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3 脱走

 露木啓治は電車に揺られ、流れてゆく外の景色を眺めていた。

 啓治が住む田舎町の風景がキャンバスに書きなぐった色のように流れていく。そこには点々と街灯の光が漂っていた。啓治の心のように今にも消えそうな光が漂っていた。

 彼らが灰になって数秒の間、啓治は放心状態にあった。そして気づいた。例え、直接、手を下していなくとも自分が殺したことに間違いはないのだ。

 逃げなくては。

 次の瞬間、教室を飛び出していた。正門に近いほうの階段へ向かった。すると、したから誰かが上がってくる音がしたので、きびすを返し、反対側の階段へ向かった。

 一階の廊下を正門のほうへ駆けていると、音を聞きつけて職員室から出てくる先生がいたが、うまくやり過ごし、学校を脱出することができた。

 啓治の頭の中ではもう考えはまとまっていた。

 この町から逃げる。

 父が死に、家庭は泥沼になった。そんななかで、過ごしてきた。学校も家と同じようなものだった。毎日、彼らのストレスを受け止める役を演じさせられ、他の友人の冷ややかな目にさらされてきた。

 それが、突然、雷を出現させてしまい、人を殺して少年院行き、という悲しい戯曲を奏で続けるのなら、周囲を捨てて――捨てる価値のあるものなどないが――一人で生きていくほうがどれほどましだろうか。

 啓治は息を切らして家に駆け上がった。今は、誰もいないはずだ。今の義父は寂れたスナックを経営しており、母もそこで働いているのだ。

 案の定、家にはだれもいなかった。そのことを再確認した後、啓治はお金の入った引き出しをひき開けた。銀行に預ける前のスナックの売上金がそこには入っていた。

 せいぜい、数万円の札束をポケットに突っ込み、家を出た。自転車に乗って、全力でこぎだした。この一連の動作は他人から見ると、流れるように鮮やかに違いない。

 啓治はそれほど焦っていた。あの、現場からでは誰が犯人かはわからないはずだ。だが、啓治はこの町にあと数分でもいれば、犯人が啓治だとばれてしまうような気がした。だが、この町から出られれば、自由の身になれる確信があった。

 啓治が家を出たとしてもあの親たちは心配しないだろう。むしろ、喜ぶに違いない。だから、警察に家出届けを出される心配はいらない。お金については、泥棒に入られたと勘違いするか、啓治が家での資金にかっさらったと感づくかもしれない。感づいたとしても、息子との手切れ金なら安いものだと、諦めるだろう。

 駅に着くと、啓治は市の中心部への切符を買った。

 そして、露木啓治は在来線の硬いいすに腰掛けて、抜け殻のように、ほうけて外を眺めている。その夢中の頭の中にはある映像が反芻していた。

 死にたくない。

 と念じた瞬間、腹の底がグッと持ち上がるような感覚に襲われ、窓の外に意識が集中し、そこから閃光が走った。

 なぜ、そんなことが起こったのだろう。なぜ、自分がやったのだと認識できるのか。啓治は自分に問いかけてみたが、答えは見つかるはずもなかった。

 ふと、思いつき啓治は自分の指先に意識を集中してみた。もしかすると、あの力を自由自在に使いこなせるかもしれない。意識を集中する。目が痛くなるくらい、指先を睨みつける。しばらくそうしていたが、何も起こらず、向かいに座っていたおばさんが不思議そうに啓治を見つめているだけだった。

 もうすでに、窓の外には看板のネオンの光や、ビルの窓から漏れる光がキラキラと輝いていた。

 啓治は終点の市の中心で降りた。駅を出ると、帰宅する途中の人ごみの中に出た。制服姿の学生はちらほら見えるが、啓治は、制服を着て帰る当てもなく歩いている自分が浮いているような気がした。

 この人たちはみな帰るべき場所を持っているのだろう。生活や周りの環境がどうであろうと、帰るべき場所があるというのは、この上なく幸せなことだということを、露木啓治は、失って初めて気づいた。

 啓治は心の支えを失ったような感覚を覚えたのと同時に、外が寒いことに気がついた。冬と春の間。もうすぐ自分には春がやってくると、期待していたのに、自分の冬は永遠に終わらないのだと啓治は察した。これからどうすればいいのだ。

 人の流れからはぐれ、暗く人気のないところに引き寄せられるように、歩いた。

 たどり着いたのは少し大きな公園のようだった。街灯はどうやら壊れているらしく、点いていなかったので、辺りはよく見えなかった。

 啓治は近くにあった木製のベンチに倒れこんだ。啓治は寒さを防ぐために、制服をかき合わせ、まるくなって眠りへと落ちていった。

 空には星が漂っていた。



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