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厨二病シリーズ

厨二病の兄と偽者の始まり

作者: さくま

10月になるとあたしは複雑な気持ちになる。


全ての始まりのあの日を、お兄ちゃんがあたしの偽者になった日を思いだしてしまうから。


現在のお兄ちゃんはクラス内で、ううん、学校内で浮いている。


厨二病のお兄ちゃんはクラス内でもアンタッチャブルな存在で、あたしや花子ちゃんを除けば用もないのにお兄ちゃんに話しかける人などほぼいないと言ってもいい。


友達はあたしとお兄ちゃんが兄妹だと知ると


「あんなのが兄なんて可哀想」とか「あれの妹だって秘密にした方がいいよ?」


とか同情や憐れみの言葉をかけてくる。


人の身内をよくそこまでボロクソに言えるものだと思わなくもないけど、そういう時は愛想笑いをすることにしている。


スペック的にはお兄ちゃんは悪くない。容姿だって整っている方だし、勉強も出来るし、性格だって優しくていざという時とても頼りになる。


厨二病さえなければお兄ちゃんは学校内カーストのトップに立ってもおかしくないほどのスペックは持っているのに。


あたしはお兄ちゃんに救われた。お兄ちゃんとの約束があったからこそ今のあたしは存在する。


でもふと思う時がある。お兄ちゃんのためを思うなら、あんな約束はしない方が良かったのかなって……




×××



あたしには生まれたときから前世の記憶があった。


前世のあたしは地球とは全くの別世界に生まれた魔法使いだったみたいで、物心がついた時にはあたしも魔法という奇跡が使えるようになった。


魔法という奇跡に加え、別世界の知識とはいえ大人の知識があるあたしは何でも出来た。


勉強だって高校レベルの物なら5歳の時点で理解出来たし、運動だって魔法を使えば100メートルを1秒で走ることだって出来た。


おまけにあたしは猫被りが上手くて、5歳にして近所の子供達のお姉さん的ポジションを獲得した。


大人からは可愛がられ、子供達からは憧れの存在となる。


誰もがあたしのことを褒めて、誰もあたしには敵わない。


5歳のあたしにとって思い通りにならないことなんてなくて、あたしの名前のように世界はあたしを中心に回っているとさえ思っていた。


あたしが何か欲しいと言うと大人も子供も何でもあたしにくれて、皆があたしのいう通りに動いてくれた。


そんな中、唯一あたしの思い通りにならない忌々しい存在がいた。


それはあたしの双子の兄である宇宙。


この兄はあたしと顔さえ似ているものの、その能力はあたしとは比べるのが可哀想なくらい劣っていて哀れみの感情すら抱いていた。


魔法という奇跡も持っていないし、勉強も運動も5歳児レベルの能力しかもっていない凡人そのものの兄。


そんな兄はあたしにとってうっとおしい存在だった。


何せあたしがどこに行こうとしてもカルガモの子供のようについてきて、あたしが我儘をいう度に凡人の分際であたしに注意してくる。


例えば喉が渇いたから近所の叔父さんにジュースをねだろうとすると、


「せかいちゃん、おじさんにそんなわがままいったらだめだよ?もうすこしがまんしようね?」


とかいって兄貴面してあたしの邪魔をしてきたり、


ぶりっ子しまくって両親にやっと5千円もする果物を買ってもらえそうだったのに


「ぼくたちはまだ5さいだからそんなにたかいのはいらないよ。もっとやすいのでいいよ」


と宇宙のせいで買ってもらえなかったこともあった。


誤解しないで欲しいのだけれど、あたしは兄を嫌っている訳ではない。


うっとうしくはあるけれども、あんなのでも身内ではあるし情もある。


兄貴面してあたしの傍をチョロチョロと動き回る姿は可愛いと言えなくもないし、好意的に感じることすらある。


ただその好意は妹が兄に向ける物や人が他人に対して抱く物と違って、圧倒的上位者が下位者に向ける物。


例えるなら飼い主がペットに向ける好意に近い物ではあったけど。


5歳のあたしにとって肉体能力も頭脳面でも大幅に劣る同年代の子供達は同じ人間だとは思えなかった。


兄を含めてあたしの周りにいる子供達はあたしの引き立たせ役でしかなくて、あたしの優秀さを周囲に見せ付ける為の駒でしかなかった。




×××




「ねぇー世界ちゃん。宿題一緒ににやらない?」


「世界はおれたちとドッチボールするんだぞ!!」


小学生になっても相変わらずあたしは皆の中心だった。


両親からも担任教師からも強い信頼を得ていて、クラスメイト達からは男女問わずアイドル並の憧れを抱かれている。


あたしは男女問わず皆から好かれていたから、そのせいか放課後や休み時間にあたしの取り合いで揉めることが少なくなかった。


そんな時は「あたしの時間をお前らが勝手に決めてんじゃねえよ」と内心で思いながら困った顔で笑うことにしている。


あたしは皆の中心だからどちらかの味方をするわけにはいかないし、クラスで揉めた時はあたしが何かしなくても代わりにしてくれる人がいたから。


「だったら皆でしゅくだいをやったあとにドッチボールをするのはどうかな?宿題はどうせやらなくちゃいけないことだし、皆でやったほうが早く終わると思うんだ。ぼくはその方がいいと思うんだけど、世界ちゃんはどう思う?」


宇宙は決して目立つタイプではなかったけど、あたしの兄ということもあり男子からも女子からも一目おかれていた(宇宙と仲良くしておけば妹のあたしと接点が持てるという子供ながらの下心があったと思うけど)。


