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8.裸の付き合い。

「ああ……ああそうだ。今日はもう遅いから友達の家に……ち、違う、女だ! わ、私にだって女友達の一人や二人は居る! ……だから心配は要らない、では切るぞ……。はぁ、どうしてこんな……私は何をしているのだ」


 長い電話が終わり、蕾は携帯を持った右手を腕ごとダラリとさせた。

 背中は窓に預けている。目の前には立ち並ぶビルの光、美しい夜景が広がっている。

 敵である透を助けてしまった。天国の母親にどう顔向けすればいいのか分からない。

 あの場面で斬り捨てる事もプライドが許さなかった?

 違う……もっと違う何かが復讐より彼を助けろと命じていた。

 それは一体何……?

 蕾は何度も考えるが、答えは出なかった。今あるのは敵を助けたという事実だけである。


「連絡は終わった?」

「ああ……傷はどうだ? もう血は出ていないようだが」


 蕾がベランダのドアを開けて部屋に戻ると、透はすっかり元の様子に戻っていた。

 違うのはラフな黒のフード付きジャージに着替えている程度である。

 透は柔らかそうなソファの端に置いた大きな枕に、しな垂れる様に寝そべっていた。


「しかし、この部屋には驚いたな。軍の最先端医療施設かと思ったぞ」

「子供の頃から医療器具が好きでね、色々集めてたんだ。ただの趣味だよ」

「趣味でナノマシンカプセルを持っている人間など見たこともない」


 蕾は人一人入れる大きさの医療用のナノマシンカプセルを手で撫でる。

 さっきまでそこで透が傷を治していたのである。

 カプセルの中でSPの粒子に似た細かな光が発生し、透の頭の傷に集まり傷を治したのである。


「これ一つで建国可能かも知れないぞ」

「あははっ! 大げさだな蕾は、お小遣いで買った中古だよそれ」

「お小遣い、中古……ああ、もう考えるのも馬鹿らしくなって……? おい、今……蕾と言ったか?」

「うん? 駄目だったかな?」

「ふ、ざ、け、る、な! 駄目に決まっているだろう!」

「そっか、僕は好きになった人は名前で呼びたいタイプなんだけどな……」

「す、すすす、好きとかいうな! ふ、風呂に入ってくる!」


 蕾は恥ずかしくなったのか、バスルームへ飛び込んで行った。


「クスクスッ。やっぱり可愛いな蕾は……。えっと着替えあったよね」


 透は悪戯な笑みを浮かべる。

 それは彼の母親、餡子が見せるものに似ていた。


 ここから場面はバスルームへ飛び込んだ蕾の様子へ移る。

 

(しまった……何故風呂に入っているんだ私は……)


 浴槽に沈むように顔の下半分まで浸かり、蕾は苦悶の表情を浮かべていた。

 汗を掻いてシャワーを浴びたくなるのは女として当然であるが、ここは男の部屋の風呂である。

 女にしか見えない透も男。狼になる可能性もある。

 不安を胸に抱きながら、蕾はどうしたものかとブクブクと水に空気を吹きかけていた。


「お邪魔します」


 蕾が悩んでいると浴槽のドアが開けられた。透が入ってきたのである。


「透も入るのか? まあ、汗を掻いたから当然か」

「そうだね。僕はシャワーだけだから、そのままゆっくりしてて」

「そうか? ではお言葉に甘えよう」

「湯加減はどう? 熱くない?」

「丁度良い。熱いぐらいが私は好きだからな」

「そっか、僕は熱いのは苦手だな。……ふぅ」


 髪を洗い終り、やりきった顔をして、透は次に体を洗う用のスポンジを手にする。


「透は髪から洗うのだな」

「そうだねー、髪が後だとまた体が汚れる気がするからね。蕾は違うの?」

「私は長いからな、体が先で髪は後から念入りに洗う。むろんその後で体も湯で流すぞ、汚くない」

「蕾が汚いなんて思ってないよ」

「む。ならばいい」


 少しむくれていた蕾の表情が緩む。

 実に和やかな会話である。二人ともにこにこしている。


「あの服だと分かりにくいけど、結構胸あるね。」

「あると言ってもBしかなっ……ま、まあな! 透は……は、は、は! 私の圧勝だな!」

「男だからねー。流石に女の蕾には敵わないよ」

「それもそうだな、透はおと……」

「ん? どうかした?」

「……こ、ここ、こここ、ここここ」


 蕾は自分の体を抱くようにして、鶏のように鳴き始めた。

 青い顔でガクガク震え、浴槽の水に大きな波を作りながら、透からゆっくり背を向ける。ようやく透が男であることを思い出したのである。

 肌理細やかな肌に括れた腰、丸みを帯びた肩。男の勲章を見せなければ、透の体は完全に女である。

 透は子供の頃から裸のメイド達と風呂に入っていた。異性に対する羞恥心など欠片もない。

 女はスカートを脱がされるのが恥ずかしく、男に裸を見られるのは平気な生き物だと思っている。


「は、裸を見られたのだ。こ、こうなったらもう潔く……て、手篭めにされようではないか! 初めてだから優しくしてくれっ!」


 蕾は意を決したように立ち上がって振り向いた。

 両手を差し開いて、さあ来いと言わんばかりである。


「はれ……?」


 振り返って蕾は首を傾げた。透はとっくに風呂から出てしまっていたのである。

 漂う静けさ、深まる虚しさ。裸のまま固まる蕾の肩が怒りで震えた。

 そして怒りは声となって放たれた。


「とぉおおおおおおおおおおおるぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!」

「やあ蕾、上がったんだ。 ん……髪乾かさないと風邪ひくよ?」

「お前はお前はお前はお前はお前はーーーーー! お前はーーーーーー!」

「えーと……何で怒ってるのかな?」

「楽しいのか楽しいのか楽しいのか楽しいのか! そんなに私をからかって楽しいのかーーー!」


 透の胸倉を両手で掴み前後に揺らしながら、長い髪を振り乱して暴れる蕾は歌舞伎役者のようである。


「まずは服を着た方がいいよ。丸見えだから」

「バッチリ見られた後だからどうでもいいわよ! この恥ずかしさどうしてくれるのよー!」

「素はそんな喋り方なんだ……可愛いね」

「うわぁあああああん! もう嫌ぁああ! 何でこんな奴に私が~! うぇぇぇん……」


 蕾の濡れた髪の雫と滝のような涙で部屋中水浸しになり、透もびしょ濡れになった。

 二人はこの後、再び一緒に風呂へと入る事となるのであった。

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