9.前光背闇(ぜんこうはいあん)。
前光背闇。
※前の光ばかり見ていると後ろに出来る自分の影。闇を見落とす的な創作四文字熟語です。
「グスッ……何よそんな所で正座して」
「理由は分からないけど泣かせちゃったてごめんなさい」
「もういいわよ……それより、聞きたいことがあ……コホンッ。あるのだか?」
「あ、そこは戻すんだ。可愛いのに」
「もう惑わされんぞ、どう喋ろうが私の勝手だ。とにかくほら」
ソファに膨れ面で座る蕾は、透に隣に座れと背も垂れをポンポン叩いて促す。
それを見た透は、可愛い仕草だなと思いながら、大人しく座る事にした。
蕾は透に借りたジャージ姿である。サイズが大きいのか、手などは袖に隠れて指先しか見えない。
「蕾は何を着ても可愛いね。机のポットにコーヒーあるから淹れようか?」
「ああ頼む。可愛いか……言われ過ぎて免疫が出来てしまったな」
「それは残念。それで話って何かな? あ、砂糖は?」
「一つ……ありがとう。……美味しい」
「よかった」
「どうして男の攻撃が避けられなかったのだ? 透の腕なら簡単に避けられたはずだ」
コーヒーを飲んだ口元を軽く指先で拭きながら、蕾は核心を突いた質問をした。
「僕はSPを肌で感じられるように体を少し改造しててね。スカートを使わない人の攻撃は苦手なんだ」
「か、改造……?」
「うん。DNAを変異させるナノマシンを体に入れてる」
「……! まさか、男がSPの力を得ようとして開発されたナノマシン……しかし、あれは」
「失敗作だね。その実験で僕の父さんはあの姿に……まあ、僕の家系の男子は元々こんならしいけどね」
「そうか……私とは覚悟が違うのだな。復讐と息巻いても、憎いはずの透を助けてしまった心の弱い私とは……」
「今の蕾なら僕を殺せると思うよ。こう見えても弱ってるからね」
「む。やはり意地悪だな透は、私はもう透と呼んでいる」
蕾は膨れ面になり、プイッと顔を背ける。
透はそれを見て楽しそうに言う。
「あははっ。そうだね、最初は貴様だったもんね」
「ああ。どう考えても透が悪人とは思えない。一般認識がずれている変人だ」
「結構酷いね。でも悪人じゃないと思ってくれたのは素直に嬉しいかな」
「その……相談がある。透を殺そうとしておいて、差し出がましいのだが……あの、その……」
蕾は両膝を抱えるようにしてソファに座り直し、うつむき加減に視線を透から逸らす。
「気にしないで、相談に乗るよ。僕の父さんが仇。そう蕾に教えた部下の人の事だね?」
「ああ……。その人は、今は軍を抜けて私の身の回りの世話をしてくれている」
「さっき連絡をしていた人がそう? からかわれてたみたいだけど?」
「姉が妹にするようなもの……だな。姉さんと呼んでた事もある」
「名前は?」
「愛芽家の分家の娘、愛芽 満。母には兄が居てな、その娘だ」
「従姉妹なんだね……ん」
透は足を組み合わせて、左手を口元に添えて考える。
蕾はその様子を心配そうに見守る。どんな事を言われるのか気が気でない様子である。
「蕾に何かあった場合、次の当主は?」
「……今の当主である咲玖様には子供が居ない……満ということになる」
震える声の蕾は実を察した様子で、声が段々と小さくなる。
「信じたくない……だって、あんなに優しかった満姉さんが私を……なんで」
蕾はコーヒーの入ったカップを床に落とし、両膝を抱えてソファの上で泣き出した。
恥ずかしさや怒りから来る涙ではない、静かに悲しみを噛み殺すように泣いている。
透は何も言わず蕾の丸まった背中を撫でる。
そうしていると、透の携帯電話が鳴った。
「はい透です……ええ……。はい……直ぐに行きます」
「用事……?」
「うん。でも、一緒に居てほしいなら掛け直すよ」
「気にしないで行って。私は一人で平気、むしろ一人にして……」
丸まったまま顔を見せない蕾は、ソファにコロンと横になった。
「えっと……。あっちが寝室だからベット勝手に使ってね。何かあったら電話して、机の上に電話番号のメモ置いといたから」
「うん……」
「大丈夫……早く戻るからね」
短い返事をする蕾を見ながら、透は心配そうにマンションの扉を閉めて出て行った。
部屋に残されたのは蕾一人である。
「グスッ……。あら……?」
透が居なくなり顔を上げた蕾は、机の上を見て目を細めた。
そこにあるのは白い携帯電話である。自分のではない、どうやら透の物であるようだ。
まさかメモとはこれの事なのか、そんな馬鹿なと思いながら、蕾は携帯電話を手に取った。
「携帯のメモ機能使ったの? 電話しても意味無いじゃない……ぷっ、抜けてるんだから」
思わぬ透の天然に噴出した蕾は、メモの電話を登録しようと自分の携帯電話を取り出す。
すると、再び透の携帯電話が鳴った。
「え……? 嘘……」
携帯が鳴った事により表示された電話番号を見て、蕾は自分の携帯電話を右手から落とした。
蕾は血相を変えて飛び起きジャージを脱ぐと、壁に掛けてあった魅袴を手に取り着替える。
最後に魅仁一式を穿いて紐帯を縛り、ホックもろくにつけないままベランダへ飛び出した。
ベランダの手摺の上に飛び乗り、震える左手に握り締められた携帯を胸に抱き、蕾はしゃがみこむ。
歯を噛み締め、蕾は満月に向かって顔を上げ、叫んだ。
「よくも騙したなぁああああああああああああ!」
携帯を握りつぶし、蕾は復讐者の顔をして夜空へ飛んだ。
ベランダに落ちた携帯電話のディスプレイには、彼女が信じていた姉、満の番号が表示されていた。
携帯はしばらく点滅を繰り替えすと、夜の空と同じ色へと変わった。
それはまるで、絶望した蕾の心を表現しているかのように、二度と白い光を放つ事はなかった。




