8 裁雷
遅れました
啓治はまた走っていた。あの雷を出現させ、急いで町を出るときのように。人ごみを駆け抜ける啓治を人々が不思議な面持ちで振り返る。
もう、ここにはいられない。啓治はついさっき起こったことを頭の中に思い起こしながら思った。
また、殺ってしまった。
啓治の機械修理の腕は大いに役立ち、店の売り上げがすこしよくなるほどだった。それは、啓治の腕がいいだけではなく、気立てがよく、真面目な好青年が働いている、ということもあってか、啓治を見に来る客までいたからだ。その調子で啓治の活躍はもう一月を数え、二回目の給料をもらったのだ。
また啓治は給料袋を鞄にいれ、気分を高揚させて歩いていた。そして、またコンビニでささやかなデザートを買った。
テントに帰り着くとさっそく二人で食べ始めた。野田はお礼を言い、弁当を食べ、お礼を言い、弁当を食べを繰り返した。そんな野田を見ながら啓治は、最近考えている事を実行しようと決意した。それは、啓治がある程度お金をためたら、ささやかなアパートに移り、野田にも働き口を見つけてやり、啓治は自分の道を歩むという計画だ。賃貸情報誌で安いアパートのめどもつけている。計算するとあと、数ヶ月働けば、実行に移せるのだ。
野田は今日もらったというお金を啓治に見せた。今日は空き缶の集まりがよく、いつもより、多くのお金をもらえたらしい。啓治は日々の順調さを胸にかみ締め、床についた。
誰かが何かを探っている。そんな漠然とした考えが啓治の脳裏をよぎった。啓治は目を開けたが、念のため、体は起こさない。啓治は横目で自分の右手のほうを見る。思ったとおり、何かが動いている。暗闇に目が慣れていないせいで、何かの輪郭がぼやけて目に映るだけだ。啓治はその何かのいるところには自分のかばんが置いてあることを思い出した。そして、その中には給料袋があることも。
「誰だ!」
啓治は叫ぶと同時にその何かに摑みかかった。啓治の目に何かがはっきり映った。野田だった。
野田は啓治のかばんをあさり、給料袋を握り締めていた。野田は言った。
「許してくれ、借金取りがオレの居場所を突き止めやがったんだ。金が必要なんだ。助けてくれ」
啓治は弁解する野田を冷ややかな目で見ながら言った。
「それならどうして夜中にこそこそ金を取るんだ?僕にいってくれれば金は貸したさ。なぜだ?いってみろ」
野田は返答に詰まった。
啓治は声を荒げて追い討ちをかける。
「金がほしかっただけなんだろ!夜中に盗んで逃げようという魂胆だったんだろう!」
啓治はこれが間違いであることを期待したが、暗闇になれた啓治の目には野田は図星であることが手に取るようにわかった。
「残念だ」
啓治は低く言った。そして、右手を真横に突き出した。
「なんだ、それは?」
先ほどの啓治の詰問と今見ている啓治の手のひらの上にあるものを見たせいか、声が震えていた。
啓治の軽く開かれた右手には光が凝縮した球が握られていた。その球のなかでは雷が渦巻いているのが見える。だが、音はない。音のない光が啓治の手の右手に握られている。テントの中は適度な光で満たされ、啓治と野田の顔の影が濃く浮かんでいた。
信じていたのに。
啓治は光の球を野田に突きつけた。一瞬、テントが光のみで張り裂けそうなくらい光った。
野田は一瞬で灰になった。
啓治は荷物を持って、テントを抜け出し、全力で駆け出した。
もう、自分は逃げられない。
啓治は始発電車に揺られながら考えた。生まれ育った町を出たときのように流れる風景を眺めていた。そして、今からのことを計画した。まず柱は決まっている。
東京に行く。そして、父殺しの社長、塚原久雄を殺す。