あたしを円の中心とするなら宇宙は円を外から眺めて円が真円になるように調整する役。


宇宙の上手い所は最後にあたしに追認を求めるところ。


皆あたしに嫌われたくないから、あたしが


「それがいいと思うわ。皆で宿題をやった後にドッチボールで遊びましょう」


と言えば


「「世界(ちゃん)がいうならそうしよう!!」」


と揉め事が丸く治まる。


宇宙はあたしのように皆の中心となって引っ張っていくタイプではなかったけど、影から皆のことをそっと見守り影ながら手助けする縁の下の力持ちタイプだった。


宇宙は相変わらずあたしよりも能力は大幅に劣っていたけど、少なくとも愚かではなかった。


あたしの中で宇宙はペットから便利な手下に格上げしていた。





そんな平穏な日常のある日、クラスに転校生がやって来た。


転校生の名前は君島マリア。


日米ハーフの輝くような金髪を持つ女の子でお世辞にも明るいタイプとは言えない子だった。


小学生にとって転校生とは好奇心をそそられるもの。ましてや相手はハーフとはいえ外国人顔の金髪の女の子。日本育ちで英語は全く喋れないみたいだったけど、そんなことは小学生にとって関係はなかった。


休み時間や放課後になると皆こぞって転校生の机に集まって彼女のことを質問ぜめにした。


「ねえねえ、どこからきたの?」

「なんでウチの学校にきたの?」

「おれ英語知ってる!ハロー!アイムファインセンキューエンドユー?」


君島さんは皆の注目を浴びていることが恥ずかしくてしょうがないみたいで、ボソボソと聞き取れないくらい小さな声で呟いていた。


「えっと……その……」

「パ……の……」

「…………………」


そんな君島さんの態度に皆興味から一転、彼女の内気な態度にイライラしているのが近くでみていたあたしにはわかった。


それに子供特有の素直さとでもいうべきか、皆イライラしているという態度を隠そうとしない。


君島さんはそんな皆の態度にますます萎縮してしまいついには何も答えることが出来なくなっていた。


あたしはそんな彼女を表面では困ったような顔をして、だけど内心では喜びながら黙って見つめていた。


"皆の質問にも答えられない困った転校生"に手を差し伸べればまたあたしの株が上がる。


"皆をイライラさせる転校生"にも優しくすれば皆があたしのことを褒めてくれる。


そんな計算の元、あたしは君島さんに手を差し伸べるタイミングを図っていた。


廊下から此方に向かって歩いてくる音が聞こえる。この時間から考えるに、恐らく先生の足音だろう。


今君島さんに手を差し伸べればクラスメイト達からの株も上がるし先生からの株も上がる。まさに一石二鳥。


あたしが最高のタイミングで君島さんに声をかけようとしたとき、あたしより早く君島さんに声をかけた人物がいた。


「そんなに大勢でかこんだら君島さんもこまっちゃうよ。それにみんな質問ばっかで自己紹介もしていないよ?まずは君島さんに名前をおぼえてもらわなくちゃ。ぼくの名前は八千塚 宇宙っていうんだ。これからよろしくね?」


クラスメイト達のイラダチの視線を隠すように君島さんの真正面にたった宇宙は優しげな声で君島さんに話しかけていた。


君島さんも最初は俯いていたけど、そんな宇宙の優しげな声に反応してようやく口を開いた。


「……うん。えっと、はっせんづかくん?……これからよろしく」


「ぼくを呼ぶときはソラでいいよ。だからぼくもマリアちゃんってよんでいい?」


「……うん!!よろしく、ソラくん」


そんな和やかな雰囲気の二人を尻目に、クラスメイト達は乱入してきたのが宇宙だということもありどうすればいいか困惑しているみたいだった。


横からいきなり乱入してきて転校生という興味の対象の視線を自分達から奪った宇宙が妬ましくて。


でもあたしの兄である宇宙にイラダチをぶつけるわけにはいかなくて。


クラスメイト達はまだ明確に定義できない独占欲や妬み・嫉みといった感情をもてあましてどうすればいいのかわからない様子だった。


声をかけるタイミングを宇宙に奪われたあたしは次の手を考えていた。


このまま宇宙に便乗してあたしも君島さんに声をかけるべきか。


それとも感情をもてあますクラスメイト達に声をかけてなだめるべきか。


どの手を打てばもっとあたしの株が上がるのか悩んでいる内に先生が教室に来てしまい、この日のことはうやむやになった。





次の日から君島さんは宇宙にべったりになっていた。かつてはカルガモの子供のようにあたしの後についてきた宇宙のように、君島さんはどこにいくのにも宇宙のあとをついて回っていた。


転校生で頼れる友達がいなく、なおかつ皆のイラダチの視線を向けられている状況で救いの手を差し伸べてくれた宇宙は君島さんにとって重要な存在になったのだろう。


宇宙もまた自分を頼ってくる君島さんに優しく接し、まだ友達が出来ない君島さんのために出来るだけ傍にいるようにしているみたいだった。


クラスメイト達はそんな二人を放置していた。


クラスメイト達は"転校生"という立場にこそ興味はあるものの"君島マリア"本人に対してはそこまで興味をもっていない様子だったし、宇宙はあたしの兄ということで一目おかれているだけでクラス内でも人気の存在というわけではなかった。


