10.復讐鬼。
「蕾……?」
透は蕾の声が聞えた気がして、喫茶店の窓越しに夜空を見上げた。
特に何もない様子である。気のせいかと視線を戻す。そこに見えるのは一人の女である。
ロングコート姿、黒いサングラスと白いマスクをつけ、柄物の大きなスカーフを首元に巻いている。
誰が見ても怪し過ぎる外見である。
「それで……僕の電話番号はどこで聞きました? 愛芽 満さん」
「そんな事はどうでもいいわ」
「確かにそうですね。それで僕に何か用ですか?」
「蕾の話に決まってるでしょ! あの子をどうする気なの!」
「どうって……蕾を消そうとした癖に、随分心配そうですね」
「はぁ? どうして私が蕾を! あの子の母親を殺したのはあんたの父親じゃない! 私は見てたのよ!」
気が動転して立ち上がった満を見て、透は不思議そうな顔をする。
「脈拍も体を包むSPの流れにも変化無し……か。嘘じゃないみたいですね。それよりも!」
「え? な、何よ急に大きな声……」
「伏せて!」
「ひっ!? きゃぁあああ!」
満は透に瞬間押し倒されて悲鳴を上げた。それは襲われたと思ったからではない。
透が覆い被さった体のその先に、光る刃物が見えたのである。
飛び散る窓ガラス、復讐者は窓を突き破って侵入した。
「……ふ、ふふ。やはりな、一緒に居たか」
「つ、蕾……? ど、どうして」
サングラスが外れ、満は蕾をそのまま大人にしたような顔を露にする。
驚いて体が思うように動かないのか、立ち上がろうとしても両足が床を滑る。
そんな満を見て、蕾は明らかな嫌悪の表情を見せ、薙刀を振り上げた。
「私を名前で呼ぶな裏切り者がぁああああああああ!」
「ま、待って蕾! 違うの、何か誤解してる!」
「聞く耳持つかぁああああああ!」
「コート借りるよ!」
「あうっ!」
透は満のコートを剥ぎ取ると、振り下ろされた薙刀の先端に向かって振り払い、鞭のように袖を巻きつけた。
満は後ろを向いてうつ伏せに倒れ、中に来ていた軍服が露になる。
「ぐっ! 小賢しい真似を!」
コートが巻きついた薙刀を見た蕾は怒りをより一層強めた顔をする。
透はコートの布を右手に絡ませて立ち上がる。その顔は険しい。
力一杯引いている。本来ならこれで薙刀を奪えると計算していたが、その通りにならないのだ。
「感情の変化でSPの力を引き出すタイプか……今はチンピラの時より厄介かな」
「話を聞いて蕾!」
「二度と騙されるかぁああああああああああ!」
「下がっていて満さん……頭に血が上ってる。今は何を話しても聞いてくれそうにないよ」
店の中の客が異変に気が付いて逃げるのを見ながら、透は左手を巻きつけた右手のコートに添えた。
「少し本気で行くしかないかな」
「だ、駄目! 蕾に酷い事しないで!」
「緊急避難です受身とってください……ね!」
「え――きゃぁああ!」
すがりついて来た満を、透はすくい上げる様に右足に乗せて、窓の外に蹴り飛ばす。
満は元軍人である。今もタイト型スカートで体を強化している。あれぐらいで怪我はしないだろう。
透はそう思いながらも、横目に窓の外でしっかり足から地面へ着地した満を確認して、蕾に向かい直した。
酷い顔である。蕾の可愛らしい顔は見る影もなく、狂気に歪んでいる。
「やはりお母さんを殺したのも貴様の父親だな、あの女もそれに手を貸したのだ、そうなれば残るは私だけ……お母さんの仇! 覚悟しろ外道がぁあああああ!」
「ん……これはやばいかな」
右手を持っていかれる。即座に判断した透は右手をコートから抜いた。
蕾はコートごと大きく頭の上に薙刀を振り被る、その下半身はがら空きである。
魅仁一式のホックも中途半端、紐帯びの縛りも緩い。透は帯に向かって左手を突き出した。
「させるかぁああああああ!」
「やるね……外し中に割り込まれたのは久々だよ!」
「うっ!? くっ!」
透はスカートに伸ばしていた左手を引っ込めると、体を横に回転させて右足で水面蹴りを放った。
薙刀の刃は空を斬り、足首を刈り取られた蕾がバランスを崩し横倒しになると、すかさず透は両脚の太股で、蕾の腰を挟むようにしてうつ伏せにさせ、マウント状態なる。
「まずは脱がせるよ。落ち着いたら話を」
「誰が貴様なんかと話すかぁああああああああああ!」
「うっ!?」
透が思わず顔を背ける、魅仁一式が急に閃光のように赤く輝いたのである。
光は衝撃波となり店のありとあらゆる物を吹き飛ばした。
透もそれに巻き込まれて、窓から店の外へ飛ばされ、地面を二、三回バウンドして転がる。
「大丈夫!?」
「受身はとりました……それ以上近付かないで下さい、危険です」
「え……? そんな……あの実験は中止されたはずなのに……どうして」
透は心配そうに後ろから駆け寄ってきた満に、右手を差し出して止め、前を見た。
それに促されて同じように前を見た満は、明らかに動揺していた。
それはまだ変化している途中のようである。
徐々に魅袴を包み込む紅い帷子、肩は丸みを帯びた鎧に包まれ、湾曲に反ったサイのような角が生える。
紅い胸当ては血が降り注いだ斑点模様を見せ、魅仁一式は紅い鎧に変化する。
足首までしかなかった足袋が、太股の下半分まで伸びる。
手の指の間の付け根から肘まで、同じように紅い布が伸びる。
口元を覆い隠した紅いプロテクターには、牙のような黒い模様が浮き出る。
額当てに鬼の証であるかのような小さな角が、左右に二本生えた。
二人の視線の先で、蕾は鬼の姿を身に纏っていた。
「ヴ……ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」
鬼は桜一紋の刃を満月に向かって突き出すと、泣き声のような悲しみに満ちた咆哮を上げた。




