります。進級してからも書く、かなぁ。きっと。

けれど書いたとしても、実は次の日曜日は文化祭でして、現在多忙を極めております故、9月1日の更新はお休みさせていただきます。


また再来週に、よろしくお願いします。

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