だからクラスメイト達からしてみればモブキャラ二人が仲良くなろうとあまり興味がわかないといった感じだったのだろう。


あたしとしては仲良くする宇宙と君島さんを見て、はっきり言えばいい感情はわかなかった。


今までは宇宙なんてそこまで執着するような存在ではなかったはずなのに、君島さんとべったりな宇宙を見て強烈な執着心を抱いていた。


それは幼い子供特有の独占欲で、あたしの持ち物を君島さんに取られてしまったような気がしたのだ。




×××




最近のあたしは酷く機嫌が悪かった。今までは全部あたしの思い通りにいった最高の環境だったのに、何故か君島さんと一緒にいる宇宙を見ると酷くイライラする。


「世界ちゃんってほんとうにきれいだよね~。あたしも世界ちゃんのかみがたマネしちゃおうかな」

「なあおれといっしょに遊ぼうぜ?ぜったい楽しいから」


だから普段なら気にも止めないクラスメイト達の誉め言葉も遊びの誘いも酷く気に障った。もちろんイライラしているという態度を表には出さないけど、クラスメイト達に対する返答がついついおざなりになってしまう。


「いいんじゃない?」

「放課後は予定があるから」


クラスメイト達も幼いながらの本能であたしが不機嫌だということがわかったのだろうか、あれだけあたしに纏わり着いていた彼らは口を閉ざし何だか周囲の空気が重くなった気がした。


普段のあたしなら重くなった空気をどうにかしようと対処するはずだけど、不機嫌なあたしは対処をする気力がわかなかった。


あたしの傍にいながら気まずそうに黙り込むクラスメイト達にもイラダチがわいてきて、ふと視点を外すとそこにはあたしの機嫌をますます傾ける光景が広がっていた。


「ねえ、ソラくん。今日の宿題一緒ににやらない?」


「あ、マリアちゃん!うん、もちろんいいよ。じゃあほうかごに図書室でやろうか」


あたしがこんな目にあっているのに楽しそうに君島さんと話している宇宙。


あたしのことなんて眼中にないと一心に宇宙を見つめる君島さん。


そんな二人にますますイラダチの感情が募ってしまって、あたしはこの二人の邪魔をしたくなった。


「ねえ宇宙。放課後にデパートに行きたいから付き合ってくれない?」


突然のあたしの声に宇宙は一瞬だけ驚いた様子を見せたけど、すぐに宇宙は穏やかな笑顔を浮かべてあたしの問いに返事をした。


「ごめんね。ほうかごはマリアちゃんといっしょに図書室でしゅくだいをやるつもりなんだ。だから世界ちゃんといっしょにはいけないよ」


宇宙に……というかあたしの誘いが誰かに断られるなんて初めてのことだった。


両親もクラスメイト達も近所のおばさんですらあたしをがどこかに行きたいというと喜んでついてきたのに。


軽いショックを受けながら何でもない様子を取り繕いあたしは次の手を打った。


「そうなの?それは残念ね。あ、じゃああたしも図書室に行ってもいいかな?あたしも早く宿題を終わらせたいし。ねえ、君島さん?あたしも行ってもいい?」


ソラ以外には未だに人見知りをしている君島さんはあたしの問いかけに酷く戸惑った様子で、宇宙の服の裾をぎゅっと握りしめて俯きながら返事をした。


「あ……えっと、……うん。いい……よ?はっせんづかさんが……その、よかったら」


彼女の人見知りにも、あたしの手下の宇宙を頼りきっているその様子にもあたしは酷くイラ立った。


そしてそのイラダチは頂点に達してしまい、あたしはそのイラダチを彼女にぶつけた。


「やっぱりいいわ。図書室で君島さんと一緒にいたら皆に変に思われるから」


「……え?……そ、それは……ど、どういういみ?」


「だって君島さんって変じゃない?その金髪も外人風の顔も皆と違うもの。皆と違うってことは変ってことなのよ。そんな君島さんと一緒にいたらあたしまで変に思われちゃう」


一瞬、教室に沈黙が流れた。そしてすぐに君島さんは溢れ出る涙を隠すように机にうつ伏せになった。


あたしはそんな君島さんを見て言い過ぎたかもしれないと思わなくもなかったが、うつ伏せで泣く君島さんを見て嗜虐心を覚えてイラダチが収まったのがわかった。


だからだろう。あたしは横からくる平手に気付かなかった。


――パシッ!!


