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練習用短編集というかプロローグ集

結婚症候群! にっ!

作者: ヒタク

 どうやら俺の部屋の突然の模様替えはマリーの仕業だったらしい。

 部屋についてマリーに聞くと恥ずかしがりながら答えてくれた。何でも、一緒に暮らすからには最低限の物を用意したとのことだ。


 俺にはそのマリーの言う最低限の基準がいまいちわからないのだが、とにかくすさまじく高いことだけは――何せ、周りの家具が高そうだし――分かった。

 また、俺の愛しい恋人――蔵書または漫画――についても聞いてのだが、マリーは不思議そうな顔をして言ったものだ。


「へ? あんなのが必要だったんですか?」


 全く、一体どういった生活をしてきたんだ。

 マリーから話を聞いているうちに分かったのだが、彼女は全く漫画を読まないらしい。

 代わりに小説をよく読むのだという。

 俺はマリーの言う小説の、何といったか……。ああ、少し思い出した。銀河鉄道……、何だったかな。近くの喫茶店か何かがつながっていたか? まあ、そんなことはどうだっていい。とにかく今一番言いたいことは、だ。


「俺の、俺の愛しいマイスウィートハニー達を捨てたというのか!?」


 この言葉に尽きる。俺が絶望に打ちひしがれ、わなわなと震えていると、マリーもまた肩を震わせている。おお、俺の気持がわかってくれたのか。


「ハニーって一体誰のことですか! 私以外に妻がいるんですか!?」


 ……全く分かっていなかったようだ。

 俺の心は海よりも高く、山よりも深く彼女らに捧げられているのだ。……何か違う気がするが。


「聞いていますか!?」


 いやいや、聞いているさ。聞いていて無視をしているんだ。

 俺は心の中でちょっとだけ反抗するのだが、痛い。心などではなくて身体が痛い。マリー、そんなに俺のことを蹴らないでくれ。君は本当に心の中を読めるというのか。


「口に出して言っておきながら何を言っているんです!」


 うーん、ちょっと自重しよう。

 俺はいい加減にベッドの上から起きあがることにした。

 気付くと時間はもう学校に行かないと間に合わなくなってしまいそうな時間だった。

 やばい! 俺は普通の高校生だ。遅刻などは基本的にしない程度に真面目なんだ。

 俺は服と鞄を手に取り、急いで部屋を出る。


 後ろでマリーが何か言っているのが聞こえたが、今は気にするまい。

 急いで食事をしてすぐに学校へ向かわなくては。

 俺は洗面所へ行き、着替えをさっと済ませる。そして親が朝に弱いために用意されている菓子パンを朝ごはんとして口に詰め込み、水を一杯飲みほして学校へ向かった。


 後で親に聞かなくては。勝手に部屋を模様替えしたマリーのことを考え、きっと親が許可したに違いないと判断した俺はそう決心をし、学校へ向かう。




 俺の高校は家から走って大体五分前後の距離にある。

 実に近い。正直、この近さのためにこの高校へ入ったのかと言われても間違いではない。

 俺はそのかなり近い距離をいつも以上の速さで走ったためかいつもの時間より若干早く着いてしまった。


 さすが俺だ。

 俺は自画自賛をしながら教室へ向かう。

 俺の友人は今日も元気かな、などと予想外な出来事が朝にあったためか、普段では絶対に考えないようなことを考えつつ、扉を開く。


 ――その思考がいけなかったのだろうか。

 教室で出迎えた友人だった彼の姿を見た。そう、見てしまったのだ。そしてそれは俺に理解することができず、頭に浮かんだ言葉はただこうだった。




 ――教室の教卓の上に『しゃちほこ』がいる。




 一瞬、何が起きているのか全くわからなかった。

 その友人だった――こいつが友人だったなんて現実、俺は認めない――彼は腹を教卓の上に乗せていた。 もうその時点でおかしいが、ここまでのことは別にいいとしておこう。

 そして足を後ろへ伸ばし、その見事な背筋によって足を釣り上げていた。

 そう、まさしく『しゃちほこ』のように。なお、手は背中にまわして組んでいた。


 周りにいるクラスメイトは友人を遠巻きに見ながら何かこそこそと話している。

 どうせならこの友人に向かって話してくれればいいのに。端的にアホだろお前、と。

 俺は心の中で愚痴りながら未だに前衛芸術のような姿を取り続ける故友人――俺的に友人として死んだ者という意味――の大沢隼彦おおさわはやひこに話しかけることにした。


「おい、隼彦」

「なんだ?」


 隼彦は未だに恰好を維持しながらこちらを向く。

 その格好にいささか笑いそうになりながらも、俺は自身の忍耐力で乗り切った。


「い、一体な、何をしているんだ。ぷっ」


 隼彦の芸術は少しばかり俺の忍耐力を超えてしまった。


「このポーズはだな――」

「そのポーズは一体何だっていうんだ」


 もったいぶる隼彦に俺は追従しながら問いかける。


「――俺の花を呼んでいるのさ!」


 隼彦は歯をキラッと光らせながら言う。無論、ポーズは維持したままで。


「な、何を言っているんだよ」


