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1 雷光

 露木啓治は頭を抱えて座り込んでいた。

 放課後の教室。春はもう間近というのに、窓の外には闇が広がっている。所々に街灯のぼやけた光が点々と見える。

 「なんか、ウザいんだよね。」

 また一発、啓治の懐に蹴りが入った。

 啓治を囲んで見下しニヤニヤする三人は、また相談し始めた。露木啓治にどんな裁きを下すかを。だが、啓治が裁きを受けようが受けまいが、啓治の罪は晴れることはないのだ。この三人と一緒にいる限り。

 いつからだ?そうだ、ちょうど一年前だ。

 我が家は父が会社に勤め、母は専業主婦で子供は啓治一人の一般的な家庭だった。そして、父は大手企業の幹部として働いていたので比較的、裕福な家だった。

 そんな中で過ごしていた一年前。父の勤務していた会社の社長が会社の金を横領したらしかった。しかし、その社長は罪を逃れるために、幹部であった啓治の父に責任転嫁したのである。

 その結果、父は会社からも世間からも見放され、深い深い溝に落ちた。そして、もとの人生という道に戻れなくなった父は、啓治と母を残していなくなった。

 警察にも届けたが、見つからなかった。今ごろ、どこかで死んでいるのかもしれない。死を迎えてまで孤独な父。責任転嫁した社長が憎かった。だが、何もできなかった。行動を起こそうとすると、会社の部下が家の周りをうろうろしたりしだしたからだ。

 一家の大黒柱を失った家族というのは、まさに家から大黒柱を引っこ抜いたように崩れてゆく。

 母は父の蒸発を受けて、今まで酒もタバコも飲まなかったのに、人が変わったように両方飲み始めた。さらに、家のお金で賭け事まで始めてしまった。

 以前の父のように道から逸れてしまったのだ。

 母は逆に啓治にはまったく関心を示さなくなった。まるで、幼児が飽きてほっぽり出した玩具のような気分だった。数ヶ月前まではテストや通知表を嫌というほど見せさせられたが、今は、口すらきかなくなった。

 そんな日々が何ヶ月か続いたころ、母は再婚した。母は豹変した後、夜遅くまでどこかの店で飲んできているようだった。そこで知り合った人らしかった。

 その男は姓を露木といった。今まで、父の姓である相場を名のっていたのだが、改姓することになったのだった。

 もちろん、飲み屋で知り合った男などろくな人間ではなかった。二人そろって啓治をいないものとして扱うのだ。その男はともかく、今まで生活し、育ててもらった母――今となっては豹変しきっているが――に無視されるのは多少ながら心が痛んだ。

 そのうち、その二人だけでなく、中学の友達の目も変わっていった。

 父の失踪の件ではみんな、気を使ってくれていたようだが、今度はそうはいかなかった。

 姓が変わるという外から見える変化をあるグループに目をつけられたのだった。

 それは周囲に「いじめっ子」と確認されている子達ではなく、俗に言う「ごく普通」の三人組だった。「ごく普通」だからこそストレスがたまるのだろうか。でも、その「ごく普通」だからストレスの吐き出し口もない。「いじめ」としてストレスを発散させるには、自分たちより弱くて、先生に漏らさない人材が必要になってくる。それが啓治だったのだ。

 露木啓治は背が高く、大人びた顔つきをしているが、気が弱く、背丈の割りにひょろっとしていて力もないし、頭もさほどよくない。そんな露木啓治という銃身と改姓という引き金があって、こんなことになってしまったのだろう。

 しかし、もうすぐ春だ。中学3年生の啓治は今年で卒業である。この三人組とも違う高校へ行く。そうすれば、自由の身になることができる。釈放されるのだ。

 そんな思いにすがり、もう少しの辛抱だと自分に言い聞かせ、啓治は仕打ちに耐えていた。

 どうやら三人は話し合いを終えたようだ。そのうちの一人が机の上においてあった通学鞄から何かを取り出した。銀色に光る何かが見えた。啓治はそれがなにかを理解したとたんに、血の気が引いていくのがわかった。

 ナイフだった。

 何故だ。今までは、凶器による仕打ちはなかった。何故だ。

 ナイフをもった一人はにやけながら近寄ってきた。ナイフを見たときの啓治の反応を楽しんでいるようだった。そして言った。

「露木君?中学を卒業したら逃げられると思ってたんでしょ?」

 心の中を見透かされたような気がしてぞくっとした。なんとかそれを顔に出さないように頭を振ったが、どうやら失敗したようだ。

「あ、やっぱり逃げられると思ってたんだね。でも、このままお別れっていうのも寂しいから、こいつで殺してあげるよ。」

 啓治は先ほどナイフを見たとき以上の恐怖を覚えた。

 良い意味ではないが、露木啓治は彼らにとってなくてはならない存在だったから、「殺し」までは発展しないと思っていた。だが、発展してしまった。

 三人はニヤニヤしながらさらに近づいてきた。啓治は鼓動が加速していくのを感じた。この三人の玩具として殺されてしまうのか。頭を抱える手に力がはいる。まだ、この時期は寒いくらいなのにもかかわらず、手には汗がにじんでいた。あたりの音が一切聞こえなくなった。五感までおかしくなってしまったのか。

 死にたくない。

 その気持ちだけは、おかしくなんかなっていなかった。

 死にたくない。

 そう思った瞬間、窓の外の闇を金色の光が切り裂いた。その光は槍のように鋭く窓ガラスを突き破り、三人を直撃した。

 三人は一瞬にして灰になった。

 その光はまるで音のない雷だった。

 光自体には雷のような音はなかった。窓ガラスの粉砕する音は甲高く響いたが。

 啓治は三人が死んだことよりも、あることに驚いていた。

 三人を灰にした光は、いや雷は露木啓治自身が出現させたことに。





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