「マリアちゃんになんて事をいうんだ!!マリアちゃんにあやまりなさい!!世界!!」


優等生だったあたしは今までに両親にすら怒られたことなどなかったし、ましてや殴られたことなどなかった。


誰かに頬をはたかれたことは初めての経験だった。


だけどあたしはそのことにショックを受けるよりも"宇宙に怒られた"という事実にものすごい衝撃を受けた。


あたしにとって宇宙は絶対に怒らない存在だった。


あたしがどんなに我儘を言っても、あたしがどんなに理不尽なことをしても宇宙はあたしをたしなめることはしたが決して怒るようなことはしなかった。


そんな宇宙が怒り顔であたしを睨みつけている姿がとても怖くて。


耳に入る押し殺した君島さんの泣き声が胸に痛みをもたらして。


どうすればいいかわからずパニックになったあたしはその場から逃げ出した。




どれぐらい時が過ぎたのだろうか。


学校を飛びだしたあたしは家に戻る訳にもいかず、がむしゃらに走ったせいで自分が今どこにいるのかわからない状況になってしまった。


辺りを見渡しても周囲の光景に見覚えはない。夕日ももう沈みかけていて夜になりかけている。


魔法を使えばすぐにでも家に帰ることは出来ただろう。


だけど今のあたしはパニックと迷子になった不安でそんなことを思い付く余裕はなくて。


今のあたしはただの迷子の子供と変わりはなかった。


迷っているうちに夜になってしまった。


あたしがいる辺りには灯り一つなく真っ暗で、遠くの方にぼんやりと街灯が一つだけ光っているのが見えた。


あたしは光がある方へ歩きだした。


でも子供の足ではどんなに歩いても中々街灯までつかなくてあたしは暫く暗闇の中を歩くことになった。


暗闇の中を歩いていると他の感覚が鋭敏になってくる。


――ガサガサ


――リーンリーン


――タッタッタッタ


風の音に虫の鳴き声に人の足音。


普段ならなんてことのない音のはずなのに、暗闇の中で聞くとそれらの音には恐怖しか感じなくてあたしの心を不安にさせる。


「……ちゃん!……かい!」


誰かがあたしを呼んでいる気がする。


こんな誰もいない場所であたしの名前が聞こえるはずなどないはずなのに。


おそるおそる後ろを振り向くとそこには闇色が広がっていて誰の姿も見えない。


もう一度よく目を凝らすと暗闇の中にうっすらと人影が見える。そして同時に聞こえる此方に近付く足音と叫び声。


「………!!……!!」


声はどんどん近づいてくる。人影があたしに向かって手を差し出している気がした。


に、逃げなきゃ!