 俺が訳も分からず聞いてしまったのも無理はないだろう。この男の言動は本当に意味がわからないのだから。


「あぁ……。何ということだ! お前にはこの詩的な俺の素晴らしい表現が理解できないとでもいうのか!」

「むしろ、理解もしたくないけどな」


 俺の言葉に隼彦は分かっていないなとばかりに首を振る。全く変なポーズをとりながら器用な男だ。

 だが、さすがにこのポーズをとり続けることに疲れてきたのかようやく『しゃちほこ』をやめ、教卓の上から降りた。


「俺は毒針を持つ蜂だ」

「というよりもむしろ毒針そのもののような気もするが。害悪しか与えないという意味で」


 俺は即座に言葉を返す。お前があの可愛らしい蜜蜂のような蜂などということ、俺は認めないぞ!


「だからこそ俺が蜜を吸う、つまりは恋人として寄りそう相手は花というわけだ!」

「さっきの俺の言葉は無視か! それにお前が寄りそうとか気色が悪いわ!」


 隼彦の言葉は全く理解できなかった。

 いや、むしろ頭が理解するのを拒んでいるような感じか。


「……あれ? だがそうするとさっきのポーズは一体何なんだよ?」


 仕方なく隼彦の言葉を頭の中に聞きいれた俺だが、その言葉とさっきのポーズに全くの関連性がないことに気がついた。


「あ? あれはただネットで調べたら恋人ができるポーズとして載っていたんだ。だからやってみただけだ」

「さっきまでの蜂とかの話、全部関係ないのかよ!?」


 俺の言葉に頷く隼彦。全く馬鹿もいい加減にしてほしいものだ。


「そういう賢治は彼女欲しくないのかよ」


 隼彦はお前も同じ穴のむじなだろう、とでも言いたげな顔だ。


「俺は……」


 答えようとして朝の光景を思い出した。

 マリー。あんな美少女が俺の妻になるなんて言っていた。

 結婚症候群。それは望んでいなかったとしても結婚しなければ死んでしまう病気。

 ――マリーは望んでいないけど死にたくないからあんなことを言ったんじゃ……。

 俺はそう言った気持ちが拭えず、隼彦の言葉に答えられなかった。


「まあ、分かりきっていることだよな!」


 笑って俺の背中を叩いてくる隼彦は俺に考えさせることをさせなかった――

「お前はあんなに二次元が好きだからな!」

「二次元じゃねえ! ただの漫画こいびとだ!」

 ――なにせこんな言葉を吐くのだから。


 あれ? 俺もおかしかったりするのか。

 周りのクラスメイトの反応を見て、一抹の不安を感じる俺であった。




「今日は、転校生を紹介するぞ!」


 ガヤガヤと騒いでいたクラスにようやく到着したバーコード先生――頭的な意味で――がうるさい生徒達に向かって叫んだ。

 みんな現金なもので今まで騒いでいたというのにすぐに黙る。

 バーコード先生はそのみんなが黙ったことに満足したのか、うんうんと残り少ない髪を上下に揺らしながら頷く。


「先生! バーコード先生! 来るのは女子ですか?」


 転校生にもう興味津々な男、隼彦が声を上げる。


「誰が、バーコードだ! 隼彦、お前のような失礼な奴には教えん!」

「そんな!? すみません、言い方を改めますから! ですから、教えてください――」


 さすがに隼彦も転校生のことを知るためなら下手に出るようだな。

 俺は隼彦の処世術にちょっとばかし感心し、頷くと、


「――ハゲ先生!」

「なお悪いわ! 直球すぎるんだよ、お前は!」


 隼彦の頭を殴った。


「いってぇ! 何すんだよ、賢治!」

「お前はアホか! バーコード先生はな、残り少ない、文字通り数少ないいのちを大切にしているお方なんだぞ! それなのに露骨に言うなんて失礼すぎるだろ! ハゲ先生に謝れ!」


 俺はハゲ先生を指さして隼彦を注意する。全く、隼彦もハゲ先生を気遣ってあげてほしいものだ。ハゲ先生がかわいそうじゃないか。


「そ、そうか……! ハゲ先生、すみませんでした! これからはハゲ先生のことをハゲ先生なんて馬鹿にするように言わずにきちんとバーコード先生と呼びます!」


 隼彦は俺の説得が分かってくれたようだ。俺はそのことを喜ばしく思い、自然と笑ってしまう。隼彦も笑っていた。気づけばハゲ先生も俺らの方を見て嬉しそうな顔をしている。

 やっぱり、気を使われて嬉しいんだろうな。

 俺は自分のした慈愛に満ちた行動を振り返り、満足する。

 そんな中、笑っていたハゲ先生は急に笑顔を般若のように怒りの表情へと変える。


「――お前ら! 廊下に立ってろ!」


 そして、俺たちへ向かってしかりつけたのだった。

 俺と隼彦がハゲ先生の理不尽な言葉に心底不思議だと頭を傾げながら、廊下に出て行くのをクラスメイトが笑って見送っていた。




 少女が歩く。いつもは無機質な廊下が生きているかのようにざわめき立つ。

 少女が外を見る。いつもは無気力な生徒がだらだらと走っていたりする場所には鬼気迫るかのように競争し出す男で溢れる。

 少女が俺を見る。少女はその顔を破顔させ、大きく俺に飛びついた。


「賢治さん! 会いたかったです!」


 まあ、言うまでもないかもしれないが、マリーであった。


「は!? なんでここにいるんだよ!?」


 あれ? そういえば、マリーって学校に通っているのか?

