2 雷痕
家に帰るとちゅうだった。近くで強い光が見えた。その瞬間、甲高いガラスの割れる音がした。どうやら、すぐそこに見える中学校から聞こえたようだった。
彼女は迷わず、そこへ走り出した。
もう、学校には先生ぐらいしか残っていないようだったが、ドアは開いていた。中をのぞくと教職員らしき人物数人が階段を上がっていくのが見えた。彼女はその後を追った。
教職員たちが3―2という札のかかった教室に入っていくのが見えた。またもや、彼女は彼らについて教室にまで入ってしまった。
そこには十人近くの教師と見受けられる人たちが円を作っていた。
その中の一人が、教師でもない彼女が入ってきたのを見つけた。
「あなたは、だれですか?」
少しヒステリーの入った女性教師だった。
たいていの人物ならこの大きな甲高い声に驚くだろうが、彼女は驚かなかった。そして、内ポケットから警察手帳を取り出して言った。
「この近くの警察署の刑事の谷岡香織です。強い光とガラスの割れる音がしたもので。何があったのですか?」
そこにいた教師全員が唖然とした顔つきで香織を見つめていた。
先ほどの大きな声にも、そんな顔で見られるのも慣れっこだった。刑事になってもう五年にもなるからだ。
少しの間をおき、彼らはハッとして円陣を組んで眺めていたものが香織にも見えるように円を崩した。
そこは教室の後方の中央だった。奥の壁は掲示板になっており、「合格おめでとう」などのプリントが画鋲でとめられているのが見えた。
教師たちは、まるで香織がモーゼの杖を使ったように綺麗に二つに割れていた。その教師たちの中央にあるものが目に入った。香織の頭の中に過去の映像が流れるように入ってきた。そして、はち切れんばかりに渦巻くのだった。香織はそれを目にしたことがあった。
そこにあったのは灰だった。
香織は昔にも見たことがある。強い光と灰。
――香織ちゃん。ほら、もういないよ。――
なんで、そんなことしたの?
――え、香織ちゃんが、死んでほしい、って――
あんたが死んじゃえばいいのに。
――…………。――
「大丈夫ですか?」
さきほどのヒステリー教師が香織の顔を心配そうに覗き込んでいる。
香織はわれに返った。大丈夫です、と言って、頭を振り、過去の映像を頭の外に追いやった。もう忘れたはずだ、と香織は自分自身に言い聞かせた。そして、目の前のものに気を集中させた。
やはり、そこには以前見たときと同じような灰があった。以前より、広範囲に灰が散らばっている。黒ずんだ灰。見ていると君が悪くなってくるが、吐き気を我慢して香織は口を開けて突っ立っている教師たちに確認した。
「誰か、この灰に触った人はいますか?」
一人の男性教師が手を上げた。
「最初に発見したとき、なんだろうと思って、指で触りました。いけなかったですか?」
その男性教師が自分はいけないことをしてしまったようにオロオロして聞いたので香織は軽く微笑みを作って言った。
「いえ、しょうがないことです。触るなというほうが無理がありますもんね。でも、これからは誰にも触らせないようにしてください。」
あの女性教師が尋ねた。
「触らせないでください、ってことは何かあるんですか?」
香織は先ほどの表情とは打って変わって、厳しい顔をして言った。
「事件の可能性があります。鑑識を呼んでこの灰を調べてみようと思います。ですから、この灰には触らないでくださいね。」
彼らはおのおのにうなずいた。どうやら、事態の深刻さがわかってきたようだった。香織の中では、はっきりとした考えが組みあがっていた。
この灰は人がある方法で殺された証拠だ。
そんな思いを胸に香織は警察に通報――我が家に電話するようなものなので、連絡といったほうが正しいのかもしれない――した。