そう思って前を向いて走りだそうとした時、ガシッと肩を強く握りしめられたのがわかった。


不審者に捕まった場合にどう対処するかは頭の中で何度もシュミレートしていた。


こういう場合、想像の中のあたしは全速力で逃げるなり魔法を使って反撃するなりいつだって冷静にピンチを対処していた。


でもいざ実際に不審者に遭遇してみると恐怖のあまり心も体も硬直してしまい、声をあげることすら出来ずあたしはその場で踞ることしか出来なかった。


「……ごめんなさいごめんなさい。やだよぉ。助けてよ……パパ……ママ………………お兄ちゃん……」


前世の知識がある分、誘拐された子供がどのような目に合うかは知っていた。


前世では誘拐された子供の殆どは奴隷や娼婦に落とされたり、最悪の場合は殺されることも珍しくなかった。


あたしの頭の中では最悪の事態を想定していた。


もう家族には会えないかもしれない。


そう思ったら頭の中に浮かんでくるのは頼れるパパ、優しいママ、そして困ったように優しく笑う宇宙の顔。


……最後にもう一度宇宙の顔が見たかったな。


あたしが全てを諦めた時、その声は聞こえてきた。


「どうしたの世界ちゃん。きゅうにしゃがむからビックリしたよ。もしかしてぐあいわるいの?だいじょうぶ?」


振り向くとそこにあったのは困ったように優しく笑う宇宙の顔。


その笑顔を見た瞬間に恐怖も不安もどこかにいってしまって、その代わりに目からどんどん暖かいものが溢れてくる。


「う……うぁあああああああん!よ、よかったよぉぉぉぉ!ご、ごべんだだい………。うぁぁぁぁん!」


「わ、わ!ど、どうしたの!そんなにぐあいがわるいの!?きゅ、きゅうきゅうしゃよぶ?」


困ったような宇宙の声も聞こえてきたけど、ただ宇宙にもう一度会えたことが嬉しくてあたしは感情の赴くまま泣き散らした。






あの後、宇宙は泣きじゃくるあたしを家まで連れていってくれた。


宇宙は学校から飛び出したあたしを心配してずっと探していてくれたらしい。


パパとママにも随分と心配をかけてしまった。


何せ二人にしてみたら宇宙もあたしもいなくなってしまったのだ。


警察にも知らせたみたいだし、ママなんてあたしと宇宙が姿を見せたらその場で泣き出してしまったぐらいだ。


後であたしも宇宙も死ぬほど怒られたけど、両親にまた会えたことが嬉しくてあたしはまた泣いてしまった。








町中を走った上に大声で泣いたせいで今日はぐっすりと眠れそうだった。


ベッドに入ったらすぐに瞼が重くなってくる。


だけど眠気があたしを襲う前に、あたしにはどうしても隣にいる宇宙に聞いておきたいことがあった。


「……ねえ、宇宙。どうしてあたしを探してくれたの?」


「え?それってどういういみ?」


「だって宇宙はあのときにとても怒っていたわ。あたしも君島さんに酷いことを言ってしまったし……」


あたしがそう言うと宇宙はすぐさま答えてくれた。


「ああ、そんなこと。だってぼくは世界ちゃんのお兄ちゃんだよ?お兄ちゃんが妹をしんぱいするのはあたりまえじゃないか」


当然のようにそういう宇宙にまた心が暖かくなってきて。


あたしは何を言えばいいのかわからなくなってしまった。


「なにそれ。意味わかんない。………………ねえ、明日君島さんに謝りたいと思うのだけれど一緒に謝ってくれる?」


「もちろん!!マリアちゃんもきっとゆるしてくれるとおもうよ」


「……………………ありがとう、宇宙。ううん………ありがとう、お兄ちゃん」


「うん!!」


そこにいた宇宙はペットでも手下でもなくて。


この日から宇宙はあたしにとって本当の意味での"お兄ちゃん"になった。




×××




翌日の朝。いつもより30分早く家を出たあたしはお兄ちゃんと一緒に君島さんの家の前にいた。


どうやって謝ろう。君島さんは許してくれるのだろうか。


最悪の想像が頭に浮かんできてインターホンを押すのを躊躇ってしまう。


「世界ちゃん。インターホンはぼくが押すよ」


お兄ちゃんがインターホンを押すと君島さんのお母さんの声が聞こえてきた。


「マリアちゃんと同じクラスの八千塚といいます。マリアちゃんと一緒に学校にいこうとおもって今日はきました。マリアちゃんはいますか?」


その後家の中でガタガタと慌ただしそうな音が聞こえてきて玄関の扉が開く。


お兄ちゃんの顔を見たマリアちゃんは嬉しそうに笑ったが、その横にいるあたしの顔を見ると恐怖に顔を歪めて俯いてしまった。


そんな君島さんを見てあたしはどうすればいいのかわからず戸惑ってしまう。


だけど横から「がんばって」と小さな声で励ましてくれるお兄ちゃんに勇気をもらい、あたしは一歩踏み出した。


「……今日は君島さんに謝りたいと思ってきたの。……昨日はあんなこと言ってごめんなさい!!」


あたしの突然の謝罪に君島さんはビックリして何も答えなかった。


「それでね、君島さんにあたしからお願いがあるの」


「お……ねがい?」


あたしの言葉に君島さんが警戒するのがわかった。


その態度にくじけそうになるが、勇気を出して今朝からずっと考えていた言葉を口にする。


「あたしと友達になってくれないかな?あたしのことは世界でいいから、あたしもマリアって呼んでもいい?」



君島さんは目を丸くして驚いていたが、すぐさま嬉しそうに返事をくれた。


「うん!!」


その満面の笑顔にあたしまで嬉しくなってしまって、あたしと君島さんは……あたしとマリアは二人で笑いあった。そんなあたし達を見てお兄ちゃんまで笑顔になっている。


この日あたしに初めて友達が出来た。便利な駒でもなく引き立たせ役でもなく、あたしから望んだ友達が。


昨日はあたしに"お兄ちゃん"ができて今日は"友達"ができた。


「世界ちゃん、どうしてそんなに笑っているの?何か楽しいことでもあったの?」


「うん?ンフフフフ!ひーみつ!さ、お兄ちゃんもマリアも学校に行こう?早くしないと遅刻しちゃうよ?」


「あ、待ってよ世界ちゃん!ほら、マリアちゃんも急ぐよ!!」


「うん!!」


この後に何が待ち受けているかなんて考えもせず、あたし達は笑顔を浮かべながら学校に急いだ。


――普通の子供とは言えないあたしはもう少し考えるべきだったのだ。


――クラスのアイドルを、円の中心を自覚していたあたしは自分の影響力を考えるべきだった。


そうすればあんなことは起こらなかったかもしれなかったのに……




×××




学校に行くといつもと空気が違っていた。何が違うのかはわからなかったが、それでもいつもと違うということはハッキリとわかった。


でもマリアと和解できて浮かれていたあたしはそれらを無視していつものようにクラスメイト達に挨拶をした。


「皆、おはよう!!昨日は何かごめんね」


「おはよう、世界ちゃん。ぜんぜんきにしなくていいよ」

「おう!おはよう世界。きのうはたいへんだったな。だいじょうぶだったか?」


クラスメイト達はあたしの挨拶にいつものように返事をしてくる。


そこに違和感は感じられない。


なんだ、あたしが感じた違和感は気のせいか。


あたしがそう判断したとき、マリアがおずおずと声をあげた。


「あの、あたしのつくえが……ないんだけど……、どこにあるか、しらない?」


「え?マリアの机がないの?」


「うん……」


あたしが見ると昨日まで確かにあったマリアの机がなくなっていた。


ふと嫌な空気を感じた。慌てて周囲を見渡すとお兄ちゃん以外のクラスメイト達がニヤニヤしながら困っているマリアを見ているのがわかった。


「ねえ、みんな!マリアの机がないんだって。どこにあるか知らない?」


あたしの質問にもクラスメイト達はニヤニヤ笑いを崩さず、嫌な笑いを浮かべたまま答える。


「ええ~?わたしは知らないよ~?きみしまさんが自分でどっかにやったんじゃないの~!?」

「俺も知らねえな。それよりもうすぐじゅぎょうはじまっちゃうぜ」


あたしもマリアもお兄ちゃんも君島さんの机をどこかにやったのはクラスメイト達だとわかったが、何故彼らがこんなことをするのかわからなくて戸惑うことしか出来なかった。


結局マリアの机は見つからず、お兄ちゃんが先生に言って代わりの机を持ってきたことで解決したがこの日から彼らのマリアに対するイジメは激化していった。


下駄箱にゴミ・持ち物がなくなる・無視・わざとマリアに体をぶつけたり転ばせたり.etc


ありとあらゆる嫌がらせがマリアに対して行われた。


あたしとお兄ちゃんは出来る限りマリアのそばにいてマリアを守ろうとしたけど、相手はクラス全員ということもあり中々有効な対処を打つことが出来なかった。


一度は先生に相談したこともあったけど、あたし達以外のクラスメイトが全員グルということもあり、イジメを立証することが出来なかった上に先生にチクったとイジメを激化させるだけだった。