 言ってから疑問に思う俺にマリーが答えた。


「私のお父さんがお願いしたんです!」


 それはものすごい笑顔だった。その綺麗な笑顔に見惚れた俺は思わず、ノックアウトされそうになって――

「ここに入れてくれないと学校を潰すって!」

「なんだよ、それ!? さらっと言っているけど、すさまじすぎるんだけど!?」

 ――ある意味ノックアウトされた。


「そうですか?」


 マリーは本当に不思議そうな顔をして可愛らしく首を傾げる。

 お、恐ろしい……! さも当たり前とでもいうかのように言えるほど日常染みているとでもいうのか……!?

 俺がマリーの言葉に戦慄させられていると、いきなり何かが俺とマリーの間に現れた。


「き、君の名前は何て言うんだ!?」


 隼彦だった。

 隼彦はマリーの手を握りながら聞く。

 マリーは握られた手を見ると一瞬、露骨に嫌そうな顔をした。

 それに驚いて俺が目を丸くしていると俺の様子に気がついたのかマリーはあはは、と苦笑いをしながら隼彦に返事をした。


「私の名前はマリエル=ベルトラムです。是非とも私のことはマリーなどといった愛称では呼ばないでくださいね、下種なお方」

 ――かなり言葉にはとげがあった。


 やっぱり隼彦がいきなり手を掴んだことが気に入らなかったんだろうな。

 俺が頷いていると隼彦がぷるぷると震えだした。


 さすがにマリーの言葉は気に入らなかったのか、なんて至極もっともなことを俺が考えていると、

「やっぱり、俺と君はお似合いだ! 是非とも俺と付き合ってください!」

 ……一体どこにお似合いな要素があったというんだ。


 俺は呆れてしまった。さすがにこんな男とマリーが付き合うというのはあり得ないし、気に食わない。例え、無理やり俺と結婚させられそうになっているとはいえ、いや、だからこそ俺はマリーに俺なんかよりも、もっといい男と結婚してほしいと思う。……結婚とは一度してしまえば後は離婚して再婚することも可能なのだから。


「おい、隼彦いい加減にし――」

「地に落ちなさい、下郎」

 ――ッ! い、今の言葉はマ、マリーか!?


 俺は驚いてマリーの方を見た。

 マリーは涼しげな顔をして、先ほどの言葉を言ったようにはまるで見えない。


「い、いくらけなしてくれても構いません! だから、だから俺と付き合ってください!」

「何と言われても私はごみ屑なんかとは付き合いません! 何しろ、私は身も心も賢治さんに捧げているのですから!」


 言ってからマリーのそうですよね、とでも言いたげな顔が俺に向けられる。

 隣で見ている隼彦の顔からは俺に対する憎々しさがにじみ出ている。そして、隼彦の手には――藁人形と釘と金槌。


「っておい! その禍々しい道具の数々を一体どうするつもりだよ!? いや、それよりも一体どこからそんなものを出したんだよ!?」

「これをどこから出したかだと? そんなことはお前にはまるで関係ない! そして、これの使い道はこうだぁあああああああああああああああ」


 隼彦は藁人形に釘をさす。そして、金槌を釘に向けて振り上げたか――と思ったがそんなことはなかった。


「関係ないのなら俺に刺そうとするなぁああああああああ」


 俺に向けて隼彦は釘を刺そうとしてくる。俺は必死になって隼彦の釘から逃げる。


「死ねぇええええええええええ。こんのリア充がぁあああああああああああああああああ」

「やめろ――――――――ッ」


 そんな俺達の行動をマリーは微笑ましい物を見るかのように何も言わずに笑っていた。

 そんな時、教室の扉がいきなり開く。


「うるさいんだよ、お前ら! 廊下に立ってるんなら、しおらしくしていろ! そして、しっかりと反省しやがれ!」


 さすがに俺達の声がうるさくて教室にまで聞こえていたらしい。

 これは謝らないとまずいな、と俺が思っていると隼彦もどうやらまずいとは思っているらしい。手に持った凶器を床に置く。

 そして、俺達は二人合わせて謝った。


「「すみませんでした、ハゲ先生!」」


 その声にハゲ先生は震え始める。

 し、しまった! さっき言われたばかりじゃないか!

 俺はそのことを思い出した。見ると隼彦も思い出したようで俺と顔を見合わせる。


(お、お前も思い出したか)

(ああ、思い出したさ)


 俺達はアイコンタクトを取り、そのことを確認しあう。

 それから、また二人して謝ったんだ。


「「すみませんでした! ハゲ先生じゃなくてバーコード先生!」」


 結果として俺達には昔ながらの水入りバケツが両手に装備させられることが決定したのだった。

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