15.エピルローグ2.羞恥心(最終話)
「不束者だがどうか宜しくお願いする」
「……蕾は何をしてるのかな?」
透は怪我も治り退院し、後は体のナノマシンの回復を待つばかりとなった。
「退院したようだな。流石俺の息子、大した回復力だ。これは遅れたが入学祝だ受け取れ」
退院時に音琵にメモには、何処かの住所が書かれていた。
透はさっそくメモを頼りに住所の場所に行くと、大きな一軒家に辿り着いたのである。
大理石の表札には布嗚 透の名前が刻み込んである。
「マンションの家具や医療器具を運ばないとね……」
「お帰り透……不束者だがどうか宜しくお願いする」
そして場面は冒頭へ戻り、割烹着姿で正座して、三つ指で頭を下げている蕾を発見したのである。
「先に風呂か夕飯かどっちにする! そ、それとも! わ、わわわわわわわわわわわーーーー! 言えるかぁ!」
「メモに書いてあった同居人は好きにしろってこれか、てっきりメイドの誰かが来るのかと思ってた」
「ナノマシンが完全に直るまでは、私に住み込みで護衛してはどうかと音琵様に言われてな。こ、断る理由もないから受けた! 文句あるかーーー!」
「怒鳴らなくても状況は理解したし、文句もないよ。良い匂いだ……お味噌汁かな?」
「あ、ああ。こう見えても多少は料理が出来る。か、鞄を持つぞ」
蕾は透の手荷物を受け取りながら、頬を紅く染めて先程の音琵の言葉を思い出す。
「私が透の嫁候補に!? し、しかし私は愛芽家の次期当主です。恐れ多くも音琵様の家へ嫁ぐなど……」
「次期当主の件ならもう咲玖にも満にも話をつけてある。次期当主は満に任せて透の嫁候補として一緒に暮しては貰えないか?」
「満姉さんそんなこと一言も……また私を驚かせて楽しんでいるのか……くっ、また騙された!」
「満にも困った物だ。後で俺が仕置きしてやるから許してやれ」
「そ、そうですか? 出来たらお手柔らかにしてあげて下さい……しかし、何故私が?」
「透は跡取りの自覚が無くてな、縁組の話を全て断るから困っているのだ。そこでだ、あれは明らかにお前に気があるようだ。だから候補として選んだのだ」
「お、おおお戯れを! 透が私に気があるなどと……」
蕾は言葉を止めた。無いとも言い切れないのである。
何度も可愛いと言われている。時折見せる透の笑顔は何か特別に感じられる。
そこまで考えて、蕾は頬を紅く染めたまま俯いて喋れなくなってしまった。
「えー? 私はこの子よりリーネがいいと思うんだけど」
「なっ!?」
急に喋りだしたのは、相変わらず音琵を抱っこしてソファに座る餡子である。
未来の姑になるかもしれない餡子の爆弾発言に、蕾は慌てた様子で立ち上がる。
「リーネはシャルアート家の娘だし、血縁だけど離れてるから結婚には問題無いわ。あの若さでプーリッツ学園の校長なのもポイントが高いわね。透にも良く尽くしているわ」
「う、ううっ……」
蕾は両手を握り締めて、おねだりを我慢するような子供の困り顔をする。
「そうか。確かにリーネは適任かも知れんな。どうしても嫌なら仕方がない、リーネを嫁候補として住まわせるか」
「……ま、待ってください!」
体中から湯気が出る程に真っ赤になった蕾は、意を決したように声を上げた。
それを見て、音琵と餡子は餌に掛かったとばかりにニヤリと笑う。
「私を透のお嫁さん候補として傍に居させてください! 必ず処女を奪われて見せますから!……あっ!? いや、いいいいい今のは無し!」
何を口走ったか冷静になって考え直した蕾は、まるで沸いたやかんの水のように湯気を噴出していた。
こうして蕾は嫁候補として、透と共に一つ屋根の下で暮す事になったのである。
「初めてだから優しくしてくれ透」
「そうなんだ。じゃあ激しくしてあげよう」
「あ……透はやはり意地悪だ。こんなに素直にしているのに虐めるのか?」
「虐められるのが好きなんだろ?」
「くっ……否定出来ない自分が悔しい」
「覚悟しろ蕾……夜、俺は狼になる。蕾は可愛い子羊。食らい尽くす」