マリアに対するイジメが1ヶ月にもなったとき、憔悴しきったマリアが死んだような目で呟いた言葉は未だに耳に残っている。


「ソラくん……世界……わたし何かしたのかなあ?みんなになにかいやなことしちゃったのかなあ?……なんでこんなことになっちゃったんだろう……」


そう呟いた次の日からマリアは学校に来なくなった。


両親にも先生にも一言も喋らず、ただ無言で部屋に引きこもっているようだった。


あたしもお兄ちゃんもマリアのお見舞いに行ったが、マリアはあたし達にすら口を開いてくれず彼女の心の傷の深さを思いしるだけだった。


「マリアちゃん、大丈夫かな?なんでみんなあんなことをするんだろう……。ぼくにはりゆうがわからないよ」


マリアが学校に来なくなってからお兄ちゃんも元気がない。もちろんあたしも。


だけどマリアが学校に来なくなった原因であるクラスメイト達は相変わらず楽しそうに笑っていて罪悪感など欠片も感じていない様子だった。


あたしは自己強化・自然操作など色々な魔法を使えるが、魔法が使えると知った日から一度も使っていない魔法がある。


それは他人を操作する魔法。


あたしは本能的にそれらの魔法がおぞましいとわかっていたし、やってはいけないことだと理解していた。


だけど人一人を苛めて何の罪悪感を感じていないクラスメイト達にあまりにも腹がたって。


あたしは彼らに操作魔法を使うことを決意した。





放課後、あたしはクラスメイト達に残るように声をかけた。


お兄ちゃんは先に家に帰してあるし、教室に誰か来ないように人払いの魔法をかけた。


あたしの操作魔法にかかったクラスメイト達は催眠状態に近い状態になっている。


今ならあたしが質問すればどんな質問にも答えてくれるだろう。


「マリアをあたしとお兄ちゃんを除くクラス全員で苛めたわね?」


「「はい……」」


この答えは予想通り。操作魔法がかかっていることは確認出来た。


だからあたしはずっと彼らに聞きたかったことを質問した。


「どうしてマリアを苛めるの!?マリアはあなた達に何もしていないでしょう!?」


「「……だって、変だから」」


「え?」


「「世界ちゃんがいった通りわたしたちも君島さんが変だとおもったから。さいしょは軽い気持ちでいじめたけど、泣いている君島さんのはんのうがおもしろくて楽しくなったから」」


あたしはショックを受けた。


あたしがマリアを変だと言ったことが全ての始まりだったなんて……


「じゃあ、じゃあ……マリアが学校に来なくなってどう思ったの!?罪悪感とか、マリアに申し訳ないとか思わなかったの!?」


「「別に。みんなとちがう変なのが学校にこなくなってせいせいした。君島さんはうじうじしてイライラするし、学校にこなくなってよかったとおもった」」


前世の記憶があるあたしは人間には醜いところがあることを知識として知っていた。


でも知識として知っているのと実際に体感するのとでは大違いで。


マリアが学校に来なくなって良かったといいきる彼らがあたしには同じ人間だとは思えなかった。


体がブルブルと震えてくるのがわかった。目の前にいるクラスメイト達が化け物のように思えてきて、あたしは彼らを放ってその場から逃げ出した。





どうやって帰ったのかわからないが気が付いたら部屋にいた。


教室でのクラスメイト達の言葉が頭をよぎる。


『世界ちゃんが変だといったからいじめをはじめた』


彼らは確かにそう言っていた。


つまり、マリアがあんな目にあっているのは全部あたしのせいなのだ。


あたしがマリアに変だと言ってしまったからイジメのきっかけを作ってしまった。


だったらあたしが解決をするしかない。このことはお兄ちゃんにだって相談出来ない。


でもどうやって解決をすればいいのだろう?


先生に言っても、あたしが止めるように言っても効果はなかった。


……ここは魔法しかないのかな?


その結論に至った時、ふとクラスメイト達の言葉が頭をよぎる。


『みんなとちがう変なのががっこうにこなくなってせいせいした』


――魔法を使えるあたしは皆と違う変なのではないか


――魔法を使えることがばれたらあたしもマリアみたいにいじめられるのか


彼らの悪意があたしの目の前にある気がして、その日は悪夢でうなされることになった。





翌日から心の底から湧き上がる恐怖と不安を押しころしながらあたしはクラスメイト達に魔法を使うことにした。


あたしはマリアに向かって変だなんて言っていないし、クラスメイト達もマリアを苛めたなんていう事実はなかった。


あたしは細心の注意を払って彼等一人一人の記憶をそういう風に書き換えた。


それはとても大変な作業だった。クラスメイト全員の頭を触らないと記憶操作は出来ないし、クラスメイト達だけでなく先生の記憶もいじらなければいけないからとても苦労した。


初めての記憶操作をいうこともあり、失敗してしまったこともあったけどマリアとお兄ちゃん以外の全員の記憶を書き換えることに成功した。


ここからが問題だった。マリアは家に引きこもっているから接触するチャンスがないし、あたしはお兄ちゃんの記憶を書き換えるということに抵抗感を覚えていた。


お兄ちゃんの記憶操作は後回しにしてとりあえずマリアからどうにかしよう。


そう考えたあたしは一人マリアの家に向かうことにした。






「あなたは確か以前にもお見舞いに来てくれた八千塚世界ちゃんよね?どうしてここにいるの

?世界ちゃんのお家はこっち方面ではないでしょう?」


マリアの家に近づくと突然後ろから声をかけられた。振り返るとそこにいたのはキレイな外人のお姉さんで、それはマリアのお母さんだった。


「あ、マリアのお母さん。えっと、今日はその……」


まさか娘さんの記憶を操作しにきましたとは言えず戸惑うあたしを無視しておばさんは話しを進める。


「あ!もしかしてマリアのお見舞いに来てくれたの!!嬉しいわ!世界ちゃんといい宇宙くんといいマリアにはこんなに良いお友達が出来て。今日は宇宙くんもお見舞いに来てくれているのよ。マリアも二人が来てくれればきっと部屋から出てくれるはずだわ!!」


