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6 希望

 露木啓治は仕事から帰る途中だった。

 啓治の中では希望が渦巻いていた。新しい生活を始められたこともあるのだが、それに今日は初めての給料を貰ったのだ。それを貰ったことで生きているという実感がより強くなった。それを啓治はひしひしと感じつつ通りを公園に向かって歩いていた。

 あの男、いや野田隆は啓治を一緒に住まわせてくれた。さらに、野田は啓治の履歴書を偽造してくれたのだ。過去に履歴書をよく手にする仕事をしていたそうだ。

 それを使って、近くの会社に就職することができた。その会社はパソコンやオーディオなどの電化製品を修理するという小さな会社で、なおかつかなり技術の求められる仕事だったので、人手が不足していたようだった。

 啓治は小さいころから機械いじりが好きで、家の電化製品を直しては家族に喜ばれていた。昔の家族に。それで、入社テストとして、オーディオプレイヤーをさっと直すと、即戦力だ、と喜ばれ、採用された。啓治はとてもうれしかった。人に認められるということなど、あることすら忘れかけていた。

 履歴書の上では啓治は二十一歳となっている。しかし、啓治は背も高く、顔も大人びているので、まったく疑われはしなかった。体格がひょろっとしているのは現代の若者の特徴だと思ってくれたのかもしれない。

 そして、大手の電気店で修理してもらうよりも、早く、安く、確実で、対応がよいとそこそこ評判で経営は軌道に乗っていた。

 入社テストの翌日から啓治は有能な戦力として働いた。最初はオーディオなどしか直せなかったが、社の先輩に教わってパソコンもいじれるようになってきた。そして、一ヶ月が経過した。

 啓治はいまどき珍しい、給料袋をかばんに潜ませて気分を高揚させて歩いていた。コンビニで弁当とカップケーキを買った。いつも残り物ばかり食べている野田に向けてのものだった。

 さすがに、新入社員の啓治はなけなしのお金しかもらえなかったが、今の生活と比べると、格段に質が上がるだろう。なので、そんなに贅沢はできない。そのことから、啓治の指針はカップケーキでおさまったのだ。

 そんなことを考えているうちに、テントのほうについた。中に入ると、野田が座って新聞を読んでいた。たぶん公園のゴミ箱から拾ったのだろう。

 市内のゴミ箱というのは以外に情報の宝庫なのである。毎朝のように、新聞を買い、捨てる人がいるからだ。家に持ち帰るとゴミになるからだろう。それを利用すれば、無料で多数の新聞社の情報が毎日手に入る。野田も毎日チェックしていて政治などにはめっぽう詳しかった。

 それを真似て啓治も新聞を読み始めた。すると、以前父に責任転嫁した社長は都心部の高級住宅地に住んでいるということがわかった。

それをみて啓治は非常に腹が立った。家を出て自分はぎりぎりで生きているというのにこの男はなぜ贅沢三昧で暮らしているのだろうか?腹が立ちすぎて、新聞を破り捨ててしまった。

 啓治はそれでスッとした。今までは物に当たるなどなかったことだったからだ。ずっと我慢してきた。

 すると、啓治をいじめていた三人はどれほどスッとしていたのだろうか?いや、ストレスがたまりすぎて追いついていないから、いじめ続けたのかもしれない。さらに、そのストレスは彼らの思い込みから来るものであったに違いない。自分たちは普通すぎてストレスを発散できていない。こんな思い自体がストレスになったのではないか?

 野田は、晩飯だぞ、と言って、コンビニ弁当を差し出した。すかさず、啓治は野田に買ってきた弁当を差し出した。野田の表情はすぐさま明るくなり、持っていた古い弁当を放り出し、啓治に礼を言った。

 啓治は弁当を食べながら、野田のほうを見た。うれしそうにがっついている。一瞬、微笑ましいな、と思ったのだが、その後、ある大きな感情が押し寄せてきた。

 このままここにいていいのか?

 それは野田を心配しての言葉ではなかった。自らを懸念しての言葉だ。こんな見ず知らずの赤の他人に程近いようなやつと一緒にいてもいいのか?いや、いいはずがない。自分はまだまだ、若い。これからの夢もある。しばらく、給料を稼いでから出て行かなくては。

 しかし、野田を見ていると哀れな気もする。自分を助けてくれた人を裏切るというのは、相手が誰であろうと、苦心を伴わないはずがない。どうすればいいんだ?

 野田は弁当を食べ終え、カップケーキを食べながら聞いた。

「露木君。一体どうしたんだ?」

 野田は啓治を露木君と呼んでいた。啓治は給料袋をかばんから出しながら、答えた。

「今日、初めて給料を貰ったんですよ。ほら。」

 野田はまるで、自分が給料を貰ったかのように喜んでくれた。

「よし、これからも頑張れ。」

野田は啓治に言った。

 また、そんな彼の言葉が胸に響いた。がんばれ、なんて誰も言ってくれなかったからだ。野田は啓治がここしばらく言われなかった言葉をたくさん投げかけてくれた。

 どうすればいいんだ。

そんな思いを胸に一日が終わった。
















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