「あ……透……わかった。残らず……食らい尽くしてくれ」
敷布団の中で、透は蕾に覆い被さった。
「蕾? ご飯盛りすぎじゃない? そんなに残らず食らい尽くせないよ?」
「うひゃぁい!? ああああ!? す、直ぐに適量にする!」
蕾は妄想しながらあらぬ事を口走っていた。
幸い透はご飯の事だと思ったようである。
「大丈夫?」
「あ、ああ……大丈夫だ。これで全部だ……食べてくれ」
妄想を思い出したのか、最後は恥ずかしそうに蕾は言う。
「頂きます……」
「ごくり」
蕾は思わず声で喉を鳴らすのを表現すると、透が食べている様子を見守る。
きちんと左手で持たれた箸は、最初に味噌汁の中に入れられた。
右手で茶碗を持ち、味噌汁の木綿豆腐を口の中へ。
箸の先で挟んだ木綿豆腐が舌先で変形し、中からじゅわと染み込んだ味噌汁が口の中に広がる。
透は思わず顔を綻ばせ、幸せそうに箸を持った左手を器用に頬に添えて、絶賛し始める。
「ん~! 美味しい~! 凄いね蕾! 家のメイドが作る物より美味しいよ、この味噌汁!」
「そ、そうか!? そうだろうそうだろう! 私は料理が得意だからな!」
えっへんと偉そうに言う蕾であるが、台所に何度も読み返したであろう料理本が隠してあるのは、透には内緒のようである。
二人はそのまま談笑しながら食事を勧めると、やがて全て残らず食らい尽くし、食器を洗う場面へと移る。
「透! 食器洗いは私の勤めだ!」
「別に結婚してる訳でもないんだから気にしないで、美味しい物を食べさせて貰ったからお礼だよ」
「そうか、では頼む……」
結婚している訳でもないの下りで、蕾は少し残念そうな顔をする。
そして、再び音琵と餡子との話を思い出した。
「あれは恋愛感情を色々誤解していてな。そこが厄介なのだ」
「それは……どういう?」
「そうね~、例えば透に可愛いとか言われた事あるかしら?」
「あります! それはもう何度も!」
「嬉しそうに挙手してるところ悪いんだけど……透のそれ、猫とか愛くるしい動物に言うのと同じ感覚なのよね」
「へ……? ええええ!? 私は猫と同じですか!? ひ、酷い……信じてたのに……ふぅ」
蕾は酷く落胆してソファに横倒しに倒れこんだ。
音琵は蕾の様子を見て、餡子の頭を軽く畳んだ扇子でペシッと叩きながら説教を始める。
「まったく。お前が悪いのだぞアン。透の前で俺を飼い猫と同じように可愛がるからだ」
「トビを膝の上に乗せて頭を撫でる……最高の愛情表現じゃない! これだけは止めない! 私の命が尽きたとしても撫でる!」
「撫でさせてやるから命は尽きるな! まったく……。恐らく面と向かって、処女を奪ってくれー! と言った所で、透は猫に接するような態度で爽やかに奪うだろう」
「い、嫌ですそんなの! 猫と同じに思われたまま処女……て、その話は忘れてください!」
こうして、最後までからかわれていた蕾の現在の目標はただ一つである。
「この私が絶対に異性として好きという感情を透に抱かせて見せる! まずは恥ずかしがらせる事が第一目標だ!」
一方的に好きだというのも蕾のプライドが許さない。彼女の最終目標は透から告白させる事である。
「ん。お弁当ついてるよ」
「……はふっ」
拳を握り締めて決意している蕾の頬についたご飯粒を、透は何気なく舐め取った。
蕾は気が抜けたように膝から崩れ落ちる。
透はそれを見て、可愛い反応だなとにこりと笑い、テレビのリモコンを手にした。
「復興作業、流石に早いな。明日にでも手伝いに行こうか」
「ううっ……このままでは私が先に愛の告白をしてしまそうだ」
恥ずかしがる様子も無くテレビを見始める透の背中を見て、蕾は幸せそうに悲しみの涙を流すのであった。
こうして蕾は嫁候補として、透家に居候する事になったのである。
そんな彼女に、もう復讐者としての顔はなかった。
あるのは恋をする一人の女の子の笑顔である。
第一章。完。
これにて終わりです。一章となっているのは、気が向いたら続く的な意味で。
ここまで読破して下さった読書の皆様、ありがとうございました。