お兄ちゃんがいるというのは非常に都合が悪い。放課後にみかけないと思ったらまさかマリアのお見舞いに来ているとは……


引き返そうとは思ったけど、娘の友達が来たと嬉しそうに笑うおばさんの笑顔が胸に響いて「都合が悪いので帰ります」なんて口が裂けてもいうことが出来なかった。





「世界ちゃんもきたの?嬉しいな。きっとマリアちゃんもよろこぶよ」


マリアの家にいた宇宙はあたしの姿を確認すると開口一番そういった。おばさんによると、あたしがクラスメイト達の記憶を操作している間にお兄ちゃんはマリアのお見舞いに通っていたらしい。


「うん。それで?マリアは部屋から出てくれそう?」


「ううん……。ぼくが声をかけてもなんの反応もしてくれなくて。せかいちゃんも声をかけてみてくれない?」


そう言われてあたしも二階にあるマリアの部屋の外から声をかけるがやはりマリアは何の反応も示さない。


おばさんは申し訳さなそうにあたし達に謝った。


「ごめんなさいね。せっかく来てくれたのに……。お茶をいれたから下で飲んでいってね」


あたしとお兄ちゃんは暫らくマリアの部屋の前で粘ったが、やはり何の反応もなく諦めて一階でお茶を飲む事にした。


「本当にごめんなさいね。せっかく二人がきてくれたのに……」


「ぼくたちとマリアちゃんは友達ですから。これからもきていいですか?」


「ええ!もちろん!!」


お兄ちゃんとおばさんが話しているかたわら、あたしは適当に相槌を打ちながら考えていた。


クラスメイト達と先生の記憶操作は既に終わっている。だから彼らの中でイジメの事実はなかったことになっている。


だから早いところマリアの記憶を操作して学校に来るようにしなければ非常にまずいことになる。


だってイジメの事実はなかったんだから、先生やクラスメイト達からしてみれば何故マリアは学校に来ないんだってことになる。


下手をすれば今日にも先生からマリアの家で連絡がきてややこしいことになる可能性がある。


今日しかチャンスはない!そう判断したあたしは危険を覚悟で行動することにした。


二人で並んでマリアのお家を後にする。あたしはマリアの家に忘れ物をしたことにしてお兄ちゃんと別れて、一人でマリアの家に引き返した。


おばさんは「もう一度だけマリアに声をかけたい」というとすんなりとあたしを通してくれた。


あたしがどんなに声をかけてもマリアの部屋の扉はやっぱり開かない。


周りを確認。おばさんはここに来る気配はないし、周囲には誰もいないからあたしの姿が誰かに見られることはない。


あたしは呪文を唱えてマリアの部屋の中に転移した。





突然現われたあたしにマリアは言葉も出ないほどビックリしていた。驚愕で固まっている今のマリアなら問答無用で頭を掴んで記憶操作を実行することができただろう。


だけどあたしはどうしてもマリアに謝らなければならなかった。今の事態を招いたのはあたしの責任なのだから。


「久しぶり、マリア。元気そう……とは言えないかもしれないけど無事でよかったわ」


「え?せ、世界?ど、どうやってここに……?」


マリアはあたしが望んで作った初めての友達だった。そしてあたしは友達をこんな辛い目にあわせてしまった。謝罪にはならないかもしれないけど、それでもあたしは彼女に嘘をつきたくなかった。


「うん。魔法で部屋の外から中に転移してきたの。あたしは魔法使いだからね」


「え?え?まほうつかいって?」


「わからなくてもいいの。それより……ごめんなさい!!マリアがイジメられたのにはあたしにも責任がるの!あたしがあんなことをいってしまったから!!マリアには迷惑ばかりかけて……本当にごめんなさい!!」


「……よくわからないけど……世界があやまるひつようなんてないよ。それに……もし世界がわるかったとしてもわたしはゆるすよ。だってわたしと世界はともだちだもん」


その優しい言葉に零れ落ちそうになる涙を必死で我慢して、あたしは優しくマリアの頭を触った。


「クラスメイト達の記憶は操作したから安心して。……本当はこんなことよくないんだろうけど、それでも今の状態よりは良いと思うから。目を覚ましたら今までの辛い記憶は全部なかったことになるから。……またあたしとお兄ちゃんとマリアの三人で遊ぼうね!マリアと友達になれてよかったわ!!」


あたしは彼女の記憶を操作した。





安らかな顔で眠るマリアは心の底から安心しきっている様子で、あたしの記憶操作が上手くいったことがわかった。


時計を見るとあたしが再びマリアの家を訪れてから30分近く経っていた。もう少しマリアの寝顔をみていたかったがもう帰らないと言い訳が難しくなる。


眠る彼女に背を向けたとき、その寝言は聞こえてきた。


「あたしも……あたしも世界とともだちになれて……よかったよ」


あたしは何もいうことが出来なくて静かにその場で泣いてしまった。


マリアの記憶操作が上手くいったことであたしは油断していた。


冷静に考えればマリアの部屋の扉を開けて外にでればいいはずなのに、あたしはよりにもよって扉の外に転移するという方法をとってしまった。


そしてあたしは目撃することになる。口を大きく開いて驚愕の表情であたしのことをみつめるお兄ちゃんを。


「お、お兄ちゃん?な、なんでここにいるの?」


「せ、世界ちゃんがあんまり遅いからなにがあったのか心配して……。い、いまのどうやったの?それにさっきへやのなかでまほうつかいって……。い、いまのって……もしかして……まほう?」


あたしの頭の中にクラスメイト達の言葉が頭をよぎる。


『みんなとちがう変なのががっこうにこなくなってせいせいした』


『みんなとちがう変だからイジメた』


直接体感した人間の悪意はあたしのトラウマになっていて、目の前で驚愕しているお兄ちゃんがあたしを排除しようとする怪物のように思えてきてあたしは恐怖のまま固まってしまった。


「ち、ちがうの……いまのは……その……」


「ぼくは見たぞ!今世界ちゃんはたしかに何もないところから現われた。それにさっき自分は魔法使いだって!今のも魔法なんだろう!?世界ちゃんは魔法使いなんだろう!?」


興奮した様子であたしを見つめるお兄ちゃんに誤魔化しは不可能だと悟ってあたしは絶望を覚えた。


あたしの頭の中では皆に排除される未来のあたしが浮かんでくる。


今まではあたしに笑顔を向けてくれたクラスメイト達も先生も両親も、皆あたしを蔑みの目で見てくる。


マリアがあたしのことを極寒の視線で睨みつける。


『あんたのせいで私はイジメられたのよ。私より変なくせに』


目の前のお兄ちゃんがあたしに拒絶の言葉をかける。


『お前みたいな変なのが妹だなんて最悪だ。二度とぼくの妹なんて名乗るなよ』


何が現実で何が妄想かわからなくなってしまって、あたしは絶望のまま蹲った。


「……そうよ。あたしは魔法使いよ!!それが何!?今までだって魔法を使って色々なことをしたわ!!それの何がいけないの!?」


「世界ちゃん?何を言っているの?ぼくにそんなつもりは……」


お兄ちゃんの言葉なんて耳に入らなくて。あたしは感情のまま叫んだ。


「あたしだって皆と同じが良かった!!……魔法なんかいらない、あたしも普通の人間に生まれたかった。……でもしょうがないじゃない!!そういう風に生まれたんだから!!それなのに変だからって排除されてしまったら、あたしは……あたし達はどうすればいいのよ!?」


絶望に染まったあたしには悪い未来しか考えられなくて体がブルブルと震えてくる。


だけどその震えはすぐに治まった。お兄ちゃんがあたしが大好きな困ったような笑顔で抱きしめてくれたから。


「大丈夫。たとえ、お前が魔法をつかえたとしてもぼくが……俺が大好きな妹であることは変わらない。お前が独りが嫌なら俺が一緒になってやる。同じになるって約束してやる。だからもう泣くなよ…」


次の日からお兄ちゃんは厨二病になっていた。あたしを一人にしないために、あたしとの約束を果たすためにあたしの偽者になってくれたのだ。





×××





「世界?何を見ているの?」


過去に思いを馳せていたあたしは友達の言葉で我に帰る。振り向くとそこにいたのは花子ちゃんと小学校からの親友の君島マリア。


よく学校で一緒にいて、来月の修学旅行でも一緒の班になることを約束している大切な友達だ。


「うん、ちょっとお兄ちゃんのことを見ててね……」


「宇宙を?あれ?あんなとこで宇宙は何してるの?」


お兄ちゃんは教室の後ろでクラスメイトに声をかけてはきまずそうに目を逸らされていた。


「ぬぉ~!何故だ!?何故誰も俺と一緒に修学旅行に行ってくれない!?まさか俺が邪神様の信仰者だからか!?組織の追っ手は俺が必ず追い払う!!だから誰でもいいから俺と修学旅行に行ってくれ~!!」


どうやらまだ修学旅行の班が決まらないらしい。まあ、あんなことを言っているのだから当然だけど。


「宇宙は相変わらずバカだね~。そういえば世界ちゃんと小学校から一緒ってことはマリアちゃんも宇宙と一緒ってことだよね?宇宙って昔からあんなんだったの?」


花子ちゃんの質問にマリアは苦笑しながら答えた。


「いやいやいや。昔はもっとまともだったよ。今と180度違うって。昔は宇宙くんもかっこよかったんだけどねー。今では見る影もないって感じだよ」


あたしはマリアの言葉に苦笑してしまう。


「ねえ、お兄ちゃんをあたし達の班に誘っていいかな?あんなにも哀れな姿はさすがに妹として放っておけなくて……」


「私はいいよ~。宇宙となら仲もいいし。楽しい修学旅行になりそう」


「わたしも。宇宙くんとは小学校からの付き合いだしね。変なの入れるよりは宇宙くんの方がマシでしょ」


二人の了承を得たあたしはお兄ちゃんに近づいていった。だんだんクラスメイト達も登校してきて教室が騒がしくなってくる。


だからあたしはマリアが最後に呟いた言葉を聞き取ることが出来なかった。


「……でも、優しいところは変わっていないと思うよ。優しくて人を大切にするところはまるで変わっていない。あのころのまま、宇宙くんの優しさは変わっていない」

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